リコリス・リコイル 5話モブ救出RTA機動捜査隊チャート   作:ぽけー

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リコリコが完結してハワイ編を待つだけの生活が始まったので、初投稿です。


After drive over

 

「─お名前言えますかー?」

「撥ねられたんだっけ?内出血だけ見て、大丈夫そうならCTとレントゲン行こっか」

「じゃあエコー用意しておきます」

「CT室先に押さえますか?」

「お願いねー。んー触った感じだと頭はやられてなさそう?となると体かな」

「輸血用意、いつでも出せるようにして。そうそう最悪O型使っていいから」

 

救急病院の、処置室へと続く廊下。やっとの思いでたどりついたそこでは既にストレッチャーと医師や看護師が待機していて、腕の中にいた少女は飛び交う専門用語の中、からからと音を立てながら進むストレッチャーの上に横たわっていた。

邪魔にならないよう気を付けながら、制服の少女の小さな手に己の手を重ねる。重傷であることに変わりのない彼女に、少しでも励ましが届けば、と願いながら。

 

「刑事さん、ここからは」

「…はい」

 

 感覚にして数秒、処置室が近づく中で看護師のうちの1人にそう言われて、手を離す。

 普通なら高校生くらいだろうか、女性である自分と比べてなお薄い手の、確かな温度がまだ自分の手に残っていて、その熱が逃げないように、ぎゅっと自らの右手を握りしめた。

 

「横にベンチがありますから、そこで休んでいてください。容態が安定したら医師が説明に参ります。…所持品は一旦刑事さんに預けた方が?」

「…はい、身元の確認もするので」

「わかりました。ではお願いします」

 

 受け取った革の鞄は、学生の持つそれとしては不自然に重く、渡した看護師も首を傾げていた。鞄の中は参考書とでも思ったためか、緊張をほぐれさせるように、別れ際に「今の若い子は勉強とか大変そうですよね」とだけ声をかけて去っていった。

 

「……ふぅ、づっ」

 

 公道では二度とできないであろう運転と、少女の命を背負った重圧から解放されるかのように案内されたベンチに座りこんで─ふくらはぎの痛みに顔をしかめる。

 ジーンズ越しに触れてみれば、じっとりと濡れた感触が。特に怪我をした自覚はなかったが、一瞬逃避行を思い出してすぐに最後の全力疾走が原因だと気づいた。

 

「火事場の馬鹿力…ほんとにあるんだ…」

 

 女性としては長身で体力もあると自負しているが、それでも普段の自分は年頃の少女を担いであれほど速くは走れない。脳が体を必要以上に酷使しないようかけているリミッターを無意識に外し、足の筋肉の損傷と引き換えに驚異的なスピードを見せたのだと理解した。

 

「…」

 

 理解したが、だからどうという訳ではない。おそらくふくらはぎの皮膚が少し裂けて血が出ている程度だろうと勝手に納得し、自分よりも重傷な少女が集中治療を受けていると考えると、貴重な人手を自分に割いてもらうのも気が乗らなかった。

 

「…疲れた」

 

 背もたれに体を預ける。

 アドレナリンが引いたのか、少しずつ体の感覚が平常に近くなるにつれ、節々が痛んできた。具体的にはハンドルを力みながら掴んでいたらしい手とか、ジャンプ後の着地で打ち付けた尻とか。ついでに言うと、膝の上で確かな重量感を主張する少女の鞄が太ももに沈もうとするのも感じていた。

 

「…」

 

 鞄。疲労に引きずられそうな意識を戻して、10年以上前に見たのとあまり変わらない意匠のその鞄に触れる。

 一見してただの学生鞄だが、自分が知る限り複数の機能を持った、なんとも子ども心をくすぐる隠し機能を持ったモノだということは、よく覚えていた。

 …周囲を見渡し、近くに人の気配がないことを確認。

 よいしょ、という声と共に鞄を確認する。

 

「…ワォ」

 

