or not to [BE]   作:ヤマグティ

36 / 41
♪:複製サレタ街 Arranged by LITE


二人の二号

 

 

 真っ白な空間が、二人の視界へと広がっていく。

 

 

 空へと遠く伸びていく、黒い宇宙のような空間。地には白く、地面が組み敷かれていく。

 

 疲弊した二人の意識と体。フラリと立ち上がって、視界を上げる。

 

 黒と白。視線の先の、地平線の狭間。

 

 その先にポツリと、ホログラムのような輪郭で見えるのは、……あの姿。

 

 

「……っ!!」

 

 入り込めた……。

 

 いや、入り込まれた……? ……どっちでもいい、か。

 

 目の前にあるのは、またしても無機質に白い世界。……第2ラウンド、そう言わんばかりに。

 

 先程までの苛烈な殺し合いに摩耗した精神、叩き起こして、残された右腕で電子の刃を握って、引きずっていく。

 

 そういえば、ポッドの姿が見当たらない。確か私と一緒にハッキングした筈で……。

 

 

 ……いや、それも関係ないか。

 

 そう思い直して、近づいてくる姿へ、真っ白な電子の刃を振り上げる。

 

 

 ___決着は、私の手で。

 

 

 切っ先を振り下ろす、ふと一瞬。

 

 ……そこで間近にある姿の、違和感に気付く。

 

 ボヤケたような霞みに、黒い姿と肌色が、チカチカと交互しているように見えた。

 

 

 ___関係、ない。

 

 

 

 

 振り下ろした刃が、遂に交差する___。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___その瞬間、交差した点から何かが弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 それは酷く音のない、ノイズの爆風。

 

 

 その衝撃に、互いに端まで吹き飛ばされていく。

 

「……なに、が」

 

 転がった体には、まだビリビリとした電撃が張り巡っている。その内、つんざくノイズになって、耳鳴りのように、煩く鳴って意識に突き刺さってくる。

 

「……はや、く」

 

 早く立ち上がろうと、顔を上げると、目の前の地面に、電子の剣が突き刺さっていた。

 

 剣もまた電撃に軋んでいて、手を伸ばす前にさえ、……ボロリと崩れて、壊れてしまう。

 

「……ッ」

 

 素手でも何でもいい、早く。

 

 と、地に伏したままの姿勢を、……()()で押して、立ち上がる。

 

 

「___え?」

 

 

 そう、左手。

 

 

 押し上げてから気付いた。さっき使い物にならなくされた筈の左腕が、ここにあった。

 

 それも、今の手じゃない。……あの時の手だ。

 

 

 ……あのグローブをつけた、私の掌。

 

 

「これは……ッ」

 

 

 まさかと思い、体の方も見回す。

 

 

「なんで……」

 

 

 ……思っていた通り、左腕だけでなく、全身もがあの時に戻っていた。

 

 黒い服がキレイに整って、……巻き戻っている。

 

 あの時を過ごした、……あの二号の姿に。

 

 

「……っ? ……ここは?」

 

 

 何かが、おかしい。ここはいつものハッキング空間じゃない。

 

 

 一体、何が起きている? と、キョロキョロと空間を見回す。

 

 暗く、遠い空。見上げてみると、そこには記憶のモニターが、あちらこちらに点々として浮かんでいた。

 

 辺り一帯の方では、白いキューブが大小様々に、崩れたようにして散らかっている。あるいは、地面へと食い込んでさえいる。

 

 そんな乱雑で、不自然な地形。……更によくよく見てみれば、この大地そのものが、切り離された孤島のように、ポツンと空間に浮かんでいた。

 

 そして、私達二人を分けるちょうど真ん中で、食い込むような跡の亀裂を伸ばしている。

 

 亀裂から辿るように視線を伸ばして、再び、あの先にいる彼女を見つめる。

 

 彼女もまた同じように、キョロキョロと自分を、そして周囲と亀裂を見回して……。

 

 

 ……辿った視線が、此方と合っていた。ゴーグルさえもつけた、あの私の顔で。

 

 

 

 あれは……、私……?

 

 

 

 __そこで二人の脳裏に、まさか。といった可能性がよぎった。

 

 

 遠く記憶に浮かんでくるのは、ヨルハ機体としての在り方。

 

 

 ヨルハ機体は基本的に、同型モデルが同時に任務に当たる事はなかった。

 

 それは何かあった時に、回収された同型同士の自我データが混乱する事を防ぐ為である。

 

 

 

 ……だと、すれば。

 

 

 

 そんな、事が。

 

 

 

 と、二号の朧気な思考が、だが、その曖昧な意識こそが、確信を生む。

 

 

 

 

 

 あぁ、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、私はどっちだ? 

