【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
な ま ら 寒 い
という訳で、季節は冬になった。
外を見渡す限り、太陽の反射で目がチカチカと痛むぐらい一面雪景色の今日この頃、雪に覆われる田畑と山の景色を眺めて、さすが北海道といった感想がポッと出てくる。
スーパーカムイならぬスーパーサムイな温度のせいで、外に出るたび室内と外の温度差に震えるばかりであり、俺は外の寒さに嘆く。
「くそっ!寒くて力がでないっ!」
と言ってバタコさんが来るほど世の中は甘くないし暖かくない。ついでに金もない。
仕事のためなのだ、しかたないのだ(ウインディ並みの感想)と自分に言い聞かせて、酷寒を耐え凌ぐ。
そんな事はさておき、高卒率の高さとその後の就職率の割合、そして新社会人において必要とされる諸々の事を踏まえた結果、やっぱり中央に勝てるわけがないので大人しく高卒後に就職を前提とした教育方針を固める事と、その為に必要とされる教育を念入りに選定することになった。
まず、校長曰く商業高校がわりと参考になるよとのアドバイスを貰ったので、市の教育委員会を通して視察なり資料なりなんなりしてデータを集めてノウハウを積む。
そして、高校を卒業した後に就職した職種やその職種で必要とされる資格、又は持っておくと有利な資格を集めたデータを元に、どこに行っても通じる汎用性が高い資格を教育過程に組み込む。
危険物や商業薄記などといった特定の資格に特化することも視野に入れていたが、いかんせん割くことができる時間や予算、資格を持ってるだけでほぼ活用機会のない業種に就職する可能性を踏まえると、汎用性が高い……例えば英検や漢検など、とりあえずどこに行っても通じる資格を優先した方が良いと判断したのである。
また、前述した2つの資格のような教育過程に含まれなかった(というか泣く泣く外さざるをえなかった)資格も、取りたい気持ちがあるのなら喜んで後押しする構想は、前々から変わっていない。
「よいしょーッと!!あー腰がキツいったらありゃしねぇ……」
資格の参考書諸々が入ってなまら重い段ボール箱を、図書室の一角に運ぶ。
そして、新しく設置した棚に一冊づつ入れていく。
「うし、これで図書室は終わりだ。で、次は教室かぁ……」
という感じに、汎用的でオーソドックスな資格から、専門的でマイナーな資格まで、仕事で役に立つ資格を揃えた参考書等の書物を、図書室や教室、そして寮に設置しておく。
貸し出し可能な参考書を配備する事で、わざわざ生徒自身でお金を出して買わなくても、借りる事で出費を抑えて資格の勉強をすることができるようにするという目論見である。
それと、実際に手に取らなくても、興味を持ってもらうだけでも充分効果があるはずだ。
ちなみに、これら参考書は全て自費である。出費が洒落にならないっピ!(ヤケクソ)
これで終わり!閉廷!……とはいかないのが、未来知識を組み込んだ教育改革である。
資格以外にも、嘗めてかかったら痛い目を見るランキング堂々の一位である"税"に関する授業を、高校生に当たる高等部に向けて大々的に実施する予定だ。
例えば、年末調整の書き方がそれに当たる。
また、税の計算方法を早い時期から体幹に刷り込むべく、例えば「Aさんは所得300万円のトレーナーです。ですが、ある日競艇で3800万円を的中させました。このときに発生する税金はいくらになるでしょうか?」的な問題を、テストに載せるのである。
税の他にも、社会に出たらうまいことこなさなければならない事がたくさんある。
例えば、人との付き合いがそれに当たるだろう。
社会におけるマナーや、異性との付き合い方、契約の重要性や危ない勧誘に対する対策方法など、学園の重鎮や職員、そして生徒会というそれぞれの"現場"を交えた会議で練りに練られた案を、教育過程に組み込む事になった。
さらに、昭和の時代においてかなり急進的な改革計画も、来年度から実施する予定である。
それはずばり、[規則緩和][いじめの根絶][体罰廃止]の三つである。
話が逸れるが、"僕らの七日間戦争"という作品はご存知だろうか?
内容を大雑把に表すと、―子供である主人公らを抑圧する大人達に反抗する―という話である。
この作品が公開されたとき、親や学校からの圧政に苦しむ子供らを中心に大きな反響を及ぼして、現在に至るまで語り継がれる有名な作品である事は、周知の事実だろう。
いったいなぜ、当時の子供たちにそれほど影響を及ぼしたのか?
ずばり、自由にあこがれていたからなのではないか?と、俺は考察する。
親の熾烈な躾、甘えだと切り捨てられるいじめ、過剰な体罰、パワハラ……すべてがこうであったわけではないが、今と比べてゆとり教育以前の子供の環境と言うものは、かなり厳しいものだったと考えるまでもない。
だからこそ、規則緩和にいじめの根絶、そして体罰廃止という自由化の改革は、とてつもない魅力と話題性に繋がるはずであり、ありとあらゆる形の暴力に苦しむ生徒や職員に対する救済と恩返しになると俺は考えたのだ。
国がゆとり政策を推し進める以前に、ましてや昭和という良くも悪くもパワーイズジャスティスな時代で、このような自由化の改革は、反対派にとって恐ろしく甘ったるいものに見えるだろう。
『教えはどうした!教えは!』
とでも声を高らかにして、さも当然のように口を出してくるだろう。
だがしかし!中身未来人の俺が学園のトップな時点で、反対派は詰みだ!
汚い話になるが、このまま権力と民意にものを言わせて教育改革を断行するのである。
1987年より実行に移された旭川トレセン型改革は、実行当初世間から冷たい目線で見られていた。
『子供が怠けては、将来社会が回らなくなる』
という、新聞に寄せられたフレーズが有名だろう。
だがしかし、世間がどれだけ冷たくしても、理事長の熱い信念を冷やすことはできなかった。
そうすること数年、旭川トレセン学園の改革は着実に実を結び、北海道で屈指の人気校になったのである。
そして、旭川トレセン学園の教育改革を皮切りに全国的に巻き起こった教育改革のブームは
後に[教育の春]と呼ばれることとなる。
―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―
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