転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある?   作:折本装置

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第一章 Debut
プロローグ 生前の記憶


 いつから、こんなことになったのか。

 どうして、こんなことになったのか。

 私にはまるで思い出せない。

 ただ、生きる意味が見いだせない。

 

 

 

 大学を卒業して、戦場に等しい就職活動を潜り抜けて、たどり着いた就職先は。

 控えめに言っても地獄だった。

 

 

 残業は当たり前。

 ただし、表向きは残業していない。

 全員定時退社したことになっている。

 タイムカードというシステムがあるのだが、ご丁寧に私の勤めている会社は一人残らず定時で上がっていることになっている。

 上司が一括で押してくれている、といえばその異常性が伝わるだろうか。

 結局のところ、情報システムというものはデジタル部分はともかくアナログ的な改ざんには対応できない。

 ハッキングを防ぐことは出来ても、上司が勝手に部下のIDを使用することをセキュリティで防ぐことは出来ないのだ。

 

 

 つまるところ、表向きはともかく残業するのが当然となっている。

 したがって、給金も発生しない。

 だがそうしないと、仕事が終わらない。

 

 

 毎日朝から朝まで働いて、もらえる給料はまだこれならフリーターとして一日中バイトしていた方がましなのではないかと思える程度の額。

 物価は上がるのに給料は一向に増えないから生活が楽にならない。

 いや、多少給料が上がったところで意味はない。

 時間や心の余裕がない以上、家と職場を往復する――時には往復できないことすらある――生活に色はない。

 そのほかにも、精神論、天引き、法則が変わる、名ばかりの管理職、パワハラ、休憩禁止、笑顔じゃないと出勤登録できないシステム、居眠りしかけた社員に冷風を浴びせるシステムなどなど枚挙にいとまがない。

 灰色の学生生活、という言葉があるが、私の社会人になってからの生活は灰一色である。

 

 

 

 仕事内容も、一言で言えばクソだ。

 顧客は従業員を人間だと認識していない。

 無論、毎分毎秒トラブルが発生しているわけではない。

 何も起きなければ、特にクレームが来ることもない。

 逆に言おう。少しでも不備があれば、獣同然に吠え立てる。

 彼らを見ているとまだ、生気を失った同僚や、生気があったことが信じられないレベルの上司の方がまともに思えてくるのだから不思議なレベルだ。

 

 

 残業や連勤が続き時間がまともに取れなくなったことや、体力的な余裕がなくなったことで家族や友人とも何時しか疎遠になってしまっていた。

 以前は楽しんでいたゲームや漫画も精神が疲弊していくにしたがって楽しむことができなくなっていった。

 いつしか、私の楽しみは動画視聴サイトで見られる動画に集約していった。

 私が動画視聴をやめずにいたのは漫画などと異なり、受動的な娯楽だったからだろう。

 SNSに近い感覚かもしれない。

 そういえば、SNSなども最近やっていない。

 ログインIDを忘れてしまい、そのままログインできなくなってしまったのだ。

 そういったこともまた、友人と疎遠になった一因でもあるかもしれない。

 

 

「今日は、久々に早く終わったなあ」

 

 

 と言っても、現在の時刻は十二時である。

 体感ではなく、スマートフォンで確認しているので間違いない。

 おっと、イヤホンがずれたな。

 まあ、戻すのも面倒だし、別にいいか。

 一般的に見れば深夜であり、普通の人間ならもうすでに寝るべき時間でもある。

 このまま帰って、明日もまた五時起きである。

 いやもう今日か。

 

 

「あれ、ここって……」

 

 

 気づいた。

 ここ、家の最寄り駅じゃない。

 寝過ごして、随分と家から離れた駅についてしまったようだ。

 これでは、帰宅できるのは何時ごろになるのか。

 そして、明日は朝何時に出勤だったっけか。

 

 

 

「ハ、ハ、ハハハハハハ」

 

 

 壊れた機械のように、笑い声が漏れる。

 もはや、涙さえ枯れて笑いしか出てこないのだ。

 疲れて、椅子にへたり込む。

 

 

 

「生きたくないなあ」

 

 

 ぽつりとそんな言葉が漏れる。

 そんな言葉が漏れるくらいには、私は追い詰められていたのだろう。

 だからと言って、死ぬつもりは毛頭ない。

 いや、違うな。

 もう、死のうとする気力すら残っていないだけか。

 どこで間違えたのだろうか。

 一体何をしてしまったのだろうか。

 何かをすれば、変えられたのだろうか。

 企業に、上司に、あるいは社会に。

 強者に踏みにじられ、搾取され、もはや私の中には何も残っていない。

 あと何年、こんな地獄を生きればいい?

