上下で終わる予定です。
--- chapter1 邂逅 ---
「さて、ついたぞオジョウ」
「はい、父上」
父上に手を引かれて馬車を降り、目的地である館の門の前に立つ。
ここはザツファンタジ王国。私はこの王国に代々伝わるユーノー家の一人娘で世襲による時期公爵が内定しているオジョウ・ユーノー。今日は父であるイケオジ・ユーノーと共に貴族……それも新興貴族へと訪問をしに来た。
「この館に住むコイツマジカ伯爵は今や新興貴族筆頭と名高い。ドイナカ地方という辺境の出身にして、まだ30にもなっていないにも関わらず数多の功績を打ち立て周囲の貴族からの反発を跳ね除け一代で伯爵位を賜った傑物……お前が公爵の地位を継ぐ頃にはどれだけ発言権を増しているかも分からぬ。心してかかれ」
「ええ、勿論ですわ」
コイツマジカ伯爵。幼い頃にイッシン教の修道院に入り、写本の作業を通じて文字を学習。読み書きが出来るようになるとドイナカ地方の開拓計画に献策するようになり成果を上げ、その功績を認められてイッシン教で司祭と認められた後に司教へと至る。
王国からも準男爵を叙爵し、領地を与えられた後の伯爵までの飛躍……御伽噺か何かかと疑わずにはいられないその経歴は勿論私も知っている。平民達の間ではどこもかしこも吟遊詩人が歌い上げ、最新の英雄と持て囃されている。平民だけでなく私達貴族の中でもその余りにも早い成り上がりに否応なしにざわめいている。
成り上がりの一代貴族として馬鹿にするには爵位が上がり過ぎている。しかし公然とその存在を認めることは面目が立たない、だがさらに影響力を高めていくのであれば今のうちに交流を深めなければならない……様々な思惑が渦巻く中で父上と私はこの場に来た。絶対にしくじるわけにはいかない。
「まあ、アレは優秀なのには間違いないが怪物という訳ではない。田舎育ちだからか変に脇が甘い所もあるし、そこまで緊張する必要はないぞ、オジョウ」
「あ、……申し訳ありません、顔に出ていましたか」
「強ばる必要はない。私は伯爵と何度か話したこともあるが、素直な人間だよ。ただ、少々田舎訛りが酷いから気を付けておいてくれ」
「当たり前ですわ。有能な人間を言葉に訛りがあるからと甘く見たりなど致しません」
「それならよかった。──伯爵!」
「ゲーーッゲッゲッゲ! ユーノー公爵とそのご息女! 遠路はるばるようこそいらっしゃいましたねェ〜〜歓迎するんでヤンスよォ~~? グゲゲゲ!」
「こいつマジ?」
--- chapter2 談笑 ---
館の大広間。私と父上はコイツマジカ伯爵とラウンドテーブルについてお茶(紅茶ではなく緑茶という変なお茶。発酵を行わないらしく色がその名の通り緑色)を振る舞われ、私は伯爵に謝り倒していた。
「申し訳ありません……淑女としてあるまじき言葉遣いをしてしましました」
「いえいえ気にする必要はないでヤンス……ゲッゲッゲ、アッシはこの通り貧相な形でヤンスからねェ~~みすぼらしい姿をお見せしてしまいこちらこそ申し訳ないでヤンス!」
「ほ、本当に申し訳ありません」
え、これ訛りとかそういう問題なのかしら。この怪しさ1億%の語尾に嫌味な笑い方に粘っこい話し方から小物感しか感じないのだけれど。事前情報との噛み合わなさが凄い。
「アッシのような辺境出身の成り上がりは貴族様方には目の毒のようでヤンスから……初対面の時はみなさん揃ってご息女様のような反応をするんでヤンスよグゲーッゲッゲッゲ!」
「絶対外見じゃなくて話し方が原因だと思いますわ」
「オジョウ!」
「申し訳ございません! つい口が……」
いやしょうがないでしょこんな話し方。よくこの話し方を矯正せずに司祭になって貴族になって社交界乗り切ってきたわね物凄いわコイツ。ドイナカ地方ってみんなこの話し方してるのかしら、住民みんな出っ歯だったりしないと許されないでしょヤンス語尾なんて。
「ゲゲゲゲ! いやいや歯に衣着せぬ物言いのほうがアッシとしても助かるでヤンス。……申し遅れました、アッシは恐れながら伯爵位に叙爵されました、ヤンス・コイツマジカ・デヤンスでヤンス。以後お見知り置きを……ゲーゲッゲッゲッゲ!」
「ヤンス・コイツマジカ・デヤンスでヤンス??」
「オジョウ・ユーノー様でヤンスか……ではオジョウ様と呼ばせていただくでヤンス」
少々脳内での混乱はあったが自己紹介を終えて一息つくと、ここに来た本来の目的を思い出して心を落ち着かせる。
「時に。貴殿も伯爵となってからしばらくとなるが、貴族社会には慣れたかな? 社交界にもよく顔を出しているそうじゃないか」
「おお、貴殿だなんてとんでもない! 以前のようにヤンスと読んでいただいて結構でヤンスよユーノー公!」
「……では、この場ではヤンスと。そう呼ばせてもらおうかな」