 思わず声が漏れる。底面には複数の穴が開いており、穴の中身を取り出せば、それはぎっしりと弾丸が入った弾倉だった。

 次いで記憶に従って側面に触れてみれば、ホルスターのような印象を覚えるギミックが展開された。たぶん、とジャケットに入れたままだった拳銃─グロックを差し込めば、綺麗にギミックへと収まった。拳銃は取り出して持っておくか、と一瞬悩んだが、彼女らの仕事道具なのだろうと考えそのままにしておく。

 そのほかにも何やら意味深なスイッチやパーツがあったが、下手にいじりすぎるのも怖いので、そこで触るのをやめる。元より個人情報を把握するため、という名目で預かったものだが、おそらくこの中に彼女の身元が分かるものは入れていないだろう。看護師に返したのち、病院側が中を見る可能性も考えられるが、そこは返却の際に「乙女の秘密が入っているから、どうか中身を見ないで、彼女にも誤魔化してほしい」と一言言い添えれば問題ないと考え、そのまま鞄をベンチの上に置く。

「…」

 

 処置室の方は普段通りに騒がしく─事件絡みのけが人の護送や、二股をかけて彼女にぶっすりやられた男を病院に連れて来た時と変わらないくらい─、呼吸だとか心拍だとかの深刻な用語が聞こえてこないあたり、彼女の容態は安心していいのかも、と思ったからか、廊下の静けさが余計に感じられた。

 名目も兼ねた鞄の確認は終わってしまい、完全に手持ち無沙汰になって天井を見上げた。

本来なら足の傷の確認だとか、車軸が折れた車にほぼ置き去りにしてしまった後輩兼相方に連絡するか、とかすべきなのだが、さすがに疲れたのかそこまで考えが回り切らなかった。

 そして考えるのは、処置室に横たわっているであろう、制服の少女のこと。

 

「…じゅう…に年ぶり、かしら」

 

 思い出す。それまで定期的に訪ねるだけだった日本に移り住むことになったと、父親から伝えられたことを。訪問のたびに良くしてくれた父方の祖父と今までよりももっと会えると喜び、逆に近所のアンクル─退役軍人で、『ザ・アメリカの老人』のような豪快な人だった─とあまり会えなくなることに悲しんだことを。

 ロシア出身だった母は日本酒が飲み放題だと、普段の大人しさが嘘のようにはしゃいでは日本出身の父になんとも言えない顔をされていて、それがおかしくて笑ってしまって。

 日本の空港に到着し、家族3人、他愛もないことを話しながら歩いていたら、突如として日本では馴染みの薄かった銃声が響いて。

 

「…そして」

 

 緩く目を瞑る。

 もとより銃社会のアメリカに長く住み、『そういう』事件には両親ともども耐性はあった。周囲の日本人が呆けている間に姿勢を低くし、安全そうな場所を探しながら空港を駆け抜けたのは本来なら大正解であった。

 問題は、テロリストが複数人であったことと、まだ発砲していなかったその内の1人が近くにいたこと、そして確実に治安が悪化しつつあってもなお平和を信じていた大勢の日本人の中を、一組だけ駆け抜けようとした家族がどれほど目につきやすいかを考えられなかったことか。

 最初の一発は父だった。気弱で、穏やかな、それでいてアメリカ暮らしの影響かジョークが好きな人だった。撃たれたのは確か太ももだったか。それまで横で笑っていた父が、ゆっくりと崩れ落ちていくのを─そのまま母の背中を押し、頼んだ、と口が動くのを見ていた。

 事件後に、父はその後近づいてきたテロリストの不意を打ってもみ合いになり、奪った銃で反撃した後、また別のテロリストに撃たれて死んだと聞かされた。たまたま開いていたバックヤードのドアを母と共に押し開け、通路を駆ける中で聞いた銃声はそれだったと、後で知った。

 

「づ…」

 

 痛むふくらはぎを押さえる。

 二発目は母だった。息苦しいからと生まれ故郷を離れ、自由の国へと渡ったとかつて聞いた。自分と同じ白銀の髪が、娘ながら美しいと感じる人だった。大人しいように見えて、時折やんちゃな、一緒にいて楽しい人。たまにロシア語で秘密のお話をしては、ほとんどロシア語の分からない父がちょっぴり寂しそうにするのをからかうのが家族3人の日常だったのを、今でも覚えている。

