or not to [BE]   作:ヤマグティ

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まぁなんだかんだ言って、お互いにmore one nightくらいのノリで生きてて欲しいと祈るから再投稿でした。


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 [全ての存在は、滅びるようにデザインされている]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [生と死を繰り返す螺旋に、……『彼女ら』は囚われ続けている]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [だが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その輪廻の中で足掻く事が、生きるという意味なのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『私達』は、そう思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 This silence is mine

 

 

 

 波の音だけが、静かに響き渡っている。

 

 

 ささやかな風に波をなびかせて、水面が揺れている。

 

 今日の水没都市は珍しく晴れ渡っていた。雲一つない快晴に、波の一つ一つが光を反射している。

 

 チカチカとした波の反射光。そんなちょっとした眩しさを遮るように、黒い目隠しをつけた少年。

 

 チョコンと簡易的な釣り椅子に座って、ずっと水面を眺めている。

 

 水没都市の、切り立った断崖。ちょっと前までは、目の前に『資源回収ユニット』とやらがあったらしい。だが、今は暗い海の底である。

 

 その代わり、少年の視線の先にある海面には、ブイらしき何かが浮いていた。黒くて、四角い箱状のブイ。

 

 ……ポッド153だ。海面にプカプカと浮いて、漂っている。

 

 随分と気の抜けたような姿だが、決して遊んでいる訳ではない。むしろ、真剣だ。

 

 暫くその場を漂っていたが、突然海中に沈んで、水しぶきを上げて辺り一帯を暴れて回る。

 

 やがて、ついにザパリと跳ね出てきた。アームにチョコンと、一匹の魚を持って。

 

 [報告:アジ]

 

 ビチビチと元気よく、活きのいい新鮮さ。

 

「……はぁ、またアジか」

 

 だが、少年の顔は、溜息と共に下げられる。

 

「アジは食べられないんだよな……」

 

 [肯定:アジはヨルハ機体殺傷能力を有している]

 

 [今地域におけるアジの定期的な駆除は、ヨルハ機体9Sの今後の生存率を約0.00001%飛躍させる]

 

「……うん、そうだね」

 

 そんな馬鹿馬鹿しい数字に、もう少年は、……9Sは特に触れない。ふとバケツを見てみれば、アジが一杯に入っている。

 

「どうしよう、コレ……」

 

「……ジャッカスにでもあげればいっか」

 

 [……]

 

 満杯のバケツ。153はずっとビチビチうるさいのを一発撃ち抜いて黙らせ、海面にポイと捨てる。

 

 今度こそ納得いくものを釣って帰る。そんな意気込みで、また自分から海面に向かっていった。

 

「そうだっ。ジャッカスにアジと言えば、あの人、なんで平気で生き死にに関わる研究を吹っ掛けてくるんですかね?」

 

「アジを食べると死ぬらしいから、実際に試してみてって……。……まぁ確かに、気にはなりましたよね」

 

「……でも、もっとこう、僕らが食べられるような魚が釣れて欲しいですよねー」

 

「記録によると、サンマとか、イワシとかが美味しいんだとか」

 

「ここの地域に住んでいた人類に一番人気だったのは、確か……、マゲ……何だっけ」

 

 [訂正:マグロ]

 

 9Sの肩元に、白い色のポッドがひょっこり現れる。

 

「そう。それそれ、……今は殆どの魚が、魚型の機械生命体に生態系を荒らされてるらしいけれど」

 

「……いつか漁とかしてみたら、楽しそうですよね」

 

「ね、そう思いませんか?」

 

 海の方へと顔を向けたまま、後方に問いかける言葉。……勿論、返事は返ってこない。

 

 スゥスゥとした寝息だけが、聞こえてくる。

 

 9Sの後方には、一人のアンドロイドが眠っていた。……ヨルハ二号モデルの、あの彼女。

 

 そっと丁寧に、ポッド達に姿勢よく支えられて、静かに横になっている。

 

 ……まるでアイマスクのように、少年と同じく目隠しをつけて。

 

 

 [報告:アジ]

 

 

「……はぁ」

 

 

 もう何度目かの絵面。……もう、何度目かの溜め息。

 

 そこで突然、後方から足音が聞こえてきた。

 

 コツコツとコンクリートの地面を踏み鳴らす、ヒールの音。

 

 ……だが、少年の顔色は変わらない。

 

「……あぁ、おはようございます」

 

 まぁ、どうせ違うだろうけど。なんて表情で振り向くと、…………やはり、()()()()()がいた。

 

 

「……なんだ、人違いの二号で悪かったな」

 

 長髪を揺らした姿。地肌は疎か素体まで顕にした体。ゴーグルの無い、濁った色の青い瞳。

 

 

 ……A2。9S的には、違う方の二号である。

 

 A2は前髪から覗く瞳から、不服そうに少年へ顔をしかめる。

 

 お互いに再起動している所を、ようやく、今しがた偶然見つけたのに、少年から向けられたのはこの顔である。

 

 ……何故足音だけで区別がついた? については、彼女は聞かなかった。そこについては、コイツはそういう奴だ。という認識がある。

 

 

 A2は隣に釣り椅子を立てると、まだ海に投げていなかった153を掴んで、ポイと投げる。

 

