【リコリス・リコイル二次】お皿洗いで聞き耳立てて 作:アツヨヌジミ
「……」
「……」
「……」
お皿が喋った、とふざけている場合ではない。
目の前のお皿怪人、もとい、千束はそれきり黙ったままでいた。
しかし、このままいるわけにもいかない、お手洗いに行った彼はそろそろ戻ってくるだろうし、他にお客さんが来たらその対応だってしなくてはならない。
「ちさ……」
「千束、アンタが持ってるその皿、彼が使ってたやつだよ」
私がこの空気をなんとかしようと口を開いた瞬間、ミズキさんがとんでもない爆弾を落とす。
その爆弾発言を聞いた瞬間、千束が大きく体を震わせ、同時に。
「ひゃーーーーーーっ!」
「きゃああああああっ!」
私と千束が絶叫する。
千束は叫ぶと同時に両手で持っていたお皿を手から滑らせ、落ちていくお皿を見て私も叫んでしまった。
「(あ、危なかった……)」
幸い、叫ぶと同時に私はその場にしゃがみ込み、地面に落ちる直前にお皿を掴むことに成功した。
こんな所で日頃鍛えている成果を実感するとは思わなかった。
真後ろからはミズキさんが笑いを堪えているのかくぐもった声が聞こえる。
この状況を誰より楽しんでいるだろうミズキさんに文句を言ってやる、そう思って顔を上げると。
「……千束。熱でもあるんですか?」
「……ソンナワケナイジャン」
顔を真っ赤にした千束が両手を挙げた体勢のままで固まっていた。
茹で上がったタコ、というのはこんな顔のことを言うのだろうか。
千束からは湯気でも出るんじゃないかと言うほどに、顔が真っ赤に染まっている。
「ち、ち、千束、ア、アンタ…そんなわけないでしょ!あの子が使ってたお皿はここにありまーす!」
「あっ!あーあーあー!騙したー!ミズキーー!このっ!」
「バーカ、バーカ!」
「ぐぬぬぬっ!」
私が黙ったままでいると、そんなやり取りが聞こえた。
ミズキさんは彼が使っていたお皿を自分で持っていたらしい。
それはそうだ、彼は先程まで食事をしていたし、彼の対応をしていたウェイトレスはミズキさんしかいなかった。
ならば、お皿を回収するのも当然、ミズキさんだろう。
手に持ったお皿を見せつけるように千束に突きつけて、子どものようにはしゃいでいるミズキさんにまんまと騙された千束は、顔を真っ赤にしたまま腕をブンブンと振り回して怒っていたが、普段なら騙されないような手に引っ掛かったせいか、あまり強くは出られない様子だった。
いや、それよりも、
「(そんなことより、彼が使っていたお皿だからってあんなに取り乱す必要ありますか?)」
千束は私と違って、百面相と言ってもいいくらいにころころと表情を変える。
私といる時だって恥ずかしければ顔を赤くして口籠もることもある、でも、お皿くらいであんな風に取り乱すなんてことあるだろうか。
そのお皿はなんの特別なものでもない、『彼が使った』という情報があるだけのもの。
『それだけのこと』で慌てふためく千束を見て、私は、
「(……千束、ごめんなさい)」
心の中で一応謝っておく。
千束のまだ見ぬ一面を見れるのではないか、という期待が私の中で事態を収拾することより勝ってしまっていた。
お皿を持ってしゃがんでいた体勢から、ようやく立ち上がる。
それと同時に、彼がいるお手洗いのドアが開く音がした。
「……っ!」
ドアの開く音に千束も気がついたらしい。体をびくつかせると、彼に自分がいることをバレないようにするためか、自分の口に手を当てて黙りを決め込もうとした。
「千束〜、いつもみたいにお見送りしてやったら?」
「…へっ!?い、いや…えーっと」
黙ってやり過ごそうとする千束にそうはさせまい、とミズキさんは楽しそうに提案をする。
千束は当然、というべきか、お見送りの役目を買って出るのを渋っている。
