or not to [BE]   作:ヤマグティ

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ミンナデ、シンデ、再投稿デス。


Nine S

 

 

「ナイン、ズ……?」

 

 

 四方を、いや八方をも。全てを囲む彼らの正体を、2Bは知っていた。……否、知らない筈が無かった。

 

 首に付けた黒いチョーカーに、背負った緑色のショルダーポーチ。

 

 ……あの、少年の姿。

 

「9Sタイプ……」 

 

 先程ナインズと呼んだことを訂正するように、2Bはふと、彼らをそう呼称する。

 

 それはきっと彼らを、……いや、奴らをどういう存在か、理屈では理解したからだった。

 

 奴らは、9Sの偽造だ。そこに自我はなく、ただ外観だけの九号S型。

 

 製造されたその時から論理ウィルスを投与された、紛うことなき偽造であり、敵。

 

『塔』が一体どうやって9Sの製造データを入手したのかは不明である。

 

 少なくとも、9Sは一度は機械生命体側へ鹵獲されたことがあった。その時か……、それとも、不自然な程にあの場に見当たらなかった、当人の形を再び鹵獲していたのか。

 

 2Bは呆然として、その場に立ち尽くしてしまう。

 

 ただ一つの違いもない、9Sの姿。彼女の記憶の中の姿と、寸分も変わらないカタチ。

 

 

 ……だが、最低限分かっている事。

 

 

 それは彼らが、敵であること。

 

 そして敵であるならば、自分は奴らをどうしなければならない? 

 

 

 これもまた、彼女は理解してしまっていた。

 

 ラストワン賞。きっと、それはこの9S達の事を指すのだろう。遂にここにまで辿り着いた彼女への、手厚いご褒美。

 

 今まで『塔』が彼女へともたらした仕打ちは散々な物ばかりだったが、これはその中でも、最も悪趣味で意地の悪い物だった。

 

 9Sの姿を、眼前に立ちはだからせる。

 

 2Bがここを突破するには、搭を破壊するには、この9S達を相手にしなければならないだろう。

 

 

 それはつまり、彼らを殺さなければならないという事。

 

 それはつまり、……9Sを殺さなければならないという事。

 

 

 言うまでもなく、これは2Bのよく知りすぎた姿を立ちはだかせる事で、彼女の戦意喪失を図り、同時に破壊を目的としたものだった。

 

 確かに高性能機体の彼女を確実に破壊したいのなら、これは非常に論理的で、……そして非情な倫理的方法と言える。

 

 当然、この量産された9S達には、2Bとの記憶も自立した自我さえも存在しない。『搭』が作った、本当に形だけの9S。

 

 

 ……だが、9Sのカタチをした物を殺す。

 

 それが彼女にとって、一体どれだけの仕打ちになるのかを、……どうしてか、『塔』はよく理解していたようだった。

 

 

「……9S」

 

 呆然として、ただ彼らを見回す2B。

 

 その姿に、この意地汚い悲劇を仕組んだ『塔』は、今か今かと彼女が膝を折るのを待っている。

 

 泣き叫ぶか、あるいは、ただ絶望して、一方的に殺されるか。

 

 

 ……。

 

 ……だが。今、2Bに最も近いポッド042。

 

 

 042だけは、彼女が呆然としている訳では無い事に気付いていた。

 

 

「……ナイン、S……」

 

「……。……あぁ……」

 

「あぁ、ナインズ……」

 

 くつくつと、本当に小さく、喉が笑っているではないか。

 

 口角が、本当に微細に、微笑ましそうに上がっているではないか。

 

 今にも消え入りそうで、……今にも溢れて、抑えきれなくなってしまいそうな。

 

 そんな絶望とよく似た何かが、ふつふつと彼女の空気から毀れてきている。

 

 ただ必要に応じて、敵に照準を向ける事だけを考えていればいい筈のポッド。機械如きの筈の意識が、彼女にばかり向けられる。

 

 随行支援機体として、長らく共に過ごしてきた時間。

 

 一度だって、こんな姿を見た事が無い。と。

 

 

 何故、この場で笑っている? 

 

 何故、この場に喜んでいる? 