 それ、僕のポッド……と、9Sは一瞬思ったが、彼女があまりにも自然な動きでそうするので、何も言えなかった。

 

 仕方ないので、肩元にいた白い方。本来は自分のポッドでは無いが、042を海面に投げる。

 

 

 ……それからは、静寂がある。お互いに、ジッと海だけを眺めて、獲物を待ち続けている。

 

 

「……起きないのか?」

 

 一向に掛からない魚と、言葉。

 

 ここに来てから感じていたであろう疑問を、A2はポツリと呟いて、後方で眠る彼女の方を見た。

 

 

「……うん」

 

 9Sは視線を海に向けたまま、あの後の事を語り始めた。

 

 

「あの後、色々あったみたいだけれど、……僕は再起動に成功したんだ」

 

 ……色々あった。そう言って、海面のポッド達に視線を向ける。

 

 目が覚めると共に、真っ先にポッド達から聞かされたのは、……僕が居なくなってからの、あの人の事。

 

 それからは『塔』について、ヨルハ部隊について、……ヨルハ計画について。

 

 本当に、なんで生きているのか分からない起きがけの頭には、とんでもない情報量だった。

 

 正直、殆どは二人の動向ばっかりが気になって、あんまり頭に入ってこなかった。

 

 ……けれど。それでも、一番ハッキリと覚えている事。

 

 ヨルハ計画の概要。その上で、ポッド達が最後に下した決断。

 

 

 ヨルハ計画の破棄。我々はこの結末を容認できない。

 

 

 見てない間に、あの153も042も、随分と変わっていた。

 

 結果的に遂行されたと思われたヨルハ計画の、最後の誤算。

 

 ポッド達は、自分達の在り方に抗った。

 

 僕らの生存を望まないヨルハ計画に、プログラムされた思考回路に、……かつて自分達が下してきた判断の数々に。……あるいは、神にさえ、抗った。

 

 ポッドネットワーク全てを敵に回してまで、二人は僕達の残されたデータを全て回収してくれた。一つの記憶も、取りこぼさず。

 

 そんな天命への反逆は、なんとかこうして実を結んだ。ここに自分が起きている事。A2も起きている事。

 

 今は仲良く、チャプチャプと海面に浮かぶポッド達。……少しはにかんで、微笑む。思わずまた撫で回したくなるが、あんまりしつこいのも迷惑だろう。

 

 特に153は、最近なんとなく始めた釣りにやけにお熱だ。……なんだか、アジが危険だとか言っている。

 

 僕の生存率が少しでも上がるからとか言っているけど、少し過保護が過ぎると思う。

 

 

 ……ただ、そこについては、あんまり言い出せなかった。

 

 実際の所、確かに()()()()()僕はよく死んでいた。それに、……なんというか、考えてみればそれもそうだが、153は()()()()だった。

 

 正直、僕の件については、S型の性だからとどこか呑気に考えていたのだが……。多分言っても聞かないんだろうな。

 

 まぁ、紆余曲折の果てに、今回の僕は……。

 

 ……そして最後の僕は、こうして生きている。少なくとも、それでいい。

 

 

 ……だけど。

 

「……あの人の方は、どれだけ試しても起きなかった」

 

 問題はそこだった。ポッド達が様々な起動パターンを何度も試したが、……あの人には、吐息さえも戻ってこなかった。

 

「僕より汚染の具合が酷かったからか、……メモリーに自我データが見当たらなかった」

 

 A2の横顔が、じゃあ。なんて不安色を見せる。

 

 だから遮るように、話し続ける。

 

「諦めなかった。絶対に起きる筈だって。だから、色々手掛かりを探す事にした」

 

 起きてからはすぐに手掛かりを探しに、各地へと手当り次第に回っていた。

 

 特にレジスタンスキャンプでは、『塔』以降の事は詳しく聞きこんだ。

 

 廃墟都市の風貌は恐ろしく変わっていた。辺り一面に降り積もった『塔』の瓦礫。その真っ白な地表は、別の世界のようにさえ見えた。

 

 だが、レジスタンスキャンプは奇跡的に、『塔』崩落の影響をあまり受けずに済んでいたようだった。

 

 

「……あ、そういえば、貴方は何をしていたんですか?」

 

 その時、同じく『塔』に居たというA2にも話を聞こうと思って、アネモネに行方を訪ねてみていた。……だが、「今は何処にいるのか」なんて答えていた。

 

 ポッド曰く、少し僕らの様子を見に目を離したら、勝手に再起動して居なくなっていたらしい。……僕が起きるのには、相当な日数を要したらしいのに。

 

 

「……ん、私か? ……さぁな」

 

「何をして良いのか分からなくて、そこら辺を散歩して回ってたよ」

 

 

「さっきは追いかけ合いをしてる、見かけない同型同士のアンドロイドを見て……」

 

「…………姉妹喧嘩は良くないと思ったから、追いかけて見たんだが。……結局見失って、ここに着いてた」

 

 

「……最近、パスカルが機械生命体の代表として、アンドロイドと講話条約を結ぶ準備を始めてるらしい」

 

「……これから、どうすればいいのか」

 

