梅田。それは日本第二の都市として名を馳せる大阪の繁華街。元々はこの辺りはだだっ広い湿地帯で墓地ぐらいしかなかったが、今のJR大阪駅の開業で開発が進み、今では西日本最大、日本有数のオフィス街として成長するに至った。
とまあ、そんな事はさておき。
そんな梅田の地に黒のキャップを目深にかぶり、グレーのパーカーを着たダウナーっぽい少女……奥沢美咲がやって来た。
〜side美咲〜
「えーっと、誠司さんどこにいるかな……」
あたしがここに来たのには理由があった。それは誠司さんという人と久しぶりにご飯を食べる約束をしていたのだ。誠司さん……花園誠司はあたしと一つ上の幼馴染兼彼氏。小学校5年の時に委員会で出会って、そこから意気投合して、中学生の時になると既に恋仲になっていた。しかし、高校入学の時に彼は大阪に帰ってしまい、ここ最近は遠距離恋愛になっていた。でも、やっと予定があって今日会える事に。あたしだって一人の恋する乙女、自分の好きな人との時間をちょっとばかしでも楽しみたいと気分は上々になっていた。
……因みにあたしの鞄の中にはラブホのチケットと媚薬入りの小瓶が入っていて、すでにヤる気満々なのはここだけの話。
あたしは某線のメッセージアプリを立ち上げ、彼にメッセージを送る。
そこから数秒、そのメッセージの上部に既読の文字が表示され、メッセージとともに一枚の写真が送られてくる。
「え〜、既読つかない……」
どうやら誠司さんのスマホの充電はほとんど残っていないらしい。リプを返してみてもさっきのメッセージを最後に既読すら付かなくなってしまった。
となると、あたしに残された選択肢は二つ。まずは誠司さんをほっといて自分一人でご飯を食べるという選択肢。しかし、自分で誘ったのに帰ってしまってはかえって彼を怒らせてしまう事は自明の理だった。
「はぁ……自分で探さなきゃダメかぁ。まあ、店の名前も書いてあるしすぐ見つかるか」
えっと……
という訳でんしょんしょと身体をほぐしてあたしは誠司さんを探しに梅田の街に飛び込んでいった……
それから約1時間……
「え、全然見つかんないんだけど」
あたしは未だに誠司さんを見つけられていなかった。それどころか自分が今どこにいるのかさえよく分からない。とりあえず何か木のオブジェがある円形の広場まで来たけど……今思えば地下街に入ったのが間違いだったのかもしれない……
しばらく歩いていると案内板が目に入った。
「ええっと……いや、余計分からん!」
そこには北は阪急大阪梅田駅、南は堂島にかけて縦横無尽に伸びる通路が蜘蛛の巣の如く描かれていた。これ、案内するどころか迷わせてるよね?今すぐ八つ裂きにしてやろうか?
しかもさ……誠司さん、『大阪駅前第1ビル』にいるって言ったよね?ここ、真反対じゃない!?