バックヤードを通り、とにかく外へ向かおうとする中で、曲がり角を先行した母とテロリストが遭遇してしまい、そのまま腹部に一発。ほとんど瀕死の母に思わず声をかけようとして、目で制されたのが、おそらく最後の会話。ちょうど物陰が近くにあったのを活かして、普段からは想像できない力強さで私をそこに押し込んだ後は、身を挺して蓋となり一人娘を隠したのだと、テロリストの声が遠ざかりまだ温もりが残る体を押しのけた時に気付いた。

 

「…最後に」

 

 中学生になって、大人になったと勝手に思っていた心には、あまりにも苦しかったことを覚えている。

 せっかくだしおめかししよう!と、母と共に選んだ服は、母の返り血でべったりと濡れ、それを誉めて写真を撮ってくれた父はここにはいない。

 ふらふらと通路を進み、扉を開けた先では、ロビーを埋め尽くす亡骸と、むわりとした血の匂いがした。さらに蠢く黒い服の男たち。手にはこれまた黒い鉄が鈍く光っていて、へたりこんだ自分に気付いたのかゆっくりとこちらに向けようとしていた。

 

 銃声

 

 倒れたのは男たちの方。彼らの持つカラシニコフではなくグロックの音だと気づけたのは、アンクルから射撃を道楽で教えられていたからか。

 周りの男たちも1分と経たないうちに殲滅され、茫然としていた自分の視界に入ってきたのは、今日見たのと同じベージュの制服が複数名分。少なくとも警察や自衛隊のソレではないことにほんの少しの怯えを見せたからか、制服の少女のうちの1人がそっとこちらに近づき、安心させるように自分の頭を撫でた。

 

『大丈夫』

『悪人はわたしらが皆倒しちゃうから』

『安心して。あなたはこれからも平和を生きていくの』

『辛いものもたくさん見ただろうけど、負けないで』

 

 結局、その時に聞いたのは大体がそんな程度の話だったと思う。彼女らが何者なのか、なぜここにいるのかを聞こうと思えるほど両親を失った心は図々しくなかったし、警察官となり、不自然に消える事件を知るようになってからは、たとえあの日聞いても答えてくれなかっただろうと予想がついた。

 

 それでも、合わされた視線に、頭を撫でる手の温もりに、ほんの数年だろうとはいえ年長の頼れる存在がいることに、どれだけ安心したか。両親の死を悲しみながらも、きちんと生きて葬式を見送れたことが、どれだけ嬉しいことだったか。

 

 制服の少女とは、そのまま空港の外まで案内され、警察官に助けを求めるようにだけ言われ、そこで別れてそのままだ。だから感謝の念は絶えずとも、最近はめっきり思い出すことも少なくなってしまった。

 その中での、今日の事件。あの日自らを救った少女らと同じ、白い制服。

 

「…喜べばいいのか、どうするのが正解なのか…」

 

 回想から戻り、ベンチの背もたれに思いっきり寄りかかりながら天井を見上げる。先ほどまでジーンズ越しにふくらはぎへと触れていた手を持ち上げてみれば、暗がりの中でも微かに血に濡れていることが分かった。

 

「…やっぱり、止血しないといけないのか…うーん」

 

 多少裂けて血が出たのだろう、と楽観視していたが、引いたと思っていたがなお出ていたらしいアドレナリンで痛覚を鈍くさせられたのか、思ったよりも傷が深いようだ。迷惑をかけたくないとは言え、この場で出血を放置して後々貧血で担ぎ込まれて医者の業務量を増やすのはもっと避けたい。とりあえず誰かしら呼び留めてガーゼでも持ってきてもらおうとして、処置室とは逆の方、先ほど自分がストレッチャーと共にくぐって来た入口の方から少し慌ただしい足音がすることに気付いた。

 

「ぜーっ、はーっ、ぜっ、あっ、シェラせんぱ、い、いたぁ!」

「アマリ」

 

