【中編】蜘蛛屋敷~ボクとヤベぇ女の脱出夏休み戦争~   作:影薄燕

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8月2日 罠に掛かった蝶

 

 予想外にも人が住んでいた屋敷に泊まることになって、翌日。

 

 別室で寝ていたお姉さんも起きて「おはよう」と挨拶してすぐ、何処かへ行ったと思ったらキッチンワゴンに食べ物を乗せて戻ってきた。

 

 金持ちの朝食。

 そう聞いてイメージするのはどんなのだったか?

 

 その答えがボクの目の前に広がっている。

 

「本当にこれ、食べてもいいんですか?」

 

「当然だよ。正直に言うとね、1人で食べるのって寂しいしつまんないの。たまには、ね? 他の人が食べてるのを見ながら食事したかったんだー」

 

 ボクの家にある食卓を囲むためのテーブル(ギリギリ4人座れる狭さ)の倍近い大きさのテーブル中央に乗せられたクロワッサンやバターロールなど数種類のパンに加え、バター&マーガリン、各種ジャム、生野菜のサラダ、各種ドレッシング、デザートのアイスクリームなどが並べられていた。

 違いと言えばボクの側には牛乳が、向かい合って座っているお姉さんの側には紅茶が置かれてることぐらいだろう。

 

 カルチャーギャップがすぎる。

 

 数ヶ月前まで学校こそ通っていたもののボクは生まれてからずっと貧乏生活で(義務教育のため国から補助金が出ていた)、焼いた食パンにハムを乗せたのがスタンダードな朝食だった10年間を過ごした身としては、どれからどう手を付けて良いのか分からずただ見つめるだけの時間が続いていた。

 

(こっちに来てからようやく焼いた鮭&炊きたて御飯&味噌汁のセットが朝食として出てきたことに感動したのに、よりすごい朝食の風景を見せられたボクの心情よ……)

 

 これってマナーに従って食べなきゃいけないのかな?と、結局食べられずにいればお姉さんも疑問に思ったのか不思議そうに首を傾げる。

 

 ……小学生のボクが言うのもませているみたいでアレだけど、一々所作が色っぽいんだよなこのお姉さん。

 “ようえん”というか“いんび”というか……

 

「どうかした? もしかして、パン嫌いだった?」

 

 やめて。悲しそうな顔しないでください。

 「日本の子はやっぱり和食派なのかな?」と困った表情しないで。

 

「その、いつも食べている朝食と違って、あまりにも違いすぎて、どう食べて良いのか分からないといいますか……」

 

「あぁ! そういうことか! マナーとか気にしないで食べて良いよ。私だって普段は気にせず好きに食べてるんだし♪ それに昨日はスープを飲んでそのまま寝ちゃったでしょ? お腹が空いているんじゃない?」

 

「……はい」

 

 うん。実はお腹ペコペコなんだ。

 育ち盛りの年になってきたからかお腹が空きやすい。

 

 ……その割には身長の伸びが悪いんだよなー。

 顔つきも中性的なままで男らしくならないし。

 

「じゃあ、その、いただきます」

 

「いただきます♪」

 

 

 結論から言おう。

 初めて家族以外と食べた朝食は、いつものそれとは違った美味しさがあった。

 

 

 ――いや、本当に美味しいな!?

 

 何このパン!? ものすごくフワフワサクサクなんだけど!?

 え? 出来たて? お手伝いさんが毎回焼いてる? 野菜も取れたてを使ってる? 管理人さんが栄養バランス調整? ボクの分も昨日の夜の内に相談して特別に用意して貰った?

 

 やっぱここ、外見詐欺なだけでお金持ちの家じゃないの!?

 

 お姉さん絶対どこかのお嬢様とかだよね!?

