雲の上にさえ至る、あの塔の頂上。
白日の空の下、白く無音の空間に、何回も、何十回も、鋭利な金属音が鳴り響き続ける。
細い刀身が、ヒュンと空を切る。
長い刀身が、ゴウと空を割く。
白、黒。2つの刀身が、甲高く打ち鳴って交差する。
白い地面のあちこちへ、点々と丸く散りばめられた赤色。
無機質に白い空間では、時間の流れが分からない。戦いが始まってから、どれ位たったろう? ……決着は、未だつかずに居た。
形状の違う刀身であるにも関わらず、尾を引く刀身の光は、同じスピードで振るわれ、同じタイミングでぶつかり合っている。
同等。二人はその同じ顔のように、同等の力で戦っていた。
砲口となった塔の縁。何周をも繰り返し、進退を繰り返す。
終わりの見えない、最後の戦い。
だが、二人の二号は、互いに分かっている。
終わりは、近い。
△▽△▽△
A2が軽々と振りかざす、大振りに空を割く切っ先。
太刀を扱っているとは思えない程に機敏に振り払って、私の攻撃を的確に防いでいる。
一体何処に、それだけ軽々と扱える力がある? それとも、その刀身が特別軽いのか?
……いや。いいや、違う。太刀の重さは相当で、それに何もおかしな所は無い。振りかざされる威力は、全て重量から来ている。
だから、……だからA2は、自分の体の方を太刀に合わせて動かしているんだ。
形容するのならば、そう、太刀を振り回しているのではなく、太刀の方に振り回されている。
振りかざした後の勢いなんて、殆ど制御していない。一度振るった勢いは、そのまま次の一撃に繋げている。
だが、そんな直感ありきの戦い方なのに、その一撃一撃は、等しく私の一撃一撃を正確に防いで、弾き飛ばしてくる。防御へ徹されて、一向に決着が付かない。
終わらない。A2は惜しみなく、猛攻に押される勢いに任せて後退していた。この砲口の縁に、終わりはないのだから。
分からない、何故ここまで的確に私の攻撃を見極められる?
私だって、もう殆ど直感任せに動いている筈だ。終わりが迫る意識と体に、次の手を考える余力は、到底無い。けれど、それが奇跡的にか、A2のような機敏さを再現していた。
その上ウィルスが防衛行動に出ているのか、自分でさえ予測できない攻撃が勝手に出ている。
……でも、それでも何かが足りていない。何かが追いついていない。
延々と続くもどかしい攻防が、それを露にしている。着々と、私に残された僅かな時間を削っていく。
負ける? 私は、このまま負けるの?
同じ二号に、あまつさえ、旧型の二号に。
何が足りない? 何が追い付いていない? 目の前の敵を倒す。その瞳で見据えた意思だけなら、A2とは大差無い筈なのに。
何かが違う。何かもっと別の物が、A2の中には積み重なっている。
それは脱走兵として、独りで機械生命体を殺し続けた歳月?
あるいは、……数多もの追手と戦ってきた場数……。
__あぁ、そうか。
数多もの追手、裏切り者を始末する為に必要なのは、処刑人。
ふと、ポッドの方に視線を向けたあの顔。その隙を絶対に逃さないと、執拗な執念で切っ先を突き付ける。
怯んで閉じられた瞳へ、ギラリと睨む。
貴方は、ずっと私を知っていたんだ。
私でさえ知らない2Eを、貴方は知っていた。
包み隠さず持ち出したこの私を、この切っ先の軌道さえも、とっくに知られていた。
積み重ねてきたA2としての戦い方も、しぶとく追ってくる2Eとの戦い方も。
どれもこれも、あの二号にはよく知った物で。
……私だけが、何も分かっていない。
A2の眉間へと突き付けた切っ先は、虚しく前髪だけを散らす。
やがて、すぐに重い刀身からの反撃が、切り詰めてきた距離を押し戻していく。当たらない。何も、届かない。
お互いに退いて、次の手を考える。……そこで、カウンターの構えでこちらを伺うA2の額に、血が滲んできた。
掠っていた。あと少しの所で、仕留め損なった。
そうやって睨みつけた目元に、……ふと、此方も生暖かい物を感じた。
自分の目元にも、深く切り傷がついていた。あの長い刀身が、意図せず当たっていたのだ。
「……ッ!!」
……いいや、結局あと少しの所でも、A2はソレも躱したんだろう。この流れ出てくる血を見ていると、どうしてかそれが分かる気がする。
悔しい。悔しイ、クヤシイ。
どうして私はあの二号に勝てない? 知り得ない場所でさえ、私は何度も負けて……。
……また、2Eは負ける?
