転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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尽くを灰に

「ちょっとちょっとキミ、うん、キミだよ、キミ。突然で申し訳ないんだけどね、一回だけでも乗ってみてほしい馬がいるんだよ」

 

 初見での印象としては、胡散臭さしかない調教師だと、自分の中で断定されていた。

 そんな印象だったがために、初めは断ろうとした。そう、もう少しで手放してしまうところだったのだ。

 

 口から出かけた言葉を飲み込めたきっかけは、そのセンセイのあるひと言だった。

 

「キミに似合いそうな、ロックな馬だと思うよ。ちょっとでもいいから、乗ってみてほしいなぁ。もちろんただでとは言わないよ」

 

 なるほど、なら面白そうだと。単純に、どんな馬なのか気になってしまった。

 その時のオレがどういう顔をしていたのかはわからないが、きっと、悪どく際どい笑みを浮かべていたように思う。

 

 あのセンセイに誘われて、オレは魔境に踏み入ろうとしていたのだと。

 件の馬に騎乗し、気づくことになる。

 

 

 

 

「二度目のケンタッキーダービーなのですが、まさかこうもなろうとは……」

 

 スタンドの関係者専用ゾーンにて。

 隣に立つ伊坂先生が大きく溜め息を吐き、肩を竦めてみせる。

 

「いやぁ、参りましたね。こんなに降るなんて」

 

 暗雲と、そこから注がれる細やかな雨粒を見上げて。対して俺からは、乾いた笑いしか出てこなかった。

 ――ケンタッキーダービー。チャーチルダウンズ競馬場・ダート2000m。

 今年の米国最大のダービーは、悪天候での開催と相成った。

 

「……しかし、ここまでダートが重くなると」

 

 続けようとして、口を結ぶ。

 いや、この言葉は無粋か。そう判断して。

 ただ反対に、伊坂先生は不安げに雨空を見上げていた。

 

「大丈夫なのか? いくらスペクタキュラービッドでもこうなると……」

 

 あんまりにも不安そうな姿がこちらにも伝播してきそうだったため、

 

「なに言ってんですか、伊坂先生!」

 

 大仰に、背中をバシンと強く叩いてみる。普通はやったらダメなのだが。

 ただやっぱり、こういう時こそだ。

 

「ここは一回、信じましょう。スペちゃんと日原さんがどう乗り切るのか。こうは言ってはなんですが、俺は逆にウズウズするぐらい気になってますよ」

 

「……オーナーに励まされるとは」

 

「その反応はなんですか伊坂先生」

 

「おっと、これは失敬」

 

 目を向けてみれば、伊坂先生の表情に笑みが戻っている。

 これなら、心置きなく観戦できるものだ。

 

「さて来ますよ、そろそろ」

 

 

 

 さあ米国よ、灰の天才にどう立ち回ってくる。

 

 

 

 

 15頭。今回ケンタッキーダービーに出走するという競走馬の数だ。

 だがこの最高峰の頂に上り詰められるのは、やはりただ一頭。

 しかし、今日のケンタッキーダービーにはどこか異様な盛り上がりがある。

 

「頼むスペちゃん、勝つとこみせてくれぇっ!」

 

「このために日本から来てんだ! 負けちまったら承知しねぇからな!」

 

「日原も気張れよー! 落ちるんじゃないぞー!」

 

 そう、なんと日本から応援団が駆けつけていた。

 たった一頭の日本馬、それだけのために。

 

 ゲート入り直前、日原さんは嬉しそうに笑んでみせて、スタンドの一部に大きく手を振る。

 まあ目立ちたがりな気質もある彼のことだ。苦にするどころかむしろ力にしてしまうだろう。

 

 11番ゲートに入り、日原さんがグッと手綱を握ったように見えた、その瞬間――

 

 

 

 ジリリリリ、という合図と共に、ガシャン、と火蓋が切られた。

 

 

『スタートしましたっ! 昨年に米2歳王者に輝いたスペクタキュラービッド、唯一の日本馬が好スタートを切ってくれました! 続いてアメリカ勢、コースタルが行きます。

 しかしスペクタキュラービッドは下げます。中団、いえ、やや後方に着けます。スペクタキュラービッドは後方からとなります。

 さあ日本馬一頭! スペクタキュラービッドは15頭中13番手、かなり後方に下げましたが、これはどういう騎乗なのか。鞍上日原成樹の手綱捌きにも期待しましょう。

 先頭、逃げる形になったのは――』

 

 

 さあどう来る? どう行く? どう動かす?

 日原さんの読みやら考えやらはまだわからない。

 だがきっと、やってくれるはずだ。

 史上ふたり目、史上二頭目の快挙を。

 

『1000mの通過タイムは1.04.8。不良馬場も相まってかなりのスローペースとなりました! 後方にはスペクタキュラービッド、日本馬がいますが、これは大丈夫か。泥に塗れながらも突き進んでいきます。

 残り1000mを切って、馬群はぎゅうぎゅう詰めの団子状態となっています。スローペースでこれはどうか、日原騎乗スペクタキュラービッド。

 ここからの追い上げは見られるのか。昨年のような末脚を発揮できるのか。

 残り800m。最終コーナーへ差しかかって、後方勢、アメリカのプライヴェイトアカウントが上がっていきました! 他馬も上がっていく上がっていく! スペクタキュラービッドはどうか!?』

 

 

 ふと日原さんの腕に視線を注げば。

 ――――抑えてはいないが、まだ動かしてもいなかった。

 

 

『残り500m! 最終コーナーを回って、日本馬はどうだ!? スペクタキュラービッドは追い込めるのか!? まだ9番手! しかし! 持ったまま! 持ったまま! まだ持ったまま! ジワジワと他馬を呑み込んでいく!

 400mを切ってまだ、先頭はコースタル! アメリカのコースタル! 外からプライヴェイトアカウント! 外から襲いかかってくる! だが、だがさらに! さらに外から! やっと来た来たスペクタキュラービッド! 日原成樹の手綱が動いた! 押して押してスペクタキュラービッドが! 3番手! 競り合う両馬を! 外から撫で切ったァ!

 鞭は使わず! 一気にねじ伏せる! スペクタキュラービッドが! 残り100mを独走している! 大歓声に包まれて! 場内、沸いております!

 

 

 ――スペクタキュラービッドが今、突き放してゴールイン! ……鮮やかッ! 鮮やかでした日原とスペクタキュラービッド! この雨天を、この泥を、この群れを、突っ切って、今日本馬が! 2頭目の大快挙を成し遂げてみせました!』

 

 

 

 

『ヒハラ! ヒハラ! ヒハラ!』

 

『ヒハラ! ヒハラ! ヒハラ!』

 

『ヒハラ! ヒハラ! ヒハラ!』

 

 泥に塗れた芦毛馬の鞍上が、着けていたゴーグルを外し、コールする観客に笑顔を向ける。

 

「やってやったぞおおおお――ッ!」

 

 雨空に拳を突き上げ、声高らかに。

 自らの勝利を、宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

【1979年 ケンタッキーダービー 結果

 

 

 1着 スペクタキュラービッド 2.03.4

 2着 プライヴェイトアカウント(米) 7馬身

 3着 コースタル(米) クビ】

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