 A2は遠く、空を見上げる。

 

 僕はA2の過去をよくは知らない。アネモネが何か知っていそうだったが、結局それどころでは無かった。

 

 ……ただ、森の国で初めて会ったその時から、何か憂鬱な顔をしていたのは確かだった。

 

 旧型の脱走兵。少なくとも分かるのは、……彼女も、何かを失っていたという事。そして、それは僕らとは違って……、恐らく、もう二度と戻らない物なんだろう。

 

「このまま戦争が終わるのなら、……いや、もうとっくに、機械生命体と戦う理由なんて、私には……」

 

 そう言って、ポッド達の方を見る視線は、……少し複雑そうだった。

 

「……みんな」

 

 それから、また空を見上げる。まるで、そこに誰かが居るみたいに。

 

 

「……だけど」

 

 

「また貰った以上は、考えておくよ」

 

 

 そう言って今度は、A2は遠い水平線の方を見た。

 

 ふとそよいできた風が、長い前髪を揺らして、瞳を隠す。

 

 けれど、少し覗いて見えた海色の反射光は、……微笑んでるように見えた。そう、信じたい。

 

 

「……それで、お前の話はどうなったんだ」

 

 A2は問い詰めるように話題を戻す。その話題から逃げているように見えたのが、嫌な予感を増やしてしまったんだろう。

 

 

「あぁ、……うん」

 

「……各地を巡って、情報を集めて回る内に、……ジャッカスから、方舟が関係してるんじゃないかって話になったんだ」

 

 

「……方舟」

 

 

「送られてきた反応は、A2達が居た『塔』の瓦礫の下。少しでもそれに何か手だてがあるんじゃないかと思って、掘り起こした」

 

「あったのは、結晶みたいな物だった。機械生命体の情報プロトコルを残した媒体……。まぁ、エイリアンの未知の技術で出来てるから、正直なんなのかは良く分からないんだけど」

 

「でもポッド達が鍵のような物って言ってた辺り、アクセスキーや、いや解析装置みたいな……。情報収集の為に使ってた、敵や味方のサーバーをこじ開けるマスターキーみたいな物の可能性も……」

 

「……いや、話を戻すよ」

 

「何とか結晶を手に入れて、それを応用してワクチンみたいな物を作った。メモリーに少しでもあるかもしれない自我を吸い出して、復帰させようと試みたんだ」

 

「……だけど」

 

 その先から、9Sは言葉を閉ざす。

 

 詰まらせた言葉と、ゴーグルで隠された表情。

 

 A2も静かに、ただ言葉を待つ。

 

 海だけを見ようとする少年の目に浮かぶ、その日の光景。

 

「……上手くいかなかった」

 

 ……ポッドは話を遮りに戻ってはこないので、暫くして、ポツリと呟いた。

 

「どこのメモリーにも、自我データは残って無かった。自分で消去したんじゃないかって」

 

「だから取り出そうにも、そもそも取り出す物が無かった」

 

 残っていたのは、僕に宛てた最後の言葉。

 

 もう声を上げてこそ泣かないが、その記憶を思い出すだけで、ゴーグルにはジワリと滲みが浮かんでいく。

 

「……そうか」

 

 A2もまた、暗く顔を落とした。

 

 暗く重い間に、静かな音が続く。沈黙の中に、もう目覚めない彼女の寝息は、一際目立って聞こえ……

 

「……ん」

 

「……いや」

 

 

「寝てるよな?」

 

 

「うん」

 

 そう。寝息。固く閉ざされた瞳に、吐息だけはある。

 

 

 

「自我はメモリーから消えてたんだよな?」

 

「……うん」

 

 

「……? 自我が消えていたんだったら……、……それは死ん」

 

「違うよ」

 

 真っ向から否定する。そんな訳無いだろう、お前冗談でもそんな事言うなよ。と。

 

 

「……どういう事だ、まだ話には続きがあるんだな?」

 

 今ある情報では、話の整合性が取れない事に気付いたらしい。

 

 質問してきてくれた、いいタイミングだ。僕も少し落ち着いてきたから、今度こそ、ちゃんと話そう。

 

「確かに、メモリー内には自我データは無かった」

 

 

「…………メモリー内には、消去したような痕跡もあった」

 

 

「自分で消去したのなら……」

 

「もしかしたら、あの人は生きる事を望んでいないのかも知れない」

 

 

「……だけど。だけどッ……! それでも諦められなかったんだ、諦められないんだよ……っ!!」

 

 何度も話そうと、その時の決断を思い出しては、言葉を詰まらせる9S。

 

 ……A2は静かに、彼が話せるまで、待ち続ける。

 

 自我の抹消。それが彼女の、9Sへの意志だとするのならば、9Sはこれ以上自分が関わるべきか相当悩んだんだろう。

 

 九号S型が彼女をどれだけ縛り付けていたのか、過去も今にも、9Sには自覚があった筈だ。

 

 ……あまつさえ意図的にそうした可能性も、思い当たる節が自分にはあったんだろう。

 

「……僕はっ」

 

 けれど、彼女の選択に対する決断を、9Sはもうその時に下している。

 

 この二人の選択に対して、何かを言うつもりも道理もない。静かに、答えを待ち続ける。

 

