転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

50 / 61
天才×天才

 9月、真夏の猛暑を乗り越えた先に待ち受けるのは、秋のGⅠ戦線。

 その戦線に乗り込む俺の所有馬は2頭、グリーングラスとジョンヘンリーだ。

 ジョンヘンリーは今月のGⅡ神戸新聞杯(阪神・芝2400m)からGⅠ菊花賞へ。グリーングラスは10月のGⅡ京都大賞典(京都・芝2400m)からGⅠ天皇賞(秋)へ。それぞれ出走させるつもりではある。

 ……正直、不安要素しかない。

 グリーングラスは的田さんが絶不調に陥っていて、ジョンヘンリーは長距離が未知数すぎる。

 いくらこの2頭が名馬とはいえ、調子が悪かったりレース条件が合わなかったりすると、あっさり負ける。こればかりはある程度整えないとどうしようもない。

 今、俺の顔を舐めに舐めてべちょべちょにしている芦毛だってそうだ。史実ではピンを踏んで負傷してしまい、その結果の敗北を喫している。それはそうとあとで顔を洗わねば。

 どれだけ速かったりしても、どれだけ万能だったりしても、どれだけ力強かったりしても。どうしようもないときはどうしようもないのだ。

 芦毛のスぺちゃんこと、スペクタキュラービッドを宥めながら、どうしようもなさを打破する方法を探る。

 

 栗東の伊坂厩舎に来てから何時間は経ったであろう。その合間に、ことあるごとにスぺちゃんは甘えてくる。

 俺を見かけるとすぐさま顔を寄せようとしてくる。可愛いが。流石に調教中は真面目に走っている。

 ただ伊坂先生や担当厩務員には、そんなに過度に甘えてこないそう。これも愛らしく思えるが。

 

「スぺちゃん……」

 

 伊坂先生が苦笑する。こんなに懐かれているところを見せられて、ちょっと落ち込んでいるみたいだ。その気持ちは複雑なのだろう。

 

「調教はけっこう走るし、操縦性も非常に高い……芦毛は走らないとは……」

 

 伊坂先生の口から漏れたジンクスで、ふと思い出す。

 ――スペクタキュラービッドがとんでもない勝ち方をした新馬戦を。

 8月の新潟競馬場。そのダートコースに、彼は降り立った。

 若き騎手が手綱を取るというのもあり、人気は8頭中の4番人気というもの。オッズは8倍、そこそこといえよう。

 だが――レースは一方的だった。

 ゲートが開くと真っ先に最後方待機を選択。あの瞬間だけであれば、鞍上が何を考えているのかまったくわからなかった。

 それでも最終直線手前、やや強引に先頭を奪い取ると、あとは差が開いていくだけ。

 あれは間違いなく地力が違う――改めてそう確信できるようなレースっぷりだった。

 芦毛は走らないというジンクスを、あの場にいた観客はみな一様に忘れていたのではなかろうか。

 

 しかし、今現在はこうして甘えてくれている。普段とレース時のギャップが凄まじすぎる。

 

「先生、オーナー、いいでしょ? スぺちゃん」

 

 いきなり声をかけられて、伊坂先生ともども振り向く。

 かけてきた張本人は、その美貌でこちらに笑いかけてくる。

 

「ああ、最高の馬です、スぺちゃんは」

 

「でしょでしょ?」

 

「ちょっと日原くん……」

 

「まあいいじゃないですか、伊坂先生」

 

「……ですかね?」

 

 ラフな口調を注意しようとした伊坂先生を制止する。

 目の前に立つ騎手――日原成樹さんへ向き直り、うんうんと頷く。

 

「ありゃあ並大抵の馬じゃないですよ。オレが乗ってきた馬の中で、あれほどの馬はいなかった。とんでもない馬に巡り会えたみたいですよ」

 

 日原さんは続けざまにスぺちゃんの魅力を語っていく。

 なんだかちょっと小恥ずかしかったが、自分のことではないと割り切って聞き入る。

 

「……ああ、そうだ。言い忘れてた」

 

 日原さんはポンと手を叩いて、「ちょっと失礼」と耳元に近づいてくる。

 

「……オーナー、新馬戦のあれ、申し訳ないんですが、わざとああやって乗りました」

 

「……マジ?」

 

「です。流石に、あそこまで引き離すとは想像もしてなかったですけど……」

 

「えーと、つまり、スぺちゃんは後方待機が合ってるってこと?」

 

「あー、いや。そうじゃなくて。どんな展開でも勝ち切れるような競馬ができるってことです。つまりね、変幻自在なんですよ。……あっ、ちなみに伊坂先生はすでに知ってます」

 

 やはりといえばやはりだが。どうやらスペクタキュラービッドという名馬に、脚質なんてものは関係なさそうだ。

 

「ですけど、しばらくは追い込み一辺倒にしてみようかと」

 

 などと考えていると、日原さんがとんでもない発言を繰り出す。

 

「まあ、様子見ってところですね」

 

 苦笑しつつ、日原さんは囁きかける。

 なかなかにとんでもない。天才と称された騎手はどういう思考をしているのやら。

 

「伊坂先生」

 

 ならば、少し意地の悪いことをしてみるか。

 俺の呼びかけに応じた伊坂先生は、こちらに向かって首肯する。

 

「日原くん、スぺちゃんなんだけどね。次、アメリカの2歳GⅠシャンペンS(ダート1600m)だから。よろしくね」

 

 その爆弾発言に日原さんは唖然とする。

 それもそうか、誰だって新馬戦の次に海外遠征を敢行しようとは思うまい。

 だけれど、こうやって日原さんの驚愕した顔を拝めるのは、ちょっとばかり新鮮味があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。