最後の方にちょっとだけですが
◆
その日の夜。
巧の部屋では、男同士という事で箒に代わってルームメイトとなったシャルルが巧と談笑していた。
「へえ、これが緑茶か。 紅茶とはまた違った感じで美味しいよ」
「気に入ってくれたようで何よりだ。 うちの上司から貰った最上級の玉露だからな」
「ああ、だからなんだね。 節約してる割には高級そうな箱だなって思ってたんだけど」
「はっきり言ってくれるな……まあいいや、今度機会があったら抹茶でも飲みに行くか」
「抹茶ってあの畳の上で飲むやつだよね? 特別な技能が要るって聞いた事があるけど、巧はいれれるの?」
「抹茶は「点てる」ってんだけどな。 今は駅前に抹茶カフェってのがあるんだ。 コーヒー感覚で飲めるやつ」
「ふうん、そうなんだ。 じゃあ今度誘ってよ。 一度飲んでみたかったんだ」
「ああ。 ついでだから今度の日曜にでも色々案内するぜ。 これから共同生活するんだしな」
「本当? 嬉しいなあ。 ありがとう巧」
「気にすんなって。 それより、シャワーの順番はどうする? その日その日で決めるか?」
「あ、僕が後でいいよ。 あんまり汗をかかない方だから、すぐにシャワーを浴びないでもそんなに気にならないんだ」
「そうか。 けど、どうしても気になる時があったら遠慮なく言えよ」
「うん、わかった」
そう言って、シャルルは花のような笑みを浮かべた。
「そういえば巧はいつも放課後にISの特訓してるって聞いたけど、そうなの?」
「ああ。 つっても、俺はうちのクラス代表の特訓の監督役って所か。 コーチ役がへっぽこ揃いなんでな」
「あはは……じゃあ、僕も加わっていいかな? 何かお礼がしたいし、専用機とあるから少しくらいは役に立てると思うんだ」
「そりゃ有難いな。 是非とも頼む」
「うん、任せて」
◆
そして翌日。
「こう、ずばーっとやってから、がきん! どかん! という感じだ」
「防御の時は斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ」
「なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。 ……はあ? 何でわかんないのよバカ!」
「馬鹿はお前だ馬鹿」
「痛っ!?」
どんな新米コーチですらやらないような大雑把過ぎるアドバイスを飛ばす鈴の脳天に、呆れた声と共に巧の拳骨が落ちた。
「お前なあ……それ、生まれたばかりの赤ん坊にいきなり雑技団の演技をやれってのと大して変わらねえだろ。 倭の素人具合を考えて物を言えよ」
「いたた……だからっていきなり拳骨は無いでしょバカ!」
「殴られるような事をする奴が悪い。 それと箒、お前もアウトだ」
「な、何故だ!? ちゃんと説明していただろう!!」
「あれの何処がちゃんとしてるんだっての。 せめてお前の頭の中の感覚を意味のある文章に変換してから出直してこい」
「う……」
「それとセシリア、お前は逆に細か過ぎだ。 誰もがお前のように専門的知識をそのまま理解出来ると思うな」
「こ、これでも結構噛み砕いて説明しているつもりなのですが……」
「じゃあ聞くが、倭の頭で戦闘機動中に「この場面では右に三十度」「このタイミングで後ろに十五度」なんていちいち考えながら動けると思うか?」
「それは……無理、ですわね」
「いや、確かにそうだけどさ……言い草が酷くないか?」
「あ、あはは……」
情けなさ気な倭の抗議に、見学していたシャルルも気まずそうに笑うしか無かった。
「あ、そういやシャルルも専用機持ちなんだって? ちょっと見せてくれよ」
「うん、いいよ」
その言葉と共にシャルルの身体を量子化の光が包み、鮮やかなオレンジ色の装甲へと変化する。
「あれ? これって、ちょっと形は違うけどラファール・リヴァイヴだよな?」
「うん。 正式名称は〈ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ〉。
「倍!? 確かラファールの拡張領域ってかなり余裕があったような……俺の白式にも分けて貰いたいぜ」
