『Aの侵略/ディテクト参上』
朝、ソファで寝呆けていたリキは、何やら美味しそうな匂いに鼻を刺激され、反射的に目が覚めた。
まともな食事など、ここ最近食べていないからか、もはや本能で動いているまである。焦げ焦げの卵焼きはもう勘弁であった。
「セントさん……? またお料理焦がしてませんか?」
「焦がしてない――というか、この前のあれは君が作ったんだろう」
誤魔化しか真実か、どちらか定かではないが、とにかくこの前の焦げた卵焼きは最悪だったのである。
リキは起き上がって、ダイニングテーブルの方へ足を運んだ。すると、そこに広がっていたのは、驚きの光景であった。
テーブルに並べられた、豪華な食事。白米に、味噌汁、そして綺麗な色の卵焼きに焼き鮭。
とてもセントが作ったとは思えないし、自分が無意識に作ったものとも考えられない。
「食べていいぞ」
ふと聞こえた、セントにしては優しい声音。
台所の方から、一人の青年が出てくる。
短く整った茶髪に、美しい碧眼。青いエプロンを付けている事から、この料理は彼が作ったと見ていい――というか、一体全体、この男は何者なのだろうか、という疑問が押し上げてくる。
「あっ、あの……あなたは?」
「俺は
「いや……その、名前を聞いているのではなくて……」
マモルはエプロンを外しながら、彼女を椅子へと座らせる。鼻へ入り込んでくるいい匂いが、リキの空腹を促進させた。
「まずは食べてからだ」
渋々箸を持ったリキは、何が何だか分からなぬまま、卵焼きを一切れ摘んだ。
「い……いただきます」
恐る恐る口へと運び、数回咀嚼する。
「……美味しい……」
その卵焼きは、噛んだ瞬間、甘みが口いっぱいに広がり、ふわふわな食感でたまらぬ食べ心地であった。
「そうか。良かった。君も食べるといい」
「俺も? なら遠慮なく」
セントもすっ飛んできて椅子に座り、卵焼きを頬張った。
「……そうだ。俺は誰かって話だったな」
美味しく料理を食べる姿を見て、微笑んでいたマモルは、表情をキリッとさせて話を戻してくる。
「俺も仮面ライダーだ。世界を巡る、お前と同じような」
「……え?」
リキの手が止まる。
「君はディフォースなんだろう? 少し……知ってる事を教えてほしいんだ」
そう言い放つマモルの瞳は、恐ろしく冷ややかであった。
◇
紫のオーロラから一人の男が姿を現す。
薄気味悪い地下駐車場は、不気味なまでの静けさで満たされている。
喉に張り付く凍てついた空気が、吐き気を促す程に気持ち悪い。
「汚れた街だな……風都とやらは」
真っ黒で小綺麗なスーツで身を包んだ男。その背中には『Ω』の文字が刻まれてある。
「俺が正してやる。まずはこれを使わせる奴を探すとするか」
男――
『アルカディア!』
Aの文字が刻まれたメモリは、静けさに満ちたその空間で、しゃがれた声を響かせる。
◇
「記憶が……ない?」
外に出たリキ達は、巨大な風車がよく見える高台にある休憩所らしき場所にいた。
何度も風が行ったり来たりして、リキの髪を激しく躍らせる。
「うん……ディフォースとか、そのマモルくんが言うオメガダイナミクスとか、何なのかいまいちよく分からなくて」
「……そうか。なら聞くのは無駄だな……」
マモルは唇を噛み締めながらぼそりと呟く。
「君はさ、ディフォースと同じ力を持ってるわけ?」
ベンチに寝転がるセントが、偉そうな態度で彼にそう聞いた。
背中に背負った、翠の綺麗な円盤が嵌め込まれている巨大な盾をコンコン、と叩いてからマモルは言う。
「似たような物だが……ディフォースが“力を消去する”役割なのに対し、俺は“世界を保護する”役割だ」
「はぁ……」
聞いた割には興味なさそうに、セントは起き上がってふらふらと車道へと出た。
「ああっ、あぶないですよセントさん!」
彼女の声も虚しく、キキィーっと大きな音を立てて一台の車がセントを避け、大きく道を外れて建物へ激突した。
リキは慌ててセントに駆け寄り、車の運転手の事を考えて混乱状態に陥る。
ひとまず車の方へ向かい、扉を開けて中の様子を伺った。
「すいません!! 大丈夫――」
ぬっ、と顔を出したのは、運転手ではなく――ゴキブリ。
「きゃぁぁぁっ!!」
あまりに突然の出来事に、リキは今までにないような大声で絶叫し、尻もちをついた。
車の中から、血まみれのゴキブリが飛び出してくる。
人型のゴキブリ。キチキチと口を鳴らし、触角をぴくんぴくん震わせながら、辺りを見渡している。
「か、怪人……?」
リキはすぐに立ち、ドライバーを装着しようとしたが、マモルが眼の前に立ち塞がったために手を止めた。
「君は休むんだ。ここは俺に任せろ」
「でも……」
マモルは盾を地面に突き刺す。弾け飛ぶコンクリートの欠片が、ゴキブリ――コックローチドーパントに当たって相手を自然と挑発する。
