転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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1978年エピローグ 時代を紡ぐ

 名馬が競走から身を退く光景というのは、どこか寂しいものがある。

 昨年、日本競馬史を大きく揺るがした、日本調教馬による米三冠、並びにグランドスラム制覇。

 その立役者はもはや悔いはないとばかりに、共に走り抜いた鞍上を伴い、とうとう引退を迎える。

 彼が成した夢は、どこまでも遠く、果てなく継がれていくだろう。俺はそう信じている。

 

 自由なる夢を乗せた白鳥は、新天地へと飛び立った。

 けれども彼の魂はいずれ、この地へ戻ってくる。無論、彼の生国にも。

 シアトルスルーは間違いなく、小田部信雄と共に在り、その勇姿は永久に残り続けるだろう。

 

 新たなる伝説として、そして、これはある意味幕開けでもある。

 のちに続く名馬たちも、きっと数々の伝説を打ち立てるに違いない。

 

 

 

「また買ってきたんですか? オーナー?」

 

 牧場のそこら中に降り積もっている雪にも劣らないほど冷ややかな視線を、場長の牧野さんから注がれる。

 今、俺の傍らに立つ鹿毛の牝馬を指しているのだろう。牧野さんは肩を竦めて、溜め息を吐く。

 

「……で、いくらなんです? その繁殖牝馬は?」

 

「うん、1200万円です」

 

「…………は? ……え?」

 

「1200万円ですよ。最近モンテオーカンを売却したんで、それで得た資金の一部で買ってきました」

 

「いや! 1200万円も大金ですけれど! オーナーにしては安すぎるのでは!?」

 

「まあ、スピードシンボリを父に持つ若い繁殖牝馬とはいえ、かなり安く売ってくれたな、と」

 

「ちなみにどこからその繁殖牝馬を……?」

 

「シンボリさんの牧場からです。いやしかし、海外遠征に関して根掘り葉掘り聞かれたんですが、答えられる範囲で答えたら、だいぶ値切ってくれまして」

 

 牧野さんが終始唖然としっぱなしだが、これもつけ加えておかねば。

 

「ああ、そうだ。それとちょっと前に、アメリカにある牧場を買い取らないか、という話も来てて。ただ、俺だけ使えるのも忍びないので、メジロの北見さんに所有権の半分を押しつけてきました。資金に関しては、まだまだ余裕のある俺が賄うという形で」

 

「はぁ!?」

 

「牧場名はレイクビルファームです。まあ、北見さんに命名を押しつけたんですけどね」

 

 牧野さんはわなわなと震えながら、頭を抱えている。

 

「や、やりすぎでしょう……」

 

「まあ、やりすぎたとは思ってます。反省はしていません」

 

「いや、してくださいよ!?」

 

「だって日本競馬を少しでも底上げしたいんだもん……」

 

「だからってやり方が派手すぎますって!」

 

 間髪入れずに牧野さんが言葉を飛ばしてくるが、それもそうだ、なにせ日本競馬のレベルアップのためにと、ここまで資金を投入できる馬主がいるかと。

 ただ、まったく後悔などしていないし、むしろ使い道ができたくらいだ。

 それに北見さんがお礼とばかりに紹介してくれたシンボリさんも、大切な繁殖牝馬を買わせてもらって、逆にとんでもないものを得られた気分だ。

 

「そうだ、この繁殖牝馬の名前なんですが、スイートルナっていいます。気軽に呼んでやってください」

 

「そこはわかりました……」

 

「生まれてきた仔には、いずれなにか大きいところを勝ってほしいですね」

 

「よくそんな呑気でいれますね……」

 

「馬産には根気がいりますからね。仕方ないです」

 

「ごまかさないでください!」

 

 牧野さんが声を張りすぎて肩で息をしている中、俺はまだ口を開く。

 

「そういえば、来年から競馬番組が一部変更されるようですね」

 

 懐から資料を取り出して、牧野さんに手渡す。

 

「えーと……確かに一部重賞が変わってますね……」

 

「まあ、ちょっとした変更のようですから、そこまで気にする必要はなさそうですが……」

 

「ダートの三冠競走が整備されるわけでもありませんしね……」

 

「そうですね。油断はなりませんが」

 

 ところで、とつけ加えて。

 

「来年、伊坂先生のところに入厩予定のダンジグはどうですか?」

 

「うーん、そうですね……」

 

「脚部不安とか、ありませんか?」

 

「最初はほんのちょっとそうだったんですが、ちょっと鍛えたらそうではなくなりまして」

 

「……ダンジグには、健康面での不安がないと?」

 

「まあそんなところです」

 

 ホッと肩を撫で下ろす。もし史実のように故障などしてしまえば、元も子もない。

 

「ダンジグには期待しててもいいですよ、オーナー」

 

「……ほう?」

 

「彼、オーナーが思っている以上にいい馬かもしれませんよ」

 

 牧野さんはニヤつきながらそう告げると、では、と言葉を残して背を向ける。

 

 

「……あれ、これ、もしや相当?」

 

 俺はただ、唖然とする他なく、気がつくとスイートルナに引かれそうになっていた。

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