 一度深呼吸をして、9Sは、再び呟き始めた。

 

 

「…………確かにメモリー内には、何の反応も無かったんだ。メモリーには何も無い。それは間違いない」

 

 

「……だけど、一つだけある部品が、微弱ながらワクチンに反応を示したんだ」

 

 

 

 

「ブラックボックスだよ」

 

 

 

 ブラックボックス。

 

 その名の通り、その構造は謎が多く、搭載している当人らにさえ多くは伝えられていない。

 

 最低限分かっているのは、異様に高出力で効率の良い融合炉である事。

 

 

「……そうか」

 

 だが、納得できるような理屈をA2も知っているのか、共に言葉を続けてくる。

 

 

「僕は自我データって、脳ユニットのメモリーに搭載されてる物だと思ってたんだけど」

 

 

 

「……パスカルが言うには、機械生命体はコアが自我データを形成していた」

 

 

 

「……そして僕たちのブラックボックスは、コアの流用品だ」

 

 

 

 

「……じゃあ、この自我データは何処から来た?」

 

 

 

 

「少なくとも普段活動してる時は、メモリーの中で機能してる」

 

 

 

「……でも、もし、この心臓が」

 

 

 

 

 

「生み出した鼓動を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「魂を封じ込める事が、できるのなら」」

 

 

 

 

 

 二人は、顔を見合わせる。

 

 

「……なるほど」

 

 話早く、A2は事のあらましを理解した。

 

「ブラックボックスが押し込めていた自我データを取り出せたのが、今の状態なんだな?」

 

 ただしそれを可能とした理屈までは、流石には分からない。

 

 その場にはいなかった。結晶のワクチンはおろか、ブラックボックスでさえ、どれもこれも機構の分からない物。それを一体どうやったのか。

 

 

「……まず、最初はブラックボックスにワクチンを______

 

 

 __それから、9Sはどうやって取り出すに至ったかを話し始める。

 

 

 ……だが。

 

 

 植物由来の有機物だから、だとか。

 

 魂と自我をどう定義するのか、だとか。

 

 ……『ゲシュなんとか』、だとか。

 

 

 9Sでさえ疑問混じりに語る、()()()()()()に飛躍した専門的な内容の考察に、……今のA2はもうついていけなかった。

 

 『応用したワクチン』。……ただ、それでも何となく雰囲気から分かるのは、全てが上手く行った訳では無いのだろうという事。

 

 

「____には乗らなかったって言ってたから、それを考えるに、ポッドが緊急退避を試みた記憶の向かう先が、ブラックボックスになったのは間違いないんだと思う」

 

 

「……だけど押し込め方も、僕の取り出し方も、多分かなり強引な事をやったから……、まだ、自我データが安定して無いんだ」

 

「僕が持ってこれたのは、この状態まで。これ以上迂闊に触れるのは……、止めた」

 

「まだ自我データは『塔』の時から壊れたままで、後は……」

 

 上手くいったのは、取り出した所まで。肝心なのは……。

 

「……自己修復能力に頼るしかない」

 

 

「……起きるのか?」

 

 分かっていても尚、抑えきれなかったA2からの問い。少し間を置いてから、9Sは彼女の方へ振り返る。

 

 

「……もう、本人の意思に懸かってる」

 

 ただ一言だけ、9Sはそう呟いた。

 

 

 スゥスゥと眠る姿。……それは穏やかそうにさえ、見えなくもない。

 

 眠ったままの状態は、もう何日も続いている。

 

 自我の自己修復。きっと、それには本人の意志が関わってくる。

 

 ……もし生きる事を本当に望んでいないのなら、そのまま自我を修復させず、二度と目を覚まさない可能性もあるだろう。

 

 言葉なき9Sへ、A2もまたその可能性を察する。

 

 ……せめて不安定な希望の光に、今は触れない事にした。

 

 

「……それで、何でこんな所まで連れ回してるんだ?」

 

 だから話題の温度を変えるついでに、何となく思っていたことを聞く。

 

 

「それなら、キャンプで安静にさせてる方がいいだろう」

 

 さっき遠くで、動かない彼女に語り掛けているのを見た時は、目覚めなかった事にとうとう9Sが壊れたのかと思って本当に心配していた。

 

 ……少なくとも、それよりはずっとマシな話であったが。

 

 

「あぁ、一緒に旅した所を巡って、思い出とかを語りかけたら起きてくれるかなぁ……って」

 

 

「……それに、ホラ」

 

 

 

 

 

 

「起きた時は、最初に僕を見て欲しいじゃん?」

 

 

 

 ……要は、目を覚ますその時まで、片時も離れる気はないらしい。……寝ている当人の方を移動させてまでも。

 

 ……特に冗談気も無く、当然そうにそれを語る9S。当の本人が寝ているのを良しとしてか、出てくる発言には何の躊躇いがない。

 

「……ハァ」

 

 どうもこの少年、一部中身を共有した身として分かるのは、……あまりにも伏せ抱えたモノは大きく、それでいて彼女には一切の片鱗を見せていない。

 

 お前の、そういう所がッ。と、彼女に代わって、何とも言えない顔をしてやる。

 

