特務官の少女   作:はまなす改二

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書かれてない事は想像して下さい


特務・機関操縦

 

特務官 早崎瀬戸(はやさきせと)がやってきたのは車両基地の端っこ、貨車を引っ張る機関車が多数停められている所。

どの機関車も長らく動いていない様子でところどころに錆びや劣化が目立つ。

瀬戸は停まっている機関車の中で一回り小さな機関車に近寄った。

 

「これを使おう」

 

「アンタ正気か?」

 

瀬戸の提案に即刻疑いをかけるのは同じ特務官 明石有佐(あかしありさ)

さっきの瀬戸のセリフ(僕に考えがあるんだ)に「安心したアタシが馬鹿だった」と頭を抱えていた。

 

ずっと瀬戸に抱きついているユクトと手を繋いでいるリンフィアを離し「少し待っててね」と言って一回り小さい機関車に乗り込む。

 

「有佐!これを見たらわかるよ、僕たちにでも扱えるって!」

 

運転席の窓を開け、顔を出し、有佐の方に向かって手を振る。

 

「何言ってるんだ、ここは大和じゃないんだぞ!大和の汽車なら特務官になるときに習ったが、外国の汽車なんか―」

 

「い!い!か!ら!来!て!よっ!!!」

 

瀬戸が有佐の訴えを遮り大声で呼ぶ。

なくなく有佐は瀬戸の乗る機関車に近寄り、その操縦区画に乗り込む。

そこには、むかし見たことのあるハンドル位置、徹底的に教え込まれた名称の機器、読み方のわかるメーターがあった。

大和の蒸気機関車の操縦区画。

 

「なんだこれ…」

 

有佐はその異質な光景に当惑した。

 

特務官の養成学校で習ったひときわ記憶に残る訓練。

有佐の嫌いな訓練ランキング上位に食い込む蒸気機関車の操縦と修復。

当時の生徒や教官は必要ないとずっと言い続けていたが、特務官を取りまとめる『特務長官』なる者が押し通し、結果的に学ぶことになった。

 

それが今、必要とされている。

 

「なんだこれって、大和製の蒸気機関車だよ〜、さっき子供たちと逃げてる時に見つけた。昔習ったでしょ?」

 

当たり前じゃん、と言いたげな口調で機関車の運転席をいじる瀬戸。

ガン!ガン!と半分力技でハンドルを動かしている。時折窓から機関車の外にいる子供たちに手を振っていた。

 

「いや、そんなんじゃなくて、なんでここに大和の汽車があるんだってことだよ」

 

有佐は理解が追いつかず戸惑う。

 

瀬戸や有佐のいる場所はウラルの西部、カスピ海の北部に位置するサラトフの郊外。

日本とはかけ離れた遠い土地。ヨーロッパ製の機関車があるなら理解できるが、そこにあるのは大和製の中型蒸気機関車。

瀬戸が「そこ見ればわかるよ」と指をさす。その先にはプレートが付いていた。

 

「大和日本国鉄・大宮工場、満州国鉄、シベリア大陸横断鉄道…?」

 

有佐はプレートにかかれている文字を読む。

 

「多分、日本で走ってたんだろうけど何かしらの理由で満州に売られたか何かして、そこからまたこっちの方に来たんだろうね」

 

色んな作業をしがら瀬戸が答えた。

焚口戸(蒸気機関車の運転席近くにある石炭を入れて火を燃やす所、その入り口)に火を投げ入れ、蒸気機関を復旧させようとしている。

有佐はプレートに右手を伸ばし、少しだけ触れる。

白い手袋には触れただけでこぼれ落ちた錆びが付く。

 

「本気でこんなのを動かそうするのか?売られたのなら旧型車だろうし、それにコイツ、ここ数年は動いてなさそうだぞ」

 

有佐が機関車を見回す。どこもかしこもボロボロで廃車と言ってもおかしくない。

 

「できれば動いてほしい、けど」

 

瀬戸が不敵に笑った。

 

「ここには世界でほとんど何でもできる最新の特務隊である特Ⅲ隊(とくさんたい)(第303特殊任務遂行部隊群の略)、それもそのナンバー2とナンバー1がいるんだよ?動かないなんて選択肢は多分ないよね!」