 

 

 

 

 そう、二号達が相互に仕掛けたハッキングは、まさかコンマ数秒のズレさえなく、全く同じタイミングで発動されていた。

 

 

 その結果、互いへ進入しようと真っ向から衝突した二人の自我データは、弾かれる事なく、むしろ互いに食い入って、混濁を引き起こしていた。

 

 異物たるポッド達の自我を弾き飛ばし、二号が、二号だけが、同時にこの場へ存在してしまっている。

 

 

 

 「……あ」

 

 

 ただ呆然と、あの顔を見つめていたこの顔。……そこで左手が、もしやと思い、この顔に張り付いていた物に触れる。

 

 

 

 ……ある。あのゴーグルが、この顔にある。

 

 布のような、滑らかで柔らかい、……物を偽る、心地の良い質感が。

 

 

 もう一度この姿を、あの姿を見回す。

 

 データ状の世界、ホログラム質の体。……仮初めの姿は、ここに置いてのみ万全に戻っていた。

 

 

 それは記憶の中に未だある、在りし日の姿。

 

 

 周囲に映る記憶が、知らない筈の記憶が、だんだんと、知っているように感じられる。

 

 

 

 司令官 ローズ隊長 6O 十六号 アネモネ リリィ 二十一号 21O 9S、四号。

 

 

 

 記憶の中の名前に、知らない懐かしさが入り混じる。

 

 

 遠くある鏡、そこにゴーグルを付けた姿が映っている。

 

 

 

 あの鏡が、あの顔が、自分を曖昧にしていく。

 

 

 あの姿だ。酷く懐かしいあの姿が、ここにある。

 

 

 

 混ざり合って、曖昧な私達の自我。グラリと、フワリと、体や、視界や、思考が揺らぐ。

 

 

「私、は」

 

 ゆっくりと、遠い姿へ手を伸ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……」

 

 指先が、今にも遠い輪郭へ触れそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は」

 

 

 あの姿。私の名前。

 

 

 

 

 

 

 私の、名前は__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__……違う」

 

 

 

 

 

 

 

 曖昧な距離の、私達を隔てる隙間。そこにポツリと浮かんで、消え入った言葉。

 

 

 

 ……伸ばした手を、引き戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……っ」

 

 

 

 その手はゴーグルを握り締めて、……スルリと引き剥いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はっ……!」

 

 

 拳の中に、確かに握った、私のゴーグル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はッ……!!」

 

 

 ___握り潰して、振りかざして、捨てた。

 

 

 

 

 

 

 曖昧な自我。有耶無耶な記憶。この手に掴めない、自分の名前。

 

 

 

 

 ……顕になった、全く同じ瞳の顔。

 

 

 

 

 

 それでも、分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって、このゴーグルは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コレはもう、捨てた物だからッ

 コレはもう、失くした物だからッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手が、拳の形を作り上げる。

 

 

 双脚が、白い大地を駆け抜ける。

 

 

 あの顔を、目掛けて。

 

 

 

 

 

 私は、あの二号を___!! 

 

 

 

 

 

 ___向かい合った瞳の中に、自分の拳が映った。

 

 

 突き出された拳が、頬へ沈んでいく。

 

 突き出した拳が、あの顔を遠ざけていく。

 

 

 データの筈の体に、ゆっくりと、痛みが食い入って、流れ込んできた。

 

 

 あの記憶が、雪崩のように過ぎ去っていく。

 

 

 

 ◇◇◆

 

 どう_して、四_。__止めてっ、私__は。

 

 

 

 まっ_て、行かない_で、ナイン__ッ 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ッ……ァあ!!」

 

 記憶の濁流に押し流されて、退いた体。 溺れるような息苦しさから、過呼吸に息を継ぐ。

 

 ユラリと顔を上げて、嫌な記憶を睨み上げる。

 

 その先で、その瞳が、此方を睨みつけてきていた。

 

 

 知りたくなんて無かった。A2の、そんな痛み。

 

 知りたくも無かった。2Eの、こんな痛み。

 

 

 だから、この痛みにふらつく体を押し留めて、クルリと立て直し、回し蹴りを放つ。

 

 双脚が交差して、ビシリと打ち合った。

 

「……ッッ!!」

 

 痺れるような振動が痛みとなって、ヒールの先にまで響き渡っていく。ジリジリと押し合うが、交差したまま動かない。

 

 打ち合った二の足の先から、その顔が此方を覗いている。

 

 

 __その顔が、嫌いだ。

 

 

 殴り合う拳が、互いに交差する。入り組んだ連撃が、互いの拳を殴りつける。

 

 鏡へ向かうように。あの顔に、殴りつけようとする。

 

 

 __お前が嫌いだッ。

 

 

 突き出した拳が、拳の先にぶち当たる。殴りつける拳の一つ一つが、その拳の一つ一つと交差して、防御して弾かれる。

 

 

 

 __皆死んだのに、のうのうと生きてるお前が嫌いだッ。

 

 

 拳が入れ違って、身体中に殴りつける。蹴りが入り組んで、身体中にヒールの先を突きつける。

 

 

 __あぁ、今殴っているのは、どっちだろう? 

 

 

 殴る度に、触れるたびに、身体が何度も、何度も入れ替わっているような気がする。突き付けた痛みが、突き付けただけ体に返ってきている。

 