 すわ先ほどのひき逃げ犯かと身構えたが、飛び出てきたのは汗だくになりながら呼吸を整えている相棒だった。

 浮かしかけた体をベンチに再度沈め、そっと息を吐く。

 

「はーっ、はー…せんぱい、その、せめて一言くらい言ってくださいよぉ!」

「アー…ごめん。あれくらいならアマリに任せても大丈夫だろうって」

「報!連!相!守れって口酸っぱくいつも言われてるじゃないですかぁ!」

「…アマリならまぁ…」

「相棒だからってなんでも分かる訳じゃないんですー!」

 

 むっくー、と頬を膨らませ、相棒はそっぽを向いた。ここまで彼女が駄々を捏ねるのは珍しい。

 

「…割と動揺してる?」

「とっても!なんなんですかあのひき逃げ犯!なんかたくさん人いましたし撃ってくるし、先輩は車をジャンプさせる追手の車は川に落とす挙句の果てに勝手に車を捨てて走り出す!いったいなんなんですか説明してくださいよ!」

「…ダメだ?」

「ふざけてます?」

「ごめんなさい」

 

 座ったまま頭を下げる。体が痛い。とは言ってもどう説明すればいいのか。警察とも違う謎のヒーローが日本の治安を裏から守っていて、彼女はその一員みたいだとでも言えと?そもそも自分もまた彼女らがどのような存在─個人なのか民間の繋がりなのか、それとも巨大な組織なのかすら─を知らないのだ。説明のしようがない。

 さてどうやってこの後輩をなだめようかと考えて─足を伝う赤い熱にもう一度意識が向いた。

 

「…アマリ」

「つーん…報連相できない先輩なんて知りませーん。銀髪イケメンフェイスで誤魔化そうとしても今のわたしには無駄ですよー?」

「アマリ」

「ま、まぁ?先輩が上目遣いで目を潤ませて頼んでくれたら?許してあげないこともーぐへへ。おっといけない。あーでも自力でパトの処理とかしたのは誉めてほしいっかなーって」

「…アマリ。ガーゼ、ちょうだい」

「へ?」

「ちょっと止血したくて」

 

 なんだかよく分からない言葉と共に体をくねらせていたロングヘアの相棒が固まる。

 だいぶ緊迫感の薄れた空気の中、そっと自分の足を指さしてやった。

 

「…ガーゼか何か、貰ってきてくれると、嬉し」

「ギャーっ先輩!?えっなんですかその血すんごい大量出血ですよ先輩なんで今まで黙ってたんですか」

「いや、これちょっとズボン赤くなってるだけ」

「大問題です誰かー!お医者さーん!けが人でーす!」

 

 騒ぎすぎとの台詞は、すぐさま駆け付けた医療スタッフたちに担がれたことで言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─ぅ」

 

 視界にぼんやりと天井が映る。鼻には消毒液が香り、肌には布団の柔らかさが、腕には何かで繋げられている感触がした。

 

「ここは」

 

 寝起きのように意識がぼんやりとしている。ピ、ピと響く電子音も聞こえてきて、視界をゆっくりと向ければ心電図が規則正しく振れていた。

 

「病院…?」

 

 この場所の正体を察して、少しずつ記憶が戻ってくる。

 やけに揺れて、たまに浮遊感に襲われる体。視界に映る車の天井に、けたたましいサイレン。最後に、自らを抱き上げる、白銀の髪の女性。

 

「…そっか、わたし撥ねられて」

 

 状況を把握する。任務は失敗、さらにリコリスの存在を知らないであろう人物に目撃され、おまけに武器も見られた。

 

「…けっこうマズい…」

 

 手を頭に置いて呻く。リコリスは存在そのものが極秘だ。待ち伏せのように撥ねられたことも問題だが、警察官とはいえリコリスの存在を知られたであろうことの方がよほど問題だ。なんならグロックも見られている。制服を着て任務にあたる限り、例え警察に拘束されても超法規的なルートから保釈されるのだが、それでも進んで拘束されようとは思えない。

