【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、北欧に影響を与える

――レースを盛り上げたい!――

 

 という大志を胸の内に秘めているウマ娘が、スウェーデンにいた。

 そのウマ娘はのちに、『北欧シリーズ創始者』または『北欧版理事長』と呼ばれるのであった。

 

 

 

 

 

「いろんな人にレースの魅力を知ってもらいたいんだけどね、まぁその…うまくいってなくてさ」

 

「うーん、ご苦労さんとしか言えないね。はっはっは…」

 

 ゴトランドというウマ娘は、トレセン時代の友人に愚痴を漏らしていた。

 

 母がウマ娘であるゴトランドは、幼い頃に両親に連れられてレースを観戦した事をきっかけに、次第にレースの世界に興味を示すようになった。

 

 それからというもの、小学生を対象にしたレースに参加して賞を取ったり、列車と並走したり、余裕があればレースを観戦したりするなど、年を追うごとに走りに魅せられていった。

 そんな彼女がトレセン学園に入るというのは、至極当然の流れであっただろう。

 

 スウェーデン王立トレーニングセンター学園に入学した彼女は、今まで抑え込まれていた"走る"という本能的欲望が爆発したかのように、思うが儘走りまくった。

 

 そして、仲間とともに切磋琢磨ししつつ、トレーニングに励む日々を送ること数年、いよいよデビューの時が来た。

 

 彼女は勝ったのである。

 そして、彼女の躍進はデビューだけに留まらなかった。

 スウェーデン、ノルウェー、デンマークなど、北欧各国を跨いで善戦したのである。

 

 しかし、世間の多くは無関心であった。

 それも彼女に対してではなく、レース産業そのものに、である。

 

「大外から全員ぶっこ抜いて勝つあの快感…!レースの手に汗握る展開に興味がないなんて、人生の半分損してるなんて言っても、過言じゃないッ!!」

 

「この国はあんまりレース産業が盛んじゃないからな、しゃーないしゃーない」

 

「う~ん納得できないよ~…」

 

 程よく冷めたウォッカが、二人の体を温める。

 グラスに一杯、二杯と注ぐたび、二人の顔はうっすら赤くなっていった。

 

 スウェーデンのレース産業の起源は古いが、その割には規模があまり大きくなく、それはつまり民衆の関心がレースに向けられていないという事を指していた。

 

 レースの魅力を肌身をもって感じ、心の底から心酔して信仰している彼女にとって、人気がないという現実が、はっきり言って耐えられなかったのである。

 

『誰もやらぬのなら、私がやる!』

 

 今も昔も、それが彼女のモットーであった。

 野心に燃える若きウマ娘は、残りの人生のすべてを自分の理想に捧げる覚悟を決めたのである。

 

 しかし、その道のりは果てしなく長いものであった。

 

 イベントをしたりして新たな顧客獲得に向けて奮闘しているが、いまいち打撃力が欠けており、決定的な手ごたえがないと感じていた。

 

 理想と現実の乖離に、次第に疲労感が溜まっていった。

 

 そんな時、一時的に日本から母国へ帰ってきた友人から「せっかくだから、飲みに行こうぜ!」という連絡が入った。特に深く考えることなく、彼女は誘いに乗った。

 

 そして、今に至るのである。

 

「はぁぁぁ……ほんと、どうすればいいんだか」

 

 カタンと音を立ててグラスを置き、テーブルに顔を近づけるようにぐったりと倒れる。

 そんなゴトランドを見て、友人は苦笑いする。

 

「はっはっは……ところでさ、レースを盛り上げるのに役に立つ…かもしれない話があるんだけど、聞く?」

 

 友人がそう言った瞬間、ウマ耳がピクッと反応するよりも早く体を起こし

 

「もちろん!!」

 

 と叫んだ。

 

「okej、okej、その気があるんだって言うんだったら……みっちり話したる……!」

 

「どんとこい…!」

 

 スウェーデン王立国営銀行日本支部で勤務しているその友人は、とある成功例を話に挙げた。

 その例とはズバリ、旭川トレーニングセンター学園のことであった。

 

 地元を重点的に当てた広報戦略や、官民が連携した事業などといった策を、悩める友に伝授する。

 それは確かに有意義なものであったが、口伝えであるため、はっきり言って解像度に限界があった。

 

