記憶ノ檻「任務だったんだから、私は謝らない。」
記憶ノ棘「……私は謝らない。君とそう約束したから……。」
繰リ返サレル祈リ「ごめん、……ごめんなさい…。」
のまんま様式美でとても美しかったから再投稿です。(恍惚)
忘レラレナイ痛ミ
◇◇◇
「2B……最後に、お願いがある……」
「僕が……僕とまた出会う事があったら……」
「必ず、ころ_______」
◇◇◇
「待って、ナインッ……!!」
「……ハッ」
真っ白で、亀裂に埋もれた遠い天井。
開かれた瞳と共に、何かへと伸ばした手。あの天井には、到底届かない。
△▽△▽△
崩落した先の部屋で、2Bは目を覚ました。
共に崩落してきた瓦礫に、奇跡的に押し潰されずに済んだようで、部屋の真ん中で転がっていた。
だが、ボロボロになった衣服に、乱れてしまった白髪。顔の塗装も、所々がうっすらと剥げて、黒く素体を覗かせている。
……その顔は何処となくA2を彷彿とさせているが、2Bはそれを知る由もない。
「……っ!?」
そして、目覚めると共に、何かへと伸ばそうとした左腕。
そう、それは文字通り届かなかった。
……二の腕から先が、無くなっていたのだから。
「うあ……っ」
破損を確認してから、ようやく遅れて伝わってきた痛み。
戦闘モデルといえど、一斉の爆発を受けたのは痛手だった。
武器を扱う戦闘特化のモデルには、必要不可欠な左腕を破壊されてしまった。
配線や、銅色の鉄繊維やらは剥き出しとなって、バチバチと血飛沫のように火花を散らしている。
傷口を抑え、痛みから反射的に立ち上がろうとするが、そこでグンとした力に抑えつけられてしまう。崩落した瓦礫が、スリットのリボンを挟んでいた。
足で瓦礫を押して引きずり出そうとする。が、瓦礫は大きく重すぎた為に、先にリボンの方がブチリと引き千切れてしまう。
勢いよく破れ取れた反動で、ゴロリと力なく転がる。
「……あ」
……その先で、あの顔と向き合った。
起爆し損ねたのか、偽造の一体が瓦礫に挟まって死んでいる。
その顔には、爆風で消し飛んだのか、ゴーグルが無くなっていた。……死んでいる瞳だけが、当然のように固く閉ざされている。
「……ナインズ」
これは死んでいる。それも、先程自分で殺したのだから。
これは偽造で、これは死んでいて、……これは9Sじゃない。
……だが、そう分かっていても、瞳を閉じたその表情は、……穏やかに眠っているように見えてしまった。
その頬に乗った瓦礫の粉、拭ってあげようと、2Bは残された右腕を、少年の頬へと伸ばしてしまう。
今度こそ傷つけないように、壊さないように。……ゆっくりと優しく、暖かく頬を撫でた。
……あぁ、次に瞳を開けて、こんなになった私の姿を見たら、……君はなんて言うだろう?
そうだ、あの時なんて、少し指先を怪我しただけで、あんなに必死になって手当てをしてきたっけ……。
腕が無くなったなんて知れたら、大慌てで叫んでしまうかも知れない。
それから……。
綺麗になった少年の頬と、そこに浮かんできた、心配性なあの顔。懐かしんで、優しく微笑む。
◇◇◇
「どうして……、どうして自己破壊プログラムなんて……!!」
「こんな事したら、君の自我データは……!!」
「いいんだ……2B……」
「君は……、僕を殺す事が、任務……なんだろう?」
「知ってたんだ……君が、僕を、殺せなくて……苦しんでいた事を……」
◇◇◇
「……」
ゆっくりと、今度は少年の腕へと、彼女は手を伸ばす。
「ここは、寒すぎるよ……」
「私を……、暖めて……」
何か思い立ったように呟いて、微細に開かれた口許。
そして、今しがたそうしたように、その手で自分の頬を撫でさせた。あの手袋の感触が、頬に伝ってくる。
「……っ。……はぁ、ぅ……」
2Bは瞳を閉じると、恍惚としたような……。
……あるいは、今にも泣き出してしまいそうな、そんな震えた吐息をつく。
こうやって私が瞳を閉じている時、君はどんな顔をして、どんな目をして、一体何を考えているのだろう?
