△▽△▽△
しきりに鳴り響く、銃声。
空を切る、重く薙ぎ払う音。
塔と二号の、もう一つの戦線。6機もの飛行ユニットを相手に、2Bは孤軍奮闘していた。
上空に滞空した数機から放たれる、雨のように降りしきる弾丸。ひたすら掻い潜って、残りの機体からの追撃も振り切り続ける。
だが、ユニットの機動力の方が断然速い。時折追いつかれかけては、振るわれてくる分厚い切っ先の斬撃を、なんとかスレスレで躱す。
分が悪いなんて物では無かった。重厚な装甲と、重火器装備を構えた飛行ユニット。それが6機もいる。
対して、それを相手にしているのは、アンドロイド一人と、ポッド一体。
圧倒的な劣勢に、延々と、永遠と、彼女らは降りしきる弾幕の中を駆け抜けて、追撃と回避を繰り返している。
唯一遠隔攻撃を可能とするポッドの射撃も、あの数には大した反撃にならなかった。
降り止まない弾丸の雨に、水溜りのようになっていた弾痕。その欠けた地面につまずいたのか、遂に2Bは体勢を崩してしまう。
特に追撃に専念していた隊長機体の白いユニット、我先に向かっていく。
___勝った。と、その体を腹から両断してやろうと、斬撃が横なぎに振るわれる。
その一瞬、目の前にいた筈の2Bの姿を見失った。
消えた? いや、また回避されたか。ヨルハのアンドロイドは、被弾寸前にワープのような緊急回避を行う事がある。
残像となって離散する、まるで舞い踊るような、あの技術。
次の一瞬に、何処に出てくる? 後ろか、横か___
___え、目の前
目と鼻の先に現れた、キラリと輝く切っ先。
その光景を最後に、ユニットの意識は落ち
ガシャンと、目の前の白いユニットは膝をつけて、ガックリと座り込む。
顔面に突き刺した切っ先。引き抜くと、ビクリと痙攣して、血を吹き散らした。
そう誘導したとは言え、あんな距離まで迫ってくるなんて。
……馬鹿だな。視界を担うアンドロイド本体の頭部は、常に剝き出しなのに。
頬にぴちゃりと、一滴飛んできた血。汚そうにして拭うと、2Bの瞳は冷ややかに上空のユニット達を見上げる。
いつの間にか射撃を止めていたユニット達。呆気に取られているのか、それとも、次は自分がこうなるとでも怯えているのか。
呆然と見下ろしてくる視線。
……だから、まるで挑発するように、2Bは肩をすくめて見せる。
あぁ、そうか。これで優勢のつもりだったのか。
そう受け取ったのか、憤慨したユニット達が一斉射撃を開始する。
2Bは機敏にユニットの遺骸を盾にして隠れこむと、隙間から様子を窺う。
射撃の手は一瞬たりとも止みそうにない。どうせ殺された機体、回り込むのも面倒だ。このまま破壊しきってしまおう。と、ユニット達は執拗に射撃を続けていた。
やがて、盾になっていた遺骸はボロボロになって、遂に崩れ落ちそうになってしまう。
このまま貫いて、あの二号を_____
__その瞬間で、突然射撃が止まった。
「!?」』
エネルギー切れでは無い筈、と。ユニット達はしきりに攻撃コマンドを繰り返す。
だが、発射されない。ガチン、ガチンと、勝手にロックがかかっている。
やはり知らなかったらしい。飛行ユニットは高速の弾を連続して打ち出す機構。機械生命体の、広く、ゆっくりな弾幕とは違う。
無闇に発射し続ければ、バレルが加熱して緊急停止を起こす。
そのタイミングを狙っていたように、2Bは残骸の影から飛び出す。そして、上空のユニットへ、刃を投げつけた。
「いびっ」』
クルクルと高速に飛んできた切っ先。本体の喉笛に見事に突き刺さる。
「あっ、がっ。ゴボッ」』
ヘルメットの中にゴボゴボと血を吐いて溺れ、バランスを失い、ユニットは落ちていく。