「ははは」

 

 だが、そんな顔した二号に、9Sはどうにも思うところがないらしい。軽く苦笑いで適当に流していった。そんなリアクションをしたいのは私だ。

 

 

 ……別にそれで構わないが、どうも複雑な気持ちにさせられる。

 

 この少年は、この彼女と同じ顔を、ごくごく自然に『じゃない方』と扱ってくる。

 

 確かに、彼女と私は違う。過ごした時間も、交わした言葉も、旅路も、名前だって違う。……勿論、こんな体の有様も。

 

 ただ、やはりお互いにはあるのだ。この同じ顔と、同じ二号である事に対して。

 

 

 ……だが、9Sの視線からはどうにも、この二号の顔を……、こう、何と形容すればいいか。

 

 

『同じ二号モデルの顔』ではなく、『二号モデルの顔を張り付けた別の誰か』のように見ている気がする。

 

 

 ……この少年、もし少しでも道が違っていれば、この顔に殺意を向ける事なんて何ら躊躇い無いんじゃないだろうか。

 

 

 [報告:アジ]

 

 気が付けば、いい加減魚が掛かっていた。

 

「ん、アジは食えなかったような……」

 

 受け取ったアジを、ポイと海に投げ返す。

 

 [否定:アジはヨルハ機体殺傷能力を有している]

 

 [近辺区域におけるアジの生息は、残存ヨルハ機体の今後の生存率を約0.00001%低下させる]

 

「はぁ?」

 

 [疑問:ヨルハ機体A2の学習機能]

 

「うるさいッ!」

 

 たかがアジを投げ返しただけで、何でそこまで言われるんだ。

 

 と、A2はポッドを力強く握りつけて、二度と戻ってくるなと言わんばかりの美しいフォームで海に投げ返す。

 

 遥か彼方へと放り飛んでいくポッド153、遠い海面の中にポチャンと消える。

 

「それ、僕のポッド……」

 

 A2は肩で息を切らすと、……そっと座って、釣りに戻った。

 

 

 僅かほんの数秒間のやり取りを、9Sは呆然と見つめる。

 

 ……不在の間、こんな調子で大丈夫だったのだろうか? そういえば、153はA2に随行していた時の詳細を、あんまり話してくれなかったような気がする。

 

 A2はその視線に気づくと、不服そうな表情をして、指さしてくる。

 

 指された先に視線を向けると、042が戻ってきていた。

 

 ……手ぶらで。

 

「下手くそ」

 

 お返しとでも言わんばかりか、A2がなじってくる。

 

「……む、今は手が不調なんですよ」

 

 だからそう言って、両手の指をぎこちなく動かして見せる。

 

 勿論、ポッドの釣りに僕らのうまい下手は何も関係ない。ただ投げて、待っているだけである。

 

「はっ、言い訳だなんて情けない……ん、どうしたんだ。それ」

 

 手のぎこちない動きが冗談とて、噓ではない事にA2は気づく。

 

「結晶を取るときに、少し無茶しちゃったから」

 

 手袋を手間そうに外すと、包帯を巻いた両手を見せる。

 

 『塔』の瓦礫を掘り進めるのに、焦りともどかしさに追われて、途中からは直接この手で槍を握って掘った。

 

 非戦闘モデルのスキャナータイプには向かない力仕事、……そんな風にして、連日酷使したので壊してしまった。

 

 滲んだ赤みを帯びた包帯。A2は、見てるこっちまで。なんて顔をする。

 

「A2はどうするんですか? 修復に使える部品」

 

 手袋を手間気味に戻しながら、そんな事を聞いてみる。四年の歳月を単独で生き延びてきたA2には、特に聞いておきたい事だった。

 

 ヨルハ機体に使われている技術は、他のアンドロイドとは色々と違う。

 

 殆どの生産情報を持っていたバンカーが無い今、こうして手の修復パーツを集めるのにさえ僕は苦労している。

 

「……ん」

 

 A2は複雑そうにして、少し考え込んだ。恐らく、A2は今まではヨルハの追っ手から回収していたんだろう。そして、その義体は……。

 

 ……良くない事を聞いたかもと、言った後に気付いたが、それでも残された同じヨルハ機体として、意見が欲しかった。

 

 暫くして、A2は答えを見つけたのか、雄大な青空の方を睨み上げる。

 

 そして確固たる意志を持って、確かに呟いた。

 

 

「……気合い、だな」

 

 

「えぇ……」

 

 真剣そうに考える顔をしてたのに、出てきたのは根性論だった。

 

 ……まぁ、たった一人で全てと闘い生き延びてきたA2からしてみれば、追手が消えた今の方が安心で安全なのかも知れない。

 

 機械生命体達も、最近はまた急に大人しくなった。統制していたネットワークそのものを、A2が根本から始末したらしい。

 

 

 ……強いなぁ、A2は。

 

 

 と思っていると、A2はまたアジを釣って、怒り気味に後ろに放り捨てていた。

 

 ポッドが律儀に、ピチピチと跳ねている所へレーザーで吹き飛ばしてトドメを刺す。

 

「……じゃあ、起きた時の為に、お邪魔な方の二号は行くとするか」

 

