『慈悲なき天使、己の真偽』
平行世界。
それは、可能性の数だけ無限に存在する、あり得た筈の世界を指す名称。どの世界とも、決して交わる事はない。その性質から、“平行”なんて名前が付いている。
あり得た筈の世界。
世界と言うのは、ほんの些細な事で変わってしまう。
そう考えると、恐ろしくも思えて、面白くも思えてくる。
「何考え事してるのさ」
セントの拳が、彼女の抱えていた頭を軽く小突いた。
「……セントさん。聞きたい事があるのですが」
「なんだい」
「あの……この世界ってどんな世界なんですか?」
そう言うと、冷ややかなオッドアイが、じっと彼女を見つめてくる。
「あのさぁ、何でも質問すれば返ってくると思ってる?」
少し癪に触る言い方だが、言い返せないのがもやっとして仕方がない。
セントは棚の実験器具を物色しながら、話を続けた。
「俺も平行世界については、よく知らない。だから、この世界がどんな物か、自分で調べる必要がある」
「世界を調べるって……時間掛かりません?」
セントは二枚の定規を、指の間に挟んでこちらへ突き出した。
「あくまで平行世界。俺たちがいる世界と大元は変わらない。何かが違う世界。そういうのは、街の様子とかを見ればだいたい分かる」
「だいたい……って」
「さ、そうと決まれば街に出るよ」
「まぁ、この世界の仮面ライダーを探せばいいんじゃあないか。とりあえず」
まだ、理解が追いつかない。
せめて自分は何者なのか。教えてくれればいいのに。
◇
「えっ、えっと……あの……その……こここ……このせか……」
噛みっ噛みの、語彙力もクソもない言語を発するリキ。
ただでさえ、相手は耳の悪い老人なのにそんな話し方では、聞き取れる筈も無かった。ご夫妻は、不思議そうに首を傾げている。
セントが謝罪の一礼をし、リキの襟を掴んで引きずるようにして連れ戻した。
住宅街の、人目に付かない場所まで引きずられ、リキは肩の力が一気に抜けた。
「なんで俺とは普通に話せるのに、急にああなるんだ」
「……すいません」
「謝るなよ」
若干、怒り心頭中のセントの言葉を浴びながら、リキは唇を尖らせた。
人見知り過ぎるのは、この使命を全うする上でかなりの足枷となりうるだろう。
「仮面ライダーって知ってますか、でいいじゃないか」
「……すいません」
「だから謝んなっての」
無表情なセントの額に、皺が寄った気がした。
突然、何の変哲もない、ただの住宅街に悲鳴が響き渡る。
時を同じくして、爆発音も。
「デ、“デッドマン”だぁぁ!!」
馴染みのない単語が聞こえ、二人は悲鳴の方向へと駆けていく。
◇
大量の白い怪人――ギフジュニアを従える、奇抜な格好をした三人の男女。
ギフジュニア達は次々に人々を襲い、丹精込めて造られた家々を破壊していた。
「これもギフ様復活のため」
「人間達を喰らうのだ!」
緑の衣装と蒼い帽子の男二人が感嘆し、中心に立つ小柄な深紅の姫君が不敵な笑みを浮かべる。
「ギフ様……いつまでも私を、見ていてくださいね」
ギフジュニアが一斉にある方向へ顔を向けたために、優越感に浸っていた三人は束の間の娯楽から抜け出す。
リキとセント。目の前の状況に困惑しながらも、戦闘の用意を整えていた。セントを除いて。
「ば、化け物……!」
「ほら、あんたの出番だよ」
「私の使命って……まさかこれも……?」
「逃げるつもり?」
セントに嘲笑われ、リキは涙目になる。
「あんたたち、だぁれ?」
「わわわ……わ、私は……」
呂律の回らない彼女の肩を掴み、セントは呆気なくこう言う。
「こいつ仮面ライダー。君たちを倒す人」
「ちょ、ちょっと……!!」
その言葉を聞き、男たちはニヤけながら姫君の前へ出た。