「うっわ、どうしよ……一回地上に上がろうかな」
地下街だと方向感覚が狂う……ならば、一旦地上に上がってしまった方が早いとあたしはエレベーターからお日様の下へエスケープする。
しかし、眼前に見えるのは太陽とは程遠いコンクリートに覆われた空。なんかの高架下?ていうかここ本当にどこなの……
……仕方ない、こんな時は地元の人の力を借りよう。ちょうど目の前に信号待ちの人いるし。あたしは勇気を出して目の前のスーツ姿の男性に声をかける。
「あ、あの!」
「ん?」
「すいません、ちょっと道を教えて欲しいんですけど」
「道?あぁいいですよ、どこ行きはります?」
「えぇっと……『大阪駅前第1ビル』って所なんですけど」
「『第1ビル』?いやぁ……こっからやったら真反対やし、相当遠いですよ?」
「えっ」
「とりあえず、地下街入ってバァ──ーッって行って、東梅田の駅の辺りまで行ったらクッって曲がって阪神んとこの通路をス──ーンッと下って」
あ、やばい。めっちゃ地元の人だった。めっちゃ擬音使ってくるじゃん。ていうか東梅田ってどこ?何かの駅っぽいけど……
「ほいで、ディアモールのドンツキまでいって……って、大丈夫?」
「あ、ああすいません、あたしまだここに来たばっかりなんで、分からないところが多くて」
「えぇ、そうか……すまんなぁ、本当はそこまで連れてってあげれたらええんやけど、おじさん、もう行かなあかんから」
男性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、こちらもすいません。わざわざ時間取らせちゃって」
予定があるなら仕方がない。スーツのおじさんは急ぎ足でオフィス街へと消えていった。
はぁ……これでまた振り出しに戻っちゃたなぁ。
仕方ない、こうなったら人類が手にした文明の利器を使おう。
早速あたしはスマホで梅田の地下街が全部載っている地図を見つけ、それを頼りに西進を開始、迷宮の如き梅田の地下街に反転攻勢を仕掛ける。え?最初からこうしたら良かったって?人って混乱してたら案外簡単なことにも気付かないもんだよ。
地図というアイテムを手にしたあたしは目的地へ向けて順調に足を進めていく。そして……
「や、やっと着いた……」
メッセージが送られてから2時間以上梅田の街を駆けずり回り、ついに写真にあった目的のお好み焼き店にたどり着く。そして、その店の前には……
「まだかな……」
ダークブラウンの髪、少しつり上がっている双眸、そして、銀縁の眼鏡。
間違いない、あたしの彼氏だ。
「おーい、誠司さーん」
「ん……美咲?美咲か!?」
誠司さんは向こうから歩いてくるあたしを見つけるや否や、喜びの表情であたしを抱きしめようと腕を広げて迎えてくれる。
「誠司さん……」
あたしはそんな誠司さんのもとに……
「こんな見つけにくい場所を待ち合わせ場所にすんな──ー!」
「あべしッ!」
これまでの鬱憤を晴らすかの如く、握り拳で彼の腹をぶん殴った。そもそも、生粋の東京ガールであるあたしにこんなディープな場所まで来させるんじゃないよ!
「はい、お好み焼き二人前……って、兄ちゃん、どないしたんや?」
「い、いえ……」
「鉄拳制裁を食らわせただけです♡」^ - ^
「そ、そうかい……(汗)」
店主らしき人が心配そうに見つめてくる。
「うぅ、まだ痛い」
「全く、ややこしい所を待ち合わせ場所にしないで下さい。二時間以上走り回ってたんですからね」
「それについては申し訳ない……」
あたしが正論をぶつけると誠司さんは頭をポリポリかきながら気まずそうに目を逸らす。
「まぁ、もう怒りは収まりましたから。仲直り……と言ったらあれですがお好み焼き食べましょう、焼いてくれますか?」
コテを二本、誠司さんに渡す。どことなく沈んでいた表情に光が宿る。
「ん、まかしとき」
彼は慣れた手つきで一心不乱に具材をかき回していき、備え付けのお玉で円を描くように熱々の鉄板に乗せていく。しかし、彼は1つしか作らない。その代わり、あたしにお玉と残りの生地が入ったお碗を渡してくる。
「な、何?」
「折角や、美咲もやってみてや」
「えっ、あたしも?全然やった事ないんだけど」
「まあまあ、コツは教えたるわ」
そんな訳でお好み焼きを焼く事になりました。お椀とお玉を手に持って熱気ムンムンの鉄板の前に対峙する。
「えーっと、まずは広げるんでしたっけ」
「そうそう、あんまり薄くしすぎずに厚めに伸ばした方がええな」
ジューッ
「こうですか?」
「お、それでええよ。次はトッピング載せるか」
言って誠司さんはもう一つ、豚バラ肉や小さく切られた餅、タコが載せられた大皿を寄せて手取り足取り説明する。あぁ、成程、そうやってくんだね。
一通り肉を重ね、後は焼き上がるのを待つ。返すタイミングは誠司さんが見てくれる。
「あとはコテを使ってひっくり返すだけや、いけ、美咲!」
「は、はい!」
コテを受け取る。お好み焼きを裏返そうとするけど結構重くて中々上手くいかない。焦って力任せに引っ張ったせいで生地が少し破れてしまった。
「あっ、やばっ……」
ただ、まだ完全に浮かせてなかったので何とかリカバーできて、表面は所々焦げが見られ、形は歪にはなったものの、全体は綺麗?なキツネ色に焼き上がった。
仕上げにソースやマヨネーズをかけて完s……あれ、ちょ、ちょっと、かけすぎじゃない?
