「おおーい! トレーナー! こっちこっち! こっちだよぉ!」
「そんなでかい声出さなくても見つけてるっての」
駅前エントランスにごった返す人混みの中から自分を見つけ、短い背を伸ばし懸命に手を振るウマ娘、こと、『ウイニングチケット』。黒色に外ハネしたショートヘアに、元気一杯と言わんばかりの大きい目に溢れる笑顔。底抜けに明るいバカとはまさにこのことでオツムの方も少しばかりよろしくないが、夢に賭ける情熱は人一倍だった。
その夢に絆された自分もまた彼女の情熱に当てられるように担当になり、夢を叶え、節目を迎えたこの夏休みが終わる前にこうして二人でトレセン近くの花火大会に来たというわけだ。
「と、こ、ろ、で!」
「ん、どうした」
「アタシの格好に何か一つ、いうことはないかな?」
ニマニマと笑うチケットの格好はいつものようなスポーティな系統の私服ではなかった。勝負服らしい水色を基調とした浴衣にはおよく金魚の絵柄が染め上げられ、足元もよく見ればカラコロと涼やかな音のなる下駄だった。
「ん、まぁ、いいんじゃねえの?」
「んもう、もうちょっとなんか言ってよ!」
「似合ってるぞ」
「取ってつけたようにぃ!」
「まあまあ、なんか奢ってやっから」
「ほんとぉ! やったあ!」
「ところであいつらと行かなくてよかったのか?」
「ん? ハヤヒデとタイシンのこと?」
「四六時中一緒じゃないの。こういうイベントこそ一緒に動くもんだと思ってたけど」
「えっと、ハヤヒデはブライアンさんの付き添いで来れないらしくて、タイシンは夏いべんと? で忙しいから興味ないって」
「珍しいこともあるもんだ」
「だよねー!」
腕時計を確認すレバもうすぐに花火大会が始まってしまういい時間だ。場所はどうとでもなるとして、やるべきは、
「うっし、屋台に行くぞ!」
「やったぁ! 焼きそば! にんじん焼き! わたあめ! ベビーカステラ! かき氷!」
「食いすぎて動けないのはやめてくれよ?」
「そんなことしないってば!」
「と言いながら去年はあの二人に介護されてたじゃねえか」
「うぐ」
去年はBNWの3人とそれぞれのトレーナーとで花火大会を巡ったわけだが、チケットが食べすぎて動けなくなってしまいあまり楽しむことができなかった。食べ盛りとはいえ年頃の女の子がお腹をパンパンに膨らませるんじゃないよ、と説教したのが懐かしい。
「今年はそんなことないもん、祭りも屋台も花火も全力で楽しむんだから!」
「はいはい」
「信用してないな! むむむ〜!」
「で、どれから回るんだ? にんじん焼きか?」
「もちろん! おじさん、にんじん焼きくださいな!」
まず目についた屋台に突っ込んでいくチケットの姿を見て苦笑いしながら、自分もチケットの後を追う。それから数分としないうちに、チケットと俺は両手で抱えるほどに屋台グルメを買い込んだ。屋台の鉄板である粉物系のお好み焼きに焼きそばから始まり、にんじん焼きや焼きとうもろこし、唐揚げ串に揚げ人参といったボリュームタップリハイカロリーな代物、果てはリンゴ飴やにんじん飴、綿菓子にクレープにかき氷といった甘いものまで目につくものを片っ端から買い込んでいった。
「財布がもうすっからかんだぁ!」
「帰りの電車賃ぐらいはあるんだろうな?」
「あ」
「ったくもー、次会うときに返せよ?」
「ありがとうとれえなあああああ!」
「やかましい」
帰りの運賃まで使い切ったうっかりに小銭を渡しつつ開けた河川敷に座れる場所を探す。もうほとんど埋まってしまってはいるが、幸運なことに座れそうな場所を見つけた。芝生の上に折り畳みのシートを広げ、一息つけたところでにんじん焼きを齧る。ほっこりとした食感に絡められた醤油の甘辛いタレの味、遅れてにんじんの優しい甘さが口に広がる。学生時代はこんなもの見向きもしなかったもんだがいざチケットに勧められて食べたら思ったより美味しくて驚いたもんだ。
「ああっ! いただきますは言わないとダメなんだよ!」
「こういうときはいいじゃないの」
「にんじんさんがかわいそうだよおおおお!」
「あー、いただきます」
普段は言わないがここで騒がれてもお互いのためにならないから諦めていただきますと言うと、チケットも同じように手を合わせてからにんじんマシマシの焼きそばをぱくつき始めた。
「ところで今年のダービーもすごかったねトレーナーさん!」
「ナリタブライアンか、まさしく圧倒的だったな」
「なんというか、圧倒されたんだよねぇ。私はハヤヒデやタイシンと一緒に走ったダービーもすごかったけれど、こんなダービーもあったんだ、って思った」
