【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
どしどし入れてほしいです!めっちゃやる気が出ます!
どん底からのリスタート
ホッカイドウシリーズ…
それは、中央URAと唯一対等に渡り合える"地方"ローカルシリーズである。
ナイターレース、官民連携型経営方針、外国交流、さらには全国に先駆けてインターネット投票システムを導入したりなど、先進的で奇想天外な策を打ち出し、トゥインクルとホッカイドウの二大体制を築き上げ、現在に至る。
少子高齢化の中、入学希望者数は年々増加しており、売上もまた増加しつつあり、未来は明るいと断言はできないが、少なくとも暗くはないだろう。
地元から愛され、北海道の産業基盤として、国際的にも認知されて無視できない存在にまで成長したホッカイドウシリーズだが、その地方の頂に至るまで、"とある男の奮闘"があった。
「うっそだろおい…」
俺は姿見の前に立ち、粘土をこねるように顔をペタペタと触る。
「見たらわかる、めっちゃ老けとるやん…」
これマジ?いきなりおっさんになってて草(絶望)
俺は土木現場勤めの20代男性である。仕事終わりに自宅でちょこっとアプリウマ娘をプレイしたのちに仮眠をとったのだが、目が覚めたら全く知らない部屋の椅子に座っていたうえ、40~50代の老け顔のおっさんになっていたのである!
この逆コナン現象に、思わず俺は困惑する。
これはもしや、"寝て起きたらおっさんになっていた件について"が始まるんじゃねーのこれ?
と思いつつ(ラノベ並感)、とりあえず部屋を細部まで見て回る。
「脱出ゲームみたいだな…ん?おっとこりゃ…」
適当に戸棚を開けると、中にはファイリングされた謎資料が沢山入っていた。
とりあえず目に入ったファイルを一個取り出して、中身を確認する。
"1984年度決算"とデカデカと書かれたファイルを一枚捲ると、息苦しい程沢山の数字がぎっしりと詰め込まれており、俺はそれを見た瞬間、理解するのを諦めてそっとファイルを閉じた。
臭いものには蓋をしよう精神である。
ファイルを元の位置に戻して、さらに何処かの誰かも知らない部屋を漁る。
窓際に置いてある机と椅子の方に目をやると、万年筆や団扇に混じってパンフレットらしきものが目に入った。
パンフレットの表紙には、"これで丸々マル分かり!旭川トレーニングセンター学園のすべて!"と書かれていた。
流し見するぐらいの感覚でパラパラとページをめくっていると、ある部屋の全体を写した写真に目が釘付けになる。
「え?これって…この部屋じゃね?」
"理事長室"と題して紹介されている部屋が、俺が今いる部屋そのものだったのである。
また、その下に理事長からのコメントというものがあり、吹き出しにコメントが書かれているという体で横にも写真が掲載されてあるのだが、その写真の人物がどこからどう見ても今の俺なのである。
ということはつまり、俺はどこかの地方トレセン学園の理事長になったというわけだろう。
また、この世界にはウマ娘が実在するということも分かった。
俺はもともとウマ娘プリティーダービーの世界観が好きだったので、ウマ娘がいる世界で暮らすという絶対に叶わないような夢が叶って嬉しいっちゃ嬉しいのだが……
どこの誰か分からない地味に地位が高い謎の中年男性にいきなりなってしまったので、素直に喜べないばかりかむしろ困惑している。
まあそんなことはさておき、悲観ばかりして下を見ているだけだと事は進まない。大事なのは前を見て、前進することだと自分を鼓舞し、パンフレットを隅々まで読む。今は情報が必要なのだ。
また、ついさっき読むのを諦めたあのファイル群にも手を伸ばす。
それからしばらくして、これがラノベだったらよかったのにな(願望)……なんて冗談を思いつつ、俺は夕方まで様々な資料に読み浸かっていた。
はぁ~~~~~~~(クソデカため息)
ぬぁぁぁん疲れたもぉぉぉん!と、目力を発揮して叫びたかったが、知らない人からしたらただただ寒いだけなので、グッと堪える。
そんなことはさておき、分かったことを出来るだけ簡単にまとめていこうと思う。
まず、今は1985年で、シンボリルドルフがトゥインクルシリーズを席巻している真っただ中だ。
また、ここはサザエさん時空ではないということも分かった。
マルゼンスキーはとっくのとうにトレセン学園から卒業しているうえ、ナリタブライアンやスペシャルウィークなどといった史実における未来のウマ娘が全く話題にされていないので、生年月日のズレがあるが、少なくとも活躍時期は現実に沿った時空だというわけだ。
そしてここは、地方都市から少し離れたところにある地方トレセン学園だと言うことも分かった。
イメージとしては、シンデレラグレイのカサマツトレセン学園みたいなものだろう。
だがここで、俺はふと疑問に思った。シンデレラグレイ一巻冒頭で、全国にある地方トレセン学園が紹介されていたのだが、その中に"旭川トレーニングセンター学園"や、岩見沢トレーニングセンター学園なるものは描かれていなかった筈である。
どういうこっちゃと疑問に思ったのだが、少し踏み込んで考えてみれば、答えは簡単だったのだ。
それは、"廃校"されていたからなのである。
それを裏付けるように、この学園の経営状況はかなり危うい状況だというのが、数字に現れているのである。
最後に俺の立ち位置を述べて終わろう。
案の定、将来廃校になる学園のトップだということが確定したのである。
絶望……ッ!圧倒的、絶望ッ!!
