「シャカ、貴方が弟子育成に尽力していたとは」
「私の高弟が不甲斐ない有り様だったのでな」
「愛弟子とは良いものてすよ」
「キキは逸材だったようだな(…羨ましい」
「ふふ、今からでも遅くはありません」
「奴は、私の後継者にはならぬぞ」
「それは、何故ですか?」
「早々に解を出してもつまらなかろう」
「彼の可能性に賭けているのですね」
「奴の可能性には賭けておらぬよ」
「ほぉう?」
「弱者が高みに至るのは、我欲が全てだ」
「シャカ、弟子を焚き付けましたね?」
「飽くなき欲が、奴の六道を導くのよ」
代行者として弟子を異世界に派遣したら、その弟子にも問題がありました。私の弟子は問題児だらけだったようです。ムウが心底羨ましい。心血を注いだ手塩に掛けた弟子は育成するべきでしょうか?
仲間が私を頼るばかりで誰にも相談が出来ません。誰か助けてください。万能、最強、最高峰と褒め称えられるのは嬉しいけどもムウから小間使いのように扱われて辛いのです。
ああああああ、座して瞑想する日々に戻りたい。
■1-1.異世界転生の始まり
悩んだ末に、自分は『原作に倣う』ことにした。シャカ様から授けられた「起承転位」があれば、いつでも起点に戻ることが出来るのだ。何かしらを経験して、この世界に馴れ親しむことこそ最初に成すべき事象と思い至った。
女神の片割れとの縁を築くのは次周に持ち越して、佐藤和真の動向を見定めるのが得策だろう。史実を本から眺めるのと実際に体感するのでは勝手が違う。間近で見届けてこそ、事の本懐に触れることが赦されるというものだ。結果を改変するのは後でいくらでも試せる。無策でぶち当たるよりは、佐藤和真を見倣って行動を真似るのも一計か。
「貴方はどれを選ぶのかしら?」
女神の催促に苛立ちの気配を感じる。女神の業務はブラックでノルマありな慈愛の奉仕活動という無限連鎖らしい。自分以外にも案内する対象物件が山積みなのかもしれない。
「異世界転生を希望する」
断る選択は無い。女神を回収するのが役目なのだから理の始まりを否定したりはしない。
『ふふっ、日本人なら転生一択よね。こほん、戦いを知らない憐れな子羊に神からの慈悲を与えます。大いなる戦いを勝ち抜くために貴方が望む力を授けましょう!』
女神は手札の束を放り投げて様々な力の選択を迫ってきた。転生特典として、あらゆる武具の選定による外的要因か、あらゆる潜在技能の選定による内的要因かの二者択一だった。
即実的な力を求めるなら、武具系のチート性能尽くしの『神器』を選ぶのが如何にも現代人の射幸心を煽りそうなものだが、これには重大な落とし穴がある。武具である以上は、現地人を含めた誰彼に奪われる可能性も考慮しなければならない。登録者本人では無くても神器の装備が出来るからだ。最悪ケースを挙げるなら敵側の魔王軍に神器が奪われることすらある。
その一方で地味で目立たない潜在技能スキルなら、敵側に奪われにくい性質といえる。これも厳密には奪われることもあるが、武具ほど斯様に奪われたりはしないのが最大の特性といえるだろう。
自分は聖闘士なので、固有武具は聖衣のみと相場が決まっている。この世界の星座に該当する星座がなかったので聖衣が持ち込めなかった悔しさがある。無いなら無いで自身の手で鋼鉄聖衣の様に造り出せばいいと考えてみた。自分が求める潜在技能とは『対象の結合と解除』とした。このスキルならば素材を問わずに自在に聖衣のような状態で自身に装着の着脱が容易に可能となりえるのだ。アイデア次第では『聖衣』を再現構成できる可能性すらあった。
『貴方が望むのは「結合&解除」のスキルね。随分と古風で燻銀なスキルを選択したわね。現代人にしては懐古趣味なのかしら?』
「シンプルなスキルの方が強いと思った」