 時刻はまだ夜のようで、闇に紛れて脱出するならこれ以上ない時間ではあるが、しかしその意に反して体はぎこちなくしか動いてくれなかった。具体的に言うといくつか骨が折れているような痛みがあるし、内出血の手術でもしたのか、腹部か胸部あたりの皮膚が痛い。おそらく昼間であれば縫合痕が見えただろう。

 

「…あぁもう」

 

 結局、DAのバックアップチームによる回収を待つしかない。任務の失敗というヘマと、動けない体で当分正確な場所すら分からない病室の中で待機しなければならないという事実が、少しだけ神経をささくれ立たせた。

 そもそも、自分を撥ね、さらに発砲までしてきた相手がどうなったかすら分からないのだ。DAが追加のリコリスを送り処分できたのなら良いが、もうろうとした意識の中でも、想像以上に大規模な組織が関わっていることが、追手の車のエンジン音や、車両で封鎖された道路を見た刑事たちの嘆きから聞き取ることができていた。いかなリコリスとて、その全てを即座に処分できるとは思えない。即応性で言えば人数が多く大っぴらに活動できる警察が対処した可能性もあるが、そちらはそちらで10年前から平和ボケの巣窟になっていて、このような事態に対処できる訳がなかった。

 

「…わたしを、まだ狙っているのかな」

 

 ─不意に、廊下から靴音が響く。直前に思考を巡らせた先が先だけに、動きの鈍い体に力が入った。

 さっと周囲を見渡すも、リコリスの生命線たる装備の詰まった鞄は見当たらない。普段通りの体ならば、例え飛び道具がなくとも格闘戦で数名程度なら鎮圧できるが、身じろぎしただけで痛む今の体では望むべくもない。

 

 果たして、せめて人数だけでも聞き取ろうとした鼓膜には、ちゃきちゃきという、足音とは違う響きが捉えられた。

 

「…?」

 

 銃が擦れる音とも違う。もっと軽い、そう、松葉杖をついて歩いているような。

 そう判断すれば、合間に挟まる間や足音から、患者が1人、松葉杖をついて歩きまわっているだけと判断できた。

 

「なんだ…」

 

 昼間ならともかく、カーテンの隙間から察するに今は夜だ。入院患者に偽装するにしても、動きを阻害する松葉杖をつかずに足音を殺せるようにした方が合理的だと思えた。

 

「…寝よ」

 

 麻酔が切れたからか、それとも状況理解を無意識に求めたからか起きてしまったが、まだまだ自分は重傷者なのだ。襲撃者に身構えようと、おそらく敵わないだろうと先ほど認識したことも相まってか、いっそ開き直って回収されるまで寝ることを選択しようとして。

 

「…あ、起きてる」

「…へっ?」

 

 がらりと入口が開けられ、そこから白銀の髪の女性が顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

「…」

「…」

(…気まずい!)

 

 まさか起きているとは思っていなかったらしい、その銀髪の女性はしばし固まった後、巡回の看護師の気配を感じ両手を合わせながら部屋へと潜り込んできた。ついでに手にはリコリス鞄。

 …少女としても、驚きというか、記憶の限りでは負傷らしい負傷をしていないはずといった疑問や、マイペースさを感じこそすれ、撥ねられそのまま殺されそうなところを助けられた相手なので、自分でも意外なほど抵抗感を覚えずベッド横に案内した。ついでに、リコリス鞄の回収や逃避行中のことについて聞ければ、との思いもあった。

 そう思っていたのに、この沈黙である。

 女刑事の方は、あっさりと鞄をこちらに返しつつ─看護師に返し忘れたとかどうとか言っていたが、いまいち状況を把握しきれない─、包帯を巻かれた足をかばいながらベッド横に座り黙り込んでいた。てっきり早々に色々と問い詰められるかと思ったが、そのようなこともないらしい。ただ、青い瞳が深い安堵と共にこちらを向いていて、なんだかむずがゆかった。

 

「…聞かないんですか」

 

 沈黙を破ったのはこちらからだった。今更眠りになど付ける訳はないし、どうせならこの女性が何者なのかを把握しておきたかった。

 