俺はソファーに座り、頭を抱えて現状を嘆く。
いくらツヨツヨメンタルとポジティブ思考があったとしても、将来沈没が約束している泥船に乗せられている事が分かったら、そりゃもう悲観する他無い。
確定したグッドエンドほど嬉しい事は無いが、確定したバッドエンドほど悲しい事は無いのである。
だがしかしである。こんな危機的状況だからこそ、むしろ逆境を乗り越えて勝利を掴みたいと思い始めたのである。
いわゆる、成功した未来を夢見て一時の安堵を得る現実逃避と言えるだろう。
馬鹿馬鹿しく思えるかも知れないが、その夢を実現する事が、この約束された崩壊を回避できる唯一の方法なのではないだろうか?
「……やるしかない!!」
俺は決意した。この学園をなんとかして立て直そう、と。そして、二度とこのような危機に陥らないように、北海道全体を盛り上げてやる!と、俺は熱い志を持った。
「そういや、家どこだ?」
改革を始める以前に問題があるかもしれない。
・・・
「おはようございまーす!」
「こんにちわー!」
生徒の元気一杯な挨拶に対して、俺は笑顔を浮かべて手を振って返す。
中身は一般オタク男性だが、端から見る分にはどこにでもいそうな優しいおじさんだ。
そんな俺は今、あることの調査のため、生徒が多く通る玄関付近で立っている。
それはずばり、"士気"である。
生徒の場合、走りに対してどれぐらいやる気があるのかだとか、どれぐらい誇りと自信を持っているかだとか、そういう"数字に表れない部分"を把握しておきたいのである。
そのようなことを把握しておきたいわけが、前世にあった。
前世でよく読んでいたシンデレラグレイの冒頭で、あまりやる気のないウマ娘がいた描写を思い出したのである。
なぜやる気がないのか?それは言うまでもなく、地方だからである。
言うまでもないかもしれないが、中央と地方では大きな"格"の隔たりがあるのである。
現実競馬でも、中央の落ちこぼれが地方に転入なんてことは日常茶飯事で、中央で生き残ることは非常に難しいことなのである。
対して地方というと、あまりそのようなことはなく、中央と比べて入学ハードルも天と地ほど差があり、比較的簡単だ。
また、選りすぐりのエリートが鎬を削る中央では、そんな低レベルな地方に対して偏見が存在するというのも、紛れも無い事実だ。
夢破れたウマ娘や、かつて中央を目指していたが、これまた夢破れて地方に流れ着いたトレーナーが多くいるのが現状だ。
なので、地方には"中央に対する劣等精神"が存在しており、それがやる気やモチベーションの無さ、もといシングレ冒頭のようなことに繋がったのだろうと、俺は考えている。
「やっぱり、か…」
当たってほしくなかったが、案の定俺の見立ては当たっていた。
トレーナーと生徒、どちらも全体的にやる気のなさが目立つばかりであった。
理由は、やはり地方であるということからくる劣等感であった。
―どうせどれだけ頑張っても中央みたいにはなれない―
と、ついつい漏らすトレーナーや生徒が多く見られた。
最初からあきらめているのである。
「やっぱり、根底から覆さなきゃダメなんだろうな…」
俺はこれから始まる作業の多さを想像して、またも絶望する。
例えば、木を切れば切り株が残る。目に見える結果が残るのである。
そして、いまから俺がやろうとしていることは、そういう目に見えるものではないのである。
腰が折れるような作業である。ぱっとすぐにわからないので、あのお決まりの達成感を得づらいというのがちょっと残念だ。
しかしながら、今のうちに手を打っておかないと、これからやってくる平成の経済爆弾らに対応できず、今ここで働いている職員、そして青春を過ごす生徒たちを危機に晒すことになってしまう。
それだけは、回避しなければならないのだ。泥船にオールをつけるために俺はやるのである。
・・・
「諸君、わしは改革を推し進めることを、今ここで宣言する…!」
