【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「ブルグント上がってくる!外から上がってくる!インからワンステートも上がってきた!逃げるオセアニア厳しいか!?」
「……なんか楽しめねぇな」
ホッカイドウシリーズの運営代表になって、旭川から札幌に引っ越して早数週間、ここ最近働きっぱなしなので気晴らしにレース観戦しに来た。
レース見て、レース場のメシ食って、さらにレース見て、帰る。
そんな大雑把なローテーションを組んで、久々の休日を満喫しようとした……のだが、どうにも楽しめない。
まれによくある、"ダラダラ過ごしてたらいつの間にか休日が終わってて、なんか歯切れが悪い"というあの消化不良な感じではない。
何とも言えない空白感があって、それが楽しめない理由に繋がっている気がするのだ。
「ユーラシアとイースタシアが並ぶ!外からブルグントが上がってくる!大接戦ドゴール!!」
ゴールインと同時に、その空白感のワケに気づく。
「あーそっか、おっちゃんがいないからか……」
レース場で一緒に観戦して、メシや酒を飲んで盛り上がったりしたあの土木のおっちゃんがいないのだ。
いないのはおっちゃんだけではない。
学園の職員や生徒もいないのだ。
大切なもの程、失って初めて気がつくというのは、まさにこの事だろう。
「……寂しいな」
たった一人、レース場での休日はこんなにも寂しいものだったのかと、俺は悲観する。
寂しい、ただそれだけだ。
でもそれが、すごく重く、心にのし掛かるのだ。
歳を取れば取るほど、他人との関係が疎遠になると言われている。
実際、小学生の頃の親友と、定年退職後まで仲が続いているなんて人は、果たしてどれ程の割合でいるのだろうか?少なくとも、そう多く無いことは確かだろう。
あのときはあれほど仲が良くて親交があったというのに、時が経てばいずれ、先細って無くなってしまうというのはなんともまぁ悲しい事だろうか。
そのような"孤独"という不安感に駆られているのが、ここ最近の出来事だ。
死ぬ時はせめて、みんなに囲まれたいなと淡い願望を抱きながら、俺はレース場を後にした。
「理事長先生、あまり顔色が宜しくありませんが……大丈夫ですか?」
あれから数日が経ち、今俺は喫煙所で煙草を吸っているところだ。
左手を腰に当てつつ、右手に持った吸いかけの煙草の灰柄を灰皿にチョンチョンと落としていると、これから会議を共にする役員が、畏まった様子で話しかけてくる。
「えぇ、あーまぁね…久々の休暇であんまり休めなかったからかな…」
休みで休めなかったと強調してはいるが、そもそもこの仕事が好きなので、あまりブラックと感じたことはないどころか、むしろ休みなんて無くても何とかなると考えているのが俺のスタンスだ。
その気になれば、年中無休で働けちゃうぜ!……というジョークはさておき、俺を基準に会社の労働体制を作った場合、地獄に住む武富○やジョ○スも真っ青なレベルでブラックになる事が確実なので、部下に対して働き過ぎないように促している。
ブラック企業が出来てしまう原因の一つに、"やりがい"というものがある。
ざっくりと説明すると、仕事にやりがいを感じすぎてしまうあまり、自分が世間一般的にブラックな環境にいると気づかなかったり、それを許容してしまうというものだ。
"やりがい搾取"というフレーズが、聞き馴染み深いだろうか。
これの類いは、教員などの公共組織もそうだが、ベンチャーや小規模な会社によく見られるらしい。
会社が成長して、向上心や愛社心溢れる創始メンバーが出世して管理職になると、「お前ももちろんそうするよな?」という無言の同調圧力を生み出してしまい、断りづらい後出の社員がその雰囲気に飲み込まれ、結果意図せずともブラック化というケースがあったりする。
ざっとやりがいによるブラック化を説明したのだが、俺の場合、ガッツリ当てはまっているんだなこれが(絶望)
