リコリス・リコイル 5話モブ救出RTA機動捜査隊チャート   作:ぽけー

2 / 5
『立場は入れ替わる』


Position is switched

 

「─がっ…!」

 

 ぐるりと視界が回る。浮遊感が全身を掴んで離さない。

 

(わたし、は、なんで、何、してたっけ)

 

 思い出す。DA司令部の指示通りに拳銃を掴んで持ち上げた。ターゲットはわたしに気付いているそぶりはなかったし、後は引き金を引いて、それで終わる任務のはずだった。

 それが狂ったのは、アクセルを踏みぬいたであろうエンジン音が聞こえてから。ヘッドランプに視界が塗りつぶされて、それで、それで。

 

 うまく頭が回らない。引き延ばされた時間の中、必死にかき集めた思考が今にも散り散りになりそうで、今まで経験したことのない感覚にただ恐怖が走る。

 全部がスローに見える。渡ろうとした交差点では、わたしがつけていた男と同じ作業服姿の男たちが、手に黒いナニカを持って物陰から身を乗り出そうとしていた。

 

(なに。なんなの。これ。わかんない)

 

 いつだって襲うのはわたしたちリコリスから。数度とはいえ経験した実戦でも、いつもターゲットは何があったか気づくことすらなく死んでいった。

 それが覆される。サングラスで目元を隠した男たちの口が微かに歪む。

 怖い。

 ただひたすらに怖い。

 そうこうしているうちに、体は上昇から下降へと転じる。

 

(ひ、)

 

 アスファルトへこの高さから叩きつけられる衝撃はどれくらいか。それ以前に、身動きのとれなくなったわたしをコイツらはどうするつもりか。

 浮遊感をきっかけとしたそれよりも、もっとずっと冷えたものが体の内から溢れてくる。

 

(こわい、だれか)

 

(たすけて)

 

 下降に転じた体が、少しずつ加速していって。受け身を取ろうと考えても、体は動かなくて。そして

 

『そこぉ!前方の車両止まりなさぁいひき逃げの現行犯だから!』

 

 マイクで増幅された女性の叫び声と、いつもは事後処理中に聞くはずのサイレンが響いた。

 

 

 

 ごしゃ、とアスファルトに叩きつけられ、意識がかすんだ。

 それでもサイレンの音は近づいてきていて、ちょうどわたしの横にシルバーのセダンが停まると同時に消えたから、覆面車両なんだな、とぼんやり分かった。

 

 もぞり、と動こうとしても、体の芯が滅茶苦茶にされたかのように力が入らない。そうこうしているうちに運転席のドアが開けられ、1人降りてくるのが見えた。靴が女物だったから、女性警察官か、それとも警察に偽装したDAのバックアップチームか。

 後者であることを祈っていたが、拡声器でわたしを轢いた車に静止を呼び掛け続けているあたり、少なくともまだ助手席にいるであろう女性はDAの人間ではないだろう。

 

「…ぐ、」

「動かない。傷が悪くなる」

 

 面倒を避けるためにも離れるべし、と動こうとして、横に跪いた女性に静止される。

 一瞬迷うような気配をして、その後ぐるりと視界が回った。うつぶせから仰向けに姿勢を動かされたのだと、霞が増える思考でも分かった。

 

「…ぁ…」

「私のこと、わかる?警察。あなたを助けに来た」

 

 視界には真っ黒な空と、薄く光る月があって。

 その横から、ぬ、と銀髪の女性の顔が警察手帳と一緒に入ってきた。

 …きれいな人だな、となんとなく思った。平均的な日本人から離れた髪色は、月の光をわずかに反射し、青みがかった瞳がこちらをまっすぐ見つめてくる。ほんの少しだけ痛みが遠のいて、ほ、と張りつめたモノが抜けたような感覚がした。

 ─そんな感想は、女性警察官がぬっと自分の胸に耳を近づけたことで霧散した。

 

「ち…ょ…」

「呼吸、脈拍、大丈夫。今返事したから意識もあるね。よかった」

 

 ふわり、と笑顔を向けられて、また別の感情が起きる。胸が痛い。肋骨が折れたのか、それともまた別か。

 ─それよりも、何か大切なことを忘れている気がする。なにか、この人に見せたらいけないようなことが。何だっけ。わたしは誰だっけ。

 

「─グロック?」

 

 銀髪のその人が視線をずらして、ぽつりと漏らした。そう、それだ。見せたらいけないもの。『平和な日本』にあってはいけないもの。

 わたしがさっき取り落とした、拳銃。

 何を、言われるだろうか。

 

「…あぁ、思い出した。あの時の」

 

その人はそっと拳銃を取り上げて─慣れた手つきで薬室を確認、既に込められていた初弾を外し、マガジンに込めて装填した後、ジャケットへとねじ込んだ。

 

「ん、これで安全。内蔵セーフティは信頼できない」

「─へ」

「大丈夫。秘密、なんでしょ?守るよ」

「っ」

 

 学生服の少女が拳銃を持っていたことなど、どうでもいいとでもいうかのように。

 それよりも、何故か感謝の色が濃い目と声音で、目の前の人はそう伝えてきた。

 理屈で言葉にできないけれど、ひどく安心した。

 

「アマリ、もう静止はいいから。救急車と応援の手配」

「今やってまぁす!」

 

 横で跪いている人はというと、助手席にいるであろう相方に指示を飛ばしていた。一瞬こちらを向いて、すぐ救急車来るから、と簡潔に伝えるその声がさらにわたしを落ち着かせる。

 死ななくてよかった。そう思えて。

 直後、ヘッドライトの光がこちらに差し込んできた。

 

「GT-R…ひき逃げ犯?少し待ってて…そこのドライバー止まれ!」

 

 待って、行かないで。その車は。わたしを撥ねたその車はきっと。

 

「止まった…?アマリ、応援と救急車、急かして。対応は私が」

「あの、先輩」

 

 シルバーのセダンが間にあって直接は見えないけれど、ヘッドライトの主が停車したことと、離れていたはずの不穏な気配が戻ってきていることは、今の自分にも分かったから。

 

「何?」

「無線もスマホも通じなくて…通報、できないんですけど」

「…?」

 

 首を傾げている場合なんかじゃない。早く、早く逃げないと。この体がすくむような気配から逃げないと、だから。

 声が出ない。優しくわたしを見てくれたあの人に危険を伝えられない。だめだ。だめだ。だめ─

 

 ぱん、と。

 乾いた音が耳に残った。

 

 




モブリスちゃんの口調が全く分からないのが辛いので失踪します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。