転生してから数日ほど経ったある日のこと、すっかりそれらしい立ち居振る舞い方をマスターしてきた俺は、学校長や人事部長などといった重鎮が集まる会議で、パラダイスみてぇなトレセン学園を作りてぇと宣言した。
「…それで、改革とはどのような内容で…」
「いい質問だ!まず初めに、意識から取り掛かろうと思っている」
「意識…ですか?」
財政だとか校則などではなく、まさか精神面から来るとは思っていなかったであろう。
皆ポカンとした顔になっているのである。
「そうだ、まずは意識から始めようと思う。なんせ、みんな最初から諦めているではないか、「どうせ地方だから…」とね」
そう言うと、円卓を囲う重鎮らの顔つきが曇る。やはりどこか思い当たるところがあるのだろう。その様子はまさしく、図星を突かれたようであった。
「できっこない、そう思っていないだろうか?そのような前提が、無意識にあるのではないだろうか?と、わしは思う」
「…そのような思い込みがあるのも、無理はないと私は思います。理事長先生はすでに把握済みかと思われますが、この学園やホッカイドウシリーズそのものが、この好景気に置いて行かれたかのように緩やかな傾斜期に入りつつあります。本部も、ここも、少ない資金でやりくりして、何とか体面だけは保てているのが現状です。…えー、正直に言いますと、改革をするための資金を捻出するのは、かなり難しいです」
「清水経理…やはり君はそう思っているのか」
学園の資金を管理する経理部長が異を唱える。
まあこれは想定内だ。それに、周りがイエスマンまみれだと間違いに気づけず、気づいた時には
☆大☆惨☆事☆なんてこともありうるので、むしろ安心した。
報連相はしっかりしておいた方が良いのは、前世で学習済みだ。
「予算が少ないということは、"改革できる範囲が狭い"という解釈でいいだろうかね?清水経理」
「え!?え、えぇ…まぁ…そうなりますね」
「つまり、どんなに小さかろうが、改革はできるということだね?」
「…はい、その理論で行くと…」
「ならよし」
少々強引な方法で、改革はできることを認めさせた。
資金とは、いわば選択肢だと俺は思う。資金が多ければ多いほど、大胆な改革を打ち出せるが、少ないとできる範囲が狭まる。だが、金がある限りできないことはないのは確かだ。
もっとも、赤字でなければの話だが…、今はぎりぎり黒字だ。
「…それで、具体的にどのような改革を」
「最初の意識改革を終えたら、具体的には二つに絞ってやっていく予定だ。一つ目、入学希望者の増加。二つ目、レース場入場者数の増加。期間は五年だ。受験費があるだろう?入学希望者を増やして、受験費をより多くとることで財務状況を改善するつもりだ」
「では、どのような方法で入学希望者数を増やしていくつもりなのですか?理事長先生」
「小、中学校向けの体験入学を増やし、ポスターも学校に貼り付けたいところだ。あとは、制服の変更が目玉だ」
「制服の変更…!?」
周りがざわつき始める。そりゃそうだろう、伝統を捨てると言っているようなものだからだ。
「正直言って、あの青黒いセーラー服では注目を集められんし、陳腐化したデザインだ。それに、若い女の子のファッションセンスをそそるようなものではないだろう。そこで、だ。新しくて、都会的なデザインの制服を導入すれば、わが校の魅力を上げられると考えているのだ。イメージはブレザーだ。それに伴って、身なりの校則も緩和しようと考えている」
「ちょっと待ってください。制服の変更には多額の出費がかかります!それに、取引先の変更期間、契約料も考えたら、かなり金も時間もかかります。改革途中に資金が足りなくなった場合の対策はあるんですか?」
「改革の効果はすぐには出ないことを承知してほしい。だから、一時的な収入減もやむを得ない。それはさておき、まず、資金が足りなくなった場合はできるだけわしが私財を出す。それでも足りない場合は、銀行から融資を受ける方針だ。もっとも、大惨事にならないように、わし自身が保証する。すべての責任をわしが請負う」