 

 四方八方を敵に包囲され、そしてその敵は……あろうことか9Sだ。

 

 9S、九号S型。

 

 彼こそが2Bの親愛であり、彼こそが二号の相棒であり。

 

 

 ……そして彼こそが、二号のB型たる由縁____

 

 

 ポッドはその瞬間、理解した。

 

 『塔』はどうしてか、これが彼女にとって酷たらしい仕打ちになる事を知っていた。

 

 ……だが、同時に知らなくもあったのだ。

 

 

 

 9Sを、殺す。

 

 

 

 

 

 ……それが彼女の、最も触れてはならない領域だった事を。

 

 

 

 

 彼女は、携えていた武器を納刀する。

 

 手ぶらとなった両手がゆっくりと、ゴーグルへ伸ばされる。

 

 丁寧にゆっくりと、開け脱ぐようにゴーグルを外していく。

 

 ポッドは、何故かそれを制止できなかった。ゴーグルを外すのは規律違反、とも、今は臨戦態勢である。とも警告できなかった。

 

 ふつふつと、彼女から放たれている物がそうさせない。

 

 今この場で、本当に呆然としているのは042かも知れない。一歩か二歩だけ、ゆらりと前に進んだ彼女の歩幅に取り残されている。

 

 スルスルと脱ぎ捨てられたゴーグルが、無造作にハラリと落ちた。こんなものはもういらない、と。

 

 顕になったのは、一度閉じられた瞼。

 

 やがてこれも、ゆっくりと開かれていく。

 

 ……くすみを帯びた、暗い色。その瞳で見回して、彼らの動向を伺う。

 

 何処にも逃がさないと言わんばかりに、彼女の全てを包囲して、静かに固く閉ざされた口元と気配。

 

 どうやら、コチラの動きを待っているらしい。彼女はそう分かると、顕になった瞳を、少し細める。

 

 じっくりと、あのカタチを一人一人覗いていく。

 

 その目に焼き付けるように。しっかり忘れないように、と。

 

「……また、私に会いにきてくれたの?」

 

 優しく微笑みかけるように、口角が柔らかく上がっていく。微細に開かれた声色からは、艶っぽい吐息が共に零れてくる。

 

「フフ、そうだよね。君がそう約束させたんだから……」

 

 まるで慈愛をかけるような表情で、さも見知った仲であるように、彼らに勝手に語りかけていく。

 

 

 所詮は紛い物の、彼のカタチ。

 

 嫌に良くできた複製で、……そう、偽装。偽造された、偽物の姿でしかない。

 

 

 

 ……けれど、もう二度と出逢うことは叶わないと思っていた姿。

 

 ……だけど、もう二度と触れられないと思っていたカタチ。

 

 

 

 

 

 

 この手の中に、二度と失くさないように握り潰しておきたかった。

 

 

 

「フフ」

 

「フフフ、フッフフフフフ……!!」

 

「アッハハハハ!!」

 

 悦びに身動ぎ続けていた喉元が、遂に抑えきれなくなったのか、止めどなく笑い出してしまう。

 

 それは心底嬉しそうで、それは今にも笑い転げてしまいそうに楽しそうで……。

 

 そして不気味な程に、恍惚としている。

 

 頬へ、撫でるように伸ばされた左手が、そのまま前髪を掻き上げて、隠れていた左の瞳も顕にした。

 

「また逢えて良かった……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな、ウットリとした両目が、彼らのシルエットを捉えていく。

 

 今にも引きつってしまいそうな微笑みが、小刻みに震えて、くつくつと笑う吐息を零していく。

 

「……いいよ。いいよ、来て」

 

 彼にしか通じない言葉を、紛い物たる彼らが理解する事はない。だから2Bは当然、独りよがりに話を進めていく。

 

 再び瞳を閉じ、柔らかな声色と共に、再び刀へと手を伸ばす。

 

 

「何度でも」

 

 

「……何度でも」

 

 

 

「何度でもっ、私がっ」

 

 

 

 

「私が殺してあげるからっ!!」

 

 

 甲高く抜刀された宣言。開かれた瞳孔。

 

 この瞬間より、『塔』のプランは頓挫した。それを合図に、一斉に偽造達が攻勢に乗り出す。

 

 一瞬で片をつける。と、足並みを揃え、均一な間隔を保ち、円の包囲網を縮めていく。決して、彼女に逃げ道は作らせない、と。

 

 ……だが、その戦術は、むしろ悪手だった。

 

 だって彼女には、彼から逃げるつもりなど更々ないのだ。

 

 抱きかかえるような姿勢の刺突が、正面の一体の胸を一瞬で貫く。

 

 偽造たちの視線は一斉に、彼女らへ向けられる。

 

 心部を貫かれ、小刻みに震える一人の偽造。鮮血に濡れた刃が、背中から飛び出て共に震えている。

 

