空は暗雲に覆い尽くされ、空気中を埋め尽くすのは降り注ぐ雪結晶のみ。
見渡す限りの、白銀の世界。瞬く間に体温は下がり、迷い込めば二度と戻れないような、美しくも恐ろしい空間。
辺りに人工物は見えず、降り積もってゆく雪すらも、暗雲の影響か灰色に染まり、不気味な雰囲気。
そんな空間を走り抜けてゆく、一人の娘がいた。
華奢な風格。揺れる茶髪のポニーテールと仄かに膨らんだ胸。涙目になっているマゼンタの瞳。この環境にしては薄着である、白いセーターと花柄のロングスカート、茶色のブーツに身を包み、白銀の世界を疾走していた。
淡い桃色の唇から、仕切りに白い吐息が零れ出る。
頬は紅潮し、今にも泣き出しそうな、苦悶の表情で満ちていた。
背後から彼女を追跡する、三つの人影。
一つは、赤と青に分かれた装甲を纏いし、紫の複眼を光らせる戦士ビルド。
二つは、緑と黒の装甲を組み合わせ、紫の複眼で彼女を捉えている戦士ダブル。
三つは、赤、黃、緑の上下三色で、野性に満ちた紫の複眼を鈍く輝かせている戦士オーズ。
正義の風貌を持ってして、悪逆無道の行為を行う彼らに、娘は追われていた。
「は、話を……話を聞いてくださいって……!!」
「わ、私は……ここが何処だが分からない……だけなんです……!!」
跡切れ跡切れの説得を紡ぐも、戦士たちには届かない。
もう、脚がはち切れてしまいそうで、走るのはとうの前に限界だった。
『サイクロン! トリガー!』
ダブルの黒き装甲が蒼く染まり、突如出現した拳銃から放たれた弾丸が彼女の肩を貫いた。
旋風が肉を穿ち、骨を砕き、真っ赤な血液が瞬く間に吹き出して、白銀の地面を紅く染めた。
彼女は激痛と衝撃により、足を滑らせ転倒。
肩を抑えて悶え苦しむも、狂気に満ちた正義の戦士の目には、ただの転がる肉塊でしかない。
三人の戦士は、どす黒い靄に包み込まれ、その姿を一変させる。
ビルドは漆黒に染まり、ハザードフォームへ。
ダブルの装甲はモノトーンとなり、ファングジョーカーに。
オーズは紫一色に染め上げられ、プトティラコンボへと。
より狂気に染まった戦士達は、じりじりと、彼女の元へ詰め寄ってくる。
「わ……私は……誰なの……」
己の名さえ分からぬまま、彼女は死ぬ。
それを悟った時、無自覚にも涙が零れ落ちてきた。
これまでか、と娘が瞳を閉じた時、自身の胸元に違和感を覚えた。
怪我とも違う、物の感触。
懐からそれを取り出してみれば、見に覚えのない、真っ白なバックルのようなデバイスがあった。
中央に嵌め込まれたマゼンタの円盤を見た時、彼女の様子が急変する。
目尻はツンと釣り上がり、先程までの情けない表情とは打って変わった、逞しさが垣間見えるものとなる。
彼女は立ち上がると、バックル――フォースドライバーを腰に当てる。
ベルト帯が飛び出し、彼女の華奢な腰へと巻き付いた。
腰に付いたケースから、一枚のカードを取り出し、中央の円盤にかざす。
『フォースエナジー……!』
左右のレバーを引くと、バックルが斜めに展開。そして、バックル内へカードを装填。
マゼンタの輝きと、近未来的な電子音と共に、彼女の周りを時空の歪みが覆い尽くす。
それは、降りしきる大雪でさえ掻き消してしまうような、強大な力だった。
「変身」
『フォースデザイア! ディフォース!!』
四つの幻影が、この時空を駆け巡り、彼女の元へと終着する。
幻影はやがて白銀のスーツへと変わり、上空にできた亀裂からプレートが降り注ぎ、頭部へと嵌め込まれ、鮮やかな紅き装甲が纏われた。
深緑の複眼がカッ、と光れば、白銀の世界を背にして、一人の戦士が誕生した。
仮面ライダー『ディフォース』。あらゆる力を制し、我が物とする仮面の戦士の名前である。
その姿を見て、真っ先に襲いかかったのはビルド。
ドリルクラッシャーと呼ばれる剣を振るい、ディフォースの装甲を削り取ろうと試みるも、彼女の掌から放たれた衝撃波に妨害される。
隙を見せた途端、ビルドの懐へ強烈なパンチを叩き込んだ。
『マックス! ハザードオン!』
『レディ? ゴー! オーバーフロー!』
ビルドは限界まで力を解放し、再びディフォースへ挑む。
『エボルトエナジー……!』
ケースから取り出した一枚のカードをドライバーへと装填。深紅に染まった時空の歪みをその身に纏う。
『エボリューション! エボル!』
赤と蒼のアーマーに、胸部には地球儀を模した装甲。プレートの色は金に変わった、ディフォース『エボルフォース』。
凄まじい威力のパンチが、ビルドの装甲を粒子化しつつ、全てを破壊する。
さらに回し蹴りを叩き込み、ビルドを白銀の彼方へと吹き飛ばした。
『リーパーエナジー……!』