 私にできるのは、死神が私を連れて行ってくれないと祈ることだけだ。

 

 

「……死神?」

 

 

 椅子に座っている彼の横に、黒っぽい人影が見えた。

 死神だろうか。

 いや違う。

 ただの人だ。

 こんな時間だというのに、駅構内には私以外にも一人の人間がいた。

 紺色のブレザーに、チェック柄のスカートというスタンダードな女子の制服。

 このあたりでよく見かける、高校の制服だ。

 死神だと思ったら、その実ただの女子高生だった。

 

 

 

 高校生が出歩くにはもうずいぶんと遅いような気がしたが、まあ私が高校生であったのはもう十年ほど前の話だ。

 時代が変わったのかもしれないと、回っていない頭が益体もないことを考える。

 あるいは、条例違反なのかもしれないが、気にすることじゃない。

 いわゆる青春と言える、数少ない希望の時代。

 少しくらい、羽目を外したって罰は当たらないだろう。

 そのまま見なかったことにしつつ、家に帰るために駅を出ようとして、ふと私は気づいて足を止めた。

 

 

「……なるほどね」

 

 

 私自身に生きる気力がなくなっていたからなのか、私には彼女が同類であると認識できた。

 あくまで勘でしかないが、なんとなくわかる。

 パワハラ三昧の職場で生きてきたからか、相手の顔も髪で隠れていて見えないのに、なんとなくわかるのだ。

 生きる気力も希望も持たない、潰れて踏まれて、壊れた弱者。

 私の同類だ。

 しかし、疑問は残る。

 

 

「夜遊びじゃないのか……?」

 

 

 どう考えても、遊んで楽しかったことの余韻に浸っているという様子ではない。

 しかし、こんな夜遅くに出歩く理由が私には夜遊び以外に思いつかなかった。

 止まっていた彼女が動き出したのだ。

 

 

「おい、待て」 

 

 

 次の瞬間、私は自分の考えが間違っていたことを悟った。

 彼女は、線路に向かってふらふらと進み始めた。

 若さゆえか、彼女には、わずかながら私より気力があるということかもしれなかった。

 

 

「……それは、ダメだろ」

 

 

 ただし、生きる気力ではなく、死ぬための気力が。

 理解した。

 彼女は、電車に飛び込んで死ぬために、この時間に、ここまで来たのだ。

 

 

 駅によっては、ホームドアという自殺者を防ぐ便利な代物があったりもする。

 が、少なくともこの駅についてはそんなことはなかった。

 加えて、駅員などもいない。

 駅員がいる時間帯ではないし、あまり大きな駅でもないから元々無人なのかもしれない。

 

 

 だから、私が行くしかなかった。

 足に力を込めて、体の向きを百八十度転換し、再び彼女の方を向く。

 おぼつかない足取りの彼女に追いついて。

 

 

「待って!待って待って待って!」

「っ!」

 

 

 私は、とっさに彼女の腕をつかんで引き留めていた。

 彼女は、線路に飛び降りる寸前のところで立ち止まる。

 ぐい、と腕を引っ張るとあっさりと彼女の動きを止めることができた。

 そしてそのまま、彼女の顔が再び見える。

 

 

 彼女の顔は、濡れていた。

 双眸からあふれる涙が、彼女の顔を濡らしていた。

 それをぬぐうでもなく、

 彼女の目つきは、死んでいた。

 そして、その目には、同じく死んだ目をした男の顔が反射していた。

 

 

 どうして。

 自分は生きているのだろう。

 生きていて、何の意味があるのだろう。

 わからない。

 疲れた。糖分と睡眠が足りていない。

 

 

「あ、れ?」

「え?」

 

 ぐらり、と体がふらついた。

 めまいがする。

 視界がにじんで、歪む。

 

 

「――」

 

 

 彼女が、何事か言っているような気がする。

 何を言っているのかは聞き取れない。

 気のせいかもしれない。

 元々、疲労がたまると耳鳴りがして聴覚が機能しなくなるのは何度もあったことだ。

 ただ、それ以外の感覚はまだ残っている。

 体が、痛みを訴えている。

 自分の体が、どこかに落ちたことがわかる。

 金属のレールと、茶色と灰色の石が敷き詰められた空間。

 線路の上である。

 そして、私のいる線路が、何かに照らされて光る。

 何かは、電車だった。

 私も出勤でよく使う、ありふれたもの。

 それが、巨大な質量の塊となって私に向かってきていた。

 

 

「最後まで、巨大な物に踏みつけられて終わるのか」

 

 

 そんな私の言葉が、口から洩れていたのか心にとどまっていたのかはわからない。

 疲労がたたったのか、意識がもうろうとしてきていたから。

 

 

 

 死の間際に、私には誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。




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