だったら俺たちも最終回――という訳には行きません。
随分と大きな音を立てて、落下してくる缶ジュース。
冷々としたスチール製のそれを、自販機の底から取り出し、徐ろに頬へ当てた。
つーん、と染み渡ってくる冷たさが、冴えない頭に刺激を与える。
オレンジジュースの封を切り、リキは酸っぱい液体を喉へと流し込んだ。戦闘を終えたばかりの体には、最高の代物である。
バハトを追いかけてきたが、あっという間に見失ってしまい、この静かな住宅街で今に至る。
セントもリキも、半ば諦めかけてしまっている。この世界のライダーが、あんなにも我が強すぎる人間だとは、予想外であったからだ。
大二はまだ素直さが垣間見えていたが、バハトに限っては、最早話すことすらままならない様子だった。
「……あの人……一体、何が目的なんでしょうか」
「聖剣、とか、剣士、とか言ってたね。君を“あれ”を持った“それ”と勘違いして襲ってきた……と見込んで良さそうだ」
セントは『おいしいコーヒー』を啜り、顔をしかめる。
「何にせよ、あの人から直接聞き出すのは難しいんじゃない? 僕たちだけで“力”を見つけ出して、倒すしかないよ」
「でも……それじゃあディフォースの力が」
「いいかい、僕たちの役目はあくまで“力”を別の世界へ行かせない事だ。
前の所でホーリーライブの力を手に入れられたのも、偶然の産物さ」
彼女の手に握られた、デュアリティカード。これを手に入れられたのは偶然であり、必然では無いとのこと。
仮に新たな力を得ずにやっていくとして、通常形態とこれだけで、果たしてどんな敵にでも勝てるのだろうか。
「ほいっと」
缶ジュースを飲み終えたセントは、行儀悪く、空き缶をゴミ箱に向けて投げ捨てた。
しかし、狙いはゴミ箱を外れ、その側にいた人に当たってしまい、コツン、と音を立てた。
「あ」
「ちょ、ちょっと……! 何やってるんですか……!」
慌てるリキと悔しがるセント。
そんな二人に憤りを覚えたのか、人影がゆっくりとこちらを振り向いた。
しかし、彼女らを見据えるその顔は、明らかに人間ではなく、異形な魚を彷彿とさせる怪人――ピラニアメギドであったのだ。
「か、怪人……!!」
「俺のせい?」
「〜〜〜っ」
リキは呻き、ドライバーを力強く装着。セントも渋々そうして、二人は変身する。
「変身っ」
「変身……」
『フォースデザイア! ディフォース!』
『ブラックハザード! ヤベーイ!』
飛びかかってくるピラニアメギドに、回し蹴りを叩き込むディフォース。
足裏に掛かる衝撃を吸収し、地面を踏み込んで飛翔。奴の頭上から刃を振り下ろして奇襲を成功させた。
敵は骨に似た歪な剣を持っており、素人くさい手付きではあるが、厄介なことに、斬撃を繰り出してくる。
こういう時はと、引き下がったディフォースは銃口を向ける。トリガーを引き続け、マゼンタの光弾の軌道で空中を彩った。
情けない声を上げながらゴミ箱の影に隠れたメギド。その影から、ピラピラのピラニアが大量に飛び出してきて、彼女を襲う。
苦し紛れに装填したカードが発動したのを確認し、何とか銃口を天へ掲げてトリガーを引く。
『アタックフォース……! エアロブラスト!』
降り注ぐ鮮やかな朱色の光線が、紙のピラニアを掃討し、真っ黒な塵が空気中に散布した。
ビルドにより引っ張り出されたメギドは、怯えながら漆黒の鉄槌を腹へと諸に受ける。
『ガタガタゴットン ズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』
恐怖の旋律が奏でられながら、レバーが回される。
ビルドの装甲から狂気のエネルギーが溢れ始めた瞬間、彼の背後から、もう一体のピラニアメギドが襲いかかった。
流石のビルドも対応しきれず、蹌踉めいて必殺技は阻止されてしまう。
「二体も……――ぐっ?!」
唖然としていた彼女にも、もう一体のメギドが奇襲を仕掛けた。
歯をむき出しにして笑う、ゴブリンメギド。長い棘棒を振り回し、こちらに攻撃を仕向けてくる。
振るわれた棒が装甲を穿ち、金属の棘が深々と突き刺さる。