「かけすぎぐらいが丁度ええんよ、ほら食うてみい」
格子状に切られたソースたっぷりのお好み焼きを差し出される。
「じゃ、じゃあ……いただきます」
あたしはそれを口に運ぶ。
咀嚼する事に肉厚の豚バラ肉からうまみが溢れ出す。厚い生地の中はしっかり火が通っていて、混ぜ込まれたキャベツのシャキシャキとした食感がアクセントを紡ぎ出す。
……なにこれ、結構美味しいじゃん。
見た目こそ悪いが味はなかなかのもの。お店の人に焼いてもらうのもいいけど、やっぱり自分で焼くのもいいね……
「そういやさぁ、美咲は最近どうよ?」
「……なんすか急に」
「言うてたやん、バンドに入ったって」
「ああ、ハロハピの話ですか。まあ、あたしは熊になってるんですけど」
「熊?人間が熊になるわけないやろ」
「なっとるやろがい」
なかなか信じようとしない彼に証拠のライブ映像を見せる。
「ん?このピンクの着ぐるみか?」
「そ。熊の中の常識人、ミッシェルでございますよ」
「これが?なかなかぶっ飛んだバンドやなぁ……爆薬使ってんの?」
「ハハッ……うちのリーダーがなかなかすごいんですよ」
「ふぅん……美咲、楽しそうやな」
「えっ?」
「だって、お前が笑う時なんてそんななかったし」
「…………」
「俺な、心配だったんや」
誠司さんの一言にあたしは言葉を失う。彼はピッチャーの水を自分のコップに入れながら続ける。
「俺なぁ……大阪に帰ってきてからずっと気にしててん」
「美咲の事やからまた自分を犠牲にして周りを助けるんちゃうかなって思ってな……」
「別に犠牲にしてません。それに、今はあたしにも居場所ができた。だから大丈夫ですよ」
「そっか」
「でも、ありがとうございます。その気持ちだけでも嬉しいです」
「おう!これからもよろしくな!」
彼は満面の笑みを浮かべ、コップを掲げる。
「ええ、こっちこそ」
あたしもコップを掲げ、乾杯をした。
「「ごっそさんでした〜(ご、ごちそうさまです)」」
「は〜い、また来てや」
フレンドリーな店主の声を背にあたし達は店を出る。既に時刻は7時を回っている。地下街には太陽の光は届かないが、居酒屋や飲食店の盛況ぶり、歩く人の身なりから地上に上がっても太陽を拝む事はできないとわかる。
「うわっ、やっぱり人多くなってますね」
「せやな、て言うか最初写真送ってここ来てって言ったやん?あれ、送った後で『あ、絶対迷子なるわ』って思ったんよ」
「そりゃそうですよ!地図見ても全然わかりませんでしたよ。『アクティ大阪』とか『新阪急八番街』とかどこにあるか分からない場所ばっかりで……」
ここまで言ったところで言葉が詰まる。理由は簡単、誠司さんがそれを聞いてひどく驚いていたからだ。
「美咲……今なんて言った?」
「え……地図見ても全然」
「ちゃうちゃう、場所の名前」
「『アクティ大阪』と『新阪急八番街』ですか?」
「……ちょっと、地図見せてもらってもええかな」
「?は、はい」
あたしはスマホを操作して地図を見せる。それを見た誠司さんは……
「……!お前、この地図でようたどり着いたな」
「な、何かおかしなところでも……」
「『新阪急八番街』は知らんけどさぁ、『アクティ大阪』ってビル、もう10年以上前に無くなってんねん。まあ、名前変わったんやけど……ちょっと貸してみ」