「あそこまでちぎったダービーは例年にないからな。チケットも見たことないんじゃないか?」
「見たことあるよ! メリーナイス先輩のやつと、あとは白黒でだったけど」
「勉強熱心だな」
「だってダービーだもん! ダービーは全部見たんだから!」
「んじゃあ、一番好きなダービーはなんだ?」
「い、一番好きなやつ?」
「一番好きなやつ」
「む、むむむむ、むむむ〜?」
興味本位で聞いてみると両手を組んで絞り出すように首を傾げ出したチケット、何かぶつぶつと呟いていたのだがしばらくしてうがーっと両手を空に突き出してえらべないよーっ! と叫んだ。
「だってどれもすごいんだもん! 情熱があって、ドラマがあって、熱いぶつかり合いと、ええーーっと、とにかく全部すごいんだもん!」
「そうだな、そんなダービーに憧れたんだよな」
「うん!」
人一倍ダービーに情熱をかけ続けたウイニングチケット。
それはトレーナーとして何人も育て上げた経験からしても本当に人一倍の情熱があって、それに恥じないほどの努力とモチベーションを保ち続けてくれた。そして、自分でも勝てるかわからないと前置きした上で絶対に勝つと挑んだダービーではビワハヤヒデとナリタタイシンの二人を最後の最後に差し切って、彼女はダービーウマ娘になった。それから彼女の走りはあまり振るわない。ダービーの次は勝ったが菊花賞ではビワハヤヒデに完敗、ジャパンカップは惜敗、有マ記念はトウカイテイオーの軌跡の復活劇の前に惨敗。しばらく休養してから挑んだ7月の高松宮杯はナイスネイチャに完封された。
「ダービーの次の目標は決まったか?」
「……ううん、決まらないや」
しばらくの沈黙の後彼女は首を横に振った。
「アタシはダービーに憧れた。どんなウマ娘よりも、どんなレースよりも、『日本ダービー』が大好きだった」
そして諦めたように、にへらと姿勢を崩す。
「そんなダービーの次なんて見つからなかった。どんなレースの歴史を調べても、どんなすごいウマ娘のことを知っても、どんな劇的なレースの映像を見ても、『日本ダービー』くらい惹きつけられるレースはなかった。
ハヤヒデに勝ちたい、タイシンに勝ちたい、先輩たちに勝ちたい、後輩たちに負けたくない。そんな気持ちもあるけどハヤヒデみたいに『自分がどこまでできるのか知りたいって気持ち』やタイシンみたいに『全員見返してやるっ! て気持ち』には全然敵わないんだ」
「諦めるのか」
「ダービーの前、トレーナーさんはそういって励ましてくれたよね。あの時は立ち上がれたけど、あの時はダービーがあったからさ」
今だと、ちょっと難しいかね。
そう達観したように諦めた、情けなく眉尻を下げた顔で最後通告のように彼女は自分に告げた。
「そうか」
「ああっ、トレーナーさん冷めちゃうよ。にんじんはあつあつが美味しいんだから!」
「おお、そうかありがとう」
「どういたしまして!」
ニコニコと笑う彼女の顔にさっきまでの悲しげな様子はカケラたりとも感じられない。不器用なわりに自分の表情を押し込めるのだけは一丁前にうまいんだから。
「あ、花火!」
「お、水色と赤じゃないの」
「私の勝負服とお揃いだー!」
「はしゃぐなはしゃぐな、ソースが服についちまうだろうが」
二度、三度と都会の空に大輪の花火が瞬いてはぱちぱちと音を立てて消えてゆく。
花火は一度輝くと燃え滓になってもう2度と輝くことはないが、人々の記憶には残り続ける。
その場にいた人々の記憶に自分の存在を思い出と一緒に刻み続けて離さない。
第60回日本ダービー勝ちウマ娘『ウイニングチケット』
その記憶を、俺は、あのレースに来ていた全員は、一緒に走ったウマ娘たちは忘れないだろう。
花火のように華麗に花開き、燃え尽きた、ある一人のウマ娘。
『勝利への片道切符』は歴史に残り続ける。
一筆書いてみたかったちょっとビターなお話でした。
作者:通りすがる傭兵
ハーメルンマイページ(https://syosetu.org/user/103740/)
代表作:『諦めはウマ娘を殺しうるか』
主催挨拶
締め切りギリギリでしたがなんとか出揃いました。(遅刻した人がいるのは気のせいです)
夏を舞台にした珠玉の5作、これを読んでウマ娘のSSを書いてみようと思うならそれでよし、もっとウマ娘を好きになったと言うのであればもちろん嬉しいことこの上ありません。
ご感想のほど届けば狂喜乱舞すること間違いなしなので、どうぞご感想のほどお待ちしております。