『貴方は慧眼ね、確かに旧いスキルの方が強いけど制御も厳しいという反動があるの。コツさえ掴めば貴方の強い支えになれるかもしれないわ』
「女神のお墨付きなら、それで確定してくれ」
『──いいでしょう。神はその願いを聞き届けました。貴方に幸在らんことを────』
女神の宣誓により、自分に『結合&解除』スキルの転生特権が刻まれた。このスキルは、単純に「結合」と「解除」が出来るだけのスキルでは無い。使い方次第で如何様にも千変万化することが出来る壊れチートの類いだろう。妄想が自己完結して満足したので女神に異世界転生の送還を願い出た。
『貴方は神の勇者となりました。渡る世界で魔王討伐の宿願を果たせば、貴方に何でも願いが叶う権利を差し上げましょう。貴方が次なる世界で勇者行動することを願っています』
不意に身体が浮き上がり空間を抉じ開けた亀裂から暗黒ガスが吹き荒れる。やがてガスは螺旋を描きて黒き渦になった。女神の神業にしては、やけに禍々しい光景に唖然とする。流れるままに吸い込まれ、次なる世界にスッボンと吸引された。自分が思ってたものと違う異世界転生方式に違和感が拭えないが、何はともあれ無事に異世界に渡ることが出来て一安心する。
降り立った大地は、清々しいくらいに長閑で平凡で辺鄙で平坦な世界である。魔王軍と死滅戦争をしている国とは思えないほどの整地舗装された環境には違和感しか生まれない。どうやら余程の辺境にある寂れた街に転送されたらしい。
転生者特典を得たチート転生者の勇者は激戦区に投入されること無く、用意されたぬるま湯の揺り篭から巣立ちするの試練を強いられているのか。現代人は女神に無礼に扱われている。女神は過分に接待設定し過ぎでは無いだろうか。
ただの一般人ゆえに、神の慈悲が施されたと考えるのが適切だと割りきることにした。元が戦闘力5の一般人に戦闘力1000や10000の武具を与えても焼石に水という結果しか生まない。実戦場は甘くはない。覚悟と死生観とは、戦地を潜り抜けた修羅にしか備わらない。自らの手を血に染めることに躊躇するようでは一生涯半人前で終わることだろう。神の勇者と女神が呼称する尖兵は、どれだけの数を量産されているのか気になるところか。
『神の勇者』とは、総称であって性能はピンキリと幅が広い。最下層の勇者をFランクと仮定するなら、最高峰はSランクとなる。SABCDEFの順の七階層もの強さ基準と見立てれば、勇者が大量生産されてるのが窺えるだろう。魔王軍討伐で戦力に数えられるのは上三つまでの階層のみ。それ以下は現地人よりは少し強めなだけの戦闘員換算でしかない。幹部級に叶わなくても取り巻き雑魚の露払いには対応できるので、現地人から無価値とは思われてはいないのが幸いか。
彼等と相対して死合うのも良いかもしれない。先人の胸を借りて勇者の実力を知っておくべきなのだから。最初の獲物は「魔剣の勇者ミツルギ」となるだろう。
異世界転生による不具合らしい不具合が起きなかったので、手足をパキポキと鳴らして関節を解して軽くジャンプすると想定以上の高さに驚く。重力は地球より軽めな感じだと理解したので、人目があるところは跳躍制限した方が無難だろう。自分の現状戦力がどの程度かを知るべく、街の外の地形把握を兼ねて軽く走破することにした。
ザシュザシュと森の中を疾走する。木々の小枝を避けることなく突っ切っても痛みは感じないので素の防御力はある模様。異世界転生したからといって戦力が即低下するデバフ補正は無いらしい。森を駆け巡ると周囲に魔の気配がする。敵対象に拳撃を与えるのは容易いが此処は投擲技能を試すのが適切か。素材はそこいらに腐るほど散らばっているので、指先に結合と念じて小枝を装着する。
