バイルは撃破された。
セント曰く、やはりあの悪魔は自分たちが探していた“力”の持ち主であったようだ。
ディフォースの力で、完膚なきまでに撃破した。世界を跨ぐ危険は皆無となっただろう。
ならば、もうリキ達が此処に留まる理由はない。
「セントさん、どうですうちの湯は」
「あぁ。熱すぎるくらいだ」
「へへ、それがウリですからね」
のぼせそうなセントと全然平気そうな大二のいる、むさ苦しい男湯。
ただ悠々と湯に浸かっている二人は、男にしかできない会話をしながら、時を過ごしていた。
壁一枚跨げば、世界は一変する。
お揃いのお団子ヘアにして、仲良く風呂を楽しむリキとさくら。その雰囲気、その景色、どれをとっても最高としか言い難い。
「リキさん、お肌綺麗ですね。羨ましい〜」
「そんな……さくらさんの方がまだ若いんだから……」
「ちょっと触ってみていいですか?」
「え、やっ! ちょ、ちょっと!」
リキは胸元から肩に掛けてを、全力で両腕で死守しながらさくらから距離を取る。
「えーちょっとくらいいいじゃないですかー。私、触ればどんな秘訣があるのか一瞬でわかりますから」
「う、噓ですよそんなの! だ、だめぇっ! 触っちゃやだぁ!」
水飛沫が散り、タオルに包まれた二人の身体が顕となる。狭い湯船の中で追いかけっこを始めた。大変危ない行為である。
「何か騒がしいですね。あ、セントさん、覗きは厳禁ですからね」
「君には俺がどう見えてるんだ」
呆れるセントは立ち上がり、ふらふらになりながら脱衣所へと向かった。
「もう上がるんですか?」
「あぁ……少し……休んでるよ」
顔を真っ赤にして、いつも以上に虚ろな目のセント。
実に、湯に入ってから一時間は経過していた。
◇
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夕暮れ時となった。
リキとセントは、しあわせ湯の前で、大二に見送られていた。
「リキ。ありがとう。君がいなかったら、俺は、過去の因縁に決着はつけられなかったよ」
「私は……て、手助けをしただけですよ。決断をしたのは大二さんです」
目を逸らしながら、小さな声でそう言うリキ。最後の最後に締まらないが、セントは何も言わなかった。
二人は見つめ合い、互いに微笑んだ。
「行くぞ。早いとこ次の世界に行かないと」
セントに襟元を摘まれ、引きずられるようにして連れて行かれるリキを、大二が呼び止めた。
「また……会えるか?」
「……えぇ。また何処かで会いましょう」
リキは笑みを綻ばせ、セントの縛りを解き放ち、自分で歩みを始めた。
今にも沈みそうな太陽は、輝かしい光を放ち続けている。
◇
久々に戻ってくると、何だか新鮮な気持ちだった。
ソファへ寝転がったリキは、大きな溜息をついた。
「セントさん、次の世界に行くってどうやるんです?」
「ここでの役目は終えた。自動的に、次行くべき世界へ転送するのが、この家にある絡繰の仕組みらしい」
「絡繰?」
「余計な詮索は後だ。しばらく時間がかかるから、身体を休めておくことだね」
そう言い残して、セントは二階へと上がっていった。
色々な事が一気に起こった為か、こうやって事が収まったとき、今までの疲れがどっと降り掛かってくる。
この世界には、
これから行く世界も、同じような世界なのだろうか。
否恐らく、雰囲気は同じであれど、そこで生きる人々は全くの別物だろう。
大二は、これからどんな物語を紡いでいくのだろうか。
世界の平和を守りながら、さくらと一緒に、しあわせ湯を続けていくのか。
どちらにせよ、もう彼は二度と過去の過ちを、自分を許せずに、正義を信じすぎて暴走する事は無いだろう。
それにしても、この世界に来た頃の自分は酷かった、とリキは過去に思いを馳せる。
見知らぬ人と会話を交わすのも危うかった彼女が、気づかぬうちに、大二やさくらと難なく、それでいて楽しく会話ができていたのだから驚きだ。
こういうのを成長というのか。記憶のない自分にとっては、初めての体験であった。
成長できたのは、大二のおかげでもある。大二を見て、自分を見つめ直し、彼と一緒に成長した。
素晴らしい体験ではないだろうか。
正直、世界を跨ぐ旅など、嫌なことだらけだと思っていた。
けれど案外、悪い事なんて少ないのかもしれない。
自分は空っぽだ。だからこそ、伸び代が沢山ある。“成長”していく旅と考えれば、嫌な事とは思えなくなる。
考え込むうちに、次第に眠たくなってしまい、彼女はソファの上で、夢の世界へと行ってしまった。
◇
随分長い間眠り呆けてしまったのか、真っ赤になっていた窓の外は、同じ世界かと疑う程に真っ黒に染まりきっていた。
「寝過ぎちゃった……」
思わずそう呟いた彼女は、言葉を出し切ると同時に大きな欠伸をした。
頭が上手く回っていない彼女は、自分に掛けられてあった、一枚のうさぎ柄の可愛らしい毛布に気づくのが遅れた。
(セントさんかな)
彼の意外なセンスと優しさに、心を温められながら、彼女は立ち上がり、大きく背伸びをする。
少し高い視点になった事で、ある異変に気づくことができた。
ちょうど月光に晒されている、大きな額縁。
羽が描かれた絵があった筈なのに、いつの間にか中身は全く別の物に変わっていた。
全てを焼き尽くしてしまいそうな灼熱に囲まれた、一本の漆黒の
「新しい……世界」
彼女の独り言が、虚しく、静寂に支配された虚空に何度も、何度も響いた。