リコリス・リコイル 5話モブ救出RTA機動捜査隊チャート 作:ぽけー
「─がっ…!」
ぐるりと視界が回る。浮遊感が全身を掴んで離さない。
(わたし、は、なんで、何、してたっけ)
思い出す。DA司令部の指示通りに拳銃を掴んで持ち上げた。ターゲットはわたしに気付いているそぶりはなかったし、後は引き金を引いて、それで終わる任務のはずだった。
それが狂ったのは、アクセルを踏みぬいたであろうエンジン音が聞こえてから。ヘッドランプに視界が塗りつぶされて、それで、それで。
うまく頭が回らない。引き延ばされた時間の中、必死にかき集めた思考が今にも散り散りになりそうで、今まで経験したことのない感覚にただ恐怖が走る。
全部がスローに見える。渡ろうとした交差点では、わたしがつけていた男と同じ作業服姿の男たちが、手に黒いナニカを持って物陰から身を乗り出そうとしていた。
(なに。なんなの。これ。わかんない)
いつだって襲うのはわたしたちリコリスから。数度とはいえ経験した実戦でも、いつもターゲットは何があったか気づくことすらなく死んでいった。
それが覆される。サングラスで目元を隠した男たちの口が微かに歪む。
怖い。
ただひたすらに怖い。
そうこうしているうちに、体は上昇から下降へと転じる。
(ひ、)
アスファルトへこの高さから叩きつけられる衝撃はどれくらいか。それ以前に、身動きのとれなくなったわたしをコイツらはどうするつもりか。
浮遊感をきっかけとしたそれよりも、もっとずっと冷えたものが体の内から溢れてくる。
(こわい、だれか)
(たすけて)
下降に転じた体が、少しずつ加速していって。受け身を取ろうと考えても、体は動かなくて。そして
『そこぉ!前方の車両止まりなさぁいひき逃げの現行犯だから!』
マイクで増幅された女性の叫び声と、いつもは事後処理中に聞くはずのサイレンが響いた。
ごしゃ、とアスファルトに叩きつけられ、意識がかすんだ。
それでもサイレンの音は近づいてきていて、ちょうどわたしの横にシルバーのセダンが停まると同時に消えたから、覆面車両なんだな、とぼんやり分かった。
もぞり、と動こうとしても、体の芯が滅茶苦茶にされたかのように力が入らない。そうこうしているうちに運転席のドアが開けられ、1人降りてくるのが見えた。靴が女物だったから、女性警察官か、それとも警察に偽装したDAのバックアップチームか。
後者であることを祈っていたが、拡声器でわたしを轢いた車に静止を呼び掛け続けているあたり、少なくともまだ助手席にいるであろう女性はDAの人間ではないだろう。
「…ぐ、」
「動かない。傷が悪くなる」
面倒を避けるためにも離れるべし、と動こうとして、横に跪いた女性に静止される。
一瞬迷うような気配をして、その後ぐるりと視界が回った。うつぶせから仰向けに姿勢を動かされたのだと、霞が増える思考でも分かった。
「…ぁ…」
「私のこと、わかる?警察。あなたを助けに来た」
視界には真っ黒な空と、薄く光る月があって。
その横から、ぬ、と銀髪の女性の顔が警察手帳と一緒に入ってきた。
…きれいな人だな、となんとなく思った。平均的な日本人から離れた髪色は、月の光をわずかに反射し、青みがかった瞳がこちらをまっすぐ見つめてくる。ほんの少しだけ痛みが遠のいて、ほ、と張りつめたモノが抜けたような感覚がした。
─そんな感想は、女性警察官がぬっと自分の胸に耳を近づけたことで霧散した。
「ち…ょ…」
「呼吸、脈拍、大丈夫。今返事したから意識もあるね。よかった」
ふわり、と笑顔を向けられて、また別の感情が起きる。胸が痛い。肋骨が折れたのか、それともまた別か。
─それよりも、何か大切なことを忘れている気がする。なにか、この人に見せたらいけないようなことが。何だっけ。わたしは誰だっけ。
「─グロック?」
銀髪のその人が視線をずらして、ぽつりと漏らした。そう、それだ。見せたらいけないもの。『平和な日本』にあってはいけないもの。
わたしがさっき取り落とした、拳銃。
何を、言われるだろうか。
「…あぁ、思い出した。あの時の」
その人はそっと拳銃を取り上げて─慣れた手つきで薬室を確認、既に込められていた初弾を外し、マガジンに込めて装填した後、ジャケットへとねじ込んだ。
「ん、これで安全。内蔵セーフティは信頼できない」
「─へ」
「大丈夫。秘密、なんでしょ?守るよ」
「っ」
学生服の少女が拳銃を持っていたことなど、どうでもいいとでもいうかのように。
それよりも、何故か感謝の色が濃い目と声音で、目の前の人はそう伝えてきた。
理屈で言葉にできないけれど、ひどく安心した。
「アマリ、もう静止はいいから。救急車と応援の手配」
「今やってまぁす!」
横で跪いている人はというと、助手席にいるであろう相方に指示を飛ばしていた。一瞬こちらを向いて、すぐ救急車来るから、と簡潔に伝えるその声がさらにわたしを落ち着かせる。
死ななくてよかった。そう思えて。
直後、ヘッドライトの光がこちらに差し込んできた。
「GT-R…ひき逃げ犯?少し待ってて…そこのドライバー止まれ!」
待って、行かないで。その車は。わたしを撥ねたその車はきっと。
「止まった…?アマリ、応援と救急車、急かして。対応は私が」
「あの、先輩」
シルバーのセダンが間にあって直接は見えないけれど、ヘッドライトの主が停車したことと、離れていたはずの不穏な気配が戻ってきていることは、今の自分にも分かったから。
「何?」
「無線もスマホも通じなくて…通報、できないんですけど」
「…?」
首を傾げている場合なんかじゃない。早く、早く逃げないと。この体がすくむような気配から逃げないと、だから。
声が出ない。優しくわたしを見てくれたあの人に危険を伝えられない。だめだ。だめだ。だめ─
ぱん、と。
乾いた音が耳に残った。
モブリスちゃんの口調が全く分からないのが辛いので失踪します