「オルテカ、フリオ、よろしくー」
「おまかせください、アギレラ様」
「かしこまりました」
オルテカ、フリオは懐からスタンプのようなアイテムを取り出す。
『ダイオウイカ!』
『ウルフ!』
左胸部にスタンプを押印すると、禍々しい契約書の幻影が二人を包み込み、異形の存在へと変貌させる。
触手が伸びるダイオウイカデッドマンに、恐ろしい牙を持つウルフデッドマン。
どちらも、一筋縄では行かない相手だ。
「ほら、やりなよ。ディフォースならやれるって」
「え……えぇと」
ディフォースドライバーを慣れない手付きで装着し、ライドブッカーからカードを抜き取った。
『フォースエナジー……!』
カードを翳せば、埋め込まれた円盤から膨大なエネルギーが放射され、辺り一帯の時空を歪ませる。
襲いかかるギフジュニアでさえも、それだけで撃破してしまうような、強力なエネルギーであった。
「へ、変身……!」
カードを装填し、レバーを押し込む。
幻影がスーツに、降りかかるプレートはアーマーを作り出し、ディフォースが誕生する。
『フォースデザイア! ディフォース!』
ライドブッカーの刃を抜き、周りのギフジュニアを無茶苦茶に斬りつけた。
素人以下の斬撃ではあるが、刃に仕込まれた特殊なシステムにより、見た目以上のダメージが入っている。
ギフジュニアを次々に倒し、やがて殲滅する。
ダイオウイカとウルフは、待ってましたと言わんばかりに飛びかかる。
空気を切り裂くマゼンタの閃光が、二体の怪物を的確に捉え、貫く。
装甲を侵食される痛みに悶えながら、ディフォースへと向かっていく。
拳や蹴りを主体とした戦いへ発展し、火花が幾多も飛び散る激しいものへとなっていった。
殴り合いなど慣れていない彼女は、だんだん押され気味になり、剣を使って抵抗するのがやっと状態まで追い込まれる。
「どうした女ァ!」
ウルフデッドマンの鋭い爪が、白銀のスーツの斬り裂いた。
火花が散り、彼女へかなりのダメージを与える。
「あの天使に比べれば、なんて事ないですね!!」
ダイオウイカは笑いながら、傘のような武器の先端を彼女へ突き刺し、装甲を内部から抉り取った。
苦し紛れにカードを取り出し、装填する。
『アタックフォース……! スラッシュウェーブ!』
刃を撫でると、マゼンタの流体エネルギーが纏われ、剣を振るうとそれが軌道を描くようにして放たれた。
斬撃波はデッドマン達を斬りつけ、時空の歪みへと消えてゆく。
『アタックフォース……! エアロブラスト!』
天に銃口を突きつけ、トリガーを押し込む。
雲を貫いたエネルギーが、上空で有象無象の流星群を作り出し、一気に降り注ぐ。
デッドマンたちを蜂の巣にするほどの、大量の光弾が照射され、舞い散る砂埃が辺りを支配した。
「何やってんの! 引くよ! オルテカ、フリオ!」
「ァァ……いつか息の根を……」
「止めてやるからな!」
アギレラ、オルテカ、フリオの三人衆はダイオウイカデッドマンの触手に包み込まれ、何処かへ消えた。
「……は……終わった」
長過ぎるため息を付いたディフォースは、変身を解除。
その場にしゃがみ込んだリキ。俯いて、死んだように硬直してしまった。
「こら、そんな所に座ってると――」
ビュン、と甲高い音が響いたかと思えば、彼女の足元を眩い光弾が通過していった。
リキは悲鳴を上げ、思わず立ち上がる。
「言わんこっちゃない」
住宅街の奥に目をやれば、真っ白な銃を構える、真っ白な軍服で身を包んだ青年が、勇ましい顔つきでこちらを睨んでいた。
「何者だ……一体どこの所属だ?」
「いや、わ、わ、私達は……その……平行世界を……」
弁明しようとするも、リキのコミュニケーション力が皆無なためか、余計に怪しまれてしまう。