 全身に打ちつけられた、ヒリヒリとした痛み。次第にそれはボヤけたノイズとなっていって、無作為に体にまぶされていく。

 

 視界はまるで腫れたかのようにして、靄に圧迫され始める。データの体がグラグラと霞んで、遂に前のめりに倒れかけた。

 

 

 ……そこで、何かが額に当たった。

 

 

 冷たい地面には倒れ伏す事なく、前屈気味になって、何かへ額を突き付けている。……何かが、支えになっている。

 

 真っ平らな質感ではなく、どこか温かい……、いや、熱いような感じ。

 

 瞳が、力なく目の前を見上げる。

 

 

 ……私の額に、私の額が突き付いていた。

 

 この瞳に、前髪から覗く左目が向かい合っている。檻の様な、髪先の隙間から覗く瞳孔が、奥から覗いてきている。

 

 細い鼻先に、鼻先が触れている。向こうの吐息が、私の胸元に当たっている。

 

 

 目の前に、薄っすらとして、あの顔がある。

 

 

 

 あれは、A2? それとも、2E? 

 

 私は、2 ? ……A、とE?  ……B? 

 

 

 

「私、あ」

 

 振るおうとした拳が震えて、指先を閉じていられなくなる。

 

 

 

 

「私、はっ……」

 

 行方を探す手の平が、互いの手の平を掴んで、抑え込む。

 

 

 

 

 

「私の、名前……っ」

 

 

 分からない。私は、誰だっけ? 

 

 私の、名前は? 

 

 

 

 

「……」

 

 

「……ふ」

 

 馬鹿だな、と。そんな吐息が聞こえてきた。

 

 

 だって見上げてみれば 視線の先に、あの くす ん 濁 っだ 色は、そこにある。

 

 

 

 どっちでもいいか。どっちも、二号なんだから。

 

 

 

 掌は、行く先を見つけて、ゆっくりと向かっていく。

 

 力強く睨み上げて、……その胸倉を掴んだ。

 

 

 

 私は。あの二号を……。

 

 

 

 ……あの、二号に。

 

 

 

 

 

 __あの二号に、勝つんだッ!! 

 

 

 

 

 その顔を引き寄せて、あの顔に向かって、額に額が激突した。

 

 互いの脳天へ、互いの記憶が蜷局のように貫いていく。

 

 

 

 ◆◆  ◇

 

 

 __ナイン      苦しい__  助けて

 

 待って __   四号 

 

 痛い __  寂しい  __

 

 また一人__   __行かないで_

 

 

 ◇  ◇◆

 

 

 

 記憶が、悪夢が、混ざって、訳の分からない記憶になっていく。

 

「……ッぁ」

 

 

 グチャグチャで、ツギハギで、何も分からない、有耶無耶の、あの記憶。

 

 

 

「……っあ……!」

 

 だけど今、二号の、この記憶。 あの、記憶に。

 

 

 

 あの中に見えた、光った、何か。

 

 

 

 

 この、光。が、

 

 

「私の、記憶」

 

 

 

 

 二号の、私の記憶。 そうだ、記憶の中に、あの名前が、あった筈。

 

 

 あの、光。

 

 

 

 

 

 君の、名前っ。

 

 

 

 

 

 

 

 君の名前はッッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____ないン、ズッ!!」

「___よんっ、号ッ!!」

 

 

 

 _____その名前を、この手に固く握りしめて。

 

 

 

 最後の拳が、最後にあの顔を。

 

 

 

 真っ向から、殴りつけた。

 

 

 

 ボロリと、二号の拳が崩れて消える。

 

 バラリと、二号の体から黒色が剥がれて消える。

 

 

 拳に押された体が、仰向けに倒れていく。

 

 拳を押し出した体が、前のめりに倒れていく。

 

 

 二人が倒れると同時に、データの世界もまた、崩れていく。

 

 ボロボロと、白い世界が崩れて散っていく。遠い黒の空が溢れて、流砂のように落ちていく。

 

 地面にザラザラと満ちていって、やがて何処かに流れ落ち始めて、また白い地面を顕にしていく。

 

 周囲のモニターが崩れて、集まって、溢れて、分かれて。渦巻いて……。

 

 

 ……全てが在るべき場所へと、洗い流されて、還っていく。

 

 

 二人の記憶。二人の名前。二人の、光。

 

 違う記憶と、違う旅路の、二人の二号。

 

 

 

 日の光が差し込んでくる。

 

 

 遠く青空が覗いてくる。

 

 

 

 ……そして、その光を反射するかのように、やがて白い髪先が、ピクリと動いた。

 

 

 

 

 

 

 その手で体を押し上げて。

 

「……うッ」

 

 

 

 

 

 

 掌に刺さった、白い刃を引き抜いて。

 

()()()……、痛ッ……」

 

 

 

 

 

 ゆっくりと見上げた瞳は、青空に気付いた。

 

「…………私、は」

 

 

 

 

 

 濁った色の碧が、空色を一際明るく映し出す。

 

 

 

 

 

 

 

「……勝っ、た」

 

 

 

 二号が、勝った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。