自分でも分かるほど明らかにオーバーワークで、実は健康状態もヤバかったりするのだが、いかんせん、これから嫌でも到来する"失われた30年"からホッカイドウシリーズと北海道を守るためならば、命に代えてでも仕事を完遂してみせると覚悟を決めている所存だ。
もう歳だし、長生きは無理だろうし、半ば諦めも入ってる。
つまり、別に今のままでも俺はいいかなという具合だ。
それはさておき、上の圧力によってブラック化してしまうという事態だけは何としても避けたい今日この頃。
時代的には早いかもしれないが、ぶっちゃけ史実通りに動かなければいけないルールなんて無いし、何よりも苦しい思いをする人を減らすため、俺は働き方にテコを入れる。
かくして、運営代表に就任したその日から始まった"働き方改革"は、今なお続行中だ。
内容を隅々まで説明するとかなり長くなってしまうので、ざっくりとした形で箇条書きでまとめると、こんな感じになる。
・残業代満額支払いや育児休暇推進など、旭川トレセン学園時代にやった労働面の改革を応用する
・残業代支払いを1時間単位から1分単位へ細分化
・パワハラやセクハラ等の根絶をより推進
・コンピューター等の導入によって業務効率化
・処遇改善
・女性が働きやすい環境を作る
等を、今のところ推進している。
これだけではなく、成果や状況を鑑みて新たに策を加える予定なので、将来的にはもっと増える……筈である。
残業に関してだが、実は少し踏み込んだ改革をしている。
それは、"定時退社奨励"だ。
そもそもなぜ8時間労働が基準とされているのか?
ずばり、最も効率的だからだと言われているからだ。
なお、実は8時間労働が最も効率的だという科学的証明がある訳ではないらしい。
それはともかく、この8時間労働は1886年のアメリカで起きたメーデーから始まり、日本では、戦艦榛名や伊勢を建造したことで名高い川崎造船所が1919年の労働争議の際に導入したことをきっかけに、日本でも徐々に広まっていったという歴史がある。
ややうんちくが臭くなってしまったので、話を戻していよいよ本題に入ろうと思う。
先ほども述べたように、効率的な労働時間が8時間と言うのならば、8時間を越えた場合、効率が落ちると言うことになる。
それはつまり、残業とは本来の力を発揮しきれていない状態とも解釈ができ、わざわざ非効率な状態に残業代を支払う……つまり余計な金を払っているとも解釈できるのだ。
念のため言っておくが、残業を無駄な行為だと言っている訳ではない。
前世バキバキ労働者な俺だからこそ、残業のキツさと重要性というものを身に染みて実感している。
しかし、経営サイドから見ると、実は一概に残業が良いとも限らない。
はっきり言うと、普段よりも効率が落ちている残業をして残業代を払わされるぐらいなら、8時間以内に仕事を終わらせてくれという、経費削減の本音があるのだ。
さらに、残業をするための夜間照明費や設備等も含めると、案外経営側の残業に掛かる金は多いのである。
残業代を出し渋るブラック企業や、定時退社を推奨する会社の本音ってこれだったんかなと、心の中で妙に納得する。人道精神だけではなく、結局金も絡んでいたのである。
てな訳で、長々となってしまったが、かくいうざっくりとした事情によって、俺は業務改善による経費削減と高効率化……そしてブラック回避という、見えざる飴と鞭の働き方改革を推奨するのであった。
1990年、ホッカイドウシリーズは政府よりも早く、企業全体で大規模な改革を打ち出した。
女性の地位向上や業務健全化を組み込んだ働き方改革は成功し、決断に迷う全国の経営陣に対して、決意を固めるのに十分なインパクトを及ぼした。
全国の会社とサラリーマンに希望の光をもたらした改革は、"ホッカイドウ型労働革命"とも呼ばれ、働き方改革の先駆けになるのであった。
―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―
死亡フラグは至る所に潜んでいる……
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