you too
塔の頂上。二体のアンドロイドが、この最果てに辿り着いていた。
この世界のどこよりも空に近い頂は、間近にある日の光で、二人の半身を必要以上に照らし出す。
そして日の当たらないもう半身は、暗く影に沈んでいく。第三者がそちらから見れば、きっと表情も見えないだろう。
……だが、それでも分かるのは。
二人は、同じ顔をしているという事。
▲▼▲▼▲
向かい合う、私達二人。
互いに言葉はなく、静かな風の音だけがする。
2Bは……、私の動きを待っているようだった。正面から向かい合い、もう不意打ちは通用しないから。
私は……、……どうすればいいのだろう?
何も答えを出せないままに、遂にここまで来てしまった。
戦いたくない。でも、彼女は決着を望んでいる。
牽制し、突きつけられたままの切っ先。震える事なく、此方を捉えている。
視線をチラリと横に向ける。先程までは足場として存在していた箇所が、丸く大穴になっていた。
私達の立つ場所は……、さながら、砲口の縁のようになっている。
「……この『塔』は月面の人類サーバを狙った巨大砲台だ」
「このままだと、人類の残存データが破壊されるだろう……」
この塔は砲台。月面にある、最後の希望を奪う為の物だ。……この空の果てにある、最期の座標を。
砲台が月面を吹き飛ばせば、月面人類を信じている地上のアンドロイド達は、今度こそ存在意義を失うだろう。
勿論、月面に人類は居ない、だが、少なくとも遺伝子情報の記録はあった。完璧なゼロでは無い。
だが、それさえも失えば、真実を知る私達もまた、……人類の夢を失う。
刷り込まれた信仰で信じてきた、あの栄光を。
「……?」
「……はぁ……、見れば分かるよ」
2Bも視線を砲口に向ける、だが、呆れたように溜め息をつくと、一度切っ先を下ろす。
「人類……、人類?」
「もう、どうでもいい……。そんな事……」
「……私達は、……この世界に必要無いんだから」
そう言って2Bは、あのよく知った全てを諦めたような顔をする。……そこに新たに、自嘲気味な笑みを含んで。
「人類偽装が広まって、私達ヨルハが必要無くなれば、……バンカーのバックドアは自動で開閉される」
バックドアの開放……? それはつまり、意図的に機械生命体の進入を許すという事だ。
何の為に、一体そんな……。
……あぁ、色々と合点がいった。
怒るよりも先に、呆れて感心してしまった。
先程引き合いに出した位には、もう地上側には人類偽装が十分浸透している。
つまり、ヨルハ部隊の存在意義は既に果たされたのだ。……成る程。もう、用済みだ。
「月面の人類サーバー。その偽装を守るために私達は……全滅するのが決められてた」
後はバンカーを、……
それでようやく、
「皆、捨て駒だった」
「私も、司令官も、6Oも、21Oも……」
ただブツブツと、独り言のように彼女は言葉を続ける。それは何処か投げやりで、他人事のように……いや、あるいは、そこに羨望さえも含んで。
「……ッ ナインズもッ……!」
けれど、最後にだけは声を荒げると、彼女はその拳を強く握り締める。……その手に持つ刀の柄を、そのまま握り潰してしまいそうな程に震わせて。
「……フッ、アッハハハ!!」
「あーっ、おかしいっ。フフフッ! アハハハッ!!」
荒げた声は、次にハチ切れたように笑い声に変わる。腹を抱えて、今にも笑い転げてしまいそうな程に、ニコニコとして……。
「……はぁ」
……それから、そんなのはらしくないな。と、また冷めた表情に戻る。
「……分からないの? 私達には、名前だって無い」
「所詮は兵器なんだ、……貴方も、私もッ」
そう言うと、彼女の視線は、……重く俯く。
何か言葉を掛けようとするが、……何も、出てこない。
私達は無意味。私達は、……望まれないモノ。
それはどれだけ否定したくても、……真実なのかも知れないのだから。
「2B……私達は……ッ」