コイツマジカ伯爵の調査。伯爵となって以降、下級貴族から同格以上の貴族が集まる社交界まで多く参加し、短期間で自らの元での社交界も開いている。その交流の幅の広げ方には何らかの目的があるはずだと、父上に報告が入った次第である。
実際にこちらで調べてみると、出るわ出るわ社交界への参加履歴。それもある特定の時期から目に見えて増えており、けれどその社交界の中で怪しい動きは見られない。自身の派閥を広げるつもりか、と調べても社交界が終えた後に他の貴族と連絡が増えた形跡もなし。
纏めると、めちゃくちゃ怪しい行動をしているが動機が不明。その行動の調査をしなければならない、と気を引き締める。
「ユーノー公にはアッシも恩がありますからねェ~~その恩を返すまでは死んでも死にきれないでヤンスよォ!」
「言い方が恩というよりは借りなんですのよね」
あっヤバい。隣の父上からギンとした視線が飛んできて目を逸らす。無理無理この口調で話されてシリアスを保持し続けるのなんて無理ですわ。
「グゲゲゲゲ! まさしく借りでもあるでヤンス! アッシが修道院にいた頃、ドイナカ開拓計画の献策を採用してくれたのがユーノー公だったでヤンス」
「え?」
チラリと父を見ると、緩く首を縦に振る。知らなかった、ヤンス伯成り上がり伝説の最初も最初じゃないですの。
「私が見たのは献策の書面だけだったが、計画の内容から書面までまさしく非の打ち所が無い内容だった。修道士が書いたとは思えない優雅な文体と製図を併せた策……あの時私がドイナカ地方を訪れていなくてもあの策が採用されていただろう」
「ゲーッゲッゲッゲ! もしあの策が採用されていたとしても、提案者の名前がアッシになることはなかったでヤンス! ちょっと文字が書けるだけの貧相なガキに功績を渡すわけがないでヤンスからねェクケ──ッケッケ! ……あの時、ユーノー公がアッシに目をかけてくれたからこそ、アッシは産まれたでヤンス。あの時、公が言ってくださった言葉……『え、マジでコイツ? このヤンスヤンス言ってる子が??』……忘れたことはないでヤンス」
アッシの性はその言葉から取らせて貰ったでヤンスよォ~~といって遠い目をするヤンス伯。目を逸らす父。父をガン見る私。そんな言葉遣いすることあるんだ、父上。
しばらくすると、遠い目をしながら思い出に浸っていたヤンス伯は咳払いをしながら、真っ直ぐこちらを向いて話し始めた。
「恐れながら、ユーノー公にご報告をしたい事項があるでヤンス」
--- chapter3 陰謀 ---
伯爵の報告とは、何者かが魔王復活、あるいはそれに近しいことを企んでいるということだった。
「ドイナカ地方の唯一の観光資源、勇者ツヨスギの剣が盗難に遭っていたでヤンス。窃盗ならすぐ質かオークションに流れるだろうと張っていたら、それらしい痕跡はなし。けれど、オークションに流れてきていた他の勇者にまつわる品々が軒並み同じ人間に落札されていたでヤンス。どうやら勇者ツヨスギに関連する品を誰かが買い占めてるようでヤンスねェ」
「それは……好事家が勇者関連の蒐集趣味に目覚めたという可能性はありませんの?」
報告というほどの内容ではないというが正直な感想。そもそも魔王復活など、今日日子供たちでも言わない話でしょう。かくいう私にとっても魔王の存在なんて史跡の中のものに過ぎず、その悪虐は既に市井の中でも風化して久しいもの。
魔王と言えば、この国では今から約150年前、当時宮廷魔道士だったムコーミズ・マリョクバカ・タカビシャーのことを指す言葉。魔王というのは彼女の自称であるが、魔法に関して10世紀先の技術を持つと言わしめた大天才であり、彼女が単身起こした反乱は当時の王国全てを持ってしても鎮圧出来なかったとされている。とんでもない怪物であることに違いありませんが、しかしそれも過去の話、死人であることに変わりはないはず。
「まあ考えすぎが一番でヤンスが、なんせアッシは田舎上がりの小心者なもんで! グゲゲゲ! ……少なくとも目撃者を作らない盗難を指示出来るだけのカネと人員、ついでに口を割らない使者と御者を使い捨てられる組織か家なのは間違いないでヤンス」
「ふむ。オークションにいた者はすでに調査済というわけか」
「ゲーッゲッゲッゲ! いやあ心が痛みましたよ……なんせ小間使を追わせた先にあったのは死体! 二人共喉を潰された上で持たされているのは目的地までの簡潔な指示書のみ! 義憤に燃えて指示書の目的地に兵を向かわせてももぬけの殻でヤンス! そこから別の使者が運ぶはずだったか……」
「あるいは最初から使い捨てる気であったか、か」
「グゲゲゲーッ! 笑うしかないでヤンス!」
少し考える。勇者ツヨスギは今から150年ほど前、魔王と同時期に存在したとされる人物であり、ムコーミズの反乱を市政の出身ながら打倒した中心人物である。