獣の気配がする方に、小枝をブシュンと投擲する。小枝は一直線に飛来しては即座にザスザスと刺さり苦悶の声音を発した獣が地に横たわる。絶命してるか解らないので取り敢えず急所に投擲を追撃しておく。キャィンと甲高い声音が響き獣の小さき鼓動が消え果てる。小枝ごときで倒せる相手ならばと投擲の腕を磨く糧とした。的は小さい方が好都合なので、ここから無双する作業が始まっていた。
狩りの目的は無く、ただひたすらに対象を駆逐する周回作業。森一帯の獣の鼓動が絶えるまで一心不乱に小枝を装着しては四方八方に飛ばしていくばかり。
日が傾き夕暮れを感じたところで、いい汗をかいたと思い立ち街に戻ることにした。その両手には狩尽くした獣が蔓に括られて茶色の塊と化した肉塊を背負う異様な悪人面の狩人が平和な街の雰囲気を蝕んでいた。
獣の血みどろみどろで傍目が真赤に侵されているが自分には何のダメージも負ってはいない。住人には大層悪者顔に見えたらしく役所に通報され連行されてしまった。
自分は何も悪いことはしていない。無一文なので、狩をして獣肉を買取してもらうために無双しただけだと説明する。
一人身を不憫に思ったのか、役所が全ての獣肉の買取代行してくれた。そして、その金で銭湯に行って血を洗いながしてこい!と、放り出された顛末にある。だが銭湯に行く前に替えの衣服を調達するべきだろう。何しろ予備の衣服を何も所持していないので、風呂に入っても衣服は血で汚れたままである。先ずは武具店か雑貨屋に赴き、通気性が良く着心地最優先の衣服を入手することにした。安値で防御力皆無の麻の衣服(普段着)を複数枚購入した。これでようやく銭湯に行ける状態になったのだ。
転生者待遇は不便なことに極みある。自前で用意する物が存外に多いのは見えない落とし穴だろう。基本的な旅支度を許さずに着ている服装以外を一切考慮されていないのが旅行者として大いに欠陥品だった。
ふと考えてみれば、異世界転生させられて所持金ゼロに予備の衣服さえ配給されないのは、現代人には厳しい環境なのかもしれない。
もし自分が聖闘士ではなかったら転生初日で路頭に迷ってる姿が容易に幻視できてしまう。サバイバル生活が基本の聖闘士は、つくづく異世界転生向きに修行させられているのだと痛感せざるを得ない。銭湯に浸かり益体も無い想いを脳内に描くも聖闘士では無い自分を想像できなかったので、原作小説の内容に思考が侵食されてるのかと苦笑する。
転生者なら真っ先に冒険者ギルドに向かう手順だが、自分はルートから外れて自活行動に面舵を向けていた事実に慣れの怖さを感じてしまった。我ながらブラック環境に毒され過ぎてはいまいか。
山盛りの獣肉を売り払って冒険者登録料を払うだけの支度金が手元にある。正規入手の金なので、意気揚々と冒険者ギルドの門扉をたたく。受付嬢のルナからの説明を聞き流し冒険者登録を済ませる。
酒場に居た面々は、自分の凶状を見ているので「狩人」を選ぶよな?的な視線が注がれている。期待に添えなくて悪いが弓やスリングを得物にする気がないとルナに語りデフォルト最下層の冒険者になることを選定。
「あ、あいつ、冒険者を選びやがった」
「なんて酔狂な新人なんだ」
「獣肉の狩人なんだから狩人を選ぶのが本筋よな」
「どうせすぐに狩人に転職するさ、あいつの眼は絶対に狩人してる」
わざわざ職業狩人にならなくても自称狩人してていいのではなかろうか。何かしらを刈る者は誰だってハンターになれる世界線だ。お宝を狙う盗掘者をトレジャーハンターと選定してるが、職業的には盗賊やレンジャーで構成されている。自分は、冒険者は原点にしてイベントハンターとも言うべき存在だと見据えている。
冒険者のデメリットは、職業によるステータス補正が皆無でスキル獲得のポイント費用が高いだけ。たった二つの些細なデメリットで、全てを帳消しにして余りある多大な恩恵が得られるチート職種だ。