一緒にいられるのが楽しい、なんて言っておいて、私の見えない所になると、すぐに好き勝手に行動して……。
あんなにお喋りな癖には、肝心な事だけは何も言ってくれなくて、……何も、分かってあげられなくて。
ずっとこの瞳の中に居てくれれば、……あの瞳で私だけを見てくれれば、それでずっと一緒に居られるのに。
……でも、それでも。
瞳を閉じても、君はそこにいて、いつもいつも丁寧に機体の調整をしてくれて。
瞳を開ければ、やっぱり君はそこにいて、必ずあの挨拶を掛けてくれるんだ。
次に瞳を開ければ、またあの声を掛けてくれるんじゃないだろうか。
……私の名前を、また呼んでくれるだろうか?
……。
……馬鹿だな。
…………馬鹿だなッ。
その願いも、あの祈りも。
この手だって、全部届かなかったのに。
「……ッ……。……ッッ……」
固く握りしめた、脈の無い少年の手。今にも滲んで、溢れてきそうな涙。
拭われる事など無いのだから、……だから震えながら、固く閉ざして瞳の中へ抑え込む。
やがて睨むように瞳を開けると、体を起こす。掴んだままの腕を引き千切って、袖から乱雑に抜き出した。
コレは偽造で、この手は偽物で。
……ここにいるもの全部が、偽りでしかなくてっ。
9Sは、死んだんだッ。
だったら、私の名前はっ____
「……ッッ!!」
それより先は、と。掻き潰すように、熱帯びた音が鳴る。
偽物の腕だが、せめて戦闘にさえ役立てば。と、引き抜いた腕を、断面へ溶接していた。
ジユジユとした音を鳴らして、傷口も、思考も焼き潰していく。
強引な荒療治に、接合される手の指は不規則に閉じたり開いたりする。
だが、だんだんと馴染んてきたのか、ゆっくりと痺れや痛みは引いていき、指先へ感覚が通っていく。
まだ一部の指は勝手に痙攣するが、直に治るだろう。
「……まだ、まだ戦える」
ユラリ、フラリとした足取りを引いて、立ち上がる。
[警告:汚染機体からの部品移植により運動機能内にウィルス汚染を検知]
[推奨:ウィルスの]
「やって」
[了解]
何処にいたのか、さりげなく現れたポッド042。言い終わるよりも早く、ウィルスを除去させる。そうまでして急いでいた。
少し体が軽くなったのを確認すると、休憩を挟むこともなく、再び歩き出した。
先へと伸びた、遠い廊下。奥へと目指す、ポツリとした人影。
それは急ぐようにたどたどしく、黒い姿故に、白い空間には、より際立って見えている。
「……ッ、う…っ」
……だから、だんだんと歩幅が不安定になっていく様もまた、顕著に映し出されていく。
緩やかなブレーキをかけられるように、踏み出す一歩が減っていく。
……そして、遂に躓いて、ガックリと崩れてしまった。
「……ハァ……ハァ……」
ウィルスの除去自体はもう終わった筈。なのに、視界の端がまだボヤケて薄い。
何処となく強ばる体が、一層酷くなってきているように感じる。動悸も酷い、呼吸が拙い。
蝕むような全身への痛みに、吐き気を催してくる頭痛。
爆発でのダメージが、想像以上に深刻だったのだろうか?