「あはは、あげられたらいいんだけどね。 じゃあ、せっかくだから軽く手合わせしてみようか」
「ああ、いいぜ」
頷き合い、共に飛翔する二人。
その様子を、残された四人は四者四様で見上げていた。
「お、始まったな」
「ふむ……デュノアの動きがいいな。 流石は代表候補生といった所か」
「ええ、悔しいですが一挙動を取って見てもわたくしとは比べ物になりませんわ」
「天性の才能って奴かしらね。 見てよあれ、
見ると、アサルトライフルの弾幕を倭が潜り抜け一撃を放った瞬間、何時の間にか展開していた物理シールドがそれを受け止め、瞬時に持ち替えたショットガンのゼロ距離射撃が吹き飛ばす。
驚くべきは、それがほぼタイムラグ無しに、それも照準を正確に合わせながら行われている。
この技術は高速切替と呼ばれ、普通は一、二秒のタイムラグが発生する量子化、再展開を瞬時に行う事で、隙を晒す事無く武装切替を可能とする技術である。
国家代表レベルともなると必須と言われている技術の一つだが、完璧に習得している者は少なく、使うにしても精々二、三種類の装備を使い回すか、破損した装備を予備と入れ替えるといった例が殆どで、シャルルのように何種類もの装備を距離、状況に応じて的確に使い分けるといった例は珍しい。
「高速切替の速度だけだったら山田先生すら凌いでるかもな。 あの切替速度と判断力なら、装備次第では冗談抜きで一個大隊を一人で相手取る事も可能だろうよ」
「なるほど、だからこその大容量拡張領域という訳か……む、終わったようだな」
見ると、模擬戦の終わった二人が此方に降りてくる所だった。
「シャルル、倭とやり合ってみてどうだった?」
「そうだね、良くも悪くも直線的って所かな。 後、倭って機体が近接特化型な事もあって、射撃武器の特性を把握していないでしょ?」
「まあ、確かにな。 追加しようにも拡張領域に空きが無いから載せられないって言われたし。 けど、自分で使わないんだったら知ってても意味が無いんじゃねえか?」
「そんな事は無いよ。 射撃武器を相手取る時だって、使う相手がどうやって扱うか、弾丸がどのような軌道で飛んでくるか、そういった事を知ってるのと知らないのとでは大違いなんだから。 実際、倭も僕と戦った時殆ど間合いを詰められ無かったよね?」
「う、確かに……唯一切り込めた時もあっさり止められたっけか」
「さっきも言ったけど、倭の機体って近接特化というかオンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。 特に倭の瞬時加速って直線的だから反応出来なくても軌道予測で対処出来ちゃうし」
「あー、言われてみれば最近セシリアにも撃ち落とされっ放しだな……」
「あ、だからって瞬時加速中に無理に軌道を変えたりしない方がいいよ。 空気抵抗とか圧力とかの関係で機体に負荷が掛かると、最悪の場合骨折したりするからね」
「へえ、なるほどな。 なんか、シャルルの説明ってわかりやすいな」
「あはは、ありがとう」
倭の言葉に、楽し気な笑みを浮かべるシャルル。
対して、自称コーチ達は不機嫌な表情を隠そうともしない。
「むう……」
「多少専門的だった事は認めますが……」
「あたしの教え方の何が不満だってのよ、全く」
「もう一発行くか?」
「あ、冗談です、すいません」
そんなやり取りを余所に、シャルルの指導は続いていく。
「じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか。 射撃武器の特性を理解するには、実際に扱ってみるのが一番だよ」
「え、けど他の機体の武器って使えないだろ」
「うん、普通は対戦相手に奪われて使われないようにセーフティが掛かってるからね。 でも、所有者が
「あ、ああ。 ーーあれ?」
「どうしたの?」
「いや、授業でやってたセンサー・リンクって機能を探してるんだけど、項目が何処にも無いんだよ」
「センサー・リンクが無いって……おいおい、何処まで欠陥機なんだよ」
センサー・リンクとは、高速機動時に正確に射撃を行う為、ISのハイパーセンサーと武器をするシステムの事を指す。
