奥沢美咲短編集   作:rain/虹

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今回は、鳩ポッポ様による作品になります。


休日

 

「あー疲れたー」

 

「はは、いきなりだね」

 

「だってこころがまた突飛なことするからー」

 

「とか言いつつ楽しそうだね」

 

「ん、まぁ……退屈はしないかもね」

 

 奥沢美咲(ミッシェルの中の人)は、ソファに座って寛いでいた。今日は休日。しかも珍しく、何の予定も入っていない貴重な一日なのだ。

 

「そういえば、本当に俺の家でいいの?」

 

「なんでよー」

 

「行きたい場所とかないの?」

 

「いいの! ここで!」

 

「そっか」

 

 目の前にいるのは、美咲の小学校の時からの幼馴染であり……恋人である(しゅん)。今日は、久しぶりのデートの日だった。美咲は、前日にハロハピのライブを終えたばかりで疲れている。どこかに行くよりじっとしている方が良いと言って、隼の家に押しかけていた。そして美咲は、今日の()()()()を果たすため、座っていたソファから腰を上げる。その足で台所に行くと、彼の後ろ姿が見える。紅茶を入れるために、お湯を沸かしているところだった。

 

「あっ、そうだ。砂糖とか……うわっ! ど、ど、ど、どうした……?」

 

「ははっ、テンパリすぎでしょ」

 

「そりゃ……いきなり後ろから、抱きつかれれば、驚くだろ……」

 

 隼が、お湯をカップに注ぎ終えて、砂糖とミルクの用意をし始めたタイミングで、美咲は仕掛ける。狼狽える隼の様子が、いつもの落ち着き払った姿とのギャップを感じさせる。これが、美咲の()()()()だった。

 

「今日は、いっぱい甘えさせて」

 

 美咲は隼の耳元で、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で、そう囁き、ふぅっと息を吹きかける。

 

「ちょ……くすぐったいってぇ……」

 

 弱い耳元に不意打ちを食らわされた隼は、思わず気の抜けた声で、美咲に抗議する。美咲は、そんなことお構い無しと、さらにぎゅっと彼を抱きしめる。

 

「……砂糖とか、ミルク入れる?」

 

「そうだなぁ……どっちもよろしく」

 

「ミルクどれくらい?」

 

「少し」

 

「……角砂糖は?」

 

「一個」

 

 彼は、狼狽えながらもテキパキと作業を進める。しかし……。

 

「離れませんか美咲さん」

 

「いーやー」

 

「俺の精神衛生上宜しくないんだけど」

 

「私に抱きつかれるの、嫌?」

 

「その聞き方はずるいよなぁ……」

 

 やはり恥ずかしがっているようだ。美咲は、より一層しっかり抱きついた。

 

「このままじゃ動けないんですけど……」

 

「もう……もうちょっとだけ……」

 

 美咲にそう言われると、隼はそれ以上、何も言わなかった。美咲の匂いにクラクラするわ、色々当たっているわで、精神衛生上宜しくない。けれど、それ以上に美咲が甘えてくるのが嬉しいのだ。最近部活が忙しく、美咲に会えていなかったために、隼は寂しく感じていた。美咲も寂しく思っていたからこうしているとも考えたら、尚更振りほどけない。

 

「スーッ」

 

「あの美咲さん」

 

「どうしたの?」

 

「なぜ匂いを嗅いでるんですか……」

 

「落ち着くから」

 

「は、はぁ」

 

「ふふふっ」

 

 ただ、なぜか匂いを嗅ぎ始めた美咲に、隼はさらに動揺して顔を赤く染めた。美咲は、それに楽しさを見出すだけでなく、優越感を感じていた。決して隼が他人には見せない、この表情を独り占めしている。その事実も、美咲が隼にイタズラをする理由であった。

 

「充電完了」

 

 美咲はここで一旦開放してあげることにした。彼は顔を真っ赤にしたまま、台所から二人分の紅茶をいそいそと運んで行った。その後を美咲も追う。先に彼はソファーに腰掛けていた。その横に美咲も腰掛ける。

 

「あー……な、何か観る?」

 

 隼はテレビの方向を向いて、そう言った。美咲の顔を見て聞かないのは、恥ずかしいからだろう。平静を保とうとしているのだろうが、声は上ずっていて、とりあえず話の繋ぎとして聞いたのは明確だった。

 

「うーん……あ、なら、リモコン貸して」

 

 ……なら、この状況も利用してやろう。そう思って美咲は、慣れた手付きでリモコンを操作する。

 

「……あ、あった。これ」

 

「これかぁ……そういえば気になってたけど観てなかったな」

 

 美咲がサブスクの中から探し示したのは、数年前に人気を博した恋愛ものの映画だった。

 

「ならこれね」

 

 隼は、どうやらこの映画をまだ観ていないようだ。なら、おあつらえ向きだ。そう確信した美咲はボタンを押して、映画を再生し始めた。

 

 しばらく、二人は静かに観賞していた。表面上では、だが。美咲の予想通り、映画を観ている隼の表情は、コロコロと目まぐるしく変わっていく。目を覆いたくなるような嫌なシーンは、すごく苦々しい顔をしている。逆に、見ているこちらが恥ずかしくなるようなお熱いシーンは顔を赤くして、瞬きを忙しなくしている。美咲に感情の機微を悟られたくなくて、何も話さずそんなことになっているが、バレバレであった。美咲はこの映画を観たことがあるから、映画を観るより、専らそういう隼の表情を観察していた。隼の見せる表情は、どれも面白く……そして、愛おしい。

 

 そろそろ、ラストシーンが近づいてきた。ここで美咲は、隼の手に触れる。気づいた隼がこちらを向いた。さらに、手を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎにする。隼の表情がみるみる変わっていくのを見て楽しみつつ、ラストシーンを待っていた。

 

 画面の中の二人が愛を誓いあって、距離を詰めていく。美咲もそれに合わせて、さらに隼の方に擦り寄っていく。

 

 後、少し。そこで、顔を真っ赤にしていた隼の方が動いた。彼の顔が至近距離にある。

 

「……ぁ」

 

 解放されると、映画はエンドロールに突入していた。

 

「ラストシーン……見れなかったじゃん」

 

 唇に乗った柔らかい感覚に呆気にとられた美咲が言えたのは、その言葉だけだった。

 

「映画、ほとんど見てなかっただろ」

 

 完全に自分のペースに持ち込めていたと思っていた美咲は、隼のその言葉に驚いた。

 

「さっきからの仕返しさ……」

 

 顔を真っ赤にして、消え入るような小声で何とかそう言った隼は、恥ずかしさのあまりか、美咲から顔を背けてソファの座面に顔を埋めた。一方、美咲は固まってしまっていた。今までは美咲がペースを握って、隼に唇を重ねさせるパターンだった。隼は、求めてきたり、奪いに来たりするのが、得意では無いから。けれど、それを見破られて、唇を奪われたことに、美咲は少し悔しさを感じた。だが、それ以上に、隼が勇気を出して、唇を奪いに来たことが嬉しかった。

 

「ふふふっ」

 

 嬉しくも恥ずかしいような、そんな気持ちに襲われて、美咲も隼と同じように、ソファのクッションに顔を埋めるのだった。

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