「……戦わなきゃ。私が……、戦わなきゃ……」
失った全てに報いなければならない。ヨルハに。司令官に。6Oに、21Oに。9Sに。こんな所で止まっている訳にはいかない。
足に力を入れて、再び立ち上がろうとする。それでも、阻まれるように視界は震え、グラリと足元が揺れる。
[……報告]
後方で、震える彼女の背を眺め続けていた042。諦めたように、彼女を阻んで、目の前へと出てくる。
[……]
[……報告:運動領域内のウィルス除去時に、中枢システム内にも汚染を検知した]
躊躇うような静音の後、042から淡々と告げられたのは、酷く静かな言葉。
彼女の前へ出そうとした一歩が。フラリと震えていた動きが、一瞬だけピタリと止まった。
中枢システムの汚染。この症状からして、進行は深い。
そして、ポッドによる提案が何も出てこない事に、ワクチンも無い。
だから、つまり。
……この塔から、生きて出る事は叶わない。
実質的に、042はそう伝えていた。
「……。……そう」
震えた溜息の後、……2Bは、後は何も言わなかった。
それから、いっそ我慢を止めたのか、ゲホゴホと赤飛沫を躊躇なく咳き込み始める。
真っ白の地へ、点々と滴る赤い水玉模様。
せめて少しでも吐き散らして、軽くしてしまおう。と。
……余命宣告に、それらしい動揺の無い姿。
遂に042は見かねて、無機質な筈の声で責問を放つ。
[汚染の状態からして、先程のものではなく、塔侵入以前の物と推測]
[疑問:中枢システムの汚染をヨルハ機体本人が確認できないのは不自然]
ウィルス汚染。恐らく、あの『魂の箱』での反撃に受けた物だ。
2Bの自我データ。その更なる奥の、記憶領域への敵性体の進入。あの時にウィルスを仕組まれたのだろう。
あの奥底、いつか本人から制限され、そこに立ち入る権限を持っていなかった。
コアを破壊し、戻ってきた彼女からは何の返答が無かった。ただ笑っていた。
だから精神状態の悪化と、それだけで済ませてしまった。
見落とした。デボルポポルの治療にさえ引っかからなかった辺り、小量だけ投与して、ジワジワと活性化させていったのだろう。
あの記憶の奥底を、ウィルスの媒介にされていた。
……だが、せめて汚染されていく当人には、自覚はあった筈だ。
[当機は汚染時点での報告を受けていない]
どうして言ってくれなかった? 確かに、中枢への汚染にワクチンの効果は薄い。
……他でもないスキャナーモデルだって、失われた。
だが、それでも、解決法が何もない訳では無い。
[……何故]
『その方法』なら、すぐに除去できたというのに。自分で行う事に何か支障があったのならば、代わりに履行したというのに。
「……ほっといて」
責問されようが、2Bは042の介入を拒む。
[否定:ポッド042はヨルハ機体2Bの随行支援機体。このまま汚染を放置することは認可出来ない]
だが、随行支援機体たるポッドには。
いや、042には、何に置いても彼女の生存を優先させる義務があった。例え、それが極秘計画の遂行に反する事になろうとも。
[提案:汚染の媒介である、自我の再____]
「ポッド」
その先の言葉を、2Bは低い声色で牽制した。
咳き込んだ口元を拭い、見上げてきた瞳は、……ポッドであろうとも睨んでいた。
声もなく見上げてきた、あのくすんだ筈の瞳の奥には、信念のような、……執念じみたモノがあった。
それに臆したのか、単に強制と受け取ったのか。睨み上げられた042は硬直したように滞空する。
静かになったポッド。2Bはそのまま042を通り越すと、また進み始める。
今にも道から転げ落ちてしまいそうな、……今にも崩れて壊れてしまいそうな、そんな様子で。
042は呆然と、その場に滞空する。
このまま行けば、死ぬ。本人だってソレを分かっている。
……その上で、2Bは尚も、汚染の源と化した深層への介入を拒んだ。
彼女とは兼ねてより、長らく行動を共にしてきた。
だが、あぁ、そうか。ようやく、今まさに気付いた。
彼女と自分の間には、ずっと、……ずっと、何か大きな隔たりがあったのだ。
そしてソレは、きっとあの深層の事なのだろう。
そこへ侵入される事を拒んでいたのではない。『その方法』でその場所が失なわれる事を拒んでいた。
深層。記憶の奥底。
ポッドのような支援機体の記憶領域には見受けられ無い、奥底へと伸びる深い領域。
実用性や優先順位に欠けた記憶が分別され、自然と溜まっていく確保領域。
何かの拍子があれば、ストレージ確保の為に捨てられる。奥底にあるのは、そういう記憶の数々だ。
不要な記憶。思い出す必要の無い記憶。消したい記憶。いずれ捨ててもいい記憶。
……言うならば、ゴミ置き場。
そういう記憶の溜まり場に、誰も立ち入らないようなゴミ溜めに、固く閉ざしてまでして、……彼女は一体何を置いていた?
