転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある? 作:折本装置
ありがとうございます。
スクワット。
脚を鍛えるための筋トレとしては最もメジャーなものだと思う。
脚だけではなく体幹や腰を使うということである。
スクワットにも色々種類があるらしいが、今回文乃さんが実行するのはノーマルスクワットだ。
足を肩幅まで開き、膝を曲げて腰を落とし、また戻すという誰もが一度は見たことがあるであろう運動である。
正直、これが一番不安だ。
スクワットは、やり方が悪かったり、負荷をかけすぎると膝を傷める。
腰から下は、痛めると致命的だからな。
簡単には治らないうえに、常に負荷がかかり続ける場所が壊れるのは最悪すぎる。
だが、あくまでも十回くらいだし、何とかなるだろうとも思っていた。
「さて、お待たせしてすみませんね。なんというか、ちょっと準備に手間取ってしまって」
【いいよ】
【大丈夫、気にしないで!】
マイクを動かして、スクワットの準備を整える。
今、ちょうど私の目の前に、キスするような距離間でしろさんの顔がある。
ダミーヘッドマイクの収音機能は万能ではない。
ある程度距離が近くないと、吐息のような小さな音はキャッチできない。
なのでこの間合いが正解だったのだが、それはそれとして距離が近すぎる。
もちろん、普段のじゃれ合いというか、話している流れでキスされることは度々あるけど、毎回キスされるたびにないはずの心臓が爆裂しそうだった。
あとね、こんなに長時間正面からゼロ距離で向かい合うだなんてまずないのだ。
普通のASMRだと、後ろから囁かれることが多かったからね。
微かに、しろさんの鼻息が私の顔にかかる。
視聴者の皆さんも距離の近さを感じているはずだ。
「じゃあ、スクワットをはじめていきますね、いーちっ」
『っ!』
一度しろさんは沈み込み、また再度浮上してくる。
つまり、しろさんの顔が一気に近づいてくる。
まるで、自分より小さい女の子が、ずいっと距離を詰めてきてキスをするかのような。
「んっ、今度はさっきよりマシかも。にーいっ」
こっちは、さっきとはまた別のベクトルで落ち着かない。
「さーんっ」
『おおう』
もう一つ、気づいたことがある。
しろさんはいま、タンクトップにショートパンツという非常に動きやすいかつラフな服装をしている。
筋トレのためと考えれば特に問題はない服装ではあるのだが、またしても
腕を頭の後ろで組んで胸を張っているせいか、むしろ先ほどより強調されている。
「よーん、んっ、ごーおっ。ろーく、うっ、あっ」
思えば、しろさんが激しく動き回ることなどなかった。
部屋の中を移動する際には歩けばいいし、唯一部屋の中で走ったのが私の正体に気付いた時のみ。
私の方にも心の余裕がなく、当然そんなところをチェックしている暇などなかった。
だが、今はその余裕がある。
薄く綺麗なピンク色をした唇から漏れ出す吐息が空気の振動として耳に伝わり、胸部の振動が視覚的な刺激として目に映る。
先程以上に眼福と言えるだろう。
【しろちゃんもう苦しそう】
【息上がってない?】
【息というか、足が動かなくなってるんじゃないかな?なんにせよ助かる】
【ありがとうございます】
『しろさん、もう少しですから、頑張ってください。大丈夫ですか?』
先ほどより、ペースが落ちている。
というか、膝を曲げたまま止まっている。
これはまずい。
しろさんの吐息が聞こえない状態が続くと、配信上よくない。
何より、しろさんに無理はさせたくない。
精神的にもそうだが、膝を痛められたりしたら大問題だ。
「まだまだいけるよ、なーなっ。んんっ」
なんとか、顔をあげて、また上がってくる。
精神力で言えば、しろさんはきっと同年代の子と比較にならないほど強いと思う。
しかし、視覚情報としてしろさんを捉えられる私には、彼女の顔が震えているのがわかった。
いや顔だけではなく、全身が小刻みに振動している。
あ、もう足が限界になってるパターンだわこれ。
一応、最悪を想定して何かあれば別室にいる火縄さんがすぐに駆け付けられる状態ではあるけど、大丈夫かなこれ。
【めちゃくちゃしんどそう】
【がんばれ。がんばれ】
【これはセンシティブですよ】
確かに、何かを堪えるような今のしろさんの吐息は、先程とはまた違った意味でのセンシティブである。
配信としては大成功だろう。
「はーち、う、ん、んんっ」
がくがく震えるのを制御しながら、声量が大きくなりすぎないように気を使いながら、しろさんは膝をまた曲げていく。
「きゅう、ん、ふーっ、ふーっ」
ぽたり、としろさんの顔から体から汗が流れ落ちる。
果たして視聴者の皆さんの耳に届いているのかどうかはわからないが、視覚的には非常に艶めかしく映る。
「じゅうっ、ふああああああああっもう無理」
十回目が終わると同時、しろさんはへたり込んだ。
「す、すみません。ちょっとだけ休憩させてください」
しろさんは、動こうにも足が震えて動けないらしい。
これ、最後にしたほうがよかったかもしれないな。
このままだとマイクの設定ができない。
かといって、ここで中止するにはあまりにも時間が中途半端だ。
どうすべきかと、一瞬考えて。
「すみません、ちょっと足が動かないので、家の人を呼んで動かしてもらいます」
私が結論を出すより早く、息を整えたしろさんが喋った。
そのまま、スマートフォンを起動して火縄さんを呼び出す。
【ファッ】
【!】
【嘘でしょ】
【筋トレでたてないの面白過ぎる】
メッセージを送ってから一分とかからないうちに、ゆっくりとドアが開いて火縄さんが入ってきた。
メイド服を着たまま、それでも音を最低限に抑えてしずしずとしろさんの方に近づく。
「ありがとうございます、本当に」
「いえいえ、そちらこそお疲れさまです」
互いに声を潜めながらのやり取り。
動作すらも、視聴者の鼓膜を壊さないような静かなものだ。
けれど、確かに電波に乗っている。
【これ誰だ?】
【声の感じからして母親って感じじゃない。姉かな?】
【すごい人いて草】
まあ、声の主が女性と分かればそこまでの反発はないだろうとも思う。
現在進行形で、そこはかとない誤解が生じているような気がしているけれど。
マットの上に寝転がっているしろさんの頭部の近くに、シャフトを最短にした状態でおかれる。
この距離なら、しろさんの囁き声でもよく聞こえる。
「というわけで、家の人が手伝ってくださったので、なんとかできますね。もう少しだけ頑張ろうと思うので、皆さんお付き合いください」
【準備整った!】
【待ってました】
【お姉さんとのASMRも待ってます】
【次は、なんだったっけ。サムネに書いてあったような】
ハプニングがありつつも、なんとかスタッフの手を借りて無事に乗り切った。
さて、次は確か。
「次は、プランクで、あとは腕立て伏せですね」
これ、しろさんの今の足で耐えられるのかな?
今回は、マシュマロでのリクエストに応えた回となります。
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