「お前のような奴を、放って置くわけには行かない!」
青年は銃をベルトのバックルデバイス――ツーサイドライバーにセット。
純白の翼を模したスタンプを手に持った。
『ホーリーウィング!』
二対の顔が描かれた部位に押印すると、片方が真っ白に光り輝く。
『コンファームド!』
『ウィングアップ!』
ベルトの銃、ライブガンにセット。
手に持って、純白の羽を展開し、トリガーを押し込む。
「変身」
『ホーリーアップ!』
青年を、一切穢れのない白き片翼が覆い尽くす。舞い散る羽根は、見惚れるほどに美しく、怖いくらいだった。
『ウィング! ウィンド! ウイニング!』
『ホーリー ホーリー ホーリー ホーリー! ホーリーライブ!!』
翼が消え去ると、大量の羽根が空中に溢れた。
純白の慈悲なき戦士、仮面ライダー『ホーリーライブ』が、そこに誕生した。
「ま、待って! あなたがこの世界の――」
ライブガンから放たれる、ライトグリーンの弾丸が、リキの脇腹を抉った。
「がっ……!!」
全身を巡る激痛に耐えきれず、リキはその場に崩れ落ちた。
「お前を連行する。処分はフェニックス本部が聞いてやる」
冷酷な戦士が、彼女に迫りくる。
その間にセントが割り込み、彼を説得しようと立ちはだかった。
「あのさぁ、話くらい聞いてくれてもいいんじゃあない?」
「黙れ。怪しい者は残らず排除する。それが正義だ」
「正義、ねぇ……」
血を吐き、コンクリートを紅く染めるリキを横目に写す。
懐から取り出したバックル――ビルドドライバーを装着。
すかさず赤いトリガーを手に持ち、ホーリーライブを威嚇する。
『ハザードオン!』
『ラビット! タンク! スーパーベストマッチ!』
トリガーを差し込み、赤と青のボトルをドライバーに装填し、レバーをぐるぐる回転させる。
『アーユーレディ?』
赤と青に発行する部位から、黒いパイプが張り巡らされ、ライダーを象ったプレス機が瞬く間に出来上がる。
「変身」
『アンコールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』
プレスされたセントの身体に、漆黒の装甲が纏われ、仮面ライダービルド『ハザードフォーム』が誕生する。
「セント……さん?」
見覚えのある人影に違和感を覚えながらも、リキは意識を失う。
純白と漆黒が激突する。
ビルドの機械的な攻撃を、華麗な身のこなしで受け流していくホーリーライブ。
回避と同時に放つ光弾は、難儀ながらも的確に漆黒の装甲を穿ち、ビルドへ地道にダメージを与えていく。
「ふん、やるねぇ」
『マックス! ハザードオン!』
『レディ? ゴー! オーバーフロー!』
トリガーから溢れ出る真っ暗なオーラを吸収し、ビルドの戦闘能力は限界を超えた。
目にも留まらぬ速さで距離を詰め、凄まじいパンチをホーリーライブの胸元へ叩き込む。
「ぐぅっ……!」
ホーリーライブは吹き飛ばされるも、その最中でトリガーを押し込み続け、狙いを定めて極太のレーザーを照射する。
レーザーはビルドを撃ち抜き、変身解除にまで追い込んだ。
ホーリーライブも壁と激突し、緊急用システムが誤作動を起こして変身が解除される。
「ふぅ……どうだい? おあいこって事で済ましてくれない?」
「……」
「ゆっくり話をしよう。場所は君が選んでくれていい」
◇
リキが目を覚ますと、綺麗な少女がこちらを覗き込んでいた。
「わあっ!!」
慌てて起き上がると、周りは随分和やかな飾り付けがされた、何処かの待合い室のようだった。冷蔵庫には牛乳が沢山並んでいる。
「あぁ……驚いた? ごめんなさい。うちの大ちゃんが乱暴しちゃったみたいで――私、五十嵐さくら。ここはしあわせ湯。この町一番の銭湯だよ」