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふ~ん、そんな事情があったんだね蒼太くんは」

 

 朝食を食べて、未だに自己紹介すらしていなかったことに気付いた。

 

 それで世話になったお姉さんには、家庭の事情からこの屋敷に来るまでの経緯を簡単に説明しておいた。

 お姉さんは許してくれたし事情の説明も素直に聞いてくれたけど、お姉さんの言う“管理人さん”がどう思ってしまうか分からないので素直に話すことにしたんだ。

 ケイサツ、ヤダ。

 ゼンカ、ヤダ。

 フホウシンニュウ、モウシマセン。

 

「小さいのに偉いな~。いい子いい子♡」

 

「あの、恥ずかしいからその辺で……」

 

 目のやり場に困る。

 

 前に座っていたお姉さんが乗り出して頭を撫でてくるから、どうしても目線の先に……揺れている大きな果実が意思表示してるというか。

 お姉さんが着ているのがシンプルなワンピースなせいで、がどれだけ大きいか理解してしまう。間違いなくお母さんの倍はあるだろうな。お母さんが小さいのか、お姉さんが大きすぎるのか。

 

 あ、そういえば……

 

「ボク、お姉さんの名前知らないや」

 

「……そういえば、言うの忘れてたね」

 

 お姉さんは目を瞑り、人差し指を唇に当てて「うーん」と可愛らしく唸る。

 

 いや、だから何でそんなに色っぽいのかと。

 

「私……本名って嫌いなの」

 

「そうなの?」

 

 自分の名前が嫌いだなんて人は初めてだ。

 

「誰が決めたんだか、すごく呼びづらいの。昔――生まれた頃は遠い海の向こうで暮らしていたから、洋風?で馴染みがないんだー」

 

 どうやらこのお姉さんは外国で生まれたらしい。

 あー、たまに聞くな日本人に発音が難しい名前の人って。よく見ればお姉さんって日本人に見えるけど外国の人の面影もある。もしかしたらハーフなのかもしれない。それでバリバリ名前が洋風で本名が発問しにくいってなると、自分の名前でも嫌いになったりするのかも。

 

「管理人さんとかはずっと“様”って付けるから余計にねー」

 

 様付けって、やっぱお嬢様じゃん。

 

「それじゃあ、愛称とかは?」

 

「愛称?」

 

「親しい人とかが良い意味で名前を略して呼ぶのをいうんだ。ボクの場合、名前が蒼太だからお母さんから“そーくん”って呼ばれてるよ?」

 

「“蒼太くん”だから“そーくん”かぁ……」

 

 お姉さんはしばらく悩み、

 

「じゃあじゃあ、私のこと“ナーさん”とか呼ぶのは……ダメ、かな?」

 

 わざわざ下から覗き込むように見てくる。

 この人、天然のたらしかな? 演技とは思えない。

 

(“ナーさん”とかだとどこか他人行儀かな?)

 

 

 自分の名前が嫌いな人なら、もっと親しみをもって……

 

 

「それだったらボクはお姉さんのこと“ナーねえ”って呼ぶのはどう?」

 

「………………“ナーねえ”……?」

 

 ボクの考えた愛称を聞き、石化したかのように動かなくなるお姉さん。

 あの? 大丈夫?

 

「“ナーさん”って呼ばれたいお姉さんだから“ナーねえ”って」

 

 ダメな愛称だったかな?

 ちょっと心配になっていたら、より自体が混沌になる。

 

 

「――ふぐぅっっっ!!」

 

 

 突然、胸を押えてテーブルに突っ伏したお姉さ――ってちょっと!?

 

「大丈夫!? 心臓が苦しいの!? それとも狙撃!?」

 

 お医者と狙撃手はどこ!?