『ヘルエンジョイ! エターナル!』
続いて装填されたカードの力は、白い装甲と黒きマントを両肩に作り出す。
プレートの色は蒼く変わり、『エターナルフォース』へと変化したことを告げた。
両腕の刃で斬りかかるダブルを、マントを翻すだけで制する。
仰け反るダブル。そこへ追撃のパンチを叩き込み、さらに追い詰める。
しかし、背後からのオーズの攻撃によって一気に劣勢に立たされる。
ダブルとオーズ、荒れ狂う獣かのような戦士の攻撃に追い込まれ、ディフォースは白銀の地面に転がり、纏っていたフォースを解除されてしまう。
されど立ち上がり、ケースを手にとって、仕込んでいた刃を展開。
ライドブッカーソードとして、二人の敵に立ち向かう。
剣を振り下ろし、ダブルを斬りつけ、目にも留まらぬ追撃でオーズを斬り払う。
刃を収納し、銃口とトリガーを展開。
マゼンタの光弾を、ダブルとオーズに乱射した。火花が散り、敵の装甲は膨大なエネルギーに焼き尽くされてゆく。
『フィニッシュ……レディ?』
一枚の金色に染まったカードをドライバーへ翳し、ディフォースは姿勢を低くする。
円盤から溢れ出る、白銀のエネルギーが右脚へと纏わりついていき、装甲部分を超常的な硬度へと変化させる。
ディフォースはレバーを二度押し引きし、上空へと舞い上がる。
『ファイナルアタック!! ディ ディ ディ ディフォース!!』
ダブルとオーズへ、空中で突き出された右脚から、二対のエネルギー波が降りかかる。
時空の歪みに囚われ、身体の自由を奪われた。
そこへディフォースの、稲妻に匹敵する、それでいて強烈なキック――『ディメンションインパクト』が炸裂。
着撃と同時に大爆発が起こり、一瞬、時が止まったかのように時空の色が反転し、元に戻る。
土埃と雪が紙吹雪のように舞う中、ディフォースは着地し、変身を解除した。
娘の表情は、前のような頼りない雰囲気に戻る。
ライドブッカーから無数のカードが飛び出ていき、粒子となって、雪に紛れてしまった。
脳が潰れるかのような激痛に襲われ、ようやく自分が大量に吐血している事に気づいた。
「っ……あ……!!」
頭を締め付ける、謎の力。
そんな中浮かび上がってくる、己の記憶。
「名前……わたしのなまえ……『
娘――リキは、悶え苦しみながら、自分の名前を口にした。
「そう。君の名前は、圭峯リキさ。よく思い出せたじゃあないか」
突如、吹雪の中から現れたリキを見下ろす男。
白髪交じりの黒髪に、虚ろな赤と青のオッドアイ。分厚いコートに、シャツとジーンズという格好。
彼はリキに手を差し伸べる。
恐る恐るその手を握り、リキは立ち上がった。
「あなた……は?」
「んー、気軽にセントとでも呼んでくれ。そんな事より、君には大事な使命がある」
彼女の質問を軽く受け流し、セントは随分と大きな話題をぶっ込んできた。
「君はこれより、力を司る戦士ディフォースとして、平行世界を旅しなければならない」
「平行世界……?」
「おっと、質問はあとからだ」
セントは訳の分からない話をそのまま続行する。
「その平行世界に行き、力の暴走を抑える。それが君の使命さ」
「……その……それは私にどんなメリットが?」
「ほう、中々腹黒いんだね……今、君は自分がどこで生まれてどんな生活をしてきたか、分かるかい?」
リキは首を横に振る。全く記憶に無いのだ。過去の事が。自分が何者かでさえも。
「平行世界を巡り、ディフォース本来の力を取り戻していけば、君の記憶もやがて戻っていく」
「それは……どうして?」
「どうしてかは俺にも分からない。そして俺も、俺が誰かは分からない」
暫く、雪が吹き荒れる音だけが、その空間に木霊した。
「さて、立ち止まってる暇はない。早速、旅を始めようか」
セントが指を鳴らすと、灰色のオーロラが、カーテンのように彼女らを包み込み、別の場所へと転送する。
そこは家の中。何の変哲もない、ただの一軒家らしき内装。大量の実験器具や薬品が置かれている事以外は、ソファがあって、キッチンとテーブルがあって、テレビがある、普通の家だ。
「始まりの世界だよ、リキ」
陽の輝きを遮るように窓を覆い尽くす額縁。その中が砂嵐に満たされ、絵が現れる。
羽を溢れ落ちさせる真っ白な翼を描いた絵。その背景には薄っすらと、崩れ行く黒い翼が描かれていた。
「……旅が、始まる」
リキは、ぐっと息を飲み込んだ。
次回 仮面ライダーディフォース
「人類を救済する、それが俺の役目だ」
「悪魔なんていらない! 正義が全てだ!」
「正義……ねぇ」
「私はこの世界で……何を手に入れればいいの?」
次回 ホーリーライブの世界
全ての力を、我が物に