この瞬間より、042は振り返ると、またいつものように、彼女の背に付き従った。
感情を理解する機能など到底持ち合わせない筈の彼には、2Bがあの場所の喪失を拒む理由を、何故かよく理解できた気がした。
彼女の奥底にあるモノ。それらを溜め込んだ、あの場所。
あの場所は2Bの。
いや、彼女の_________。
真っ白な空間。薄暗く、遠い廊下。
ポツリと、一人の黒服の女が、今にも消え入りそうな歩幅で歩いている。
顕になった瞳が、何処かを意味もなく眺めている。もう隠し直す事も忘れてしまった。
あのゴーグルはどうしたっけ? ……あぁ、そうだ。捨ててしまった。……大切にしていた筈だったのに。
思考が、意識が、微かに薄くなっていく。
奥底から蝕んでくる痛みが、引くこともなく酷くなっていく。
体の内側。記憶の奥底。あの奥深くから少しずつ蝕まれ、意識も、体も、汚染されていく。
本当はずっと、彼女だって汚染されていく事に気付いていた。あの場所には、誰よりも敏感だったのだから。
汚染される事に微塵の恐怖が無い訳ではない。むしろ、それを何よりも恐れていた。
汚染され、自分の意思では無いものに成り代わられる。
自我の喪失。それはアンドロイドにとって、死よりも恐ろしい事だった。
この現実を、この事実を、この恐怖を自覚させられる度に、心が折れそうになってしまう。
……だからその度に彼女は、あの奥底から一つの記憶を取り出して、再生する。
『こちらヨルハ部隊所属9S。この録音を聞いた人がいるなら、ヨルハ部隊所属2Bに会ったときにこう伝えて下さい』
『単独行動が主な任務である、僕らS型モデルにとって……』
『…………』
『……いや』
『九号S型モデルにとって、あなたと共に過ごした日々は……例えほんの少しの間だけだったとしても……僕の大切な、大切な「宝物」でした』
『本当はもっと話したい事。聞きたい事、一緒にしたかったことがもっと……もっと沢山あったけど…………』
『……一緒に居てくれてありがとう。2B』
「ナインッ……」
失われた声、届かない望み、あの日々でいられた事の意味。……喪失と、その怒り。
痛みさえも含んだその記憶は、『宝物』だった。
蝕まれ続ける自我の中に、ポツリと輝き放つ光。無駄と分かっていても、縋り続ける。
そうやって、ずっとこの恐怖と戦っていた。
……。
……いいや。本当は、彼女は知っている。
この恐怖から、この戦いから。
あの苦痛から、……解放される方法を。
それは、自我の再フォーマット。
彼女を汚染し、蝕み続けるウィルス。
ウィルスはあの奥底に溜め込まれた、膨大な量の記憶に住み着き、利用していた。
膨大な量の記憶。……それは、『棘』。
彼女の記憶の奥底には、棘だらけの記憶が転がっていた。
誰にも見えないように隠されたソレは、棘が生えている事以外は誰にも分からない。
だが、それだけ奥底に封じても尚、棘は鋭利な針先を伸ばして、自我や精神のあらゆる領域に突き刺さっていた。
あらゆる場所へ傷をつけるあの記憶達。ウィルスにとっては、好都合な媒介だったのだ。
だから、再フォーマット。つまり、媒介となった記憶ごと消してしまえばいい。
根本から、全てを根絶してしまえば良いという、酷く単純な方法。
ウィルスも、傷を作るだけの記憶も、全て消してしまえる。
いっそ好都合だろう。あんなゴミ溜めに置いて置くだけで、その上、ただ蝕み続けてくるだけの記憶。
全て消してしまえば_______
______嫌だッ……!!」
淡々と物事を処理しようとする理性の中に、感情の叫びが木霊する。
「嫌だっ……。この記憶があったから……」
「こんなっ……こんな記憶があったから……私は……」
光のように照らしてくれた、あの思い出も。
棘だらけのこんな記憶も、全部忘れたくない。
この記憶も、こんな記憶も。
あの日々を共に過ごしてきた、君の全てだから。
私が私でいられた、私の全てだから。
一つだって失くしたくない。
何一つ、無かった事にしたくない。
何一つ、忘れたくないから。
だから。
……だからっ。
「もう、私に奪わせないでぇ……っ」
おぼつかない足音だけが、廊下に響き渡っている。
今にも消えてしまいそうな灯火が、力なく彷徨っている。
どこを目指して、何がしたいのか?
分からない。確か……。あぁ、思考が霞んで、すぐに思い出せなくなっていく。
それでも、ただ前に進み続けている。
あの想い。それだけを忘れずに、覚えている。
遠い廊下を歩いていく。あの先に何かを求めている。
歩き続ける。蝕む意識に、痛む体に、小さく嗚咽している。
それでも、それでも、力なく、歩き続けている。
痛んで、蝕んで。
この体を貫き続ける。
棘だらけの記憶を、その手で大切に抱きしめて……。