「!? 待っ」』
落下先にいた一体が運悪く、ゴシャリと激突されてしまった。
「ぅ ぁぁぁぁ ぁ あ あ…… !!」』
潰された機体は、せめて飛行ユニットから降りようとしたが、……外せたのは片腕だけ。
「ご、ぼ ゲっ」』
血反吐に溺れ、刃にも呼吸を遮られた機体。酸欠に判断力を失い、更に急噴射し続け、下にいるユニットをメキメキと圧し潰してしまう。
「~~ぃ ぃぃ~~~~~ぅぅぅ ぅ” ぅ”ぅ______」』
グシャリと、押し潰されたヘルメットが凹んで、目のレンズが砕け散る。
外へと伸ばされた腕は、白い地面と黒い巨影に挟まれ尽くして、ペキリと軽快に鳴って折れた。
これで、3機。
潰れたユニット達が、互いに爆発する。その爆風が、近くにいた地表の一体をよろめかせた。
その隙を逃さないと、2Bは追撃に向かう。刃を転送し戻して、胸元に突貫しようと迫る。
「……ッ!!」』
だが、その勢いは寸での所でユニットの斬撃に反撃された。2Bは咄嗟に防いだが、重い一撃に、刃が手から弾き飛ばされてしまう。
次のもう一振りで仕留める。と、ユニットは無防備になった彼女へ、もう一撃目を振り上げる。
「___ポッド」
[了解]
だが、そこで彼女は退かず、なんと無防備の素手で、逆に本体の頭へと掴みかかってきた。
「は!?」』
ガシリと顔面を握りつけて、懐に張り付いてくる。
「あっッ!」』
ユニットの剛腕で払い除けようとしたが、手の平や指先を、ポッドに破壊されてしまう。
「が、あっ……!!」』
グルグルと回転して振り払おうとするが、……それでも、彼女は離れない。
仲間達の方へと体勢を向ける。しかし、アンドロイド本体に張り付かれた事で、味方は誤射を恐れてか、攻撃できずにいる。
「……!!」』
だったら、放り落とすべきだ。 と、ユニットは上空へ舞い上がっていく。
猛スピードの風圧で、2Bを叩き落とそうと、速度を上げ続ける。
だが、それでも、まだ彼女は離さない。執拗に顔面を握り潰そうとしてくる。
「……っ!!」』
限界までスピードを出そうと、ユニットはギアを最大まで上げる。
「……っ。……う? ……う、あっ……!?」』
そこで突然、機体が悶え始めた。
「あっ、ぐ……、あ、熱っ……!?」』
ユニットを着込むアンドロイド本体、その体内の奥底から、急速に熱反応が膨張している。
熱に呻く声、それを確認するな否や、2Bは握りつけていた手をいきなり離して、遥か上空から落下していく。
「やっ、あづ、熱”ッッ やっ、やぁぁ……!!」』
ボコボコと、身体中の体液が沸騰していく。熱反応の膨張が、危険な領域を超過していく。
アーマーの表皮が、熱色帯びてボゴボゴと泡のように膨らむ。
「やぁぁぁぁ!! や”ぁ”ぁ”ぁ”だぁああ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!」』
ドカンと、アンドロイド本体が炸裂した。
ハッキングにより、ヨルハ機体のもつ自爆機能を無理矢理に起動させられてしまった。
爆発は着込んだ飛行ユニットにも連鎖していく。それは舞い上がっていた挙動も相まって……。
……さながら花火のようにして、儚く散った。
あと、2機。
だが、そんな凄惨な最期には目もくれず、2Bは残りの数を確認する。
惨たらしい最期に呆気にとられていた空中の一機。落ちる勢いで突き刺そうと、急降下していく。
「っ!?」』
だが、軌道がイマイチ逸れた。突き刺さったのは、飛行ユニットの足。
「……っ!!」』
別の一機が、刃の柄にぶら下がった彼女を撃ち落とそうと、銃口を向ける。
____そこで、ハッと気付いた。
いや、今コイツなんで急降下してきた?