――これは、直接聞いて学ぶしかない!――

 

 そう決心するのに、あまり時間はかからなかった。

 

 ゴトランドは、理想のためならばなかなか肝の据わったウマ娘であった。

 そんな彼女は、一世一代の賭けに出ようとしていた。

 それは、"王に対する直談判"であった。

 

 

 

 

 

「……フゥ」

 

 宮殿の執務室を前にして、彼女は深く息を吐いて心を落ち着かせる。

 これほど緊張したことは、レース以来だろうか?と、不意に何十年も昔の記憶が蘇る。

 しかし、その思い出に浸っている余裕はない。

 

 意を決して扉に手をかけようとしたその時、ドアノブがひとりでに回った。

 全くもって予想外の出来事であった。

 

 中から出てきたのは、まさに国王であった。

 

「おぉ、ゴトランド君じゃないか」

 

「…ッ!こんにちは、国王陛下」

 

 ゴトランドは慌てて姿勢を正し、軽く頭を下げる。

 

「今日は何用かね?」

 

「はい……実は、陛下にお願いがあって参りました。少しだけ、時間を頂けないでしょうか?」

 

 彼女は単刀直入に切り出した。

 それに対して、王は優しく微笑む。

 

「もちろん、構わんとも。ささ、入りなさい」

 

「失礼します……」

 

 王の好意に感謝しつつ、ゴトランドは部屋に入った。

 

 応接用のソファーに座るよう促されたので、言われた通り腰掛ける。

 すると、召し使いがすぐに紅茶を持ってくる。

 

「ありがとうございます」

 

「なに、気にすることは無い。……それで、頼みたいこととは何だね?」

 

「はい。単刀直入に言います、来年3月の訪問予定に、旭川トレーニングセンター学園を組み込んでくれませんか」

 

「ふむ、なるほど」

 

 ゴトランドの発言に、王は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐさま元の柔和な顔に戻る。

 

「それで、なぜそのような事をするのかね?」

 

「…我が国のレース産業繁栄の為に、学べる事があるからです」

 

「ほぅ……」

 

 王は、興味深そうな視線を向ける。

 

「まず、レース産業の発展に必要なものは何かという事を考えました。そこで思いついたのは、先駆者に習う事です。旭川トレセン学園は、かつて経営難でした。しかし、奇想天外な策を打ち出し、それらを立て続けに成功させたことで、北海道のレース産業を盛り上げるとともに経営状態を改善しました。このように成功した旭川トレセン学園から学ぶことこそが、我が国のレース産業の未来を切り開く鍵となると考えたのです」

 

 王は、ゆっくりと頷く。

 

「そしてもう一つ、これは私の個人的な理由なのですが……私は、あそこをもっと知ってみたいんです。あの学園の素晴らしさを、もっともっと知りたいと思ったからこそ、こうしてお願いしている次第です。……どうか、お願いします!」

 

 そう言って、ゴトランドは深く頭を下げた。

 それを見た王は、彼女の誠意に応えようと決意を固める。

 

「……分かった。そこまで熱く語るのなら、訪問予定にその学園を組み込もう」

 

「……~~はいっ!ありがとうございますっ!!」

 

 彼女は心の中でガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月の時が経ち、ついに訪日の時が来た。

 

 前半にクロスカントリースキー大会の観戦を行い、中盤に旭川トレセン学園の視察、後半に市長らと会談を…というのが、ざっくりとした日程である。

 

 そして、今は中盤、そう視察の真っ只中である。

 

「こちらが寮となっております。我が校は中央の二寮制のような巨艦主義とは違い、より小規模な寮を何個かに分けて――」

 

 メディアに囲まれながら、学園の理事長自らが率先して紹介を行う。

 ゴトランドは訪日に備える為に日本語の勉強をしていたが、いかんせん勉強不足であった。

 日本語という言語は他言語と比べると不規則に変化し、その変化のバリエーションももはや把握できない程あるため、世界的に見てかなり難解な言語である。

 

 「ありがとう」「さようなら」といった簡単な言葉は音で認識して理解できるが、漢字が混ざったり方言が入ったりする言葉の理解は範囲外である。

 

