【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
一勝よりも、一生を――
勝負の世界で、このような理想論を掲げている者は、はたしてどれほどいるのだろうか。
勝負の世界で栄光を掴み取れる者は、ごく一握りだ。
ほんのコンマの差しか違わない高水準の実力を持った者同士が、持てる力全てを出し切って、勝利という限られた玉座を奪い合うからだ。
無念の想いを抱えて、勝負の世界から降りてきた者の数は、とてもじゃないが数えきれない。
今日もまた、世界のどこかで、誰かが苦渋の決断をする。
残酷な現実だ。
これはレースに身を投じるウマ娘だけではなく、オリンピックの選手などといったありとあらゆるスポーツのアスリート達全員に与えられた宿命なのだ。
では、そんな勝負の世界から降りてきた者を迎え入れるのは誰か?
今までずっと、スポーツにすべてを捧げた彼ら彼女らを支えるのは、何なのだ?
答えは"誰もいない”だ。
嗚呼悲しいかな、世は冷酷なことに、成績不振な元アスリートの受け皿が不十分なのだ。
プロ野球や競艇で稼いだベテランが、引退後にとんでもない事になっているのが、たまに話題になっているだろう。
いったい何故そうなる?
それはずばり、スポーツにすべてを捧げたが故に、社会を知らないからである。
ウマ娘二期で、トウカイテイオーが挫折して一人でお出かけに行くシーンが、俺にとって最も記憶に新しい。
プリを撮ろうとしたら証明写真だったという描写があるのだが、それがスポーツに青春も時間も努力も何もかも捧げて挫折した者を表しているように思える。
年頃の女の子であれば、誰でも知っているはずのプリを知らない。
知ることがないほど、スポーツに熱中していた……
悪い言い方になるが、そんな"社会常識"と"社会経験"が欠如している者が、社会という大海原に放り出されてまともにやっていける筈が無いのは、想像に容易いだろう。
そのようなことで最も心配するのが、親である。
必ずしも成功するわけでもないのに、厳しい世界に行かせて本当に良いのだろうか?
夢を語る我が子に、現実を突きつけてまで、まともな進路を送らせた方が良いのか?
夢諦めて、燃え尽きてしまう我が子を見たくない――
と、子を心配する親の気持ちが、スポーツ界隈参入の最大の障壁なのである。
このことは、万年希望の受け皿である中央でさえも問題視されており、
「夢を叶えよう!」なり
「君も輝けるよ!」なり
「栄光を掴めるよ!」なりなんなり、柔らかい言葉を巧みに使って、不安を解して勝負の世界に手招きしている。
たとえそれが、破滅の道であったとしてもだ。
ここ最近、自分が教育者の立場であることが恐ろしく感じてきた。
なんせ、これから先70年も80年も生きる生徒の"生き方"を決めてしまう立場にいるからだ。
俺は教育者でもあるが、経営者でもある。
経営者は経営者として、利益を出すために行動しなければならない。
では、利益のために彼女たちの青春を喰い物にしなければならないのか?
甘い言葉で誘惑して、破滅の道を歩ませるのか?
それは無理だね、心が痛む。
だがしかし、感情を優先するのは、経営者として失格だ!非効率の極みになってしまうからだ。
効率化する為に、時には切り捨て、非情にならなければならないのだ。
しかしそれだと、俺は一生を後悔することになるだろう。
「金のために、たくさんの生徒の青春と人生を喰い物にした」ってね。
後悔することはまっぴらごめん!かと言って、エゴを優先したら経営がやばい!
そんな板挟みになって感情がぐちゃぐちゃになったときに、ふと天啓が頭に降りかかった。
「そうだ、うまい具合に混ぜればいいんだ」
ってね。
そう、エゴと経営を、魅力に結びつけるのである。
一見すると、地雷でしかないだろう。しかし、その地雷を加工して利益に結びつけてこそだ。
そうして出来上がったのが、"就職ルートの確立"である。
このことに対しては、幾らか前にも説明したので、今回は省こうと思う。
ともかく、もし就職ルートの確立が成功した場合を簡単にまとめると
・レースの成績が不振でも、安定した進路を行くことができる
・就職率の高さを売りにできる
・上記の二つによって、子の未来を不安に思う親の気持ちを和らげる
というような、ここだけの魅力につながるのである。
さらに、『ゆりかごから墓場まで』のように、生徒の人生に寄り添った姿勢をアピールすることによって、信頼と好印象を勝ち取ることができるのだ。
では、ルートを確立するためには何が必要なのか?
ずばり、優先して採用してもらえる"コネ"である。
汚い話だなと思うかもしれないが、なんだかんだ横のつながりは大切なのである。
人脈こそ正義、はっきりわかんだね。
というわけで、さっそく行動する。
まず、常連のおっちゃんの伝手を利用して、建築界隈に浸透して、徐々にコネを広げていく。
また、スポーツ医学を導入する過程でも、さりげなくコネを広げる。
ついでに、データを数年間送ることを引き換えに、指定推薦校枠を取ることができたことを、今のうちに述べておく。
かなりお得な条件だったし、進学の面での強みを作ることができて、めっちゃ大きな収穫だった。
さらに、レース場で観戦していた時にたまたま遭遇した自衛隊のスカウトマンから伝手を辿り、暫くして本部のお偉いさんと本格的に協議して、より明確的な自衛隊への就職ルートへの確立にも成功した。
その代わり、学校内でポスターやパンフレットを使って自衛隊のことを大々的に宣伝することになったのだが、むしろ職業への興味が湧いて良い事だろうと、好意的に解釈する。
また、給食関連から地域の食品業者や農協にも浸透したり、地方銀行や娯楽施設など、とにかく広めに広めまくった。
「すごい熱意だったねぇあの人は……」
当時食品会社の社長だった氏は、しみじみとあの時を語った。
「すごい熱意とは……?」
「えぇ、「一勝よりも一生を」「自分は生徒の人生を墓場まで保証したいんだ」ってね。ハキハキと、学校運営に対する想いを語っていたんです。だから私は思ったんです。あ、この人の想いは本当なんだなって」
進歩的な改革の推進は、当時世間の多くが冷たい目で見ていた。
だが、氏のように理事長の想いに共感し、協力する者も多かったのである。
―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―
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