 と、ちょっとバカな取り乱し方をしていたらお姉さんが復活した。

 

「ボソッ(これが、愛なのね……)」

 

「え?」

 

「ボソッ(もう無理。長い年月溜め込んでいた欲望が……)」

 

「お姉さん?」

 

「ボソッ(絶対、逃がさない。ウフフフフ♡)」

 

「ちょっとお姉さん!? 本当に大丈夫!?」

 

 ボソボソ小さい声で何か言ってるけど聞き取れない。

 気のせいかな? お姉さんから黒いオーラのようなものが……

 

「………………“そーくん”、私から今日から“ナーねえ”よ」

 

「えっと、気に入ったってことでいいのお姉さん――」

 

「ナーねえ」

 

「あの、お姉さ――」

 

「 ナ ― ね え 」

 

「気に入ってくれてありがとうナーねえ!!」

 

 お姉さん改めナーねえの笑顔が怖い。

 圧があるというか、逆らっちゃダメな空気を感じる。

 

「それでぇ? そーくんはこれからどうするのかな?」

 

「どうするって家に帰らないと」

 

 鍵は掛けてあるから大丈夫のはずだけど、やっぱり心配だ。小さいながらもローンで買った夢の一軒家だし、何かあるとマズい。

 

「そっかー家に帰っちゃうかーそうだよねーそれが普通なんだよねーでもここが家なら問題ないというかーずっと一緒に……うふふ♡

 

 何だろう一体?

 どんどんお姉さんが怪しくなってきている。

 何でボクの第六感はさっきから警報音を鳴らしてるんだ?

 

 ……とにかく、いったん家に戻ろう。そうしよう。

 

「大変ご迷惑をおかけしたんでこのへ――」

 

「全然迷惑じゃないよ!!」

 

「――この辺で失礼させていただきますね」

 

 言えた。よくぞお姉さんの圧に負けずに言った。

 偉いぞボク。

 

「ナーねえには玄関まで案内してほしいんだけど」

 

 靴を整えながら扉まで行き、

 

「…………そーくんの家は貧乏だったんだよね?」

 

「? うん。それが――」

 

「昼食はね、和牛が出るんだよ」

 

「!?」

 

 その足が止まった。

 

「管理人さんがね、言ってたの。いつも世話になってる業者から発注ミスで余っちゃった和牛を貰えたから、昼食は和牛のひつまぶし風にしましょうかって。各種薬味やシメ用の出汁も用意したって」

 

「………………」

 

「あと数時間ここにいてくれれば食べられるんだけどなー」

 

「………………和牛って、どんな?」

 

「確か、A5がどうこうって――」

 

「もうちょっとだけいてもいいかなナーねえ!!」

 

「もちろんだよそーくん!!」

 

 ゴメン。父さん、母さん。

 A5和牛の魅力には勝てなかったよ。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 和牛美味しい。

 

 

 あのあと、お姉さんは管理人さんに話をすると言って出て行き、数分後にはとても良い笑顔で戻ってきた。

 部屋に設置されたテレビ(薄型ハイビジョン)で夏休みの期間特有の番組をお姉さんと見て過ごせば、ついに昼食の時間。

 キッチンワゴンを押して入室してきたお姉さんがテーブルに並べた高級感溢れるひつまぶしセットと――待望の和牛。

 

 ぼくの語彙力じゃこの美味しさを上手く表せないのが悔しい限りだ。

 

 食後に出されたリラックス効果のあるお茶も美味しかった。

 

 リラックス効果ってすごいな。

 

 だって、すごく、眠くなるんだから……

 

 こんなに眠くて、抗えなくて、横にされて……

 

 不自然なくらい意識が……

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁん♡ 寝顔もやっぱりカワイイなそーくんは♡ それにしても、人間の作る薬ってこんなに効果があるんだー? ――っと、こうしちゃいられない。この屋敷を本格的に私とそーくんの愛の巣(意味深)にしなきゃ♪」

 

 

 

 

 

 




【部屋を出た数分の間の出来事】

ナーねえ「もしもし!」

管理人さん「どうされましたナ※※様?」

ナーねえ「今すぐ最高級の和牛を用意して!!」

管理人さん「最高級の和牛? 今は豚肉の方ばかりで――」

ナーねえ「お昼は和牛のひつまぶし風で決定なの!!」

管理人さん「え? 昼食はパスタの予定――」

ナーねえ「 い い か ら 早 く ! ! 」

管理人さん「か、かしこまりました!!」
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