――一目惚れだった。
脚は今にも折れるのではないかと思えてしまうほどに細く、馬体も小さくてみすぼらしい。
だが彼には、どうにも他にはない何かが具わっているように見えた。
どうしても気になって、俺はその馬の血統を尋ねた。
するとどういうことか、このみすぼらしさをさらに際立たせるような雑草血統で塗り潰された血統表が渡された。
なるほど、これはセリに出そうとしても売れ残るな。生産者の方には非常に申し訳ないが、馬体と血統表を見てそう確信した。
この仔馬の生産者は近々行われるセリに出し、売り払おうと考えているようだった。
ならば先回りしてやろう、と生産者を金でぶっ叩いて半ば無理矢理に購入した。
けれど、その馬に日本円にして一億円を払ったとしても、なんの悔いも残らない。
だって彼は、いずれ下剋上を成し遂げる名馬なのだから。
仔馬の頭上に表示される馬名を見上げながら、俺は呟いた。
「お前はきっと、大物になる」
その直後に撫でようとしたら、手に頭突きを食らったのはいい思い出だ。
「……あの馬、気性が激しすぎます……」
牧場長の牧野さんから、困り果てたようにそう言われたのは、購入して三日後のことだった。
実を言えば、史実を知っている俺からしたら、超優良馬のような感覚であった。だが、彼は生まれつき気性が悪く、馬体もみすぼらしく、血統も雑草塗れ。俺が牧野さんの立場になることを想像しても、確かになぜこの馬を買ってきたと問い質したくなるだろう。
悪く言うなら、あの馬にそれほどの価値はあるのか、ということである。
断言しよう。間違いなくある。
それも、あの馬を競走馬として稼ぐ賞金以上に。
「牧野さん、大丈夫ですか?」
だがそれはそれとして、牧野さんがぐったりとなって戻ってきたため、心配ではある。
あの馬の将来もそうだが、俺たちの身の安全も考慮せねばならないようだった。
再び仔馬と対面しに放牧地の方に赴いてみると、目の前には、予想していた景色が展開されていた。
あの仔馬が、たまたまその場に置いてあった鉄たらいを踏みつけまくって、凹凸だらけにしていたのだ。
仔馬に視線を向けると、頭上には『☆ジョンヘンリー』という馬名が表示される。
そう――この仔馬こそ、かの米競馬史に燦然と輝く英雄となり、その勇名を轟かせるようになるのだ。俺からしても信じがたいが。
雑草魂の塊が下剋上を成し遂げ、米王者まで上り詰めた。まさに一種のアメリカンドリームと称することができるだろう。
だからこそ、馬名を見ずとも、生年と馬体のみで彼を判別し看破できた。
それほどに、ジョンヘンリーという名馬のエピソードは濃すぎるものが多い。気性の荒さ、みすぼらしい馬体、セリ、そして血統というキーワードで確信に至った。
いずれジョンヘンリーと名付けられる仔馬がこちらに気づくと、珍しく大人しめな歩調で寄ってくる。
柵からひょこりと顔を出してきたので、試しに撫でてみると、目を横線のようにして瞑り、いかにも気持ち良さげな表情が窺えた。
そんな表情をされれば、ニンジンだって与えたくなってしまうが、ここは我慢。
しばらく撫で回していると飽きが訪れたのか、ヒンと一鳴きすると、柵から顔を引っ込める。そして柵から少し距離を取り、ゴロンゴロンと寝転んだ末に眠りにつく。お昼寝タイムのようだった。
ジョンヘンリーとなる仔馬は、今は静かに寝息を立てる。彼の才が目覚めるのは、来るべき時が訪れたら、だろう。
いずれ来るその時を、密かに楽しみにさせてもらうとしよう。
この年生まれで所有する馬はアファームドかジョンヘンリーかでかなり迷ったのですが、エピソード的にわかりやすく、万能性が高いジョンヘンリーにさせていただきました。
ちなみにサブタイトルは『ウイポ9 2022』でのジョンヘンリーの二つ名です。ご存知で看破された方は多いと思いますが……。