センサー・リンクを行う事により、ターゲット・サイトを含む射撃に必要な情報を射撃武器側から操縦者に送る事が可能となる。
先程シャルルが行ったような、戦闘中に友軍機から使用許諾を受けて射撃武器を扱うというケースを想定して、近接専用の機体でも普通はセンサー・リンクが搭載されているのだがーー
「本当に100%近接オンリーなんだね。 じゃあ、しょうがないから目測でやってみようか」
「マジかよ……」
とりあえず、シャルルからのサポートを受けてアサルトライフルを構える倭。
「しょうがねえ、やってみるか」
「うん、とりあえず撃つだけでもだいぶ違うと思うよ」
シャルルの言葉を受け、目測で引き金を引く。
火薬が炸裂する轟音と共に銃口から吐き出された銃弾は、標的の中心から少しずれた箇所へと吸い込まれた。
「おおっ……自分で撃ってみると結構でかい音がするもんだな」
「あはは、僕も最初に撃った時は同じ感想だったよ。 で、射撃武器を撃ってみた感想はどう?」
「感想って言われても……とりあえず反動が思ったよりキツいってのと、「速い」って感じかな」
「そう、速いんだよ。 倭の白式の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。 だから軌道予測さえしっかりしてれば簡単に当てれるし、外れても牽制になる。 倭は特攻する時に集中してるけど、それでも心の中でブレーキが掛かってるんだよ」
「なるほど……だからあっさり撃ち落とされてたのか」
「特にオルコットさんの射撃武器はビームライフルだからね。 光の速度を上回るのは不可能だから、一度射線に捉えられればーー」
「一瞬で撃ち抜かれるって事か」
「そういう事。 機会があったらオルコットさんのビームライフルを撃たせて貰うといいよ。 あ、でもオルコットさんのISってイギリスの試作機だから、他の人が触るのはまずいかな……」
「確かにな。 下手したら国際問題モノだろ」
「お任せ下さい倭さん! 黙っていれば誰にもわかりませんわ!」
「おいこら代表候補生。 大体、使用許諾の履歴を調べられれば一発でバレバレだろうが」
「……そ、そうでしたわ……」
巧のツッコミにすっかりしょげ返るセシリア。
「あ、あはは……と、とりあえずそのまま続けてみて。 一マガジン使い切っちゃっていいよ」
「ああ。 えっと、こうか?」
「オッケーだよ。 それと、なるべく銃身を視線の延長線上にーー」
そんな風に射撃武器の手解きを受けていると、にわかに周囲が騒がしくなる。
元々、噂の転校生を含めた数少ない男子生徒の内三人が訓練中という事で、此処第三アリーナの人口密度は結構な物になっていたのだが、女生徒達の視線は倭達では無くピットの方に向いていた。
「ーーねえ、ちょっとアレ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だよ」
「まだ本国でのトライアル段階って聞いてたけど……」
その呟きの通り、視線の先に居たのはドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
その小柄な身体に、見慣れない漆黒の重装甲を纏っている。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
「ラウラって……あいつが巧を倭と間違えてひっぱたいた奴?」
「ええ、その通りですわ」
そのように言葉を交わす箒達の敵意の視線を無視し、倭を睨み付けるラウラ。
「おい」
「何だよマスコットキャラ」
「だ、誰がマスコットキャラだ!」
「お前だよお前。 昨日の授業で終始弄られっぱなしだったろ」
「や、やかましい!」
何故、ラウラがマスコットキャラ呼ばわりされているのか。
それは、前日のSHRまで遡る。
あの時、人違いで巧を張り倒した事を知ったラウラは、流石に再度平手打ちを放つのはアレだと思ったのか、倭に向き直るなり人差し指を突き付け、
「と、とにかくだ! 私は絶対に認めない! 貴様が教官の弟分などと、認めるもにょか!!」
