今日は自警団の仕事も休みで先輩の頼みで香霖堂に向かっていた。
冬の青空と西に見える雪雲。
今日も降りそうだなぁ。また積もったら寺子屋の子供達と雪遊びに興じるのも良いかもしれない。
私がそんな事を思っていると、
「きゃぁぁぁ!!」
何処からともなく悲鳴が聴こえてきた。
私は半ば反射的に急いで声の方向に駆け出す。
地を蹴って、走り続けると犬妖怪が誰かによく似た少女を追い詰めていた。
今にも犬妖怪が少女に飛び掛からんっとする勢いに、私は犬妖怪の手足と口元を狙って手錠を投げた。
「ぐわっ!?」
犬妖怪は口元を手錠で塞がれ、手脚を拘束された事で地面に転ぶ。
すかさず私は少女を護るように背中に隠し十手を構える。
「このまま何も出来ず退治されたいの?」
今の私は霊力が足りないから霊力刀なんて作れないけど、犬妖怪を十手で物理的に退治することは可能だ。
それか先輩から習った霊力弾を撃つこともできる。
私が攻勢に出ようと身構えると、犬妖怪は大きく首を振って何かを訴えてくる。
何を言いたいのか判らないなぁ。仕方ない一度だけ口の拘束を解こう。
「ぷはっ! 人里の半妖に退治されたとなりゃあ仲間からも笑い者にされちまうよ」
「じゃあ大人しく帰る?」
「そこに居る人間がスキマ妖怪とあまりにも似てたもんでなぁ」
私が背後に隠した少女にちらりと視線を向ける。
誰かに似てるとは思ってたけど、この人は八雲紫さんを幼くしたような?
もしかして紫さんが何かしらの方法で幼くなった姿?
だけど本人ならそもそも妖怪に襲われもしない。
「本物の紫さんなら絶賛冬眠中だし、あなたも無事じゃ済まないよ」
「そうだよなぁ。外来人は喰いたいが、此処は大人しく引き退るとしよう。だから拘束解いて?」
そう言う犬妖怪の瞳は未だ獲物を目の前にした飢えた野獣のような瞳だ。
拘束を解いたら私ごと狙う可能性が高い。
霊夢さんとか魔理沙さんなら躊躇なく退治か追い返すんだろうけど。
生憎と私にはそこまでの力も無いし、威厳とか威圧感も無いんだよね。
「ダメ、この人は私の方で保護するから」
私は少女の手を引っ張って、犬妖怪を地面に転がしたままその場を立ち去った。
背後から犬妖怪の捨てられた仔犬の様な鳴き声が聴こえるけど、それもこれも妖怪の罠だから無視を決め込んだ。
▽ ▽ ▽
犬妖怪から十分距離を離した所で私は、
「それで、あなたは何者なの?」
「先程は危ない所を助けて頂きありがとうございます。改めて私はマエリベリー・ハーン。長いからメリーって呼んでください」
変わった雰囲気と名前だなぁ。それが私がメリーさんに抱いた第一印象だった。
服装から見て外来人で間違いないと思うけど、先ずは自己紹介が先だ。
「私は朧絢音、人里で自警団に所属してる半人半妖よ」
そう名乗ると先程妖怪に襲われたとは思えないほど、興味津々の眼差しを向けて来るではないか。
好奇心旺盛なのかな?
「半人半妖って人間と妖怪の混血で合ってる?」
「それで合ってるよ。中には半人半獣とか後天的に混じる人も居るけど」
「幻想郷って不思議なところね」
メリーさんの発した言葉に私は違和感を覚えた。
私は此処が幻想郷と一言も話した覚えは無い。
もしかして彼女は何度か幻想郷に来てる?
「幻想郷にははじめてじゃないんだ」
「うーん、何度か来てるかな」
「なら博麗神社には行けそう?」
「えっ、神社に行けば何か有るの?」
うん? 何度か幻想郷に来てるのに博麗神社を通さず外の世界に帰ってる?