彼に限った話でもないが、千束は自分でお客さんを出入り口まで見送ろうとする。
それでも他の仕事で手が離せなかったりすれば、私が代わりをすることもあるが、彼の場合は違う。
他の人に譲ることはそうそうない。
ミズキさんでさえ悪態を吐くとはいえ、横取りするようなことはしない。
でも、今日は違う。
「千束」
「たきな?…ど、どしたの急に?」
「私が代わりに行ってきましょうか?」
「えっ!?」
千束が大きく目を見開いたのが見える。
ミズキさんも驚いたのか、黙ってしまった。
場のイニシアチブを取ることに成功した私は、小さく口角を上げると、千束を見つめて言葉を続ける。
「どうやら表に出たくないようですし、このままだとあの人、帰れませんし」
「いや、まぁ、そ、それはそうだけど……な、なら、わざわざ言わなくても……」
カウンター方に顔を向けながら流し目で千束を見る。
千束は私が代わりに行くと言う提案を否定しない、ただ、わざわざ口にしたことに引っ掛かっている様子で、時折カウンター方をチラチラと見て気にした素振りを見せる。
カウンターから彼が誰もいない事を不安がる声が聞こえてきたからだ。
先程のやりとりでミズキさんも奥に入ってきたので、彼からは誰も姿が見えなくなったためだろう。
私やミズキさんを呼ぶ声も聞こえるが、それを無視して私は千束を見つめる。
「本当に?」
「ぇ……ぅ、うん」
一度目、千束は私から視線を逸らして答える。
視線は泳いでいるのが見て分かり、不安げだ。
「いいんですか?私が、行っても。」
「ぁ…ぅぅ」
二度目、わざと短く区切って確認する。
千束は途端に、歯切れ悪くまともに答えられなくなる。
「(……楽しい)」
私は表情が緩んでしまいそうなのを耐えながら、千束を問い詰めるようにして何度か繰り返して聞く。
千束は聞く度に、追い詰められて声が小さくなり、行けばいい、というような態度はなくなっていく。
本当はすぐにでも行きたいくせに、今日はまともにできないだろうからと迷っているのだ。
段々と弱々しくなっていく千束、反対に私はどんどん強気になる。
次の言葉を思いつくと私は一歩、千束に近づくき、
「今日はお客さんとお話しできなかったので、楽しくお話してしまうかもしれませんよ」
「……ぅっ!」
小さな声で囁くように千束に話しかける。
千束には挑発しているように見えるだろうか?
私は他のお客さんとも積極的に話したりはしない。
彼とも親しげに話したことはない、むしろ、初めは千束目当てなのがバレバレの彼を冷めた目で見ていて態度も悪い方だった。
今は千束の好きにさせているが、突然、私が彼を気にかけるような態度を取ったら、千束はどう返すのか。
「……うぅっ」
千束は口籠もり、遂に俯いてしまった。
だが、私は遠慮しない。
わざと足音を立てて千束に背を向けると。
「今、行きます。少し待っていて下さい。」
カウンターに聞こえるように声を掛ける。
千束に対して、もう行ってしまうぞ、と宣言をするように。
カウンターから彼の了解した旨の言葉が返ってくる、もう1、2分も猶予はない。
これで千束が動かないなら仕方ない、私が彼の対応をして、それで今日千束を弄るのは終わりだ。
そう決めてから、一歩前に踏み出そうとすると。
「…っと。」
足は前に進んでも身体がグッと背中の方に引っ張られる。
腕を掴まれたようだ。
誰か、なんて決まっている、振り返らなくたって分かる。
それでも、私は腕を掴んでいる人物を見るために、後ろをゆっくりと振り返った。
振り返った先には、
「た、たきなの、いじわるぅ〜……」
顔を真っ赤にしたまま、私の片手を両手で掴み、上目遣いで瞳を潤ませる女の子がいた。
次回で終わります。
上目遣いの女の子は可愛いですね。