 理事長がはりきり過ぎて説明がやや長くなってしまう事も拍車をかけて、翻訳家を交えながらの視察は、想定以上に時間を浪費することとなった。

 

 かくいう事態が発生したが、伸びることを想定した日程を組んでいるので、なんとかなっていた。

 

「こちらはばんえいレース用のソリとなっています。重さはおよそ一トンにも及ぶため、これを引っ張るウマ娘は筋肉をたくさんつける必要があります」

 

「お〜~~!」

 

 ばんえい用のソリを前にして、群衆から声が上がる。

 冬季故に、ご当地名産物であるばんえいレースを披露することができないのが大変名残惜しいが、その分魅力を説明して、補う。

 この時ゴトランドは、空港で熱烈に迎えてくれた、やけに筋肉がすごいウマ娘を思い出す。

 これが友人が言っていたBANEIか…確かに、あれだけ鍛えないと厳しいだろうな…うん、アリだ。と、納得する。

 

 余談だが、欧州の人は筋肉系美女が好きな人が多いらしい(((

 

「こちらは教室になっております。わが校は一勝よりも一生をというスローガンのもと、成人してから役に立つようなスキルを教えることに注力しています」

 

「こちらは職員室。受動喫煙の危険性を鑑みて、校舎内の禁煙を定めると共に、喫煙ルームを設けることにしました」

 

「ここはトレーニングルームとなっております。財政的に厳しくて中央ほど設備が整っているわけはありませんが、スポーツ医学の導入によるトレーニングの効率化で、差を埋めようと取り組んでいます」

 

 などと、その後もゆっくりとしたペースだが視察は続く。

 

「あ~、思いのほか何とかなったな……」

 

 と、理事長は呟く。

 時間オーバーしてしまうのでは?と懸念しながら案内を続けていたが、そのような不安の予想に反して予定通り終わったことに安堵したのである。

 しかし、戦いはまだ終わっていなかった。

 

「リジチョー。少し、あなたとお話ししたいのですが…」

 

 自分の役職名を言われて振り返ると、そこにいたのはスウェーデンウマ娘レース協会の代表…そう、ゴトランドがいたのである。

 

「ど、どうもこんにちは、ゴトランドさん!何か、お話でも?」

 

 通訳を介して、二人は会話をする。

 

 スウェーデンのレース産業はあまり栄えていない事

 自分はその現状を変えたい、盛り上げたいという事

 そのため、成功した実績があるここをもとに、改革したいという事

 そのために、個人的に話をしたいという事を伝える。

 

「成功の秘訣というものは、あるのですか?」

 

 と、ゴトランドは聞く。

 すると理事長は、こう答えた。

 

「シンプルなことです。皆で"協力"して策を練って、実行して、信頼することです」

 

 そのことを通訳を介して聞いたゴトランドは、顔に"?"を浮かべる。

 

「本当にそれだけか?」

 

 と…

 

「はい、よく言われます……ともかく、今まで実行してきた改革の数々は、皆の協力が無ければ、実行されることすらなかったのです。そして、あれほどの成果を収めることができたのは、みんなが信頼してくれて、最大限の働きをしてくれたからです。だから、私は皆に感謝しています。それはもう、感謝しきれないほどに…」

 

 思いのほかあっさりとした答えに、ゴトランドは呆気に取られる。

 なぜなら、もっと深い理由があるかと思っていたからだ。

 しかし、あの理事長がそういうのならきっとそうなのだろうと、自分を納得させる。

 

「ゴトランド会長、時間です」

 

 通訳の者が、腕時計を見て言う。

 楽しいことに限って時間が早く過ぎるように感じるのは、もしかしたら万国共通かもしれない。

 

「そうか…」

 

 と、ゴトランドは悲しげに漏らす。

 しかし、予定を優先しなければならない。

 

「アリガトウ」

 

「…!?こ、こちらこそ…」

 

 理事長は、ありがとうと喋ったことに驚きを隠せなかった。

 

 かくして、旭川トレセン学園の訪問は終わった。

 

 その後ゴトランドは、理事長がした改革をスウェーデン風に置き換えた改革を、国王の後援のもと、皆と協力して考えて、実行していく。

 

 後にゴトランドは、こう語った。

 

―今の北欧シリーズがあるのは、彼によるところが多い―と…

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