また、ムコーミズが反乱で使用した魔法の数々を再現することは急務とされていて、その魔法の痕跡への研究は栄えある未来へ導く魔法、「大魔導」と名付けられて今もなお宮廷魔道士達の間で極秘に続いている。自他を問わない瞬間移動に大地操作、時間停止と「大魔導」は1000年後に果たして人間がその域に到達出来るのかわからない程の技術の数々ではあるが……。
「しかし、復活という話は少々荒唐無稽では? ムコーミズも人間である以上、死ねば死ぬでしょう。死者蘇生の魔法を使えるという話は聞いたことがありませんわ」
「アッシもさすがに生き返るとは思っていないでヤンス。ただ、その勇者の品々を買い漁る動きは不自然過ぎるでヤンス。それから色々調べた結果に出した動機についてのアッシの仮説ってだけでヤンスよ」
「もしも勇者ツヨスギの肉体に魔王の何たるかを求めるなら無駄だと考えるが。ツヨスギは生まれながらにして強靭な身体能力を手にしていた異常存在であるとすでに結論付けられている。
生前没後もその肉体に刃が通らず、魔法を使わずに水上と空中を駆け10秒で1km走る怪物であり、ムコーミズの手記にも『なんなんあいつ魔法斬られるし時止められないし酸素消しても動くし本当に人間?? おかしいだろ常識を知れ何であたしがこんな目に』とほぼ毎日記されていた。そのことから魔法に頼ることなく、またムコーミズの魔法でも肉体を解析不可能だったことに間違いない。解析するだけ時間の無駄、というのが結論だったはずだ」
そんな手記は知らなかったけど、ツヨスギに関しては何故か産まれちゃった異常存在というのが結論が通説なのは間違いない。彼が使っていた武器防具も頑丈なだけで研究に活かすことは出来ないとされているはずなのだが。
「研究価値が無いはずの勇者の遺品を、誰が集めてるか分からないようにして蒐集する組織、というのが単純に怪しいでヤンス。それで調べてみたら、ウチの宮廷魔道士によって新たに再現された大魔導に『記憶閲覧』ってのがあったでヤンスよ」
「『記憶閲覧』?」
すごい真面目に話をしてるのに、ヤンスヤンス言うのが気になりすぎる。今かなり高度な機密を話してるけどその語尾なんなん? っていうのが脳内の二割位ずっと占めているから問い詰め方がわからない、もしかして伯爵の話術なのかしらこれが。
「魔王の能力の千里眼と呼ばれていたものの正体らしいでヤンス。生物無生物問わずにその魂を観測して記憶を読み取るとか謎な原理の魔導でヤンス! ゲヒヒヒ!」
「魂の観測ですか……しかしその魔導では千里眼の原理とは言えないのでは? 確かに他者の記憶の閲覧が出来れば情報収集にこの上なく有利なのは分かりますが(笑い方のパターン増えた)」
「いや、そうか。無生物が可能ということは即ち、土地……世界の記憶も可能ということだな?」
視線を鋭くさせた父上が伯爵を睨めつけると、我が意を得たりとゲヒ! と笑みをこぼした。いやその笑い方はおかしいでしょ!? 軍師がやるタイプのタイミングで溢れる笑みじゃないのよ!
「ユーノー公はさすがでヤンスねェ~~その結論に至るのにアッシは一晩かかったでヤンス。しかしもしもそれが出来るなら、魔王の記録と散り散りになった資料で行うよりも万倍早く研究は進むでしょうねェ」
「……なるほど、ですわ。魔王を魔王たらしめるのはその理外の技術による魔導の数々。魔導を独占することが出来るならば、それは……」
「魔王復活、か。言い得て妙ではあるな」
お父様の言葉が重く伸し掛かる。思った以上に深刻な話だ。
簡単に言えば勇者の遺品は魔王の痕跡集めなのだろう。記憶閲覧の魔導をどこまで使いこなせているかは定かではないが、今までは保存されている魔王の痕跡から宮廷で研究するしかないはずの魔導を、単独で研究出来るようにするための。目撃証言やページ単位でしか残っていない魔王の理論をもとにするよりも、実際に使用されている場面を観ることが出来れば研究資料には不足はない。
特に、勇者が帯びていた剣ともなれば魔王が戦闘で使用した魔導の記憶が具に記憶されているはずであり、その品を既に奪われているという報告は私を焦らせるに十分過ぎた。
「急ぎ王に報告しましょう。遅きに失した感は否めませんが、研究も一朝一夕で成せるものではないはず。まずは人員を──」
「グゲーーーグゲゲゲゲゲーーーーーッ!!」
「ひぃ!」「うわビックリしたぁ! なんだね急に!」
私の言葉の途中で眼の前のヤンス伯が急に笑い出す。それはもう盛大に。
「グゲゲゲ……ご安心くださいおふたりとも。このヤンス・コイツマジカ・デヤンス、この情報を持ちながら遊んでいることなどしないでヤンス。
────容疑者は既に、目星を付けているでヤンスよ」
書いてて楽しいぞヤンス伯爵