焼けるような暑さをもたらす日差しの元で、あたし『奥沢美咲』と、幼馴染である『星乃佑磨』は肩を並べて歩いていた。
「暑すぎるだろ……」
「本当……」
額から溢れた汗が頬を伝り熱されたアスファルトの上へと滴っていく様を眺めながらボヤく佑磨と、そのボヤきに頷くあたし。うん、6月の頭だって言うのに、この暑さは異常だと思うよ?
「一旦どっかで休憩しないか……身が持たん……」
「賛成……」
熱から逃れる様にしてあたし達は近くにあった公園の敷地へと足を踏み入れると、木陰に設置されたベンチへ並んで腰を下ろした。流石のあたしでも、この暑さじゃ一旦休まないと倒れそうだよ……。
「なんか飲む……?」
「奢ってくれるー?」
「あいよ……」
気怠げに立ち上がった佑磨は、荷物をベンチに下ろすと照りつける日差しのもとへと繰り出していく。その背中を見送ったあたしは、鳴り響くセミの鳴き声を他所に、空を流れて行く雲を眺めていた。吸い込まれそうな程に青く澄んだ空を流れていく、大きくて真っ白な雲。それらの行方をぼんやりと眺めていると不意に左頬へ急激な冷たさを感じた。
「……ッ!」
驚いてそちらへ視線を向けると、『してやったり』と言った具合に笑みを浮かべる佑磨の顔と、自身の頬へ当てられていた思しき缶飲料が目に入る。
「お待たせ。缶のポケリですよ」
「……結構待った」
不機嫌さを醸し出した私は、佑磨に差し出されたポケリの缶を受け取る。自販機から出て直ぐのせいか、はたまた気温のせいか缶は酷く冷たく感じられた。
「結構冷えてるね、これ」
「ああ。取り出した時冷た過ぎて掴めなかったからな」
そう言って苦笑した佑磨はカシュッ、と言う音と共に缶の口を開ける。あたしもそれに続いて自身の手にしていた缶の口を開け、その中身を勢いよく呷った。同時に、私の喉を冷たい刺激とほのかな酸味を伴った甘味が潤していった。
「……ッ! 生き返るッ」
「んな大袈裟な……」
あたしの反応を見て苦笑した佑磨は、手にしていたポケリを軽く口に含む。
「うん……やっぱポケリの味は良いね」
「だね。そういえば、前も佑磨にポケリ奢って貰ったよね」
「そうだっけ……?」
首を傾げた佑磨を一瞥したあたしは、手にしていた缶へと視線を落とすと返答した。
「うん。確か中学の時の夏だったかな」
短く述べたあたしは、再び缶の中身を呷る。それと同時に、あたしの脳裏にはあの時の思い出が過りだした——
中学生の時——と言っても昨年までの話だが、あたしと佑磨は同じ学校に通っていた。それで件の話の舞台になったのは、2年生の夏休み。あたしと佑磨が、互いに部活で学校に来ていた時のことだった。
あたしは炎天下でテニスの練習をこなし、コートの片隅で休憩を取っていると、不意にグラウンドの方から金属が何かを打った甲高い音が聞こえてきた。
「……?」
音のした方を見てみると、ユニフォームを身に纏い白球を追いかける佑磨の姿が目に留まった。
「オーライ!」
叫びと同時にスライディングした佑磨は、そのままボールの落下地点に滑り込みグローブで受け止めていた。
「練習再開するよー」
「あ、はーい」
そんな様子で暫く同じ練習を繰り返している佑磨を眺めていたが、練習再開の号令が聴こえてきたためあたしはそれを中断し、再度練習へと励んだ。大会も近かかったこともあり、普段よりも一層厳しい練習に打ち込んでおり部内でゲーム形式の練習を行なっていた。
「次、行くよー」
「うん」
対面にいる同学年の部員が、サービスを送ってくる。そのサービスに反応したあたしは、黄球を相手とは逆サイドへと打ち返す。そしてそのボールに追いついた相手が、あたしと同様に打ち返しを行いそれに反応する。その繰り返しで起こるラリーを幾らか挟みながらも、ゲームは着々と進んで行った。