同じ二号のA2にあって、同じ二号の私には無いもの。それが私達を隔てている。
「ハァ、ハァッ……!!」
A2は荒い吐息と共に、前髪を血で張り付けて、左の瞳を影の中へと沈める。
「ううッ、ああああああ!!」
けれど咆哮と共に、すぐに影の底からは、赤黒い光が放たれた。
A2の体が、ユラユラと熱気を放ち始める。その瞳は、……遂に私の方を睨み返して、その太刀を攻勢に構えていた。
自爆に使う筈のエネルギーを、今、別の何かに使った。
そして、それが何なのか考える間もなく、赤黒い瞳孔の瞬影が、尾を引いて此方に迫ってくる。
「……っ、クッ!!」
力強く、重い筈の一撃が、重いままぶつけられてくる。熱帯びたA2の猛攻は、今度こそ太刀を扱って、振り回していた。
重い。速い。強い。それら全てが、私に防ぐ以外の暇を与えない。
でも、それでもある筈だ。こんなにも重い太刀に、隙間が存在しない訳無い。
目を凝らして、見極める。ほんの少しの合間に、切っ先を突き返す。
A2の肩に、腹部に、足に、腕に。至る所へ切っ先が沈んで、赤色が滲み出す。
「……ッ、速ッ……!」
だが、それでもA2は止まらなかった。滲む血を振り切って、あの二号も自壊を顧みていない。全身に滾る熱気を、残された時間の全てを打ち込んでくる。
熱いっ。迫りくる熱気が、こちらの肌にも焼き付いてくる。
打ち付けられた重みに、手が痺れてくる。俊敏で繊細な閃光に、視界が疲れてくる。
見えない。分からない。
どうしてそんなにも、力強く太刀を振るえる?
なぜ鈍くない筈の痛みに耐えられる?
同じ顔をしてるのに、別の表情を見せてくる。
私に無い物で、私の知らない何かで、私を遠ざけていく。
何も見えない。
何も分からない。
…………だから私は、あの二号に勝てない?
「ッ、ううう……!」
「……うああああぁぁッッ!!」
見えないのなら、見つけろ。
一手間に合わないのなら、間に合わせろ。
引き留めていた自我と、押し留めていたウィルス。掴んでいたその手を全て引き離して、自我に流し込む。
「……ッ、あ"あ"あ"ッ……!!」
瞳の赤い色が、瞳孔よりも先を染め上げていく。
首から頬へ向かって、服下に隠していた侵食が伸びていく。
とっくにノイズは記憶を覆っている、あの名前さえ、もう鮮明に思い出せない。
約束も果たせなかったんだ。だったら、こんな自我なんか、もう必要ない。
「っ!? それはっ 2ゥ____
迷う思考が、ボロボロに失われていく。
この手が痛みを突き放して、握る刀の重みを奪っていく。
猛攻の隙間、その隙の隙。ほんの一瞬の、この一撃の為の綻び。
揺れ蠢く真っ赤な視界の中に、ソコだけが鮮明な無色へ染まる。
_______ぅ いッ 」
一瞬の刺突が、A2の喉笛を貫いた。
「かっ ひゅ」
一瞬で首の中を通り過ぎ、引き抜かれていった刀身。
A2の瞳孔が、小さくなって震える。
「 あ、う 」
続く言葉より先に、唇からはゴブリと血が溢れて、猛攻がピタリと止まる。
体勢が、瞳孔が、グラリと揺れて、遠く後ろに倒れていく。
「う っ う。 _____あ"あ"ぁあッ!!」
だが、退いて、手放しかけた全てを、A2は無理矢理引き戻した。遠のいた筈の瞳が、ギロリと睨み返してくる。
その一瞬の内に、A2はもう重いだけの太刀を放り捨てて、ポッドを掴み上げていた。開閉された153から、閃光が走る。
「ボッ ド!! ぁ りア!!」
「!? ポッド、レーザッ____」
咄嗟に此方も構えたポッド。双極の色が、互いに閃光を突き付ける___
___次の瞬間、鳴り響いてきた爆音が、全てを掻き乱して音を奪っていった。
「うっ……。 うあっ!?」
吹き飛ばされ、転げた姿勢から立ち上がった直後の顔面、煙がブワリと広がってきて、覆い尽くされる。
灰色の闇が、視界の全てを奪っていく。
___A2を、早くA2の位置を。
だが、痛むほどキーンとした耳鳴りに、A2の掠れた呼吸は聞き取れない。
視覚の機能もゴチャゴチャのノイズだけを残して、もう殆どが機能していない。あの一撃で、全て使い果たしてしまった。
肩元にはポッドさえ居ない、何処かに放り飛んでいる。
……だけど、居る。分かる。煙の中の何処かに、A2はいる。割り当てろ、位置を。
そうだ、できる。私なら、私にならできる。
知っている筈だ。視覚も、聴覚もいらない方法を。私に残された、最後の存在理由を。
ボロボロの思考の中に、2Eだけが知っている意識を、感覚を、五感に走らせる。
邪魔な視界には瞳を閉ざして、不快な雑音には耳を閉ざして、思考も、意識も、理由も、価値も、何もかも塗り潰して、全部失くしていく。
「…………ッ!!」
スッと削ぎ落ちていく感覚の中に、見つけた。
煙の中に、押し殺した拙い呼吸の気配が、姿勢を低くして構えている。
刀を逆手に持ち変える。
私が、私だけが出来る殺り方。
暗闇の中の影に、迷いなく刃を投げつける。飛んでいく刃を追って、その影へと迫る。
「 ッ !!」
この気配へ、煙を掻き割いて太刀が振るわれた。
「 ぁ ッ!!」
だが、太刀は虚しく、甲高い音だけを鳴らして刀を真上へ弾き飛ばす。
A2の頭上を飛び越して、弾き飛んだ刃を掴んで、背後へと回る。
____穫ったッ。A2の背後を。最後に見せた、隙を。
A2の横顔が、刹那に此方に振り向いてくる。
だが、居合抜きを外した太刀は、もう振るえない。
「とぅ ィッ」
白い刃が、遂にA2の体を貫いた。