 

瀬戸がキラキラした眼で有佐を見る。親指を立てて満面の笑み。

有佐はちょっと引き気味。

だが、【何でもできる】が特務官の売り。そのための蒸気機関車を操る訓練もしてきた。

 

「そうだな、やれるものなら試すのが特務官だ。他に選択肢がないのならその選択肢で全てを通す。最大値を叩き出すぞ、早崎特務大尉?」

 

有佐がやる気を見せた。このような技術、工作系の類いは苦手意識を持っている有佐だが、そう言われればやらざるを得ない。

 

やりたくないことはできるだけやりたくないが、やるという選択肢しかないのなら全力を尽くす。

 

それが有佐のやり方だった。

 

「とっても久しぶりに有佐がやる気出すところ見たよ、そうこなくっちゃね」

 

有佐とは逆に工作系の作業が得意な瀬戸は有佐が作業にやる気を見せたことに嬉しがった。

 

二人の特務官は白い手袋が汚れないように手袋を外し、早速作業を開始する。

世界で四人しか知らない蒸気機関車の復旧作業となった。

 

 

蒸気機関車の復旧作業中。

 

「あ、さっき瀬戸が言っていた最新の特務隊っての、最新は特Ⅴ隊(とくごたい)(第305特殊任務遂行部隊群)だぞ。アンタはどこで時間止まってんだ」

 

「!?」

 

有佐の補足に瀬戸は驚愕していた。

 

 

     *     *     *

 

 

「何でコイツ動いてんだろうな」

 

有佐は蒸気機関車の車輪を見ながらそうつぶやく。

足回りは白い蒸気でもやがかかっており、車輪に亀裂などがないか魔法力で少しの光を発生させながら確認する有佐の邪魔をする。

 

「僕もそう思うよ」

 

運転席で圧力系統のメーターを見ながら答えるのは瀬戸。

 

機関車の復旧作業を開始したのが大体午前8時前、今は午後8時。日も沈み、暗い夜へと移り変わる時間帯。

ユクトとリンフィアは機関車の操縦区画内、助手席の辺りでパンをかじっている。

 

結果的に蒸気機関車は復旧した。

動力もほぼ正常、メーターも回り内部の蒸気機関も動いている。

操縦区画の電灯は壊れていたが、瀬戸の魔法力で頭の上の魔法レーダーを発光させ、どうにか明るくしている。

車両基地には燃料となる石炭や水があり、幸い燃料には困らなかった。

 

だが、問題が一つ。

 

「なぁ、瀬戸、出発明日にしないか?」

 

「僕もそう思うよ」

 

二人とも結構疲れていた。

機関車の復旧作業はかなりの力仕事で日中は二人とも子供たちに気を配りながら、動き回っていた。それと、機関車という慣れないものを扱っていたということで普段は使わない神経を研ぎ澄まし気を張り続けていた、というのも一因。

機関車を復旧させたことで気が緩み、日中の疲労が襲う。

 

有佐は車輪を見ているが見ているだけ、確認はしていない。

瀬戸はメーターを見ているが見ているだけ、読んではいない。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?コレ、食べていいよ?」

 

ユクトが活力のない眼でメーターを見続ける瀬戸に食べかけのパンを渡そうとする。

 

「はっ!うんうん、大丈夫だよ!僕たちは後で食べるから、それはユクトくんが食べてしまっていいよ」

 

瀬戸は顔を左右に振り、ボーッとしていた脳内を動かし、圧力系統のメーターの指す数値を確認。異常は、多分ない。

 

「有佐!怠けたことは言ってられないよ!今すぐにでも出発したほうがいい、そっちは異常ない?!」

 

「あぁ、機関車に異常は無いが、私は異常だ。とてつもなく眠い。言ってなかったかもしれないがアタシ昨日寝てないからな、もうそろそろ丸一日経っちまうよ」

 

有佐はそう言うと大きなあくびを手で抑えながら機関車の操縦区画まで戻ってくる。

 

「眠すぎて、横になった瞬間寝ちまいそうだ」

 