 まさか真っ先に正面へ突撃していくなんて、誰も思ってはいなかった。

 

 ……そう。だからこそ、胸部を見事に貫いた切っ先。

 

 偽造共も、ポッドも、『塔』も。ようやく思い知った。

 

 敵の虚を突く事に置いて、彼女の右に出る者がこの場に居る筈が無かったのだ。

 

 血反吐のえづいて、身震いする偽造の体。2Bは足で蹴り倒して、刃を引き抜く。

 

 軽く振って刀身に纏わりついた温かな鮮血を払い、そうして上目遣いに振り向いてきたのは、……あの美しくも、くすんだ色の視線。

 

 次は? と、そう言いたげに覗いている。

 

 それは挑発か、……それとも期待の眼差しか。

 

 それに応えるかのように、彼女の視線の背後から、2つの切っ先が振るい上げられる。

 

 不意討ちを狙った2体が、判断早くあの時点で視界の外を回ってきていた。

 

 だが、肩から脇腹にかけてを切り裂こうとした二体の刃は、キンとして地面を叩きつける。

 

 いない。今目の前にいた筈の、彼女の姿が無い。

 

 二体の耳に、背後からコツコツとしたヒールの音が聞こえてきた。

 

 あんな一瞬で、逆に背後に回られてしまった? 

 

 二体は防御の構えを取ろうと、咄嗟に振り向く。……が。

 

 ……もう既に切断されていた首が、振り向く体に追い付かず、ゴトリゴトリと落ちてしまった。

 

 偽造達は物量戦にかかる。

 

 偽造達は消耗戦にかかる。

 

 偽造達は連携戦にかかる。

 

 だが、全て通じない。また一人。また一人が、順々に殺されていく。

 

 彼らにハッキングの機能は無い。この場の為だけに急ピッチに作成され、順当に行けば彼女を一方的に破壊する筈だった彼らに、そんな複雑な物は搭載されていなかった。

 

 だから、少年の姿はただ一方的に蹂躙され、また一人、また一人が殺されていく。

 

 閉ざされた一室。薄暗い一室。……誰も居ない、彼女の為の一室。

 

 腕が跳ね上がる。鮮血が舞い散る。血溜まりがべチャリと鳴る。

 

 偽造の、恐怖を感じられもしない顔が、サックリと割れる。

 

 鮮血を浴びる体が、流れる身のこなしをより潤滑にしていく。

 

 舞っている。踊っている。

 

 鮮血を切っ先から撒き散らして、赤黒い姿が薄闇の中に舞っている。

 

 ジワリとした血溜まりの水面が、降ってくる鮮血で揺れ動き続ける。

 

 また一人、また一人が倒れていく。

 

 また一人、また一人。……また一人。

 

 

 また、一人______。

 

 

 ____ピタリと、2Bの動きが止まる。

 

 

 偽造の肩から心臓部へとめり込んだ刃、ズルリと自然と抜けて、仰向けに倒れていく。

 

 これが、最後の一人。

 

 当然のように、呆気なく、2Bは勝利した。

 

 

 少し疲れたからか、……それとも、失望感からか、一つ、小さく吐息をつく。

 

 終わった。これで全部殺した。

 

 ……だけど、そこに何も感じない?

 

 全て倒して、終わった。という、ただ単純な、作業感のような感覚がしている。

 

 ……何かが違う。

 

 血に濡れた刀身を、そっと指先で拭うように撫でてみた。鏡となって、そこに映った顔。……それは酷く、静かな物。

 

 次に、柄をよく握りしめてみる。だが、求めていたモノは、……そこにも無い。

 

 今度は、辺り一帯に転がる死体を眺めてみる。

 

 死体を見つめる瞳には、何も滲んでこない。凍てついたように、冷ややかに只のカタチを眺めている。

 

 

 何が違うのだろう? 

 

 血に濡れた体を照らす陽光が、ここには無いから? 

 

 蔑むかのような小鳥の囀りが、ここには無いから? 

 

 見下すように可憐に咲き誇る草花が、ここには無いから? 

 

 

 薄暗くて閉ざされている、神殿のようなこの場所……。

 

 

 ……? 『神殿』?

 

 

 

 私は、どこまで巻き戻ってしまったのだろう?