 もうアジしか釣れないのを悟ったのか、A2は釣りを止めて立ち上がる。

 

 それから、去り際。……ふと、顔横を振り向かせてくる。

 

「……もし、このまま」

 

 

「起きますよ、絶対に」

 

 A2の言葉、反射的に遮ってしまう。

 

 

「……そうだな。じゃあな」

 

 そう言って、A2はまた何処かへ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また一人になって、釣りをしている。

 

 でも、そんな現実逃避もやがて虚しくなってきて、……やめる。

 

 魚いっぱいのバケツ。光の無い瞳、全部死んでいる。死体が積み重なっている。

 

「……ッ」

 

 八つ当たりに、ボロバケツごと海に蹴り捨てる。どうせバケツも釣った物だ。全部、海に帰れ。

 

 ……海に。

 

 

「……僕は」

 

 ……眠った君の姿。隣まで行って、座り込む。

 

 

 ……この先、僕たちはどうなるのだろう?

 

 二人のポッドが反旗を翻したポッドネットワークは、未だ残ったまま。

 

 ヨルハ計画を立案した勢力も、僕らは全く存在を把握していない。……一体何処の誰があんな計画を実行しようなんて考えた? 顔だけでも見てみたいものだ。

 

 ……でも、生き残った僕らの存在を知れば、きっと。

 

 だってアンドロイドとして戦う理由だった人類は、もう僕たちの中には居ない。

 

 憎むべき筈だった機械生命体も、争いを捨て始めた。……いいや、憎むべき理由なんて、本当は無かったんだ。

 

 

 兵器はやがて、必要なくなる。

 

 ……世界は有るべき姿に、戻りつつあるのかもしれない。

 

 

 この手を見つめる。いつ直せるか、まだ目処の立たない手。

 

 ヨルハの義体。修復の難しい体。

 

 

 ……打ち捨てられる筈だった、自我。

 

 

 清々しい青空と、雄大に見える青い海。

 

 いつだって輝いているのに、……相変わらず、奥も底も見せない。

 

 

 この先の未来は……、まだ不安だらけだ。

 

 ……未だに目覚めない、君の事も。

 

 

 眠った手首の、脈を握る。……少しだけは、ほんのりと暖かい。……けれど。

 

 

 もし、このまま瞳を開けてくれなかったら。

 

 ……自分の決断が、彼女の望みで無いのなら。

 

 

「……うっ……。 うぅ」

 

 遂に膝を抱えて、顔を埋めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

『機械生命体の方舟には……乗らなかった』

 

 

 

『……私の自我データはもう形を留めて無い…………』

 

『このまま消えてなくなってしまう。……でも、それでいい……』

 

 

『私達ヨルハは、壊される為に生まれてきた誰にも望まれない死ぬための部隊』

 

『……私も、もう終わる時が来たんだと思う』

 

『……ずっと、無意味な私の為に君を殺してしまった』

 

 

 

『…………ねぇ、9S』

 

『全ての存在は、滅びるようにできてる……永遠じゃない。いつか必ず壊れて、失くなる時がくる』

 

『意味があっても、無くても……』

 

『……』

 

 

 

 

『……でも、君の存在は無意味じゃ無かった』

 

 

『君と共に過ごした沢山の日々は、無意味なんかじゃなかった』

 

 

 

『君と共に居れたのが、私が生まれた意味だったんだ』

 

『君と旅した海や、景色。……忘れない』

 

 

 

『さよなら、9____……』

 

 

 

 

 

『……いや』

 

 

 

 

 

『___一緒に居てくれてありがとう、ナインズ』

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……う、ぐっ……」

 

 止めどない涙が、ゴーグルに滲んでいく。

 

 メモリーに残されていた、君のメッセージ。最後に君は、ナインズと呼んでくれた。けれど……。

 

 

 どうしてそんな事を言うんだ。なんで一人で行っちゃうんだ。

 

 私は無意味だなんて言わないでよ。僕にとっても、君は掛け替えのない存在なんだ。

 

 僕を置いていかないでよ。君が居てくれれば、こんな不安なんて、全部ちっぽけな物なんだ。

 

 

 溢れては、黒布に染みて消えていく涙。

 

 けれど、だからこそ。ゴーグルを上げて、力強くグシグシと拭う。

 

 

 諦めない。諦めるものかっ。他でもない僕が、そう約束した筈だ。

 

 

 お別れの言葉を最後に躊躇ったのは、他でもない貴女だ。

 

 

 だから何時までも待つ。この世界で、待ち続ける。

 

 

 

 

 

「……また」

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、君に会いたいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2 ィ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、この手に包み込む温もりを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、握り返された気がした。

 

 

 

 ハッと振り返る。だが、そこにあるのは、いつもと同じように眠る顔。

 

 ……僕の気も知らないで、相変わらずスゥスゥと眠ったまま。

 

「……」

 

 ゴーグルを上げた僕の瞳も、未だ滲んだままのせいだからか、握った手はさっきまでと同じように見える。

 

 

 

 だけど今、確かに感じた、……鼓動の温もり。

 

 

 

「……行こうか」

 

 

 嘘が真か。暫く呆然としていたが、ゴーグルを下ろして、ポツリとポッド達に合図する。

 

 

 きっと、もうすぐ。

 

 

 何の理屈も無いのに、そう信じて疑わなかった。

 

 

 

 早くレジスタンスキャンプに戻ろう。もっとちゃんとした所に寝かせて置かないと。寝心地の良さは大事だ。

 

 

 最初に見るのは僕の姿……、寝ぐせなんてついてないよね? 