操縦区画に戻ってくるなり、焚口戸からの火を程よく手で受けながらうとうとしだす。

 

出発するにはまだやることが色々ある。

機関車を本線に乗せるための分岐操作だったり、燃料が必要なので石炭を積んだ貨車の連結だったり…。

分担してやっていたが有佐がもう限界に近い。

瀬戸は一人でやってしまうことにした。

 

「有佐はそこでゆっくりしてて、子どもたちも有佐と一緒にここにいてね、すぐ戻るから」

 

瀬戸は子どもたちを安心させるように笑顔をみせて操縦区画を降りた。

「んぁ…?」と瀬戸の声に反応し声を上げた有佐だが、その声は瀬戸に聞こえていない。

 

車両基地の線路を沿って走り、分岐点のレバーを動かす。これを数回繰り返す。

本線と車両基地を繋ぐ分岐を除き、全ての分岐を合わせた。

車両基地は広く、線路は長く、少し遠くに来たのでさっきまでいた機関車も小さく見える。

辺りは真っ暗で機関車の灯りと夜空以外光るものはなにもない。

 

瀬戸は少し空を見上げた。空は晴れて月と星々が浮かぶ。

完璧ではない月明かりが瀬戸を照らす。

月を見てその月を手で捕まえる。

 

「僕、頑張りますから」

 

月を見ながら自信のある顔で微笑み、機関車に走って戻った。

 

瀬戸が操縦区画に乗り込むと、有佐が倒れていた。

 

「有佐!?」

 

急いで近寄るとすぅー、すぅーとした息が聞こえる。

寝ていた。

 

「…流石に寝ちゃったんだね」

 

瀬戸は少し安堵の色を見せ、有佐をどかす。

焚口戸に石炭を放り込むのに邪魔になるからだ。

助手席(席はない)の辺りにいる子どもたちの了承を得て、子どもたちの隣に有佐を寄りかからせようとする、と。

 

「んぁ?瀬戸かぁ、すまねぇ、少し寝てたか?」

 

有佐が起き出した。目は完全には開いてなく、眠そう。

 

「有佐、大丈夫?」

 

瀬戸は心配する。

 

「あぁ、なんとか、な。特務中に寝落ちなんてアタシも落ちたな、ちゃんとしねぇと」

 

有佐は自身の頬を叩きながら自戒する。

瀬戸は有佐の言葉に既視感を覚える。だが、瓦礫の街で寝落ちした記憶は瀬戸の中から消されていた。

 

「有佐が大丈夫ならいいけど。僕はこれから汽車を動かして出発準備をする、有佐はどうする?少しゆっくりしてる?」

 

「いや、アタシにできることなら何でもするさ、特務官だしな」

 

有佐は立ち上がり、両手で叩く。手袋なのでパチンと音はしない。

 

「さっすが〜、とは言ってもこれからはレーダー使って探知するくらいしかやることない、かな。運転は僕がやるから有佐は敵や進行方向の障害物の探知をお願い」

 

「了解した。瀬戸の特務に付き合うっていう特務だからな」

 

有佐はそう言うと頭の上に魔法力のレーダーを発現させる。

様々な大きさの四角形が円陣をつくり青白く輝く有佐のレーダー。

有佐はそれから様々なものを三次元的に読み取る。

機械体、人、動物、風の流れや音、飛んでくる銃弾など、動くものは全てと言って良いほど捉えれる。

だが、何もなければ何も読めない。実際、この街には風が吹いている以外動くものはなにもない。

シーンとした不気味さがレーダーを通し有佐に伝わる。

 

「なにもないな」

 

有佐はつぶやく。

機関車のカシャカシャカシャという音でほぼ聞き取れない程のつぶやきだったが瀬戸は完璧に聞いていた。

というのもレーダーは無線電波を飛ばして会話ができるからだ。

瀬戸のレーダーと近距離だが無線通信をしているようなもの。

 

「なにもない方が都合がいい、さ、動かすよ〜」

 