腰のケースから一枚のカードを取り出し、“ディテクトドライバー”の円盤へ翳す。
『プロテクトパワー……!』
上空の空間を裂いて出現した、巨大な球体のビジョンが彼の周りを縦横無尽に飛び回る。コックローチをも吹き飛ばしながら。
「変身」
固く握りしめた拳で、ドライバーの円盤を力強く押し込む。
『ディサイド!!』
『プロテクション! ディテクト!』
円盤から放出された翡翠色の稲妻が、バラバラになった球体の破片を彼の元へと呼び寄せ、それで身体を覆わせ、装甲を形成させていく。
青緑の複眼がカッ、と輝き、変身完了の合図を知らせた。
重厚感溢れる、緑がかった銀の装甲。その隙間から見え隠れする碧く光り輝く脈は、身体を巡るエネルギーの印。
戦車を彷彿とさせるその見た目のライダーは――ディテクト。世界を保護し、保つ者。
「うばっしゃぁぁ!!」
羽をブルルと言わせ飛びかかってくるドーパント。
その胸部へ強烈な拳を浴びせ、墜落した所へ追撃として踵を落とす。
上がってくる頭を蹴り飛ばし、攻撃する隙を与えなかった。
コックローチが地面で蹲っている中、ケースから一枚のカードを取り出すディテクト。そのカードに刻まれている文字は『BADGUY』
「力試しといこう」
『バッドガイパワー……!』
パーカーのような金属の塊が幽霊のように辺りを飛び回り、コックローチを激しくふっとばす。
『アイムバッド! ダークゴースト!』
やがて稲妻によって引き寄せられ、金属のパーカーは装甲として彼の身体に纏わりついた。
仮面ライダーディテクト ダークゴーストパワー。既に彼は、強化形態を取得していたのだ。
向かってくる怪人の胸部を、盾の縁を忙しく回転する刃で斬り裂く。
紫のエネルギーを纏わせ再度斬りつけ、足蹴を叩き込む。
人差し指と中指を合わせてピン、と立て、念を込めるようにその手を前へ突きだす。
ディテクトの背後から、空間を切り裂いて現れた金属の色とりどりのパーカー達がコックローチを翻弄し、大ダメージを与える。
「終わりにしよう」
通常形態に戻り、必殺技の準備を開始する。
『パワー……! チャージ……!』
カードを翳すと、円盤から溢れんばかりのエネルギーが稲妻を迸らせながら、ディテクトの身体へと流れ込んでくる。
次第にそのエネルギーは脚部へ集中し、輝かしい閃光が空気を切り裂いた。
盾を敵へ投げつけると、翡翠色の稲妻で敵を拘束し、身動きをできない状態へと陥れる。
『ファイナルアタック! ディ ディ ディ ディテクト!』
雄々しき雄叫びと共に、ディテクトの強烈な回し飛び蹴りがコックローチの首筋へと直撃する。
脚のエネルギーと、敵を拘束する稲妻の粒子が凄まじい反応を起こし、大爆発を引き起こして、コックローチを塵も残さないくらいに粉砕した。
USBメモリが飛び出てきて、リキの手元へ飛んできて、彼女の掌の上ででパリン、と割れる。
「……ひっ、ひぃぃ! 許してくれ、仮面ライダー!!」
「……仮面ライダー?」
盾を背中に背負い、変身を解除したマモルは、コックローチドーパントに変身していたであろう男に詰め寄った。
「知っている事を教えろ」
「ひぃぃぃ!! お、俺は拾っただけだ!! このメモリは拾っただけなんだよぉぉ!!」
「……そうか」
男を突き放したマモルは、そうだけ言って去ろうとした。
サイレンを鳴り響かせやってくる二台のパトカーに包囲された男は、絶望の顔を浮かばせた。
「お前がドーパントだな。現行犯逮捕だ」
「なぁ? 言ったろ照井。犯人は車を使って悪さをしてる……って」
パトカーから降りてきた赤い男と帽子の男がドーパントを捕らえ、マモルとその隣に駆け寄ってきたリキを見つめた。
「あのおまわりさん。これ……」
「壊れたメモリ……まさか、あなた達が仮面ライダーですか?」
「はい……?」
リキは首を傾げた。
「これは失敬。私は超常犯罪捜査課の照井竜です」
「私立探偵の左翔太郎です、綺麗なお嬢さん」
翔太郎がリキに近づき、身体を触ろうとした時、彼の手首をマモルが掴んだ。
「って!!」
「……触るな」
「い、痛い痛い! 分かった、分かった!」
解放された翔太郎は帽子を直しながら、恥ずかしそうにパトカーへと戻っていく。
「ガイアメモリがばら撒かれまして……こちらも往生しています。今後とも、ご協力の程を宜しくお願いします」
「あ、あの――」
何かを聞こうとしたリキの口を、マモルが塞いだ。
「はい。こちらこそ」
マモルはそう言ってから、竜を見送った。
パトカーが去っていくのを見守りながら、リキはマモルに尋ねる。
「どうして止めたの?」
「……この街の仮面ライダーは、きっとアレの事を知った上で人助けをしてるんだろう。陰ながら戦う正義のヒーロー……そのイメージを、崩す訳にはいかないだろう?」
彼の真意はいまいち分からない。ただ、その優しげな表情から、その言葉は嘘偽りないものなのだと確信できた。