何故に、皆がこれを忌避するかが解らない。時間が掛かるが全てのスキルが得られるというアドバンテージを捨ててまで上位職を狙うのは理解に苦しむ。本業に及ばない威力や性能を誇張されるが、スキルの熟練値には限界が無く無限に強化可能の奈落領域。微々たる性能強化だったとしても、諦めなければ本業を凌ぐ事も可能になるだろう。
冒険者がスキルを獲得するには、実際にスキルを使うところを見るのが大前提らしい。その上でポイントを消費してスキル獲得に至る流れは見稽古そのものか。
聖闘士なら、師から学ぶのは全てに見稽古から始まるので実に今更ながらの仕様に共通意識は無い。修得するかの取捨選択が容易な世界には余りにも緩すぎて涙が零れるまである。
思えば、師匠であるシャカ様から見稽古しても何も得ることはなかった。師匠はいつも座禅して瞑想しておられるばかりなので、体得できたのは「瞑想の呼吸法」くらいしかなかった。それにシャカ様の高弟たちは短絡的な方々が多いので生き急いで消えていくばかり。
其を見かねたからこそシャカ様は聖闘士養成機関を私設され、白銀聖闘士の上位種である「白金聖闘士」を新設されたのだろう。気高さと教養を兼ね備えた黄金聖闘士候補者の育成機関として人材確保を導かれている。
聖闘士として未熟者である自分も、その一人だ。
選抜された候補生の一人だが貪欲に特命に志願した。
黄金聖闘士に次ぐ地位の設定があっても、ただの虚構の皮算用でしかない。何しろ実績が皆無で女神アテナに申告できるほどの因果も持ち合わせていない。
新設されたゆえに公式非合法聖闘士であり、女神アテナから認知もされていない。
シャカ様が確約されたのだ。
此度の特命を果たせば、黄道星座十二宮の全域鎮守を任され女神アテナのお膝元で仕えることが出来る。女神との縁さえあれば、青銅聖闘士でも黄金聖闘士となれる道が開ける理不尽さが赦せなかった。
何故に、聖闘士最下層の青銅聖闘士たちが女神アテナの寵愛を受けられているのか。彼等は幼少期の女神アテナと共に育ったという恵まれた環境にいた。女神アテナの幼い心の中でスクスクと印象付けされた好機を一身に受けていた光栄には義憤を隠さずにはいられない。あの五人の青銅聖闘士たちを羨まない白銀聖闘士はいやしなかっただろう。教皇派の白銀聖闘士に恨まれていて当然のことをしていた。
だが、此度の特命で『女神アクエリアス』との縁が結ばれれば自分にも黄金聖闘士になれる確変が来る。最下層の青銅聖闘士に出来るなら、黄金聖闘士の候補生にある白金聖闘士にも出来ない道理は無いのだから。
何も理が変われなければ、水瓶座の黄金聖衣はなし崩し的に「白鳥座の氷河」が継承してしまう。カミュの弟子という縁故採用には殊更に業腹だった。
白金聖闘士には、自身の型が無い。
流派は師匠により様々だが、固有の固定星座の技は封印されている。各々に目指す黄金聖衣に近い属性を持つ星座が割り振られてくる。守護星座は一つだけでは無い。複数を股に掛けることも赦されている。適性の高い黄金聖衣を目指すのが最適だが、黄金聖衣に見初められることこそが最優先事項だったからだ。
聖衣には、古き神々の魂たる分霊が宿っている。使い手を養い、共に戦い育つという認証機能がある。聖衣に認められれば聖衣自体が自律行動をしてくるし、聖衣に愛されれば性能限界をも超えてくれる。
逆に、聖衣に見放されれば聖衣の自重は底無しに重くなり着脱することさえ拒否られてしまう。聖衣との親和性が全てを超越するのは、愛ゆえの重さという真理なのだろう。
水瓶座の女神アクエリアス。
聡明で気高く美しく、浄化の治水を司どる女神。
水瓶から「聖水」を産み出し、慈悲無き穢れを追い払う破魔の水流で魔性のモノを清め裁くという攻撃本能に溢れている。水面の性質の如く、動と静の二極化が本質でもあった。