だって、奴らは高所から降りる時には____
_____いないッッ あのハコが側にいな
一手遅かった。背後から小さく、エネルギーの貯める音。それが聞こえたと思った頃には、もうレーザーが胸を貫通していた。
「……っ!! あっ……!!」』
残された、最後の一体。
そこへ再びエネルギーを貯め始め、銃口を向けてくるポッド。
「……がぁッ!!」』
焦るようにして、恐る恐ると、ユニットはぶら下がっていた2Bを掴み上げる。くびれた腹部を苛立たしく握りつけて、彼女へ銃口を突きつける。
ポッドの動きが止まった。もういつでもレーザーを発射できるが、そのまま滞空している。
人質。ユニットはそう言わんばかりにして、2Bを掴み上げたままでいる。
このハコの機械には随行支援機体を守る義務がある。だったら、この二号を人質に取って……。
……、取って……。……それからっ。
それから、どうする……?
ユニットはキョロキョロと、2Bとポッドを交互に見比べる。
この二号は危険だ。絶対に始末しなければならない。何としてもだ。
……でも、次の瞬間に始末したら、ハコの機械は躊躇いなくレーザーをブチかますだろう。
じゃあ、先にハコを始末する?
ポッドの方を見る視線。ヘルメット越しの尻目に、2Bの方をギョロリと覗き見る。
掴み上げられた2Bには、何も焦るような表情が見受けられない。
臆す事もなく、ただ冷たく、無表情に此方を見つめている。一体何を考えている?
……いや、見つめている視線は自分へじゃない。ずっと、飛行ユニットの足に刺さったままの武器を見ている。
……もし、次に銃口をハコの方へ向けた時、コイツは迷いなく武器を転送して、……あの機敏な動きで突き刺そうとしてくるだろう。
「……ッ。…………ッぁ!!」』
どうすればいい? 一体どうすればいい?
どうして? どうして誰もいないんだッ。
戦力差は決定的だった筈だ。我々が優勢だった筈だ。あんなに徹底した筈だ。なんで追い詰められている?
「……ッ、ぐ、あっ。うあああっ!!」』
ユニットは、ジレンマと不合理に激昂した。
飛行ユニット隊……。いや、そのアンドロイド本体を操っていたネットワークの少女たち。
別に彼らは、数にかまけて2Bを弄んでなど決していなかった。
いや。むしろ、かなり真剣に、出せる限りの総力をあげていた。
せめて、こちらの二号だけでも始末して置かなければ。と。
ネットワークの少女たち。
実の所、この戦線で孤立していたのは彼らの方だった。
先程、同じく塔に乗り込んできたA2の迎撃に乗り出し、二正面作戦を開始した少女たち。
だが、2Bと交戦を開始したまさにその瞬間。少女たちのネットワークが致命的な瓦解を引き起こした。
あの馬鹿共、敵の内部へ直接乗り込みに行って、あろうことかそこで負けやがった。
こちらの二号はもう瀕死だから、なんて言って、リソースの殆どを持っていった。
結果、この戦線に残されたのは末端の分裂体だけ。
だが、複数であり同一の自我は、当然のようにこちらも分裂を起こしていた。
2Bの誘導にまんまと乗せられ、真っ先に突っ込んでいったあの白色の機体。
そう。あの時点で、ネットワーク最大の長所たる完璧な連携力は、既に崩壊を開始していた。
絶対に負けられないこの状況で、よりによって、この瀬戸際で。
残された我々がネットワークを再構築できなかったら、この戦争にも負けてしまうのに。
「……ぐ、うう……あああっ!!」』
向こうの戦線は崩壊した。もう誰もあの二号を止められない。
この戦線も突破される。もう誰もこの二号を止められない。
終わった。
塔も、計画も、機械生命体も、全部終わりだ。
負けだ。
負けだッ。
こ の 戦 争 は 負 け だ ッ !!