「…聞くって、何を?」

「見たんですよね、銃。鞄とか」

「うん」

「なら、」

「…あぁ、銃はちゃんと鞄に戻してるから。あなたたちのそれ、そういう構造になってるんだ」

 

 そこじゃない。そう思ったが、口にはしなかった。

 とはいえ気配で伝わったらしい。ウルフカットをざらりと傾けつつ、思案すること数瞬。ぽす、と手を打って、再度こちらに向き直る。

 

「自己紹介、ちゃんとしてなかったね。手帳見せたけど、細かく見れてないだろうし」

「…」

 

 そこでもないが、実際女刑事だの白銀の女性だのと認識するのも面倒なので、視線をそらさず肯定の意を送る。

 

「ン。私は真桐・ミロノヴァ・シエラ。警視庁第4機動捜査隊の刑事。さっきのでヘマやって、しばらく勝手に歩くなって言われてる」

「…歩いてませんか?」

「松葉杖をついて移動しただけ。自分の足で動いている訳じゃないから、歩いているの内に入らない」

「本当ですか?」

「…本当」

 

 たぶん嘘だ、と秒で理解した。尋問も行うリコリスにとって、嘘を見抜くこともまた必要な技能であり、少女も一定程度は身に着けているが、彼女に対してはおそらくそこらへんを歩いている一般人でも嘘を見抜けるだろう。

 なんだかこそこそと探りを入れるのも面倒に感じてきて、今度は直球で問いかけてみる。

 

「真桐…さんは、その不思議に思ったりとか、なんでって聞いたりしないんですか?」

「?」

「車に撥ねられたのはともかく、学生服を着た人間が銃持って倒れてたんですよ?」

「ンー…」

 

 ベッドの電動リクライニングを起こし、青い瞳を見据えた。

 例え暗がりの中でも、少しの誤魔化しや嘘を、見逃さないように。

 

「…そうだね」

 

 ややあって、シエラは口を開いた。

 

「昔、日本の空港で銃撃テロがあったの、知ってる?市民が大勢巻き込まれたやつ」

「…授業で、習いました」

 

 正確にはDAでの講習内だが。DAが日本の治安を全面的に守るようになったのは電波塔事件以降で、それ以前のテロ頻発期においては例えリコリスが出動しても、事件発生後の鎮圧を一部行う程度だったと聞いている。

 

「うん。その時の巻き込まれたうちの3人が、私の家族」

「家族…」

「私と、パパと、ママ」

 

 瞳が思い出をなぞるように細められた。DAが親代わりとはいえ、根本的に孤児であるリコリスには、その感情をより理解することは難しかったが、それでも、彼女のそれが暖かいものであったことは感じられた。

 

「そのテロで、私の両親は殺された」

「─」

「私も、あともう少しで殺されるところだった」

 

 青い瞳に悲しみが浮かんで、思わず息が詰まった。

 それでも、数瞬でそれは振り払われ、感謝を宿した笑みと共に、シエラはこちらを向いて言った。

 

「でも、あなたたちが助けてくれた」

「…えっ」

「もちろん、あなたじゃない。でも、あなたと同じ制服の人が助けてくれた」

 

 だから、これはあの日の恩がえしだと、彼女は笑った。

 

「恩返しって、でも、わたしは何も」

「確かに、あなたが直接私を助けたわけじゃない。でも、街の治安を裏から守っていてくれたの、あなたたちなんでしょ?」

「それは、まぁ」

「だから、私には二重に恩を返す意味がある。あの日私を助けてくれた恩と、警察の手の届かない所で、街を守ってくれている恩」

「…」

「本当は、私たち大人が背負うべき仕事。それがなんであなたたちみたいな子どもの仕事になっているのか、なんで事件が消されているのか、思うところはあるけれど…」

 

 ふにゃり、と笑って、そっと手が頭に伸ばされた。

 カーテンの隙間から漏れる月光が青い瞳と白銀の髪を柔らかく輝かせて、ゆっくりと頭を撫でる手からは確かな温もりも感じられた。

 任務の時とは似ているようで違う、鼓動が強くなる感覚がした。

 