私には、見知らぬ姿の逢えない女神の幻像が見える。
想い続ければ、偽りの愛で満たされる。それは女神アクアと女神エリスの融合による空想の産物の女神だ。女神アクアの気高さと女神エリスの聡明さを兼ね備えた流麗で華麗な女神の中の女神。
永世一位の女神アテナには及ばずとも、従者として仕えるべき対象者の不動の二位に収まる女神である。
その女神の残滓たる片割れに想いを馳せつつも、日々の酒場通いに勤しむ。目的は依頼掲示板ともう一人の片割れである女神エリスの化身にある「冒険者クリス」との遭遇にあった。
■1-2.変態騎士の犠牲者
冒険者稼業を始めて30日くらいは過ぎたか。
新米冒険者としての実績を高めつつ、ソロ狩を続けている。依頼でパーティーに誘われたりしているが臨時要員で済ませている。自分としては、仲間報酬よりも臨時パーティーでの仮仲間たちのスキルを見るためだけに参加しているからだ。
酒場でスキルを見せてくれだのと非効率な頼み方はしない。討伐依頼で戦闘になれば、嫌でも何かしらの戦闘スキルを使用するのだ。ちょいちょいと参加するだけで未修得リストが雪だるま式に増えていく。
その中から生活に使えそうなスキルを最優先で修得していくのが目的にあった。日銭は稼げるが、現代生活を再現できるほどの潤いは無い。
日本人の家電生活は、今にして思えば最高の悠々自適生活水準だったと嘆くばかりである。家電生活を魔法やスキルで試行錯誤をしているところから冒険者生活の負担軽減が始まっている。
「結合&解除」スキルを使えば、それなりに再現可能なのだが代償として魔法力の浪費が痛く激しい。この世界はレベリングさえ容易になれば格段に基礎ステータスが向上する恩恵が得られる。ただ強くなるだけならアクセルの街から離れて王都に直行すればいい話だ。しかし安易に其を行うとクリスとの親密イベントが発生しにくくなるのではという懸念があった。低いレペル帯で共に冒険者としての実績を高め合えれば好感度はミリ単位でも稼げると踏んでいる。最初こそ無関心な相手でも共闘さえすれば仲良くなれるという緩い世界線なのだ。
真赤な獣肉ハンターとして悪名を得ていた自分がギルド依頼で他の冒険者と冒険生活に勤しむと怯えが愉快な昔語りへと虚ろいでいった。信頼さえ勝ち取れば悪名は何処吹く風となり霧散するらしい。酒の肴で「あの時のお前はなんたからかんたら」でネタにされるくらいまでは薄まる。
女神アクアが降臨してないので時間的余裕はまだまだあるのだろう。クリスが佐藤和真に下着を剥かれる前に接触したいところである。神出鬼没のクリスとの接点は無いが彼女を呼び出す手だてはある。
変態騎士ダクネスこと、アクセル領主の娘ララティーナの視線が肌をくすぐってくる。彼女は偶然にも自分が獣肉ハンターで無双してる状態を見ていたらしい。一心不乱に弱者(魔物)を仕留める姿にドエム心を貫かれたとか言い寄ってきた。クリスの件が無ければ寄るな変態と罵声を浴びせて悦ばせていたかもしれないが。クリスの撒餌となる人物を無碍には出来ないのがツラいところ。話半分に聞き流しつつもダクネスが涎を垂らしてすり寄ってくる悍ましさは恐怖の対象に値する。
「おほぉ────っ、その腕が魅惑のハジケり棒れしゅかぁ?」
ダクネスは酔いどれ痴女モードに突入していた。絡み酒の上に闇雲に痴態を振り撒いてきたか。好きでもない女に絡まれてるのは悪寒しか涌かないってのは本当らしいなあ…と、現実から目を背けたくなってきた。女神アクエリアスの幻像に癒やされなければ、この渾沌領域に埋没してしまったかもしれない。