「そう…ですか。では、レース場入場者数の増加の件は…?」
「ここのレース場の命綱は、旭川から来る来場者だ。だが、旭川の住宅街や市街地は、ここからかなり距離がある。それがネックになって、来場者数は横ばいになっているのが現状だ。そこでだ、ここへ来やすくなるように交通の便を改善するため、バス停の誘致を考えている。あと、ここへ来る理由を増やすために、屋台の出店も増やそうと考えている」
「し、しかし理事長!!改革が失敗して財政状況が悪化したら、それこそ本末転倒です!」
「やらなくて後悔よりも、やって後悔だと思わないかね?このまま沈み逝く様を、何もせず見続けるのかね?わしは、それが一番の悪手だと思うのだ」
「…!」
皆、先ほどまでヤジが飛び交っていたのに、悟ったかのように静まる。
流れは完全に掴んだ。今がチャンスである。
「清水経理…、資金の動向を長年管理し、金の重みを人一倍理解している君なら、現状維持のほうがいいと思う気持ちもよくわかる。失敗を恐れる気持ちもよくわかる。だからこそ、わしはなんとかせねばならないと思うのだ。我々は今、泥船に乗っている。何もしなければ、いずれ沈む。泥船だから沈むのでは?そう思うかもしれない。実際そうだ。泥はいずれ溶けておしまいだ。だが、長く浮かすまでと言わなくても、何とか岸にたどりつく、という方法は残されているのだ。皆、何かわかるかね?」
「…漕ぐ、漕げば岸にたどり着けると思います」
人事部長が、恐縮した様子で言った。
「その通り、パーフェクトだ。そう、漕ぐのだ。知恵を振り絞れば、助かる道は残されているのだ。できっこないという前提が、助かる道を邪魔しているのだ。諸君、だからわしは意識から始めようと言ったのだ。少し見方を変えれば、見えるモノは変わってくるのだ。今まで見えなかったものが、見えるはずだ」
さあ、いよいよ大詰めに差し掛かってきた。
「諸君、わしだけではこの学園を救うことはできない。皆の協力が…一致団結しなければならないのだ。わしだけでは、挽回の策を生み出すのに限界があるのだ。わしだってただの人間だ。人間だから、間違うことだってある。お互いに間違いを問い正し、より良い方向に持っていけるような皆のアイデアが必要になるのだ。それが、わしの改革第一弾…"意識"なのだ。この改革には、皆の協力と連携、団結が必要になる。老いも若いも関係ない、生徒も教員も関係ない。皆一丸となって、改革に取り組む…それぐらいの覚悟が必要なのだ」
言い終えた。俺はこの改革に捧げる思いと覚悟を、すべて吐き出したつもりだった。
俺は本気だ。だが、それが相手に伝わらなければ、意味がない。
どうやら、説得は一筋縄ではないようだ。
・・・
はぁ~~~~つっかれ!(クソデカため息)
転生してから早数週間、何度にも及ぶ学園の重鎮らとの会議でようやく今のうちに手を打っておかねばならないと説得することに成功した俺は、理事長室の椅子に腰かけて、クソデカため息を吐く。
「まぁ、信じてもらえるわけがないよな…」
一人そう呟く。今の日本は、パラダイスみてぇな好景気の真っただ中だ。
将来、銀行が経営破綻するような未曾有の不景気が訪れる!なんていっても、今の価値観からしたら現実味がなさ過ぎて信じてもらえないのも無理はないだろう。
だから俺は、様々な資料や法則、さらには歴史なんかも引っ張り出して、早く手を打たないとまずいことになることを必死に説明した。
その姿はきっと滑稽に映っただろう。しかしながら、改革を認めさせた時点でこちらの勝利だ。
ちなみに、会議を重ねる数週間、奇妙なことが起きていた。
「あ^~、ちょっと思い出してきたぞ…」
万年筆で適当に書いていると、突如存在しない記憶が脳内に溢れ出す…!
