転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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1979年
白いネズミ


 例年の如く春が深まってくれば、馬産地には、新たな命が産み落とされる。

 4月の中頃。その時期になってくると、牡馬クラシックの一冠目、皐月賞が開催される。ホースマンにとっても、ファンにとっても、ある種の開幕週だ。

 ただ、生産者はこの月になると一層忙しさを増してくる。

 そう、サラブレッドの出産シーズンに差しかかろうとしているのだ。

 

 どんな仔馬が産まれてくるのか、母子共になんの異常もないか。楽しみであると同時に、肝を冷やす瞬間でもある。

 だが無事に産まれ、その仔馬が競走馬として駆けていく姿というのは、やはり感慨深いものがあるのだろう。

 

「伊坂先生、自分たちの馬が走るっていうのは、やっぱり感慨を覚えるものなのでしょうか?」

 

「そうですね。ましてや、クセのある馬が走って何事もなく帰ってきてくれたら、うん、調教師冥利に尽きますね」

 

「馬に懸けてるという点では、ある意味ファンと一心同体ですかね?」

 

「まあその場合は、懸けてるというよりは賭けてますからね……」

 

 苦笑交じりに返されると、ぐうの音も出ない。

 

「でも、応援という意味では同じかもしれませんね」

 

「馬に想いを託す点は、共通しているのですね」

 

「その通りです。……想いを託した馬が三冠馬とかになってくると、腰を抜かしそうになるんですけどね」

 

「伊坂先生、腰の骨は大丈夫ですか?」

 

「安心してください。厩舎の仕事でもう慣れてます」

 

「慣れてはいけない気もしますが……」

 

「……ところでオーナー、こうして牧場にお招きいただいたのには、理由があると見てますが……」

 

「ああ、そうですね。一頭、見てもらいたい仔馬がいましてね」

 

「そういえば、オーナーもいよいよ生産に力を入れ始めていたのですね」

 

「まだ繁殖牝馬は四頭のみですけどね」

 

 だが、そのうちの一頭がどこか不思議な仔馬を産んでくれたから、今日はそのお披露目というわけだ。

 

「一応、血統をお伺いしても?」

 

「はい。父がカブラヤオー、母がアレフランス、母の父がシーバードですね」

 

「……カブラヤオー、ですか。元気にしていますかね」

 

「ふわふわクッションにハマってます」

 

「三冠馬よ……」

 

 伊坂先生は微笑しつつも、その目は朗らかだった。

 やはり自身にも思い出深い名馬が、健やかにしてくれているとなると、どこか感慨深いのだろう。

 

「今は放牧地に出ていますので、そちらに行きましょう」

 

「カブラヤオー産駒、となると立派な馬ですかね」

 

「……あー、まあ、はい」

 

 その馬体に関しては、一度目の当たりにしてもらおう。

 うん、そうするしかない。というより、言い訳のしようがない。

 

 

 

「えーと、この時期って雪は降ってました?」

 

「今は春なので、ほとんど降ってませんね」

 

「……そうなると、あれは」

 

 放牧地で母馬の傍らに佇む小さな白を指して、伊坂先生は顎に手を置く。

 

「はい、毛色ですね」

 

「あんなに真っ白いとなると、明らかに芦毛ではないですね」

 

「そうですね、まさか産まれてくるとは思いませんでしたが……」

 

「というと、あの毛色は……()()、でしょうか?」

 

「そう、なりますね。もうちょっと近くで見てみましょうか」

 

「ありがとうございます。……オーナーが引きに行かれるのですね」

 

「運動ですよ、運動」

 

 母馬のアレフランスの引き手を持ち、誘導すると、その様子に気づいた仔馬もちんまりとした足取りでついてくる。

 

「よし、ありがとうね。伊坂先生、見ていってください」

 

「ありがとうございます。では…………お、おう……」

 

 伊坂先生は引きつったような笑みを浮かべる。眉をピクピクとさせて。

 こればっかりは無理もない。なにせ――

 

()()()()()()()()()()……」

 

 脚部はひょろっこいし、厚さも皆無だし、さらっとあくびもしているし。散々である。

 

「……まあ、入厩できるようになったら、いつでもどうぞ」

 

「……ありがとうございます」

 

 予想していたとはいえ、伊坂先生の反応も芳しくない。

 まあ、この馬体を目の当たりにすれば、そうもなるだろう。

 

「そういえば伊坂先生、グリーングラスたちのほうは?」

 

「今のところはどの馬も順調です。グリーングラスは阪神大賞典も勝って、天皇賞(春)三連覇に向けて調教してます」

 

「いやぁ、どうなるかわからないのが怖いですね……」

 

「まあ、勝つも負けるも馬次第ですからね」

 

「ジョンヘンリーはドバイシーマクラシックを勝って、現在は放牧中ですね。うちの牧場で休養してます」

 

「しかし、ドバイのGⅠを勝つとは。鞍上の山南くんもよくやってくれました。それから、海外遠征となれば……」

 

「スペクタキュラービッドもですね。今は再度アメリカに行ってて、当地のサンタアニタダービーを6馬身差で圧勝したとか」

 

「日原くんもよくやってますね。スペちゃんのおかげと彼は言っていましたが……」

 

「彼も彼で思うところがあるのでしょう。次がいよいよケンタッキーダービーなので、とても楽しみにしています」

 

「ですね。あれほどの馬でしたら、もしかしたら……。シアトルスルーに匹敵するほどだと思っているので、頑張ってほしいです」

 

 伊坂先生からそのような言葉が飛び出したのは少し予想外だったが、それほどにスペちゃんに期待しているのだろう。

 こうなってくると、やはり胸が弾んでくる。

 

 国内は天皇賞(春)、米国はケンタッキーダービーと、この先に想いを馳せて。

 そうしていると、またもや、白毛の牝馬があくびをしていた。

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