盛りの付いた雄犬のように腰をカクカクと揺らして尻を振る浅ましさは醜悪に満ち足りている。酒場に居る冒険者野郎共はダクネスの奇行に慣れているのか素知らぬ振りをしていた。ダクネスは美女には違いないが、理性無き真性のドエムと化した魔性の獣に絡む勇者にはなりたくないらしい。下手に係わって同類と指定されたら、要らぬ下世話な噂話が各地に飛散してしまう危険性も冒せないのだろう。冒険者は悪名や異名なら名声足り得るのだが、変態という二文字のレッテルだけは絶対に背負いたくないと言わんばかりの鋼鉄の意志を発動していた。
「おほぉおはひゅはひゅ───、ふぉっふぉ─…」
呂律が廻ってないのに変態騎士は的確な次の行動に移行しようとしてきた。変態を殴れば物理的に間隔を遠ざけるのは可能。だがそれはダクネスを悦ばすだけの変態力増強のバフでしかない。
「なぁにぃやってんのよぉおおおおお──ダぁああクネぇぇえースぅ!」
それは突如として酒場に飛来した一陣の風。渡世人のような出で立ちに身を包む小柄な銀髪の少女が降り立ち、窮地に駆け寄る救いの手に深く感謝した。
貞操の危機を前に瀕して、ようやく女神エリスの化身たるクリスを釣りあげることに成功した。
多大に精神を磨耗して変態の毒牙に身を晒されながらも我慢強く待ち続けた成果で報われたのだ。
ダクネスは、クリスからの渾身のクリティカルヒットを脳天に喰らって昏倒してくれたらしい。
ダクネスに狙われた自身の右腕を回収して、ダクネスの涎に汚された右腕にシュワシュワを引っ掻けてアルコール消毒をした。
「貴方───、だ、大丈夫?」
「ありがとう、本当に本気でありがとう」
「泣くほど怖かったみたいだね」
「変態のせいで泣いたんじゃない。これは窮地に救われての嬉泣きだ」
「わ、私のせいなのかぁ──何かごめんね?」
女神エリス(クリス)は優しいなあ。この甘い清楚な慈愛精神が女神アクエリアスから分離された可憐さなのかもしれない。しかしながら女性特有の肉体的特徴は女神アクアに分配されたのか、胸囲は絶壁に等しい薄さに涙が止まらない。天は二物を与えないを体現されている。眼福とは、とても言えないが優しさ成分によって精神は持ち直した気がする。
「改めてありがとう」
「どういたしまして」
「貴方は、そこの変態の飼い主なのだろうか?」
「違うよ、ダクネスは…私の友達?」
「どうして疑問系なんだ?」
「ダクネスは親友枠のはずなんだけど。私も、友達枠のままでいいのか揺らいでるんだよ…たぶん」
「苦労してるんだな」
「最初はこんな娘じゃなかったんだけど、いつの間にか変態さんになっちゃってさぁ。いったい何処で生活指導を間違ったのか親御さんに問い詰めたいくらいだよ」
変態騎士ダクネスにまともな頃があったのか。原作を一通り見たのだが、防衛一徹が極まってドエムを開花させて間違った方向にまっしぐらしたんだろうか。こんな痴態に塗れて恍惚な表情をしているが神聖なる騎士の称号を戴いてる数少ない「聖騎士」だというのに、なんて残念な性癖なのだろう。
それはそれとして、この変態騎士にロックオンされている環境は宜しくない。このダクネスは佐藤和真が来るまでは自分に延々と視線を自動追尾し続けるだろう。それを反らして防壁となるのはダクネスの親友であるクリスにすがる他ない。彼女がダクネスを殴る分には自分が殴るよりは弊害が格段に少ない。何よりも変態に触れることが無くなるだけでもありがたく助かるのだ。
「こちらとしては、この変態騎士に急接近されて恐怖のトラウマとなるのは避けたい」
「初めての方は、ダクネスを見ると怯えるのよねぇ」
「ダクネスを抑えられるのは君だけだろ?」
「うぅ、まあ。と、友達の間違いをただすのは友達としての責務だよ」
友達としての責務というよりエリス教徒としての恥部だから制裁してるのだろう。聖闘士でも同じような輩がいるなら自分も同じことをする。変態騎士を抱えているエリス教団は一般人から変態騎士と同類に見間違われて同じ視線にさらされているのには同情する。