誠司さんがあたしのスマホに映した最新版の地図を見るとそこに『アクティ大阪』というビルはなく、同じ場所には『サウスゲートビルディング』という名前があった。
「ほんとだ……なくなってる……」
「せやろ。多分建物の場所からして、この地図15年ぐらい前のやな……この地図かなり危ないで。梅田の地下街って年々リニューアルを重ねてるからさぁ、この時の通路と今の通路って全然違うねん」
「へぇ〜」
苦笑まじりに彼は話す。まあ、表情はめちゃくちゃドヤ顔だったし、ちょっと調子乗ってんなと思ったけど、まあ先達だしいいやと割り切った。
「うし、ほな飯も食ったしどっか行きたい所ある?」
「そんな急に……あっ、じゃあ……景色の綺麗な所」///
「景色か……ほなあそこやな。ちょっと歩くけどええか?」
「は、はい」
「ほな、レッツラゴー!」
調子の良い彼は握り拳を上げて早歩きでJRの駅の方に向かう。あたしは雑多の中、見失わないように追いかける。こんな場所ではぐれたらたまったもんじゃない。
「あ、ああちょっと!待ってくださ……」
と言いかけたところで私の口が止まる。視線の先には何故か静止したままも動かない彼氏の姿。しかも辺りをキョロキョロしている。
……嫌な予感がする。いやいや、まさかね。あんだけあたしに滔々と地下街の事を語ってたんだからまさかね。
でも、万が一があるから一応聞くことにする。
「誠司さん?」
「お、おう」
何故か声が上ずっている。あたしには目も合わそうとせず、視線はその先にある地下街の地図に釘付けになっている。
「どうしたんですか?」
「い、いや。ちょっとな……」
「まさか、迷ったってことはないですよね?あれだけ地下街があーだこーだ言ってたんですから」
「え、えーっと……」
「ん?」
汗をダラダラたらす誠司さん。あんだけ気障ったらしく言われたらちょっとばかしいじめたくなっちゃうなぁ……
しかし、次の瞬間、彼はとんでもない行動に出る!
「さーせんしたァァァァ!」
「!?」
えっ!?何かいきなり土下座し始めたけど!?
「道に迷いましたァァァァ!」
「ちょ、ちょっと!」
「スマホの充電ありませぇぇん!美咲助けてぇぇぇぇぇ!」
「分かった!分かりましたから!」
誠司さんの肩を持ち上げて立たせる。周りの人達からの視線が痛すぎる。
「とりあえずここ離れましょう!人目がありますから!」
涙目の誠司さんの手を引いてその場を離れる。もう!何でこの人はこうポンコツなんだ……
「はぁ、なんかすまんなぁ……」
これがあたしの彼氏。普段は頼りになるんだけど、ちょっとポンコツで、お調子者。でも……
「もう……」
そんな抜けてるところが好き。
柳芽帆奈様からの感想
元々、この梅田地下街の話って別の小説で書こうと思ってずっと眠ったままの構想だったんです。その時にこの美咲短編の話が来て、折角なら誰もやらないような話を書いてみようと構成を練り直して落とし込んでみました。まあ、結構好みが分かれるかもって思うんですけど、読んだ感想とかくれたら嬉しいです!
他のハメ作家さんと繋がれるのは嬉しいんで、また呼んでね!
代表作……『鉄のハーレム堪能記(R18)』https://syosetu.org/novel/272984/