どういう原理かはわからないが、何かしらの本を読んだり、食べ物を食べたりすると、断片的に記憶が蘇るという謎な現象が起きているのである。
本当に訳が分からないのだが、そういえば前世で似たような話を聞いたことがある事を思い出す。
例えば、とある格闘ゲーマーが突如記憶喪失になってしまったが、覇王拳の撃ち方だけ覚えており、とりあえずそれをやってみたところ一部の記憶が蘇り、それを契機に他の技を試したところ、記憶がほとんど蘇った、という事例があった気がするのだ。
脳が忘れても、体は覚えている…というか染みついているという訳だ。知らんけど。
とまあ、実際にとある行動がきっかけで記憶が蘇った、という事例は本当にあるらしく、おそらく俺もその一例に当てはまるのだろう…と解釈している。
で、ここで疑問に思うかもしれない。
―じゃあ、今までどうやって経営してきたの?―と
答えは簡単だ。俺が何もしなくても学園は回る立ち位置だったからだ。
会社は社長、または会長を軸に動いているが、社長が直接営業をしたり、人事採用をしたりすることはあまりない。営業なら営業課の人が、人事なら人事部が…といった具合に、役割を分担して動いているのが実像だ。
大雑把に言えば、社長とはいわば司令塔のようなものだ。
指令がなくても、すでにやるべきパターンは出来上がっているので、今まで通りにやれば、一応動けるのだ。
み〇ほだって一応動いているのだ、少しぐらいなら何とかなるものだ。
だから、今日まで何もやらなくても何とかなってきた。
だが、そろそろ何もしないというのが毒になってきたのが現実だ。
もうそろそろ本腰を上げて、動かねばならないのだ。理事長として、数百名の生徒の青春のため、数百名の職員の飯のため、沢山の思い出が集まるこの学園の存続のために、俺は俺の役目を果たさなければならないのである。
・・・
「これはトレーナー用ので、これは高等部三年生用のもの…。あとこれは教師用ので…」
俺は原稿に間違いがないか探っていた。
これはアンケートだ。この学園で勤務する職員や、青春を過ごす生徒たちにどのような不安があるのか、隅々まで把握しようと考えたのだ。
もちろん、ただ集めて終わりなんてことはない。集められた意見を解決する策を取り入れ、改革案を修正しつつ、改革を最高の形で完遂するのが目的だ。
また、問題を解決できればイメージアップにもつながる。現場の苦悩に耳を傾け、さらに解決すれば、本気で今を良くしてくれると信頼してくれるはずだ。
いくら改革したところで、内面が変わっていなかったら大して意味がない。
それどころか、愛想や信頼を尽かされるだろう。さらに言えば、悪評が広まる可能性だってある。
そんなことはさておき、原稿に間違いがないか確認し終えた俺は、印刷機を作動させる。
アンケートの対象がこの学園にいる者ほぼすべてなので、印刷する枚数がとんでもないことになる。あんまりにも大量なので、途中で壊れたりしないかが心配だった。
ちなみに、印刷費はすべて自腹だ。
・・・
「物申すアンケート???」
トレーナー職員室にて、一人の若年男が声を上げた。
「そうだ。理事長先生がこれを書くように指示したのだ。期日は三日後、ここにケースを置いておくから、書き終えたらケースの中に入れること、いいね?返事!」
「「はい!」」
その場に集まっていたトレーナーらは、威勢よく返事をする。すると、それに力をすべて使い果たしたかのようにへなへなになっていく。全体的にやる気のなさが蔓延っているのである。
「え~?「トレーナーの皆様、お疲れ様です。不満に思ったことや、こうしてほしい、ああしてほしいなど改善してほしいことを遠慮せず書いてくださいby理事長」だってよ、お前らなんて書く?」
「文字通り物申せばいいんだ、理事長だってそう申しておる。じゃあ早速…"給料上げて"っと…」
「まてまて、きっと不満を吐いた奴から"クビ"を切っていくんだ。こんなの乗らないほうがいい」
一人の若年トレーナーが、これは罠だと言う。
現場の職員らは、あまり改革に乗り気ではないというのが現状で、相変わらずの低調さである。
ご存じの通り、これは罠などではなく、首を切ろうなどという魂胆は微塵たりともない。
もっとも、今のところの話だが…
「…理事長は改革を推進しているそうだ。しかも、その改革の中に俺ら現場の協調も入っているらしい…」
「へぇ…この薄給で?頑張れと?」