「ダクネスへの耐性が付くまでは、貴方が自分を護ってほしい」
「いぃ、いぇえあ?」
「精神汚染のアフターケアするべきじゃないのか?」
「ああぁ、そうだよねぇ──」
「友達の罪を肩代わりするのも友としての在りようだと思うのだが」
「─────ぅううん、そぉなのかなぁ」
「自分を救済のテストケースと見立てればいいのさ、救えなかったダクネス被害者が今までも居たのだろう?」
「はぃぃ、そぉですよね。犠牲者はいっぱいいた気がしてるよ、救わなかった皆…ごめんね?」
「気に病むことは無い。今回で歯止めになるのだし」
「君って策士だよね。私を呼び出すために貞操を賭けるとか正気の沙汰じゃ無いと思うよ」
「ジリ貧で精神を削られ続けるのと、一度の犠牲で防波堤が得られるのなら、どちらが得策だと思うかい」
「そっか、そうだよね。決死の覚悟の上だったんだ」
本当に貞操を賭けるくらいでなければ、女神を召喚できやしないだろう。例えダクネスに性的に喰われようとも「起承転位」さえすれば身体の傷は無かったことにされる。記憶は変わらないので精神的には死んでいるのかもだが。
こうしてダクネスからの性的被害の強迫観念でクリスの仲間入りを強引に果たした。ベストではないビター感覚だが、それは次の周回で解決策を練ればいい。手探り感覚でのイベント消化は常にタイトロープに揺られ揺らいでいる。イベント失敗さえしなければ、イベント成功率が限りなく低くとも成功は成功なのだから。
クリスとの親密度が最低値なのは織り込み済の想定範囲内な訳だし。これからクリスと親身になり、女神エリスからの信用を得られれば問題はない。手始めにエリス教団に入信してエリス教徒になることから始めるとしようか。先人の教えには「将を得るなら馬を射よ」という格言がある。外堀から埋めていけば、女神エリスの心を囲える日が来るに違いない。
冒険者生活に心の潤いが出来た。女神アクエリアスの片割れの更なる半身のような状態にある冒険者クリスと酒場で落ち合う。彼女の愚痴から零れる例え話の女神生活の鬱憤を聞きながら、自分の脳内にいる女神アクエリアスの幻像にうっすらと色味が付いた。女神成分を吸収していけば、空想の女神アクエリアスはきっと完全体になるに違いない。
後日、エリス教会を訪れて入信した。何かしらを強要される教義には無いが「悪魔を滅せよ」という信条が大々的に掲げられていた。普通の教会では無かったか。アクシズ教団よりは比較的まともな宗教なだけで、エリス教徒も立派な狂信者集団だった。
アクシズ教徒が、エリス教徒を日常的に虐げている構図なので同類に見られていないだけなのだろう。この辺は原作知識には無い体感だったと言えようか。
入信した初日で女神エリスへの敬愛が薄れそうだ。この世界はろくでもない成分で改変された世界観なのだなと改めて痛感してしまった。残念な世界を肴に、グビグビとシュワシュワを口にしてはクリスとの語らいに興じて話を咲かせているクリスの百面相に見とれている。自分はクリス自身を見ているのではなく、あくまでもクリスの顔から連想する女神アクエリアスの面影に見惚れていたのだった。
【スキル解説コーナー】
■起承転位
開始点を登録して、いつでも開始点に出戻りが出来る。自身の平行世界存在への記憶の継承ではなく、指定時間軸の特定回帰をしている。この行為は有り体に言うならば「ブックマーク」と同義である。
これは元の世界軸の方が上位世界だから可能となっているシャカの視点であり、主人公はシャカの代行となっている盤上の駒に過ぎない。
主人公が任意に発生させてるのでは無く、シャカの小宇宙を燃やしてシャカ自身が発動させている。