でも、せめて、私達が戦う必要は無い筈だ。彼が残してくれたその命で、殺し合う必要なんて無い筈だ。
その言葉を出しかけて、……でも、それも出せなかった。
残された命。だって、それは。
「四、号……」
「……」
2Bは再び、視線を私に戻す。……そして静かに、冷たく睨んでくる。
「……何、その顔。貴方も彼を殺したじゃない……?」
そう言って、戦いを拒んでいた私を拒絶すると、……目の前の敵を、彼女は突き刺す視線で見据える。
……。……貴方、も。
その引っかかる言い回しに、2Bの姿を見つめる。
爆発を受けたのか、ボロボロでグズグズになった彼女の衣服。スリットにあった筈のリボンは無くなっていて、足の付け根を露わにしていた。
……そして、そんな黒服は、よく見れば所々に血の色を染み付けて、赤黒く染まっている。
……今、私に向かって『貴方 も 』と言ったのは、もう殆ど無意識的だったんだろう。
彼女にとって、ソレは拭いようのない、……当然の事実だったのだから。
彼女の左腕へと視線を向ける。この頂上で会った時から、ずっと感じていた
その腕は、明らかに別の機体の腕だった。肌色を剥き出した二の腕。その先には、黒いグローブが付いている。
……そのグローブは、私が記憶で散々見ていたモノだ。
言い争う少女達が、ふと言っていたことを思い出してしまう。
”9Sの偽造を持ち出せば、2Bに勝利できる筈だった。”
…………2Bは、また_____。
「……ずっと」
黒く染まってしまった彼女の手。……それを見ると、今度は自然と、言葉が続いてきた。
「ずっと、苦しんでいたんだろう。……2B」
「……9Sを、殺し続ける事を」
「……どうしてッ」
冷たく凍てついていた彼女の表情が、震えて揺らいだ。
知られていた? いつから? と、問い詰めるような、……恐れるような表情で。
けれどその視線だけは、私を見ていなかった。
私の中の……、あの痕跡に向けている。
本当は、言うまでもない事。……部外者である私が、触れてはいけない場所。
けれども私は、その場所へ伝えなければならない事を、……彼の記憶を知っていた。
「……高機能モデルの9Sが真実に到達することは、予め予見されていた」
そして、その予想通りに、実際に9Sはバンカーにハッキングを仕掛けてしまっていた。
……そこで知ってしまったのは、月面の人類偽装だ。
何百人ものヨルハ隊員。何万人ものアンドロイド部隊。全てに向けて隠された真実へと辿り着くのに、あの少年はさして時間を要さなかった。
「だから……、廃棄する前提で運用されることが、最初から決まっていた」
……そう。
バンカーへのアクセス。……9Sは、その度に死んでいた。
人類の滅亡。その情報漏洩は、何としても回避しなければならない。それがヨルハ部隊の全てなのだから。
だとすれば、真実を知った事、秘密を暴いた事。その制裁として与えられるのは、……即ち、死だ。
真実を知った9Sには、記憶の消去を施して、……殺した。
そして新たな個体に製造し直して、最初と同じように運用して……。再びに真実に到達されては、……消した。
その記憶を、その自我を。
……9Sの、存在そのものさえを。
……最初から、居なかった事にした。
「そうだったんだろう、2B……」
その為に必要だったのは、処刑人。
「……いや」
「ヨルハ二号、……E型モデル」
「……2E」
……それが彼女の、本当の名前。
Executioner(処刑人)モデル。
ある時は末期の汚染機体を処刑し。
ある時は脱走兵を処刑し。
またある時は……、違反行為に至る可能性を持つ機体を監視し、処刑するのが、その機体の任務。
9Sの処刑。執行人の役は、……彼女だった。
2Bという名前は、偽装だった。洞察力に優れた9Sには、処刑型モデルである事は偽装し無ければならなかった。
その名実の下に与えられた、偽りの名前。……それが、2B。
身分を偽り、常に監視する。そして、その必要に迫られれば……。