瀬戸はそう言うと、運転席(席あり)に座り、複数あるハンドルレバーから2つを握り動かす。

1つを先に動かし、もう1つをゆっくりと動かす。2つのハンドルはなめらかには動かず、若干ぎこちない。

機関車全体がゴンと重々しい音を立て次にシューという蒸気が噴出するような音を立てながらゆっくりと動き出す。

 

「うわ、ほんとに動いた」

 

ハンドルを握る瀬戸も半信半疑といったところ。

 

「まさか動くとはねぇ、特務官二人でもやれるもんなんだな」

 

有佐も驚く。助手席の方(機関車の右側)の乗り込み口から上半身だけ身を乗り出し外の風を受けていた。

機関車はゆっくりと前進し、ゆっくり加速する。

線路の分岐点に差し掛かるもキキキーと金属音を高ぶらせて難なく通過。その時に車体が揺れるも許容範囲内だ。

瀬戸はハンドルを操作し、ブレーキをかけ始める。

キキキィーと甲高い音を立て機関車は停車した。

 

「前進と停車は出来るね、欲を言えばあの貨車も持っていきたいんだけど、いけるかな?」

 

瀬戸が振り向き、機関車の中から望むのは長い編成の貨車だった。

瀬戸たちの乗る蒸気機関車には炭水車と呼ばれる石炭と水を載せる貨車が連結された機関車。その炭水車には水と石炭が積まれているが、これだけで足りるかな?と瀬戸は危惧していた。

それを解消するべく、車両基地の適当な貨車に石炭を載せより多くの燃料も持っていこうというのが瀬戸の考えだった。

 

そしてその石炭を載せた貨車というのが瀬戸が見ている長い編成の貨車。

今朝、瀬戸が子供たちと隠れていたあの貨車。10両編成の貨車の編成は途中で連結を解いて分けることができない少々厄介な編成。

だが、あの貨車の編成が一番状態がよく、手動ブレーキを解除すればやや抵抗があるがすぐ動きそうだったのでその貨車の前側4両に石炭を積み込んだ。

 

「これ、後進かけれるか?」

 

有佐が機関車の車体を見回しながら言う。前進しただけでもまぐれだと思っている有佐は機関車が後進できるとは到底思ってない。

 

「やってみるよ」

 

とハンドルレバーに手をかけるが「その前に」と瀬戸は機関車を降り、線路の分岐を操作しに行った。

 

「このままだと、元いたところに戻るところだった」

 

そう言って機関車の運転席に座り、瀬戸は希望に任せて逆転機ハンドルを回す。

何箇所かギアがあるがあまり見ず、確かこうだったと養成学校の時の記憶に任せて動かす。

ブレーキを解除しハンドルレバーを動かす。

機関車はゆっくりと後進を始めた。

 

「う、動いた!」

 

瀬戸も驚いた。半ばできるとは思っておらず、特務官二人で貨車を押して繋げようとすら思っていたほど。

 

機関車はみるみるうちに貨車へと近づく。

日が沈んだ夜間と炭水車越しというとても悪い視界で機関車を貨車に近づける。

貨車に灯っている光はなく、視認だけでは距離感は掴めない。

だが瀬戸には頭の上のレーダーがある。それで距離を見ながら機関車を操作し、貨車の少し手前で停車させた。

 

「あとはコイツと繋げればいいんだろ?アタシがやってくるさ」

 

と、機関車を飛び降りて連結部分へと移動する有佐。

「うぉりゃぁ!!」と有佐の大声が出た直後、貨車の編成が「ガシャン」と音を立て機関車に少しの衝撃を与える。

 

!?貨車を一人で動かした?

 

瀬戸はそうとしか考えられない。

事実そう。有佐は貨車の人が掴まる用の手すりを掴み、それを引っ張って無理矢理連結させた。

魔法力が無ければできない業だが、魔法力があってもそれができる力を持つ者はほとんどいない。

異様な馬鹿力というやつだ。有佐に言ったら怒られる。

 

「やってきたぜ」

 

何事もなかったかのように機関車に乗り込んできた有佐。

 

「あ、うん、お疲れ様、じゃぁ行こうか」

 