宇佐見菫子さんみたいな特殊な事例なのかな?
「幻想郷に迷い込んだ外来人はね、博麗神社に辿り着ければ巫女を通して外の世界に帰してもらうことができるの」
「辿り着けない人は妖怪に……」
「運が悪いとね。それか幻想郷に永住を決めて人里に暮らす人も居るよ……まぁ、あんまり生活は長く続かないみたいで外の世界に帰る人も居るけど」
外来人にとって幻想郷の生活は、不便で娯楽が非常に少ない退屈な場所らしい。
「そうなんだ」
納得しては歩調を合わせるメリーさんに、私は質問する事にした。
「……メリーさんはどうやって幻想郷に?」
「自宅で眠っていたらいつの間にか。たまに有るのよ」
これは菫子さんと似た境遇だなぁ。
でもあの人の場合は意図的にやってるらしいけど。
「あなたは夢を見てる状態だから、夢から醒めれば現実に戻れるってこと?」
「そうなるわ。って、やけに物分かりがいいのね」
「似た境遇の人がちょくちょく香霖堂に出入りしてるから、それで話しをする機会も有ってね」
メリーさんは似た境遇っと呟いて、菫子さんに興味が有るのか、
「その人の名前は? 外の世界でどんな事をしてるの?」
質問を重ねてきた。
確か菫子さんは外の世界で高校生をしてるって話しだったなぁ。
「えっと、宇佐見菫子って人で外の世界で高校生をしてるって」
「宇佐見? その人は何か特別な活動をしてたりしない?」
「確か秘封倶楽部を一人でしてるとか言ってなぁ」
私がそう伝えたるとメリーさんは非常に驚いた表情を浮かべ、
「その人と何処に行けば会えるの!?」
「うぇ? う、うーん。普段は外の世界に居るから判らないし、香霖堂にはよく現れるけど今日居るかどうかまでは」
私がメリーさんの勢いに押され気味で答えると、メリーさんは少しだけ考え込みはじめて。
「私を香霖堂まで連れて行ってくれる?」
そう頼まれてしまった。
外来人を連れ回すのは気が引けるけど、メリーさんは何かを求めてる様子だった。
行き先も同じなんだから断る必要も無い。
「いいよ、私も香霖堂に用が有ったからね」
「ありがとう絢音!」
メリーさんは笑顔でお礼を告げると、ポケットから手帳を取り出してメモを取り始めた。
その手帳、何処で見覚えが有るなぁ。
確か阿求が未解決資料として公開した古いメモと同じような?
「その手帳……50年前に迷いの竹林で発見されたメモとデザインが似てるなぁ」
「そうなの? そういえば前に進めども迷う竹林で、身体から発火現象を起こす人に驚いて手帳を落としちゃったらしいのよね」
それ妹紅さんでは?
それにこれは偶然なのかな?
いや、たまたま同じデザインの手帳で偶然同じ場所で落としただけか。
何せ手帳は50年も昔の物だ。メリーさんは恐らく産まれてないはず。
「メリーさんって50歳超えてたりする?」
なんて失礼な事を聴くとメリーさんは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべ、
「私はまだ十代後半よ、絢音こそ半妖なんだから見た目以上に年寄りなんじゃないの?」
言い返されてしまった。だけど生憎と私は10年と少ししか生きてないのだ。
「私はまだ10年と少しか生きてないよ」
「歳下なのにしっかりしてるのね」
「そうなのかな? 幻想郷だとこの年代は大抵自立してたり、仕事をしてるから普通かも」
「外の世界だと絢音ぐらいの歳はまだ学生なのよ」
「そうなの? 外の世界の学生って長いんだ」
外の世界の学校という奴は少し気になるけど、空の雲行きが怪しくなってきたなぁ。
「雪が降る前に香霖堂に急ごっか」
こうして私はメリーさんを連れて香霖堂に向かうのだった。