そうして迎えたマッチポイント手前。あたしは滴る汗を拭いながら、相手のサービスを注意深く観察していた。僅かなボールの変化も見逃さないため、相手の手元へ視線を合わせていたのだが、不意にあたしの視界が揺らぎ始め焦点が合わなくなった。
「……何?」
突如現れた異変に戸惑いながらも、打ち出されたサービスに喰らいつく。だが、焦点の合わない状況であったためうまく打ち返すことができず、コートの外へと飛んでいったボールを見送ることしかできなかった。
その直後、あたしは激しいめまいを伴って視界が暗転しラリーをしていた相手が自身の名前を呼ぶ声を最後に意識が途切れるのであった。
そして再び意識が戻った時、あたしはコートの片隅にある日陰に横たわっていた。
「奥沢、大丈夫か?」
不思議に思いながら辺りを見渡していると、あたしの前に顧問の先生が現れた。
「え、あ、はい……あたしは一体?」
「ゲーム中に突然倒れたんだが……覚えてないか?」
「はい……」
「そうか。恐らく軽い熱中症だろうから、暫くそこで安静にしていなさい」
先生の言葉に頷いたあたしは、遠くから鳴り響くバレーの音を聞きながら漠然と他のメンバーのゲームを眺めていた。すると、あたしの左頬に突如として冷えた感覚が走る。
驚きと共にそちらを見れば、先程まで白球を追いかけていた佑磨の姿があった。
「佑磨……」
「はい、氷嚢」
「ありがとう……」
差し出された氷嚢を受け取ったあたしは、それを自身のうなじへと当てる。全身を駆け抜ける爽快感に身を震わせたあたしは、不意に佑磨の方へと視線を向けると目があった。
「どうかした?」
「佑磨、さっきまで部活してたよね?」
「ああ、うん。守備練やってたよ。けど、あれが今日最後のメニューだったからもう終わった」
そう返してきた佑磨は、あたしの隣に腰を下ろすと被っていた野球帽を頭から外しそれをうちわがわりに自身を仰ぎ始めた。
「それは分かったんだけど、なんでここにいるの?」
「暇だったから、テニス部の練習を眺めてたんだけど美咲が突然倒れたから……ね」
「そう……だったんだ」
佑磨の返しを聞いたあたしの中には申し訳なさが込み上げてきた。
「なんか、ごめん……心配掛けたみたいで」
「気にするなよ」
「うん……」
頷いたあたしは、そのまま膝を抱え蹲る。自分がとても、情けなく思えたために。すると不意に左肩を軽く叩かれ顔を上げることとなった。
「何……」
「これ、やるよ」
そう言って彼は、どこからとも無く取り出した一本のポケリの缶をあたしの方へと差し出してきた。
「コレは……?」
「部活の後飲もうと思ってた奴。あげるよ」
「ありがと……」
お礼を言って受け取ったあたしは、缶の口を開くとその中身を自身の中へと流し込んだ。途端、口の中全体に甘酸っぱさが広がっていった。ポケリのとは違った甘酸っぱさが。
「今度、これのお返しするね」
口内に仄かに残る甘さを傍らに佑磨へと告げたあたし。すると佑磨は、こちらは視線を向けつつ返答してくる。
「じゃあさ、今度の大会応援に来てくれないか?」
「今度の大会って……新人戦?」
「そうそう。先輩達が引退してから初の大会、なんだけど……ダメ、かな?」
頬を掻きながら、照れ臭そうに笑う佑磨。普段は見ることのない彼の表情を前にしたあたしは、その言葉に対して首を縦に振った。
「いいよ。佑磨のお願いだから。っと、あたし呼ばれたから行くね」
「おう。いってらっしゃい」
そう言って佑磨に手を振った後、傾き出した日の元に繰り出していくのであった——