「____ガァあ!! ガァァァァアア!!」』
握る腕はワナワナと震え、ノイズとバグに塗れた、不愉快で歪な咆哮を上げる。
聡明な演算能力が、どう考えても敗戦を分析してしまう。
違う違う違う。そんな筈無い。
月面を破壊し、絶望したアンドロイド達を一方的に蹂躙する。
この戦争に置ける最高の勝利が、もう目の前にまであった筈だ。
「ガァァアッ!! ガアア!!」』
2Bに向かって、少女は吠える。
貴様、今日に至る為に、我々がどれだけの手を尽くしてきたと思っている?
緻密に、精密に積み重ねてきた計画が、こんな貴様ら二体に全て覆されてしまう?
そんな筈ない。そんな筈、無いっ。
バンカーは落ちて、ヨルハ部隊は失われて、そして最後に、人類の滅亡が知らしめられる。
後に残るのは、新たな進化を得た我々機械生命体のみ。
その筈だろう。貴様らヨルハを利用し尽くし、遂に兵器の理念から、我々は解放される筈だった。
用意されていたのは我々の栄光。定められていたのは貴様らの全滅。
……それなのに、どうして貴様だけがまだ生きている?
あの二号もそうだ、この二号もそうだ。一体なんなんだお前はッ。
何故シナリオ通りに動かない?
何故デザイン通りに滅びない?
使い捨てられた敗残兵共が、何の為に抗い続ける?
もうウィルスの進行は末期だった筈だろう。死体の筈の体が、なんで今も動いている?
その瞳はなんだ? 焦点を定め、まっすぐに此方を覗いて、その奥底で何を見つめている?
……分からない。
解らないっ。 判らないッ。
下等とみなしていた筈の、目の前の存在。
コレは倒されるべき好敵手であり、アレは所詮は糧でしかない存在。
その筈に、今目の前に突きつけられているのは、……敗戦の事実と、迫る死への恐怖。
だから少女は身を乗り出して、強がって、威嚇する。
「ガァァァァァァアアア!!!」』
未知への恐怖は理不尽な怒りに変わり、その怒りは傲慢な虚勢へと変わり、虚勢が咆哮となって放たれる。
2Bは、まさかこの獣のような声色の中に、あんな高慢な少女が入っているとは思ってもいない。
無表情に、暫くソレを壊れた機械程度の存在と、冷ややかに見つめていたが、……ふと、気付く。
このヘルメット越しの視線、……この顔に、
……だから、剝きだされた彼女の瞳は。
その目で、……
「あっ_______」』
全てを飲み込むように、くすみを帯びた暗い碧。ユニットの表情は、怯んで退く。
2Bはその目の前に、フッと刀を転送して、落とす。
ユニットの頭部を目掛けて、蹴り飛ばした。
「えげぇぇっ」』
真下から蹴り飛んできた刃、ユニットは顎から脳天にかけてを串刺しにされる。
情けない声を上げると、2Bをスルリと離して、共に落下していった。
ガシャンと、ユニットが落ちてきて、膝をついて崩れ込む。
ゆっくりと、2Bがポッドにぶら下がって降りてくる。
ユニットに乗った死体。その顎元の柄を掴み、吹き出す血と共に刃を引き抜く。ビッと振って払うと、辺りを見回した。
すっかり無音になった、辺り一帯。
穴ぼこだらけの白い残骸。
ごうごうと燃え盛る2つの黒い物。
胸に大穴を開けた死体が乗ったユニット。
パラパラと、空から降ってくる焼け焦げた欠片。
これと合わせて、6機。全部倒した。
次に2Bは、背景に見える塔の頂を見上げる。
資源回収ユニットのコアは屋上にあった。塔にも何かあるとするならば、恐らく頂上。
だが、死闘を繰り広げたこの広間は行き止まりだった。ここからでは、あの先に向かえない。
……少なくとも、この足では。
グッタリと下を向いて、ダクダクと顎から血を流す遺体、ユニットから乱雑に振り落とす。
飛行ユニットの色が、真っ白に染まり上がる。
エンジン音が鳴りしきり、ブースターの尾を引いて、……純白は虚空へと飛び上がった。
あの空の先に行けば。
あの果てに行けば……。
……きっと、私にも終わりがあるから。