 

 

 そう思い立って、2Bは目の前の仰向けの死体へ、……一度()()()()()()()事にした。

 

 刀を逆手に持つと、まっすぐに振り下ろす。

 

「頭部を破壊」

 

 しかしこの手に、あの押し返してくるような反動は無い。

 

「胸部を破壊」

 

 やはり、何も無い。あの圧迫感のような息苦しさが、何も無い。

 

 そんな訳無いのに。……と、血溜まりの海をもう一度眺める。

 

 水面に浮かぶ無数の死体の数々も、真っ白に冷たいこの空間も、とても肌寒い筈だ。

 

 ……それとも、この冷えた空気が私を戻してしまった? あの、冷徹だった機械人形に。

 

 ポツンと、ただ一人残されて、立ち尽くす。

 

 

 そこでふと、視界の端にまだ蠢いているのが見えた。

 

 まだ一体が生きていた。既に手足が凄惨な有様だが、それでも辛うじて生きていたらしい。

 

 偽造は片手で体を押し上げて、なんとか立ち上がろうとしている。だが、そこには、苦悶のような表情は見受けられない。

 

 2Bは冷ややかな目で、ソレを眺める。……所詮は偽造で、ただ応戦のプログラムを、ああなってまでも履行しようとしているだけ。

 

 所詮は偽造。所詮は、偽物。

 

 ……結論が出た。結局、コレを9Sとは、自分が一番思っていなかったのだ。カタチ以外があまりにも似ていない。

 

 不必要にさえお喋りな口も、挙動も何も無い。そこに彼の自我はないと、感覚が分かっていた。

 

 期待外れだ。そう雑に蹴り転がして、仰向けにする。さっさと、これも処理してしまおう。と、また切っ先を振り落とそうとする。

 

「2、」

 

「2B……」

 

 そこで、偽造の口から、あの声色が振り絞って呟かれた。

 

 キョトンと、2Bはそんな驚いた顔をする。まさか偽造如きがその声で、その名前を呼ぶなんて思わなかった。

 

 勿論、偽造如きがその名前を呼んだのは、彼女の動揺を狙うという最初の趣旨を、ここにきてまだ履行しようとした結果である。

 

 それくらい彼女も分かっている。だから、そのまま偽造を殺すだろう。

 

 

 ……と、ポッドは判断していた。

 

 だから納刀された刀、ポッドの視線は凝視するかのように動く。

 

 2Bも、理屈では偽造の意図を分かっている。

 

 いや。というか、頭で分かっているからこそ、コレを都合よく9Sに見立てようとしていた。

 

 

 あの声で、あの名前で呼んだ。

 

 

 だって求めているモノを忠実に再現する為には、これこそが必要不可欠なのだから。

 

 

「……ナインズ」

 

 優しい瞳で、彼のよく知った顔をして、偽造へと彼女は微笑みかける。

 

 そして、血で滲んでしまった偽造の頬の汚れ、一つ一つを丁寧に撫でて拭っていく。

 

 偽造の表情は変わらない。その顔がなんの表情なのか偽造は知らないし、理解する理由も無い。ただ、彼女から見えない範囲にある、残された腕で刀を手に取ろうとしている。

 

 勿論042も、偽造の見えない範囲から既に、その頭部へ照準を合わせている。

 

 均衡の中、そんな外野の読み合いなど意に介さず、2Bはただ偽造の頬を拭い続ける。

 

 やがて、一通りは綺麗になった顔。ニコリと、最後にそう微笑んで、……ゆっくりと、撫でる手を首の方へ下ろしていく。

 

「____あっ……、が……!?」

 

 そこで突然、偽造が苦悶の声を上げ始めた。

 

 呼吸を途絶え途絶えにして、えづいている。

 

 喉元へ吸い込もうとした空気を、何度も咳き込んで、吐き散らしてしまっている。

 

 

 そう、それは窒息の症状。

 

 

 

 2Bの両手が、偽造の首を締め始めていた。

 

 

 

「……ぇ!? ……ぁっ……!?」

 

 予想外だった彼女からの攻撃。それでも、もう偽造は声さえ絞り出せない。

 

 少年の悲鳴は、ギリギリとした絞殺の音にさえ掻き消されてしまう。

 

 少しずつ、だんだんと、じわじわと締める力が強くなっていく。

 

 反抗しようと、偽造の体が暴れ出す。残された腕で、締めてくるその手を払い除けようとする。

 

 だが、彼女の力の方が断然に強い。乗りかかられて、腕は勿論、胴体も満足に動かせない。

 

 霞んでいく視界へ、それでも、偽造は必死に抵抗する。とにかく可能な範囲で体を稼働させようとする。

 

 結果、この抑えつけられた体勢から脱出しようと、細い双脚が闇雲にのたうち回った。

 