 

 そうだ、ポッド達に頼んで、挨拶をかけるのは僕が最初にしてもらおう。

 

 最初に聞くのは僕の言葉。声が上ずらないようにしなきゃ。

 

 

 それから、それから……。

 

 

 時折、彼女を運ぶポッド達の方へと振り返る。……まだ起きてないよね? なんて、言いたげに。

 

 その横顔は、そっと微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 △▽△▽△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつからだろう。気がつけば、真っ白な空間に転がっていた。

 

 

 

 私は……、誰だろう。何も思い出せない。

 

 

 地面も空も、真っ白な色で続く広大な空間。遠く見える空の果てだけが、薄っすらと暗い。

 

 呆然と、ただ仰向けになって、空を眺め続ける。

 

 だんだんと、眠たくなってくる。何処となく、気持ちがいい。

 

 時折、私の中の何かがこう思わせてくる。このまま眠気に身を任せて行けば、それでいいんじゃないか、と。

 

 

 だから瞳をそっと閉じようと思った時、……ふと、何処からか声が聞こえてきた。

 

 ……軽やかな声。誰かが、誰かを呼んでいる。

 

 

 少年のような声色、……何故だろう。それに酷く懐かしい心地がする。

 

 その声、その言葉、……その名前、何か聞き覚えがある。

 

 ……声は、私に向けられている?

 

 ……その名前が、私の名前だったのだろうか? 

 

 その響きはとても懐かしくて……、その名前で呼ばれる事が、とても嬉しく感じる。

 

 ……だけど、それは人違いのような気もする。だって、……私はその名前では無かった覚えがあるから。

 

 呼びかける声は、いつしか語りかける言葉になっていく。

 

 その名前の誰かと過ごした思い出。どこに行ったり、そこで何をしていたのか。

 

 ……なんだか無性に、楽しそうな声色で語っている。

 

 人型、歌姫、王様、怪獣……。……どれもこれも、命賭けの話ばかりだ。……どうしてそんなに楽しそうなのだろう? 

 

 怪獣の時なんて、危うく君は____

 

 

 _____君は……? 

 

 

 何かが、思考の遠くで、揺らめき始めているのが見えた。

 

 薄っすらとした記憶。そこも真っ白な景色で、……けれど、こことは違う場所。

 

 複製された、……街。

 

 

 磔にされた、遠い小柄な人影。

 

 

 _____そう、だ。

 

 

 ゆっくりと、その先へと手を伸ばす。指先が微かに、その景色を掴んだ。

 

 摘み取られた記憶の景色、……それは仄かに光って、暖かく散っていく。 ……やがて新たに、そこに君の表情を浮かべて。

 

 

 また、聞こえてくる。私へと呼びかける声が、聴こえてくる。

 

 そうだ、君が呼んでいる。あの名前で、呼びかけて来ている。

 

 ……私を、呼んでいる。

 

 

 何をしていたのだろう、早く行かなければ。彼が呼んでいる。

 

 声に呼ばれて、ようやく体を起こすと、視線の先に、光輝く何かが見えた。

 

 ……扉のように見える。遠く無限な、真っ白の空間なのに、何故か分かる。

 

 気がつけば、立ち上がっていた。ようやく、自分の姿が目下に映り始める。

 

 黒い服の姿。……私だ。私の姿だ。

 

 光の方へさっそく歩き出そうとして、……ふと、そこで一歩目を躊躇った。

 

 

 ……背後に、誰かがいるような気がした。

 

 

 振り返らなかった。見なくても分かった。

 

 背を向かい合わせた、もう一人の自分がいる。……そんな気がした。

 

 もう一人の自分は、鏡映しのように、ずっとそこに立ったままでいる。……次に踏み出す一歩で、私とは逆の方へ向かっていくだろう。

 

 私の視界の先には、光が見える。……でも、後ろにいる彼女の目には、何が映っている? そこには、何がある? 

 

「……行かないの?」

 

 光の、元へ。

 

 

「貴方だって、本当は違うでしょう」

 

 

 『貴方は違う』。背後から突き刺された、冷たい声色。

 

 ……けれど、その言葉が、忘れていた記憶を張り巡らせていく。

 

 それは鮮明に映る、赤黒い色の景色。

 

 繰り返された、罪と罰の螺旋。

 

 ……決して忘れてはいけない、私の記憶。

 

「私は……」

 

 踏み出そうとした一歩が、引き留められる。

 

 

 私は、またこの世界を繰り返すのだろうか?

 

 私は、また同じ結末に辿り着くのだろうか?