さくらは、ある程度の事を教えてくれた。
あの青年、ホーリーライブの変身者は五十嵐大二といい、さくらの兄なのだという。
丁度、お風呂で休んでいるらしい。
「そ、その人と話してきます……」
リキが起き上がり、浴場へ入ろうとした時、さくらが慌てて止めた。
「ちょっ〜と待った! 男湯は女の子厳禁です!」
さくらにそう言われ、リキは顔を赤らめる。
セントが「コミュ症の癖にスケベなんだ」と追い打ちを掛ければ、泣きそうになりながらソファへ崩れ落ちる。
しばらくして、しっとりした大二が出てきて、リキと向かい合うように座る。
「……お前らは別の世界から来て、“力”の暴走を抑えるために平行世界を巡る旅をしている……と?」
「そ、そうです」
「その“力”ってのは、何なんだ?」
リキは言葉が詰まった。探している物なのに、記憶の方を優先しすぎるあまりに考えていなかった。そもそも、聞かれても分からないが。
「この世界どころか、全ての平行世界を破壊しかねない、膨大な力。それを探すのが、俺たちの仕事」
「そ、そうです……!」
「わかってないでしょ」
大二は深刻な顔つきになり、顎を指に当てて考え込んだ。
「こ……この世界のこと、教えてくれませんか? あの……怪物のこととか。あと、あなたについても……」
大二は一瞬だけ彼女を見据え、深く息をついて話を始める。
「……五十年前、遺跡で“ギフ”と呼ばれる古代生命体が見つかったのがきっかけで、この世界に“悪魔”が現れるようになった」
「その悪魔を崇拝する組織、デッドマンズへの対抗策として、政府特務機関 フェニックスが結成……俺はそこに所属し、仮面ライダーとして戦っている」
いきなり、大量の情報が舞い込んできて、頭がパンクしそうだったが、この世界がいかに大変で、いつ命を落とすか分からない世界だというのは理解できた。
「じゃ……じゃあ、あなたはどうして仮面ライダーに?」
「人類を救済する。それが俺の役目だ」
ゆっくりと、噛み締めて言い放ったその言葉には、冷徹さと正義の入り混じった、重々しいものだった。
「悪魔なんていらない。正義が全てだ」
そう言う、大二の瞳には、只ならぬ決意が感じられた。
自分とは格が違う。リキはそう思い、言葉が出なかった。
そう言い残し、大二は仕事に戻るとだけ伝えて、しあわせ湯を出ていった。
「……ふたりとも、お風呂どう?」
「ほぉ、じゃあお邪魔しようかな」
「リキさんも。ほら!」
「あ……な、なら、入ります」
「覗くなよ」
リキとセントは、それぞれ浴場へ行った。
◇
記憶がないため、銭湯に来た事があるのかすら分からないが、これほどまでに気持ちいい風呂には、多分入ったことがないだろう。
肩まで浸かれば、身体に蔓延るモノが全部抜けていくような感覚に陥り、非現実的な気分に浸れる。
雫滴る茶髪を、お団子状にまとめたリキは、口元まで湯に浸からせ、ブクブクと泡を立てた。
記憶が無いまま、よく訳の分からぬ事を続けられるな、と自分を不審に思った。
「私はこの世界で、何を手に入れればいいの?」
水面に写る自分の像を、じっ、と見つめようと、答えは返ってこない。
圭峯リキ。
名前しか覚えていない。それも、忘れかけていた。
自分は名前だけの、空っぽな存在なのではないか。
そう思うと怖くなってくる。
怖さを紛らわすため、桶でお湯を掬い、頭からぶっかけた。
次回 仮面ライダーディフォース
「駐屯基地がデッドマンズにジャックされた」
「正確には“世界を跨げる力”だな」
「あいつのせいで兄ちゃんは……!!」
「大二さん……よく……考えてください」
次回『悪魔の魔の手、退く攻めの手』