「─いつもありがとう。小さなヒーローさん」

「ひゃっ、えと、その、は、はい…」

 

 しどろもどろに返事をしつつ、頬の熱さを感じる。

 リコリスは常に影の存在だ。それに納得はしてきたが、それでもやはり、一般人からの感謝の言葉が嬉しかったのか、それとも。

 

「…?」

「な、なんでも!」

 

 黙り込んだからか、シエラがそっと顔を近づけてのぞき込んでくるのを、必死に誤魔化す。

 これ以上はどうにかなってしまいそう、という確信だけが、胸の中にあった。

 

「…ふふっ、不思議な子、だね。…ん?」

「足音…あ、この感じ…」

 

 確実にこう、思春期の少女としての何かが削られていく中、再度廊下から足音が響く。

 看護師の巡回にしてはペースが速く、また数も複数。

 扉側の席にいた都合、先に気付いたシエラはこっそり持ってきていた拳銃に手を伸ばし、一方の少女は、同類特有の、少女ゆえに軽くそれでいて潜められた足音に正体に見当をつけた。

 

「…ここにいて」

「あ、たぶん大丈夫です。仲間が迎えに来たみたいで」

「…まだ入院中なのに?」

「わたしたちは『存在しない』ので。もちろん、別の場所で治療は続けるでしょうけど」

「そう…」

 

 説明を聞いて、どこか寂しそうに青い瞳は細められた。その中にある感情が何か、少女には見当がつかない。ただ、そんな表情はしないで欲しいと─必死に自分を救おうと駆け抜けてくれた人と、こんな表情のままさよならをしたくないと、思った。

 

「…そんな悲しそうな顔、しないでください。復帰したら、またこの街を守る仕事に就きますから。…もし、その時会ったら、場合によったら手を貸してください」

「…うん。約束する」

 

 どうも、と答えたところで、病室の引き戸が開けられる。ひょこ、と外から年の近い少女が3人─同じチームに所属しているサードのリコリスたちだ─顔を覗かせる。

 

「…こんばんは」

「「「─!?」」」

 

 一瞬見知らぬ女性が居ることに固まって、さらに女性にしては低いハスキーな声で挨拶をされ、3人が再起動するまで数秒を要した。敵意がないという空気を、同僚たちも受け取っていたのは幸いか。ただ、再起動したのちもどこか浮ついた表情でシエラに話しかけていたことには、胸がざわめきを覚えたが。

 

 ─このまま本部付属病院に移動し、入院との指令をチームメイトからアイコンタクトで受け取る。まだ歩きまわれるほど麻酔が抜けている訳ではないので、手術着はそのまま、仲間におぶってもらうことになる。

 病室の証拠隠滅や荷物の持ち出しも仲間に頼らなければならないことに申し訳なさを覚えたが、これもお互い様だと笑って流す彼女らに笑みを返す。

 そうして病室を出る直前、身分の説明の後は邪魔にならないよう黙っていたシエラが口を開いた。

 

「…そういえば」

「はい?」

「名前」

「…はい?」

「聞いて、ないなって」

「…えと」

 

 DAもリコリスも、一般人には名前すら知られてはならない組織だ。いくら警察官と言えど、個人名を明かすことは避けるべきではないのか、との疑念がよぎる。一方で、せめて名前を告げて、感謝くらい伝えたいな、と考えているのも事実だった。叶うならば、10年以上前に彼女を救い、治安を守り続けるリコリスについても。

 

「…いいんじゃない?私たちが何者か、くらいはさ」

「ちょっと」

 

 仲間の1人、前髪を切りそろえ、何とか負傷者一名を背負っている少女が口を挟んだ。

 

「話してる感じ、無秩序にばらまく人でもなさそうだし…それに、警察にパイプは欲しいし、私たちが何者か、くらいは名乗っても、さ」

「…それ、処分受ける時は1人で受けてね」

「ちょ」

 

 顎下あたりからの音声を意識から追いやって、カーテンから漏れた月光が照らす女性を見据え、名前のない自己紹介をした。

 

 

