転生したら、Vtuberのダミーヘッドマイクだったんだけど質問ある? 作:折本装置
「さて、いよいよやっていこうか」
時刻は夜の十時。
すでに、リハーサルも、機材の設置も終わっている。
先ほどお風呂に一緒に入った雷土さんと氷室さんの手によるものだ。
ちなみに、火縄さんはいなかった。
たまたまなのか、それとも妙な真似をしようとして粛清されてしまったのか。
いずれにしても、文乃さんの様子から、危害を加えられたわけではないと思う。
まあ、ただの勘なのだが。
『大丈夫ですか、緊張などありませんか?』
「うん、大丈夫。今回は、色々やったからね。むしろ、どうしてやろうかとか、どこまでいけるのかっていう期待が強いかも」
『なるほど』
初めてのこととなると、文乃さんはいつも緊張する。
だが、今回はそこまででもないようだ。
多少は緊張しているが、それを新たなことをする興奮が上回っている。
理由はいくつかあるだろう。
一つには、いつも以上に準備をしてきたこと。
準備しているあいだ、雑談配信こそしてきたものの、他のASMRや企画、コラボ配信などは全て放置していた。
そこまでやってきたことは、なかった。
なんだかんだ、文乃さんは準備と企画を両立してきたからね。
それだけ、今回の挑戦に時間を割いていたということだ。
二つ目は、演技がメインだから。
ロールプレイという、全く別の存在になり切る配信。
元々、文乃さんはヘッドホンをつけることで別人へと切り替わる。
なので、別人になり切るという行為には緊張をほぐしてくれるのだろうと推測できる。
これが、文乃さん、あるいはしろさんのままだったなら結局は緊張してしまっていたのかもしれない。
そして三つめは、彼女が単純に強くなったから。
もう二年近く活動をしてきて、かなり緊張に慣れてきた。
実際、この企画を抜きにしてもそこまで酷くはなかったんじゃないかな。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
『ええ、行ってらっしゃいませ』
「うん!」
文乃さんは、メイド服を身にまとったまま、ヘッドホンをつける。
パソコンに表示された、配信開始ボタンを押して、しろさんは配信を始めた。
◇
「失礼します」
【おや】
【きちゃ!】
【声いつもと違うくない?】
少し、離れた場所から、しろさんの声が響く。
それから少したって、わずかな衣擦れの音とともにしろさんが私に接近してくる。
「お坊ちゃま、どうかなさいましたか?」
【うおおおおおおおおお!お坊ちゃま呼び!】
【新しい世界の扉が、開かれた】
【メイドさんシチュエーションがいい】
【ありがとうございます】
「こんな夜更けに私を呼び出されて、また虫が出ましたか?雷、は今日は落ちていませんね?」
訥々と、実際にあった出来事を思い浮かべるかのように、しろさんは語る。
こうして、部屋に来るのもいつものことなのだ、という状況説明をそれだけで終える。
「なるほど、暗くて怖いから一緒に寝て欲しい、と。承知しました」
「私は、貴方様のメイドですから、当然お坊ちゃまが必要としているなら何でもさせていただきますよ。そう、な・ん・で・も」
【うおおおおおおおおお!】
【えっ】
【いつも以上に色っぽい】
【本当にオネショタってかんじがしてよき】
実際、声音や態度を見ればお姉さんのメイドにしか見えないのではないだろうか。
◇
『満足感?』
「うん、今回のシチュエーションにおいて一番大事なのはそこだと思う」
お風呂上がりでほかほかになった文乃さんが、私に言ってきたのはそんな言葉だった。
正直、ぴんと来ない。
私には文乃さんが適当に言っているわけではなく、あくまでも確信があって言っているのだろうなということだけは理解できる。
逆に言えば、それしかわからない。
「火縄さんも、氷室さんも、雷土さんも、ありがたいことに私が雇用主でよかったと思ってくれている」
『ああ、そういうことですか』
今回のロールプレイは、主人に尽くすメイド。
つまり、視聴者が主人で心からよかったと思い、満足していることがこの状況においては大事だったりする。
忠誠心、敬愛、奉仕精神。
言い方は色々あるだろうが、とにもかくにもそういう心がなくてはこの配信が成り立たない。
◇
さて、しろさんは私を抱えたまま、ベッドの中に入っている。
この配信が始まった時点で、私はベッドの上に置かれていた。
そして、しろさんが視聴者がいるベッドの中に入ってくるというシチュエーションである。
余談だが、しろさんが使うベッドはスイートルームもかくやというレベルであり、人が二人はいるには十分なスペースがある。
それこそ、ナルキさんがうちに泊まった時に一緒に寝たくらいだ。
ゆえに、私の頭部としろさんが入るスペースを確保することぐらいは朝飯前というわけで。
特に、今私としろさんは密着しているからね。
「眠れませんか、お坊ちゃま、じゃあ、まずは囁いていきますね」
そういって、しろさんは私の横で囁いてくる。
耳もとから聞こえる甘い声に、私の脳も甘く融かされている。
なぜか、子供のころに戻ったような気分になる。
これが、おねショタというやつか。
私の脳内には、まだ小学生だったころの私がメイド服を着たお姉さんにかわいがられている光景が思い浮かんでくる。
「かわいいですね。ふふっ、どうされたのですか?顔を赤くして」
【トマトになっちゃう】
【こんなん逆に眠れないでしょ】
【かわいい、のか?】
【ショタシチュエーションだからな。それにしても、セクシーお姉さん感がすごい】
視聴者さんにも、指摘する人がいるが、声がいつもと違う。
何しろ、しろさんは元々声の幅はあった。
視聴者を甘やかすような、ママみのあふれる声を出すことも多々あった。
そうやって甘えてもらう、安らいでもらうことがコンセプトである以上、そこを練習しないということはしろさんの中ではありえない。
それが彼女の理想だから。
「あら、坊ちゃま、目を開けていてはダメですよ。ちゃんと目を閉じて、私の声を聴きながらゆっくりとお休みくださいね、ふふっ」
『おおう』
それにしても、本当にすごい。
目を閉じることで、本当に私としろさんがお坊ちゃんと、メイドさんの関係のようにすら思えている。
「すみません、少しだけお待ちくださいね」
そういって、しろさんはうるさくならないように、ゆっくりと体を動かす。
私の体の上を通り、そのまま反対側に移動する。
メイド服を着た銀髪のお姉さんが、ゆっくりと私の上を膝立ちでまたぎ、反対側に倒れこんでいく。
「かわいいですね。ぎゅっとしてあげたくなってしまいますね?」
耳元で囁いて。
「あらあら、ハグしてほしいんですか?仕方ありませんね」
そういって、しろさんが腕を回して抱きしめる。
これが、おねショタかと、私は知った。
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