「まあそんなカッカするなよ。つまり、改革のために俺らの反発を生むような事はしたがらないはずだ。だから、解雇…なんて愚行は絶対しないはずだろうよ。仮にそうなったとしても、組合に助けてもらえばいい。だから、今は思う存分、不満をこの紙に吐いちまったほうが身のためさ」
「成程ねぇ…」
・・・
「結構閑散としているな…」
アンケートを配布した次の日が休日だったので、俺はレース場に赴いていた。
学園の施設と、レース場の施設が一体型となっている地方じゃよくあるタイプで、俺ら旭川トレセン学園関係者からすれば、歩けばすぐ近くだ。
ただ、普通の来場者からすると、そうではない。
隣にも小規模な街があるが、最も大きな顧客は、やはり旭川市だろう。
名前に旭川と付いているので勘違いされやすいが、実際は市からまあまあ遠い場所にあるのだ。
また、ここは地方だ。中央ほどの格はなく、目ぼしいモノも無い。したがって、わざわざ見に行きたい!と思う要素が少なく、列車やバスの運賃を払ってまで見に来ようとあまり考えられていないのが現状だ。
「オグリみたいなスターがいれば、少しは変わるんだがなぁ…」
客寄せパンダがいない…俺はついつい愚痴を漏らす。
「オグリ…とは誰ですか…?あまり聞いたことがない名前ですね」
「あぁ、それは…」
おそらく土木現場勤めであろうつなぎ姿の40代と思しきおじさんが、俺の愚痴に反応する。
「俺にとってのスターみたいなもんです。ところで、あなたは?」
「しがない土木勤めで、ここの常連といいましょうか」
「ははぁ、常連ですかぁ…」
なんとなんと、この人はここの常連だという。
これは、常連目線から見た問題点を聞き出す絶好のチャンスである。
「そういうあなたは、あまり見かけない顔ですね。もしかして、ここは初めてで?」
「んまぁそんな感じですね」
常連の顔を把握しているってもはやプロでしょ。と、心の中で突っ込んでいると、レースが始まった。
「順調なスタートですね、あの子は特に将来の走りが期待できそうです」
「へぇ、見ただけで分かるってなると、やはりあなたは余程ここに通い慣れていると…」
「趣味がレース観戦でしてね、素人ですが目利きには自信がありますよ」
「ははぁ、それはすごい…」
謙虚気味な口調だったが、最後の最後で土木のおっちゃんはドヤ顔をする。よほど誇りと自信があるのだろう。
そんな事はさておき、土木のおっちゃんと駄弁っていると、ついにレースは終盤に差し掛かる。
「チェルカースィ耐える!耐える!耐える!ここで抜け出すホッカイクリオネ!」
「……!!」
逃げと追い込みの真っ向勝負、最後にどちらが勝つかは分からない大接戦である。
この手に汗握る展開に、俺とおっちゃんは固唾を飲んで見守った。
「ホッカイクリオネ抜け出してゴールイン!!」
ゴールインした瞬間。なんとも言えぬ感情が俺の脳内を駆け巡る。だが、それは悪いものじゃない。むしろ、心地よいものだ。
「この手に汗握るハラハラ感…そのあとのゴールイン…!これだからレース観戦はやめられない!」
「……良いですね」
ボソッと自分の気持ちが漏れる。
「ですよね!この気持ち、是非とも多くの人に知ってもらいたいところですねぇ……」
「えぇ、まぁ……」
そう言うと、俺とおっちゃんは周りを見る。ポツポツと人はいるが、最大収容人数15000に見合わない閑散ぶりだ。
「やっぱりここにスターがいれば、もうちょっと人が来ると思うんですけどもねぇ……」
おっちゃんはごもっともと言わんばかりに相づちを打つ。
「そうですね…うちに中学生の甥っ子がいるんですけども、ここがやってる休日の日は中央の方をテレビで観戦しているんですよ。ここは生で見れて迫力を感じられるのに、勿体ない……」
「ほほぅ…そうですか」
「あ、もうそろそろで休憩時間が終わるので帰りますね。色々と駄弁れて楽しかったです。さようなら!」
「さようなら!お気をつけて!あと、いつも来てくれてありがとうございまーす!」
ズボンのポケットからタオルを取り出し、それを首もとに巻くと、おっちゃんは手を振りながら早歩きで出入口に向かっていく。
それに対して俺は、手を軽く振って見送った。
これは興味深い証言だ。これはもしかすると、入場者数を増やせるヒントになるのでは?と考えた俺は、あの証言を忘れないように、ポケットからメモ帳を取り出してメモした。
読者年齢層調査
-
10代以下
-
10代
-
20代
-
30代
-
40代
-
50代
-
60代以上