奇襲だった為か体勢を整える暇も無く、かと言って反撃する隙も無く、連撃を叩き込まれるディフォース。
静かな住宅街は、一瞬にして戦場へと変わり果て、阿鼻叫喚が響く。
ようやく反撃体勢に入ったディフォースだったが、反対方向から飛んできたビルドと激突し、二度その体勢を崩す。
「ちょっとセントさん……!」
「仕方がないだろう、ここは狭いんだ」
三体のメギドが、じりじりと迫りくる。絶望的な状態だった。
「逃げるが勝ち……ってやつだね」
「そ、そう……ですね」
『ノーメルシィ! ホーリーライブ!』
ホーリーライブフォースとなり、重たいビルドを必死で抱きかかえながらも飛翔し、何とか窮地を脱出した。
◇
だいぶ離れた都会の、ビルの屋上。何とかそこへ逃れられた二人は、荒く肩で息をしていた。
「……セントさん……重たいですよ……」
「……失礼ね」
こんな時でも言い争いの火種になるような事を言えるのだから、ある意味平気そうではあったが。
そんな二人の耳に、鉄が地面に強く打ち付けられる、キーンとした音が響いた。
「ちっ、騒がしい」
何と、その屋上にはバハトが居たのだ。無銘剣を手に持ち、完全に戦闘態勢であった。
「あ、えーと……その……あの……」
思わず立ち上がったリキ。身振り手振りで説明しようとするも、トラウマがあるのか全く言葉が出てこない。
「……あぁ?」
彼女の顔を片手で掴み、しゃがれた声で威嚇してくるバハト。
もう、リキにはお手上げの相手であった。
セントは全く助けてくれない。この有様を見て楽しんでいるのだろう。
「女ァ……あまりこの俺を怒らせるなよ」
「お、女じゃ……ないです……圭峯……リキです」
「ほおぉう……?」
そう言うと、頬から手は離され、バハトが彼女の周りをのそりのそりと歩く。あまりの怖さから、リキは震えながら硬直していた。
バハトはニヤリと笑いながら、顔を近づけてきて、彼女の鼓動は極限まで早まった。何をしても怖い。リキはもう、泣き出してしまいたかった。
「ただの女じゃあないな。かと言って聖剣使いの剣士でもない……何者だ? お前は」
「あ……えーと……」
刹那、彼女の中で何かが吹っ切れ、頭を数回回した後、雰囲気が一変する。
瞳の色が淡く、白銀に光り輝き、表情も凛とした物へと早変わりした。
「私はディフォース、全ての力を操る者です」
「……?」
雰囲気の変わった彼女に、戸惑いを隠せないバハト。
「世界を巡り、そこに蔓延る悪の力を除去する……それが私の使命です」
リキは突然、ライドブッカーを手に取り、その矛先を彼の鼻先へ近づけた。あまりに突然の展開に、バハトも動揺している様子だった。
「協力しなさい。仮面ライダーファルシオン。さもなくば、慈悲は与えません」
セントは、聞こえない程度に軽く拍手をしている。
「……あれっ? わ、私……何を……」
瞳に正常さが戻った彼女は、急いで剣を下ろし、自分が今置かれている状況に慌てていた。
がしっ、と強い力で肩を掴まれる。
バハトの血走った目と剥き出しの歯が、これ程にない狂気を醸し出している。
「……ディフォース……!」
「へぇ……っ?」
目尻から涙が溢れかける彼女には、全く理解ができない展開であった。
「お前、死にたいようだな」
「あ……」
彼女の中で、短めの走馬灯が駆け巡った。もう、旅はここで終わりなのだと確信までしてしまう。
突き出された無銘剣の矛先が、スローモーションのように見える。
瞳を閉じ、痛みに悶える準備をするも、矛先は頬を僅かに掠めて、彼女の髪を束ねる紐を切断した。
ばっ、と垂れる茶髪を見て、剣を振り下ろす手が止まるバハト。
「っ……」
潤んだ瞳で彼を見上げるリキ。
何を想ったのか定かでは無いが、バハトの剣を持つ腕から力が抜けたのが分かった。
「ごめんなさい……ただ、私は……あなたと……」
まるで狐にでも化かされたかのようなバハト。その双眸からは、先程のような狂気は一縷も感じることができなかった。
「はいはーい。こんにちは、“仮面ライダー”諸君」
突然、そんな声と共に、乾いた冷たい足音が近づいてきた。
視線を寄せると、階段を登りきったのは一人の女性であった。