瀬戸も何事もなかったかのように返事をし、操縦を始める。

先程と同じく逆転機ハンドルを回し、ハンドルレバーを2つ動かす。

機関車がゆっくり加速、貨車も牽かれている。

数十メートル進んだところで瀬戸は機関車を停車させた。

 

「本線との分岐を直してくる。ちょっとまっててね」

 

瀬戸は子供たちを安心させるように少し笑顔をみせて機関車を降りる。

有佐は「おう」と言いながら焚口戸に手を近づけ、蒸気機関の熱を受けていた。

眼の前の分岐レバーを動かし分岐を本線と繋ぐ。

そして瀬戸はしゃがみこみ本線の線路を触った。錆びついた線路は手袋越しでも冷たさが伝わってくる。

線路に魔法力を流し込み、線路の接続状況を把握した。

どこまで続いているか、どこで分かれているか、列車は載っていないか、その付近の音を始めとする振動を検知する。

鉄は魔法力を通しやすく、遠くの状況までもが検知できた。

 

恐ろしくなにもない。

 

線路や途中の分岐はある。

だが、その上に列車が走っているような振動、線路の付近で人が生活するような振動が一切感じられない。

 

瀬戸は無言で立ち上がり、機関車に戻った。

 

「さぁ、これで出発できるよ。子供たちもいい?」

 

機関車に戻った瀬戸は運転席に座りハンドルレバーを握る。

子供たちは瀬戸が顔を向けると助手席の部分でコクコクと顔を上下させた。

 

「特務官二人でここまでするとは思ってなかった、やっぱり瀬戸といると楽しいな」

 

有佐は少しの高揚感から笑みを溢す。

瀬戸がハンドルレバーを動かし、機関車はゆっくりと加速。

何事もなく本線に乗り、目標としたどこか遠くを目指す。

 

機関車はゆっくりと夜の大地を走り始めた。

 

 

     *     *     *

 

 

カッシャッカッシャッカッシャ――

 

運転席の速度計の近くに吊るされた懐中時計は2時過ぎを指す。ちなみに今の速度は39Km/h。

辺りは闇夜に包まれ、東洋の蒸気機関が軽快な機関車音を立てながら寒さを覚える空気を切り裂く。

助手席あたりで壁によりかかり毛布に包まりながら子供たちは眠り、その隣で有佐も眠っていた。

焚口戸の奥で燃え盛る炎の淡い光が機関車の操縦区画の数少ない光源。メーターを読むのも少し難しい。

そんな焚口戸に定期的に石炭の補給を行いながらハンドルレバーを握るのは瀬戸。一人で機関車の運転をしている。

第一目的地はタンボフという街。サラトフの街から数百キロ程離れ、軍の飛行場があるからというのが主な理由。

機関車が弱い前照灯で照らす線路を視覚とレーダーで安全確認をしながら進む。

 

「このまま行けばお昼前には到着するかな」

 

と瀬戸は言ったが、誰も聞いておらず、誰かの耳に入る前に機関車の音でかき消される。

何も気にしてない瀬戸はハンドルレバーを操作し機関車の出力を上げ始める。だが機関車の推進力は変わらず、速度計は動かず速度は上がらない。

ハンドルレバーを0に戻しもう一度。加速しない。もう一回。変わらずまま。

一瞬進行方向から目を離し、焚口戸の内部、給水弁を確認。石炭は燃え盛り、水も問題なし。

 

「…またか」

 

瀬戸がこぼした言葉。

この機関車の問題点、不定期に出力が激減する、ということ。

ハンドルレバーを動かして加速させようとするも出力が伸びず加速しない現象。アクセルを踏んでいるのにスピードが出ないのと同じ感じ。

これで10回目。

対処法は一度停車させて再び発車するしかない。

ブレーキハンドルを一回、二回と動かしてゆっくりと機関車を停車させた。

 

停車させるのも上手くなったかな。

 

停車した機関車を見てそう思う。10両の貨車を牽いているのに衝撃がほとんどない。

貨車には手動ブレーキしかなく、機関車からの統一されたブレーキはない。停車時は減速する機関車にぶつかり貨車も減速する。

だが、それだと衝撃が発生してしまう。3人が眠る機関車に衝撃など与えたくない瀬戸はブレーキに工夫を凝らしていた。

元々貨車は走行に大きな抵抗がある。貨車を無理矢理牽いて走行していたようなもの。

瀬戸は機関車を操縦するうちに貨車に合わせて減速するという器用な事を成し遂げれる力を得ていた。

 