缶の中身を飲み干した辺りで、あたしの意識は暑さを伴う現実へと引き戻される。それと同時に、傍らに座る佑磨へと視線を向け問い掛ける。
「本当にあたしにポケリくれた事覚えてない?」
「記憶に無いな」
そう言って手にしていた缶の中身を呷る佑磨。その表情は、何処かわざとらしさを醸し出していた。
「……本当は覚えてるでしょ?」
「いやー、お返しに大会の観戦に来てもらったとか覚えてないですね」
「凄いハッキリ覚えてるじゃん」
指すような視線と共に佑磨へと言葉を投げつける。それを受けた佑磨はと言うと、私の方から視線を逸らした。目逸らしたってことは確信犯じゃん。などと思っていると佑磨が唐突に口を開いた。
「——流石に忘れられなかったから」
「……え?」
「その……美咲が倒れた日の事だったから」
先程までとは打って変わり、どこか寂しげな表情をする佑磨を見たあたしは、言葉に詰まってしまった。あたしが思っていたよりも、はるかに心配してくれていた、と言う事実を前にしたために。
「凄い、不安だった」
「佑磨……」
なんとか絞り出した声で、名前を呼ぶ。すると、突然彼は私の方を向き笑った。
「でも、今となっては、俺の大切な思い出の1つ。美咲との、大切な」
そう言った彼の笑顔は、今まで見てきたどんな笑顔よりも眩しかった。対するあたしは、気が付くとその笑顔に釣られる様にして笑っていた。
「そっか」
笑いながらそう返したあたしは、そのままベンチから立ち上がると日差しの下へと繰り出し後ろへ振り返る。
「じゃあ、そろそろいこっか」
「そう、だな」
あたしの投げかけに頷いた佑磨は、缶の中身を飲み干すとその場から立ち上がり私の方へと歩み寄ってくる。
「早く行かないと、時間無くなっちゃうもんな」
「うん。それに——佑磨と一緒に楽しむ時間、長くしたいから」
その言葉を発した途端、あたしの顔が熱を浴びていく。無意識とはいえ、普段は曝け出さない内心を幼馴染に吐露したがために。
暫しの間沈黙が流れる。その中で恐る恐る相手の顔を窺うと、驚愕した様子を見せる佑磨の姿があった。
「ゆ、佑磨?」
「え、あ、なに?」
自身が撒いた種が原因ではあるものの、心配になったあたしは彼を呼んだ。すると、暫し遅れて反応を見せてくれた。
「大丈夫?」
「……
そう言って親指を立てた佑磨。だが、その指先は心なしか震えているように見えた。そんな様子を見て、あたしは佑磨を少し揶揄う事にした。
「もしかして佑磨、あたしの言葉間に受けてる?」
「まさか」
短く返した佑磨は、あたしから顔を背けた。その後視線のみをこちらへと戻し口を開いた。
「……あんなこと言われたんじゃ、見栄の1つぐらい張りたくなるよ」
「なにそれ。おかしい」
照れ臭そうな佑磨の言葉を聞いたあたしは、それを軽くあしらいながら笑う。そんな感じのあたし達は、肩を並べて揺らめく陽炎中へ歩き始めるのであった——
初めましての方は初めまして、それ以外の方々はおはこんばんにちわ。希望光です。今回は縁ありまして、こちらの奥沢美咲短編の合同企画の方に参加させていただきました。自身の中にある奥沢美咲、というキャラを形にするという普段は経験できない機会をいただけたこととても感謝しており、この場を借りてお礼を申し上げさせていただきます。
また読者の皆さまも、僅かでも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。最後になりますが、企画者様並びに参加者の皆様お疲れ様でした。
代表作『板挟み』
https://syosetu.org/novel/212274/