対象の義体を破壊して、……その自我を、抹消した。
巻き戻される時間を、共に過ごした記憶を。
彼が生きてきた痕跡の、断片の一つさえも残さず、……無かった事にした。
繰り返される体を持ったヨルハ機体にとって、完全な自我の消去は、……即ち、本当の死を与える事だった。
「……ッ」
2Bは、……いや、2Eは。その名前へ直視を拒んで、視線を逸らすように俯く。
……E型としての任務。それが彼女にとってどれだけの苦痛だったかは、私には想像も出来ない。
共に日々を過ごしてきた存在を。ナインズと、そうあだ名で呼ぶ程に信頼していた彼を、殺さなければならない苦痛。
感情を、言葉を、信頼を、……名前すらも、騙り続けなければなら無い罪悪感。
何度も、何度も。彼を欺き、騙し、その言葉を騙り続ける。その苦しみが、一体どれ程の物だったか。
……だが、本当は。
「9Sは……気付いていたよ」
本当は、誰もあの少年を欺く事などできていなかった。
「存在が秘匿されていない筈のE型の情報が、自分の中に不自然なほど無かった事」
それは図書館で見た、9Sの二つの記憶。
最初に映ったのは、記憶喪失となったとあるアンドロイドからの依頼。
……その果てに初めて知ったのが、ヨルハE型という存在だった。
任務の為に、親友と己の記憶を殺した依頼主。……それが、ヨルハE型モデルだった。
「……君がB型にしては、高機能すぎた事」
そして次に映ったのが、……とある脱走兵達との、殺し合いの記憶。
相手は複数機もの、同じ戦闘特化のB型モデル。
だが、9Sが後方から見つめていた、彼女らとの戦い。……同じB型相手にしては、やけに善戦しているように見えた。
対アンドロイド特化が過ぎる。あれだけ執拗に彼女の動きを記憶できた9Sの観察眼に、彼女と、それ以外との差を見抜けない訳がなかった。
これら二つの記憶に、その時の思考や感情は無い。その場の風景と言葉だけが、映像として記録されている。
……だが、9Sが宝物とした、彼女と共に過ごしてきた日々の記憶。
輝かしい思い出の数々にこの2つの記憶を並べていた事は……、『確信』だった。
「9Sは……君の正体にずっと気づいていたよ」
9Sは、人類の真相は疎か、自分に課せられた運命にさえ、ずっと感づいていた。
「……ッ。 …………ッッ!!」
その言葉、その事実に、2Eは言葉にならない声を圧し殺す。
「っ! でも、それでも9Sはッ」
その声に、咄嗟に伝えようとする。違う、9Sは君を恨んでなどいなかった。
分かっていた。全て分かった上で、共にある事を選んだんだ。
全てを知らされ、放任され、逃げ出せた筈のその時でさえ、君の元に向かった。
構わなかったからだ。例え人類が居なくとも、例え君が、E型であったとしても。
その果てに、殺される事さえも。
「2Eッ。9Sは、君の事を____」
許していた_____
「うるさいなッッ!!」
その先の言葉を、2Eは甲高い声で遮った。
「……!?」
聞いたことも無かった勢いに、ビクリと言葉を詰まらせる。
「……。……っ!! 2、E……ッ」
だが、不必要に鋭くなったカンが……、すぐに理解させてしまった。
今、何を拒絶したのか分かってしまった。
その先にあると思った、彼の拒絶の言葉を聞きたくなかったんじゃない。
その先にあると解っていた、彼の抱擁の言葉を聞きたく無かったんだ。
「そんな事ッ……そんな事、貴方に言われなくたって、私が一番分かってるんだ……っ」
きっと何度も、何度だってあったんだ。全てを知っても尚、彼が殺されてくれた事が。……全てを、赦された事が。
「だってあの場所に居たのは私なんだから……!! 貴方じゃないでしょう!?」
そしてその言葉は、……その痛みは。全ては彼が、自分へだけに向けた物。
あの二号へ。……あの二号だけに。
……ようやく、分かった。遅すぎるほど、今更に。
私があの時殺したモノ。それは、九号S型モデル。