焦りからか台詞を噛みつつ吐き捨て、顔を赤く染めながら空き席へと着いたのだが、どうやらそれが一組の女生徒達の目には、
「大人ぶって背伸びしているお子様」
として映ったらしく、その後の実習でも彼女は保護者モードと化したグループの皆に終始振り回されていた。
お陰でクラス内での彼女の立場は倭の言葉通り「マスコットキャラ」で定着しつつあった。
「と、とにかく! 貴様も専用機持ちのようだな。 ならば話は早い、私と戦え!」
「何でだよ。 わざわざここでやり合う理由なんてねえだろ」
「貴様に無くても私にはある。 貴様の失態のせいで「あの人」は心に傷を負い、表舞台から姿を消した。 あの事件さえ無ければ、あの人は今も世界の頂点に君臨していた。 故に、私は貴様を認めない」
その言葉に、倭の表情が歪む。
だが、それ以上に過剰に反応したのは鈴だった。
「アンタねえ! 素人だった倭に何を求めてんのよ! 大体、あの事件だってアンタんとこの軍がまんまと一夏を攫われたのが原因でしょうが! 自分達の無能を棚に上げて、被害者に責任おっ被せてんじゃないわよ!!」
だが、当のラウラは涼しい顔で、
「ふん、あの時我々〈
「上等よ!」
ラウラの挑発に、甲龍を展開する鈴。
だが、その機先を制するように倭が割り込む。
「止めろ、鈴」
「けど!!」
「安い挑発に乗ってんじゃねえ。 あの場にいなかった奴の戯言なんか、言わせておけばいいんだよ」
「……けどさ……やっぱ、悔しいじゃない……」
「……ありがとな、鈴」
「……謝ってんじゃないわよ、馬鹿……立場が無いじゃないのよ……」
そういって悔し気に俯く鈴を庇うように前に出る倭。
「悪いけど、今はお前と遊んでやる暇は無えんだ。 それに、お前のその馬鹿デカい大砲をこんなギャラリーだらけの場所でぶっ放したらどれだけ危ないか、わからない訳じゃないんだろ? どうしてもってんなら今度学年別トーナメントがあるらしいから、それまで我慢してくれ」
そう言って、ラウラに背を向ける倭。
その時。
「ならばーー受けざるを得ないようにしてやるまでだ!」
欠片の躊躇も無く、ラウラのISの右非固定浮遊部位に装備されていた大口径レールカノンが火を噴いた。
「なっ!?」
まさか本当に撃ってくるとは思わず、反応が遅れる倭。
いくら白式を纏っているとは言え、あれだけの大口径砲弾の直撃を受ければ只では済まない。
だが、
「くっ!!」
辛うじて割り込む事に成功したシャルルの実体シールドの表面によって、砲弾は上方へと逸れていった。
「……ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。 ビールだけで無く、頭の中身もホットなのかな?」
「フランスの代表候補生か。 時代遅れの
「量産化の目処の立ってないドイツの
敵意を隠そうともせず睨みあう二人。
だが、
「箒、危ねえ!!」
との声にシャルルが目を向けると、咄嗟に箒を突き飛ばした巧目掛けてレールカノンの砲弾の流れ弾が着弾しようとしていた。
「巧!?」
そんなシャルルの悲鳴を掻き消すかの如く、甲高い「金属音」が響き渡る。
「……は?」
一瞬、何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くす巧。
その背後の地面に、金属音と共に再び軌道を変えた砲弾が今度こそ着弾し、小さなクレーターを形成した。
「あの……巧さん、今のは一体……」
「いや、俺にも何が何やら……」
「ーーへっへーん♪ どーだ〈キバット〉、俺様のコントロールも悪くないだろ?」
その声に振り向くと、茶髪に一筋の紅いメッシュの入ったショートヘアが特徴的な、齢10歳といった感じの少年が、ピッチングを終えたようなポーズで立っていた。
「ーー〈渉〉!? お前、何でこんな所にーー」
そう言って一歩踏み出した巧の足に何かが当たる。
其処には、
「渉〜〜〜、コウモリ虐待反対〜〜〜」
と呟きながら目を回す、蝙蝠に似た謎の生物が転がっていた。
次回はちょっとだけ時間を進める予定です
それではまた