【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
中央の設備は、かなり充実している。
ベンチプレスやトレッドミル(ジョギングマシン)といった器具はもちろん、実際のコースを模した練習場や、坂路といった設備が代表的な例だろう。
このような"選択できる暇"が発生するほど充実したトレーニング設備によって、中央のウマ娘はのびのびと鍛え上げられていくのである。
対して、地方トレセンの設備はKBTITの下半身並みに貧弱だ。
ベンチプレスなどはあることにはあるが、中央のと比べると古いうえに少ない。
また、コース練習場の規模もかなり小さく、建設費がかかる坂路なんてものはあるはずない。
そう、全体的にバリエーションが貧弱なのである。
このようなトレーニング環境の差が、地方が中央に勝てない最も大きな原因であると同時に、ブランド力(魅力)の脆弱さを招いているのである。
このままでは、いつまでたっても中央に勝つことができないし、地方に対する偏見を払拭することはできない。
かといって、大規模投資できるほどの金なんてどこにもない。
そんな八方塞がりの状況下において、俺はとある盲点に気づく。
それは、"スポーツ医学"である。
その発見のきっかけは、些細なものであった。
それは、とある休みの日のことだった。
この世界における過去の名ウマ娘はどんなものだろうと図書館で本を読み漁っていたところ、テスコガビーというウマ娘の記述が目に入った。
「後ろからはなんにも来ない!」というフレーズで今尚名高い快速ウマ娘の彼女の最期は、トレーニング中に心臓停止というあまりにも儚く、そして悲しいものであったのだ。
純白無垢なウマ娘ワールドはやさしいせかいじゃないってこれマジ?死人出るん?
『嗚呼三女神よ、あなたはなぜ、幼き少女に過酷な運命を課すのか?』
と、俺は思わず叫びそうになった。
これだけなら、ただ悲しんでおしまいだった。だが、ここで俺はあることに気が付く。
「あれ、そういえばこの時代って、まだスポーツ医学が浸透してなかったんだっけか……」
そう、今はまだ1987年で、ゴリッゴリの精神主義が蔓延る時代なのである。
今から考えると、とても信じられないような手法が、この時代にはまかり通っていたのである。
例えば“水を飲んではいけない“だったり"うさぎ跳び”などなど、なんだクォレハ……たまげたなぁ……な案件が、恐ろしいことに“常識”だった時代なのだ。
こういった科学よりも精神を重視した非効率な習慣は、選手の命を、"花"のように散らしていったのである。
いや、気づいていたが認めたくなかった――と言った方が、もしかしたら近いニュアンスかもしれない。なんせ、スポ根の方が分かりやすい"華"だからだ……。
ともかく、その事に気づかされてから、中央のトレーニングに対する見方がやや疑問寄りになった。
そして、その疑問を解消するべく、俺は中央のトレーニングの様子を調べるという行動を起こした。
テレビなりラジオなり新聞なりなんなり、果ては元中央のトレーナーや職員の証言から、謎に包まれたヴェールの裏を探った。
結果はビンゴだった。
一見すると極限まで効率化されていたように見えたそれは、トレーニングを施すトレーナー自身がやや古く、精神主義に傾倒しており、設備は効率化されていても、肝心のトレーニング方法そのものが非効率的という本末転倒なものだったのである。
つまり、せっかくいい設備があるのに、非効率な方法をゴリ押して有望な選手を使い潰している。というのが、中央の現状なのである。
もちろん、このような科学を排斥した精神主義の傾倒は、中央だけではない。
地方もそうだし、何ならここもそうだ。
それどころが、日本全体が傾倒していると言える。
何度も繰り返すが、科学を無視した慣例的なやり方は非効率そのもので、本来であればもっと輝けた原石達をそのままにしておくどころか、意図せず粉々に砕いてしまうというもったいないの極みである。
そのような、時代というヴェールに隠されていた弱点こそ、中央攻略の道筋だ。
向こうがスポーツ医学を大々的に導入して本格的に質を高める前に、先にこちらが導入して、一時的ながらも質の面で肉薄攻撃してやろう…という算段なのだ。
というわけで、俺はさっそく行動に出る。
体育系や医学系の大学、そして専門家などを訪ねて、スポーツ医学に関する考えや研究、意見を収集する。
また、レースを引退した選手やトレーナー、そして野球や卓球などといった他種目のコーチや選手にも尋ねて、トレーニングに対する考えや意見を収集して、サンプルを集める。
さらに、あえて精神主義に傾倒するトレーナー陣の考えや意見も収集する。
敵を倒すためには、敵を知っておいた方がいいだろう。
かくして数か月にも渡って集めたサンプルをもとに、専門家らと協議して"新トレーニング要領"を製作し、それをトレーナー陣に配る。配る。配りまくる。何なら標語にもする。
「うぉ、なんじゃこりゃぁ……これが理事長の改革の一環だってのか?」
「え、なにこれは……(困惑)」
批判を通り越して、もはや困惑の領域に達しつつある今日この頃、全体的に困惑の目で見られているが、専門家らと協議して具体的な数値なり資料なりを載せて、従来の非効率なやり方を否定したためか、表立って批判する者はほとんどいなかった。
というか、中途半端に感情面を持ち出して批判しようものなら、「じゃあこれ論破できるの?」といった話に飛躍するという、シンプルにめんどくさい事になるのが一番でかいのだろう。
ゴリッゴリの正論パンチで反撃するという訳だ。勝ったなガハハ、風呂に入るぜ。
という冗談は置いておいて、中央に対抗するため、選手生命という花を枯らさないため、いまだに非効率が蔓延るトレーニング界隈にスポーツ医学を浸透させるべく、なおも活動を続けるのであった。
「あの頃にこれがあれば、志半ばでターフを去る者は少なかったかもしれない」
2022年、旭川トレセン学園を訪れた際にルドルフ氏は当時を静かに回想する。
ルドルフ氏が活躍していた当時は、まさにスポーツ根性な時代であった。
地を這い、泥にまみれ、血なまぐさい努力の末に、勝利する……
そのような美的概念の裏に隠れた無数の使い潰された想いと涙を、ルドルフ氏は見逃していなかった。
「過酷なトレーニングで、体や心を壊してしまう者が多かったんだ。そんな、砕かれた原石の上に立っていることがね……素直に喜べないんだ。彼女らは、もっと輝けたはずなんだ……」
学園の敷地内に設置された石碑を前に、ルドルフ氏は赤裸々に内に秘めた想いを告白する。
「理事長さん、あなたが残したものは、立派に輝いていますよ」
旭川トレセン学園を発端にしたスポーツ医学の浸透は、放任主義と管理主義の二派閥を生み出すことになったが、どちらも根底にあるのはスポーツ医学である。
そして、旧来の精神主義は双方に分裂する形で縮小し、時代とともに廃れていくのであった。
―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―
スポーツ医学って書きすぎてゲシュタルト崩壊しそう
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