そして……。
……その隣にだけ存在できた、二号B型モデルだ。
敵も味方さえも殺し、ひたすら傷付けて、殺戮だけを振りかざすE型。
そこに心と感情を、最も近い場所を許した存在が、……9Sだった。
彼の喪失は同時に、そこへ微笑みかけ、時に涙さえも流した、……
命であることを許されない機械人形が、唯一手に入れた
……永遠のようにさえ遠い、あの場所。
「貴方に……」
「…………私たちの、何が判るの?」
再び構えられた切っ先。そこから突き付けられるのは、……今にも掠れて、消えてしまいそうな言葉。
瞳の奥からは、涙の代わりに深紅の光が溢れてきていた。
「2……ッ」
汚染されていた。とっくに重症を超えて、それでも尚、その自我を保ち続けていた。
あの場所を、あの記憶を守るために。
……でも、それすらも、やがて失われて、消えていく。
もう何も残されて無い。帰る場所も、愛した者も、……2Bとして生きていられる時間さえ、残されて無い。
その絶望が一体どれだけの物か。震える切っ先は、もう次の瞬間にも振るわれておかしくない勢いだった。
[推奨:停戦ッ]
それを見かねて、遂に彼女が連れていた白いポッドが、間に割って入ってくる。
[ここで彼女と争う事は、非論理的]
[推奨:停戦]
「……止めよう? ここまで来て、止めようだって……?」
[これ以上の攻撃意志は、ウィルスの促進を]
「もう、もう遅いんだ!!」
[しかし、]
「黙ってて!!」
[だがっ]
「これは命令っ!!」
[だが2B、君はッ]
「ポッドッッ……!!」
[……ッ]
「……ポッド」
彼女の手は、そっとポッドを撫で払い除ける。
「もう、いいから……っ」
白日の空の下。泣き潰れてしまいそうな言葉の、……最後の願い。
……ポッドは、ゆっくりと引き下がる。
[……了解]
[……現時点より、ポッド042の独立行動と発言を停止する]
[この命令は、ヨルハ機体A2と……]
[…………2Eの、]
[そのどちらかの生命活動停止を確認するまで、維持するものとする]
そう言って、フワリと、再び彼女の背後に付き従うポッド042。
固く閉ざした彼の言葉は、……もう銃口を構えていた。
彼女は、……2Eは、流せもしない涙を振り払って、もう一度刃を突きつけ直す。
その白い切っ先は、今度こそ震えず。その瞳の光は、真っ直ぐに此方を捉えて。
もう、そこに彼の記憶で見た2Bの姿は無かった。
2E。そう呼んでしまった通りに、……2Eは、2Eとして決着をつけるつもりだった。
ここには、もう君が愛した2Bはいない。
奪ったものを返してもらう。最期に、この場所へ。
語らない切っ先と瞳で、私達にソレを突き付ける。
「…………、……フゥーー……」
震えた深呼吸をして、視線を落とす。
黒の太刀。その柄に、手を伸ばす。
……ゆっくりと、私も、太刀を手に取った。
分かった。決着をつけよう。
私は奪った。君から、全てを。
何も分からず、何も知らないまま、当然の顔をして、当然の物のように、あの場所に立ち入った。
どれだけ望んでも、君の手に入らなかった物。手を伸ばせば、それがここにある。
君は認めたく無かった。自分の、全てを。
奪われ、喪失した居場所。
どれだけ望んでも尚、……それでも、手に入れたく無かったモノ。
これは忌むべき虚像であり、呪われた罪人。その手に掴むことを許されない物だと、分かっていたから。
最期に
……それが、この最果てに祈った望みならば。
私の中にある、彼が生きてきた最後の痕跡。
君の手でだけは、奪わせないから。
……それが
澄んだようにさえ光る、赤い瞳。
濁ったようにさえ霞む、青い瞳。
互いに互いの瞳を見つめ、二人の二号は真っ向から向かい合う。
それから二者の合間に流れる、永遠のような静寂。
……だが、永遠のような一瞬も、遂に終わりを迎える。
何の合図も無かった筈の無音の間。二人は、同時に駆け出していた。