「……どうして、そんなに抵抗するの?」

 

 その姿へ、微笑んでいた筈の彼女の口許から、冷たく突き刺すような声色が出てくる。

 

「どうして、そんなに嫌がるの?」

 

 いや、その声色は、ギリギリと鳴る反動からか、体と同様に小刻みに震えていた。

 

「いつもはこんなに抵抗なんて、しないくせにっ……」

 

「それがどれだけ辛かったかなんて、何も分からない癖に……!」

 

 彼女は、偽造の抵抗する様が気に入らないようだった。

 

 それに乗じて、罵倒に似せた独白を吐き始める。

 

 

「……ッ!! ……全部、全部君が望んだからッ!!」

 

「だから君の全部は……ッ、私が奪う筈なのにッ!!」

 

 ギリギリとなる音には、やがてミシリとした音が混じり始める。

 

 抵抗する力が、震えてか細くなっていく。それでも尚、偽造は小刻みに震えて、……最後まで、その手に抵抗し続ける。

 

「こんなの……、約束と違うっ……!!」

 

 脳裏に焼き付いた、あの日の光景。何度も、何度でも、当てつけるようにチラついてくる。

 

 それが彼女の内なる劣等感を、刺激し続ける。

 

 

「やめて、やめてっ……」

 

 

「やめて、やめてやめてやめてやめてやめて……!!」

 

 

 

 

「私を……、拒絶しないでっ!!」

 

 

 

 最後の激昂と共に、ベキリとした音が、甲高く鳴り響く。

 

 少年の細い首は、遂にへし砕けて、死んだ。

 

 

「ハァッ……ハァー……」

 

 

「……あ」

 

 グッタリと横たわった少年の顔。呆然としたように締めていた手を離すと、……その首に、赤黒く付いた手形がクッキリと浮かび上がってくる。

 

 

 死んだ。

 

 

 死んだ、私が殺した。

 

 殺してしまった。欲望の為だけに。

 

 

 拒絶されて当然の癖に、それが気に入らないから殺してしまった。

 

 

「……フフ、フフフっ」

 

 眼の前の死体が、次々に罪悪を突きつけてくる。

 

 不快な手の感触が、より一層纏わりついてくる。執拗に指先までも蝕んで、凍えてムズ痒くなっていく。

 

 背筋に悪寒が、締め付けてくるような痛みで走ってくる。あまりにも冷たくて、この背骨を砕いてしまいそうに。

 

「ふふ、ハハハ…ッ!」

 

 痛み、苦しさ、喪失、孤独。

 

 胸の内側から感じる圧迫感。これだ。この感覚だ。

 

 もう二度と感じなくて良いのだと、心の何処かで思っていた感覚。繰り返された絶望と、あの罪悪。

 

「フフフ、フフフフフ あハハハハハ……!!」

 

 全身に走る、今にも握り潰されてしまいそうなこの痛み。……胸元にある何も無い虚構と、冷たい孤独に身震いする体。

 

「アッハハハハははははッ……!!」

 

 ……その全てを、嬉々として両腕で抱き締めた。

 

 

 だって、あの姿は、あの笑顔は。

 

 あの言葉は、あの温もりは、……あの場所は、もう、何処にも存在しない。

 

 ……けれど、この手に染みついた追憶が。

 

 

 この喪失感だけが、私があの場所に居たことを証明してくれる。

 

 

 恍惚とした笑い声が耳につんざいてくる。持て余した感覚と、手持ち沙汰になった両手が髪を掻きむしった。

 

 

 ……どうして、こんなに壊れてしまったんだろう? 

 

 ずっと大切にしていた思い出は、こんなモノじゃ無かった筈だ。 

 

 それなのに、何故この感覚を求めてしまう? こんなにも単調で、ただ痛むだけの感覚を。

 

 ……まるで、コレが私達の全てだったみたいに。

 

 

 どうして、未だにこの檻の中に居る?

 

 どうして、こんなに棘だらけの痛みが愛おしくてたまらない? 

 

 

 笑っている。嘲笑っている。

 

 泣き叫ぶように、一人で嗤っている。

 

 壊れた笑い声に、何か嫌な音が混じって聞こえてくる。眼の前の死体から鳴り響く、タイマーのような警告音。

 

 でも、どうでもいい。……もう、何もかも、どうでも良かった。

 

 

 ただ笑い続けた。音が一斉に鳴りしきった。爆音が聞こえてきた。

 

 

 閃光が、辺り一帯を包んで消した。

 

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