絶対に要らない。

 

瀬戸は自分の能力を否定した。

時刻は2時27分。場所はわからない。

レーダーの反応だと右側は木々が立ち並ぶ林、左側は何もない草原か何か。その境目に単線の線路が敷かれている様子。

 

瀬戸は「少しだけ」と気分転換に機関車を降車。

炎が灯っている操縦区画は少し熱があったが、外はそうではなく、ひんやりとした空気が瀬戸の肌に触れる。

 

「涼しいぃぃぃぃ」

 

背伸びをし、ずっと座っていて固まっていた体を伸ばす。背伸びをするとともに夜空が見える。

辺りに光源が少ない分くっきりと星々の輝きが瀬戸の目に映った。

 

瀬戸は昔から星が好きだった。

特務官になる前も、なってからも夜の闇の中任務をこなすことが多く、よく星空に目を向けていた。

 

今もそう。

 

「あれがデネブ、アルタイル、べガ。」

 

空を見上げて数分。

 

「さぁて、もうちょっと頑張りますか~」

 

瀬戸は機関車の操縦区画に戻り、寝ている3人の寝顔をその眼で記憶し運転席に座る。

ゆっくりハンドルレバーを動かし、機関車はゆっくりと加速し始めた。

 

 

     *     *     *

 

 

瀬戸の操縦する機関車は空気を切り、大地を滑り、森を抜け、丘を越え、橋を渡り、平野を安定した速度で走行していた。

平野は霜が降り、薄く白い大地。遠くに木々が見え、街は見えない。平野を貫く単線とそれに沿う砂利道のみが平野の構造物だ。

 

「瀬戸!遠目に街が見えてきたぞ!おそらく目的地だ!」

 

機関車から身を乗り出し元気そうな有佐。

 

「ふぁ〜〜ぁ…」

 

それに対し瀬戸は夜明け前頃からあくびが止まらない。

瀬戸の時計では10:56を指している。

太陽も昇り、少しだけ暖かくなるお昼前、機関車は夜通し走行し、目的地であるタンボフの街はもう目の前。

 

「瀬戸、大丈夫か?アタシが運転変わろうか?」

 

「いや、大丈夫だよ、もうすぐ目的チふぁ〜〜ぁ…」

 

瀬戸は頑なに運転を代わろうとしない。

 

「そうか、瀬戸が大丈夫ならいいんだが、ほんとに辛かったら言えよ?すぐ代わるから」

 

有佐は心配そうに声をかける。

 

「ありがとう、大丈夫、もうすぐで着くから」

 

瀬戸の視界でも少し先に街が見え始めてきた。姿勢を正し、気分を入れ替え、目的地に向かう。

有佐は近づいてくる目的地を見たり、子供たちの様子を見たり、焚口戸に石炭を突っ込んだり寝起き早々(10時半起き、子供たちより遅かった)せわしなく動いている。

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

 

「もうすぐ着くの?」

 

「あぁ!もうすぐ安全なところに着くぞ〜」

 

ユクトとリンフィアと有佐のやり取りがあったり、もうすぐ長旅もおわる感覚があった。

瀬戸がハンドルレバーを動かし、機関車を加速させる。しかし、なんの反応もない。

もう一度。増速しない。

 

「まただーぁぁ…」

 

瀬戸は嘆きながらブレーキハンドルを動かし減速させる。みんな起きてるので少し乱暴に。

3人は推進力に身体を揺らされたがすぐ機関車の減速に慣れる。

速度も落ち、機関車の走行音も小さくなってきたとき、後ろから耳慣れない音が聞こえてくる。

車が何が走るような音。

何かと思い振り向いたその時。

 

銃口を向けられた。

 

「大人しくしろ!」

 




特務官は何でもできるのです(個人差あり)

特務官はよく寝るのです

次回は頭の中にあるのです、文字に起こすかどうかわからないのです
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