 

 

「……だけど」

 

 だけど、あの声が呼んでいる。

 

 光の先から聞こえてくる、君の言葉。最初は楽しそうだった声色。

 

 ……けれど、いつしか言葉の中には、不安と影が滲み始めていた。

 

 小さくなっていく声色。続かなくなっていく言葉。

 

 ……最後にポツリと呟いた、……その名前。

 

 

 私が、行かなければ。

 

 遠くあの先に見える、……失った筈の、その姿へ。

 

 まだ、この世界で私を待っている。

 

 

「呼んでいる。私を呼んでいる」

 

 

「だったら、貴方だけで行けばいい。呼ばれているのは、……貴方だから」

 

 突き刺してきていた刃を、背後の私はそう言って引き抜いた。

 

 次の一歩へ向かえるように、無理をして軽やかな声色に変えて。

 

 

 光の先。私を呼ぶ声。……私の名前だけを、呼んでいる声。

 

 

 

「……違う」

 

「違うっ」

 

 

 

「だから、彼は貴方を呼んで」

 

 

 

「違うっ!! 9Sが呼んでいるのは、私だからっ……!!」

 

 

 忘れない。忘れたりなんかしない。

 

 

「あの時、あの場所で」

 

 

 どうしてずっと思い出せなかった? 

 

 

 また、君に会いたいから。それが次の処刑の為だとしても。

 

 

「あの名前で交わした、約束っ」

 

 

 君の願いを叶えにいく。この手に、そう約束した筈だ。

 

 

「彼が呼んでいるっ」

 

 

「9Sはっ。____ナインズは、私を」

 

 

 

 私と、私を________。

 

 

 

 その手を取ろうと、振り返った先。

 

 

 

 

「____違うっ……!!」

 

「あの九号が呼んでるのは、私じゃ無い……っ!!」

 

 

 その先にいた背中は、……白い色だった。

 

 「……え?」

 

 私と同じ声で、私と同じ言葉をしていた誰か。その場にずっと、座り込んでいた。

 

 真っ白な服……、私よりも、少し背丈が低い。

 

 

 それは、……誰だ? 

 

 

「こんなつもりじゃなかったのに……!!」

 

「私は、ただ……」

 

「……でも、私が会いに行った頃には全部が遅くて……! 何をしても、全部遅すぎて…………」

 

「何も、……助けられなかった」

 

 

「……私が九号を殺したから……だから、ずっと九号は私に殺され続ける……」

 

 背を向けて、顔を覆って、……誰かがたった一人で泣いている。

 

 

二号()が生まれたから……九号が死ぬ」

 

 

 誰かは、その場に留まって動かない。

 

 白い服の女の子。私の知らない、別の誰か。

 

「それは私の約束じゃないっ……」

 

「だから……」

 

 ……ここに置いていくように言っている。そう泣き叫んでいる。

 

 

 背後から光が強くなっていく。少女の先に広がる影を、より際立たせていく。

 

 

 ……分からない。この女の子も、言っている事も。

 

 

「私は、……貴方は」

 

 

 ……だけど。

 

 

 一つだけ分かる。 

 

 誰かが、ずっと一人ぼっちで泣いていた。

 

 

 

 

 ……顔を覆った手の中にある表情。

 

 

 

 

 

 あれは、私の顔だ。

 

 

 

 

 

 置いていかない。私は、私達は。

 

 

 

「……約束した。また、君に会いに行くって」

 

 

 

 そう流れ出てきた私の言葉に、私の知らない景色が映り始める。

 

 

 私の知らない、誰かの記憶。

 

 私の知らない、誰かの想い。

 

 

 彼女の、……きっとこの女の子も知らない、遠い日の追憶。

 

 

 

 ___『あのこ』の、記憶

 

 

 

 

「あの時、あの世界で」

 

 

 

 ___私は生まれた

 

 

 

「私達の、私達が作った世界で」

 

 

 

 ___君を この世界に連れ戻す為に

 

 

 

「約束した。遠い未来で、また私達は出会うって……!」

 

 

 

 ___繰り返される消滅の道筋に 抗う為に

 

 

 

「また k?K?∑?xH? に会いにいくって、……約束したっ!!」

 

 

 

 泣いている 女の子を 二号を あのこ を抱き締める。

 

 

 

 

 

 光が世界を覆っていく。

 

 

 

 

 

 

 光が薄闇になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、固く真っ黒に世界を閉ざして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……暗闇は、ほんのりと明るくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーグルが無いのか、瞼に日差しが当たってきている。瞼裏は薄暗くて、でも、ほんのりと赤い色が巡っている。

 

 

 

 

 だんだんと、心音が鳴り響いてくる。……少し、うるさいくらいに。

 

 

 

 鼓動が全身に巡っていく。私の鼓動が、私の中に存分な温もりを流していく。

 

 

 

 

 ……指先の鼓動に、誰かの鼓動を感じる。

 

 握る力はぎこちなくて、……でも、ギュッとこの手を握りしめている。

 

 

 

 

 どれもこれも、……暖かい。

 

 

 

 

 ……とても静かだ。君と、私の鼓動だけが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 瞳が徐々に、開かれていく。

 

 

 

 

 

 うっすらとした視界に、私の隣に、君の姿がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳に、熱く涙を溜めて。

 

 

 

 

 その言葉で、静まり返ったこの世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 君は微笑んで、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。2B」

 




Where is my heart to [BE]at
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