「私たちは─リコリスです」

「…リコリス。ありがとう、忘れない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動捜査隊は街を巡回し、初動捜査に当たることが任務だ。

 事件があれば急行し、現場保全や事情聴取、場合によっては近くを逃亡している被疑者の捜索と検挙に当たるが、逆に言えば事件に関わるのはそこまで。

 報告書を所轄の刑事課や捜査本部に提出した後は、その後の捜査を彼らに任せ、また街を巡り次の事件に備える。それが彼ら彼女らの日常。

 

 だから、その日にあったひき逃げ事件と、それに連なる発砲事件を所轄署の署長に報告したのち、保護された少女がどうなったかや事件の捜査がどうなったかについて知る機会は基本ない。あるとしても、職場の中で入る噂程度。

 だから、ある日忽然と病院から少女が消え、その後不自然なタイミングで転院届が出されたことも。

 平和を謳歌する日本において、連日世間を騒がせるであろうほどの重大事件の報道が全くなされず、当然設置されるはずの捜査本部が始動していないことも。

 機捜隊員二人には、知るすべもなかった。

 …本来は。

 

「…むー」

「アマリ」

「なんですかー?先輩」

「…そう不機嫌そうな顔をしない」

「不機嫌じゃないですー不気味なだけなんですー!…あの後思い返してみれば、警察官になってからちょっと変だなーって思った事件や事故はいくらでもあったのに!」

 

 あれから数週間。

 酷使したシエラの足は無事治癒し、リハビリも終えたことから、本格的に機捜408号車のバディは活動を再開していた。

 ただ、久々に揃っての警らだーとテンションが上がる中で、盗聴の心配はここならないからと、あの日のあれそれに関して分かる範囲で追加の情報をぶっこまれた天理は全力で不機嫌になっていたが。

 

「リコリス…やけにガス爆発らしくないガス爆発の原因って、あの子たちだったんですか…」

「違和感、アマリも持ってたんだ」

「これでもけっこう優秀な警察官なのでー?職質検定庁内6位は伊達じゃありませんから」

「アマリは、後は体力があれば、もっとすごいんだけど」

「そこはシェラ先輩が補ってくれるってことで!…あとなんですけど」

「ン?」

「リコリス…あの子からそう名乗られたってこと、わたしに話して大丈夫だったんですか?」

「…アー。…アマリのことは信用してるし、もしかしたらこれから関わる機会増えるかも、だから」

「回答前にちょっとできた間が怖い!」

 

 助手席で頭を抱える相棒に少しおかしさを感じて、ふ、と笑みを浮かべる。

 

「…でもよかった」

「?」

「シェラ先輩の恩人…ではないけど、子どもの頃からずっと探してた人たちなんですよね?名前も知れて、良かったじゃないですか」

「ンー…まぁ。でも」

「でも」

「…やっぱり、子どもが戦ってるんだなって。私も、あの子たちが戦わなくていいくらい頑張らないと」

「…先輩、今の表情そのままで」

「?」

「写真撮りたいです!」

「ン、ンン…?」

 

 ちょうど赤信号じゃないですか止まってるうちに撮りますさぁさぁ!と、なんだか打って変わってテンションの高い相方に困惑したものの、まぁ前回は車に置き去りにしてしまったし…と取り出されたスマホのカメラに目線を向けて。

 

「…ン?」

「先輩?」

 

 助手席側の窓を下ろす。車の真横、ちょうど横断待ちをしている歩行者の中に、先日見たばかりのベージュの制服が二人。

 

「…リコリス…?」

「…あ」

「…あれ、あの人こないだの、ちょい何そんなに真っ赤になってんの?」

 

 ぽつりと漏れた言葉に、病室で別れてぶりの、ショートカットの少女の方が小さく声をこぼして。

 同時に彼女の相棒らしい前髪を切りそろえた方の少女の言葉に「青春の予感…!?」と助手席が盛り上がるのを聞きながら、あの日の不思議な縁がまだ続いていることを、静かに感じていた。

 




(最終段落推奨BGM:花の塔)

手間取ってた追加イベント映像部分の編集も終わったので、正式に失踪します。
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