不敵な笑みを浮かべ、黒のスーツで着飾り、手に嵌めた手袋をパチン、と鳴らしている。
「ディフォース。君は本当に面白いね。私我慢できなくなっちゃったよ」
「……え……わたしの事……今、なんて」
女はリキに向かって、艶美な表情を浮かべたまま、投げキッスを捧げてきた。男から見ればドキ、とするのだろうが、彼女からすればただただ不気味であった。
「でもねぇ。ごめんなさいね。あなたがいると、本当に邪魔なのよ」
「な、何のことですか……」
長い髪を揺らしながら、一歩前に出るリキ。真剣な顔つきであった。微かに揺るぐ瞳からは、僅かながらに期待と渇望が感じられる。
「でも、ちょっとだけ遊ばせて……ね」
女が羽織っていたブレザーのボタンを外すと、前方がはだけ、白い服に包まれた腰に巻き付いている、三つのパイプが張り巡らされた“ドライバー”が曝け出された。
「なっ……!」
「私は
名乗った彼女の懐から取り出された物、リキには一目で正体が分かる。
――バイスタンプだった。
『トライキメラ!』
『オク サイ ムカ カモン!! キメラキメラキメラ!!』
紫のそれがドライバーへと装填されると、三体の巨大な生物の幻影が彼女の周りを取り巻いた。
「変身……」
『スクランブル!!』
淡い声でそう言い、スタンプを横へ倒す。
すると、三体の生物は一斉に粒子化し、彼女の身体へ装甲を形成していく。
『オクトパス! クロサイ! オオムカデ! カメンライダー ダイモン! ダイモン! ダイモン!』
眩い閃光と共に誕生した、まるで“悪魔の王”かのような仮面ライダー――ダイモンは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「くっ……変身!」
『ディフォース!』
変身し、直様応戦する。
剣を振るうも、軽々受け止められ、反撃のパンチを数発貰い、ふっ飛ばされるディフォース。
「……どいつもこいつも変な奴だ……」
『エターナルフェニックス!』
ファルシオンが横入りし、何とかこちら側の優勢に持って来られたものの、油断をすれば、あっという間に逆転されてしまいそうな力の差がある。
ダイモンの蹴りがディフォースをビルの外へ投げ出し、落下させる。
飛翔させる暇も与えず、すかさず自ら飛び降りて、蹴りを加えて、落下を加速させてきた。
コンクリートの地面を破砕したディフォースは、よろめきながらも立ち上がり、降り掛かってくるダイモンの攻撃を防ぐ。
肉弾戦が駄目なら遠距離戦だと、距離を取ったディフォースは光弾を我武者羅に乱射した。
『オクトパスエッジ!』
しかし、その全てが禍々しい色のマントによって打ち消され、突然現れた触手に拘束され、手痛い反撃を貰う。
「ごはっ……!!」
口の中が鉄臭くなる。今のは、致命傷になりうる攻撃であった。
荒々しく降ってきたファルシオン。着地と同時に奇襲の斬撃を叩き込み、そのままの勢いを保って、ダイモンへ連撃を繰り出していく。
剣だけで無く、足裏や肘を活用し、乱暴ながらも高火力を叩き込んでいくファルシオン。変身者があの男だと、一目で分かる。
『アタックエナジー……! スラッシュムーブ!』
マゼンタの斬撃波を放ち、ダイモンの背を穿つ。間髪入れずもう一撃、今度はマントで打ち消されるも、反対側からファルシオンによる燃え盛る斬砕が炸裂。
数の暴力には抗えず、次第にダイモンは追い込まれていった。
「んー……つまんない邪魔が入っちゃった。まぁいいや。時間稼ぎにはなったよね」
「時間……稼ぎ……?」
ダイモンは両腕を広げ、ディフォースに向けてこういった。
「楽しかったよ、ありがとう。お礼として、私からも最高のショーをプレゼントするわね……うふふ……」
紫の淡いオーロラに包み込まれ、ダイモンはその場から消え去った。
「……何が……起こるの……?」
◇
そこだけ別世界かのような、禍々しい装飾が施され、王の玉座が置かれた廃れたビルの屋上。
玉座に座り、足を組んで広大で、平和な都市を見下ろすウォウス。
「さて……“争い”で満たしてやりましょう……フフフフフ……!」
彼の手に握られた、厚めの黒いワンダーライドブックが、開かれた。
『ネクロノミコン!!』