【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、サインついでにレースを改革する

「続いてのニュースです。ホッカイドウシリーズ加盟校の生徒数が、中央の二倍になりました」

 

 季節は夏、俺はとあるビッグプロジェクトを進める為、海を渡って盛岡までやって来た。

 昼に市内のこじんまりとしたラーメン屋でラーメンを啜っていると、ホッカイドウシリーズの名が唐突に出てくる。

 

 天井付近の角に分厚いブラウン管のテレビが設置されており、ちょうど今、全国放映規模のニュース番組が映し出されていた。

 

 俺は思わず麺を啜るのを止めて、画面に映し出された中央とホッカイドウの生徒数の推移を表したグラフを凝視する。

 

「グラフをご覧になるとお分かりになると思いますが、制服改革をした年から順調に上がっていき、北海道のドクタースパートブームによってさらに跳ね上がり、今年遂に中央の二倍の規模になっています」

 

 若い女性のアナウンサーが、スタジオに設置されたグラフ図を指差しながら、右肩上がりの推移を解説していく。

 一方で、中央のグラフはほぼ横這いだ。

 これは停滞しているのではなく、上限に達しているが故の推移なのでしょうがない。

 

 それはともかく、いつの間にか中央を上回る規模になったことに、俺は満面の笑みで喜ぶ。

 

 地方が中央に勝った――とは言うが、実際のところ中央は単体で、こちらは函館・札幌・旭川・岩見沢・帯広と5つあるので、母数にものを言わせた感が否めない。

 だが、それでも数だけ見れば中央を凌駕する勢力になり、たった一つの分野でも中央に勝てた事には変わらず、ひいては一連の改革が大成功している事実を表すのに十分だろう。

 

 総評、やったぜ!である。

 

「……お客さん、もしかしてホッカイドウのリジチョーだべ?」

 

 アナウンサーの景気の良い話に釣られて満面の笑みでいると、恐らく70はありそうなシワが目立つ四角い顔をした店主が、俺に話しかける。

 ニタニタ笑った顔を見せるのはどうかと思って、店主さんに顔を向けるときに一瞬だけ仕事モードの神妙な表情をするが、そんな冷静さを上回る喜びに即墜ち2コマされ、「はい、そうですよ」と、笑みを浮かべて答える。

 

「じゃじゃ!?なんて大物じゃ!!」

 

 俺がそうだと答えるなり、店主さんは目を丸くして驚く。

 

「そうだ、色紙があるんじゃ…」

 

 と言うと、唐突に店の奥に行ってしまう。

 店主が店番をしなくて大丈夫か…?とやや不安気味に周りの客と顔を合わせていると、よぼよぼな右手に色紙とマッキーを持って店主さんは戻ってきた。

 

「これに書いてけろ。孫娘がホッカイドウ所に行ったんじゃ、きっと喜ぶべ」

 

「そう…なんですか。ははぁ、わかりました……」

 

 競走ウマ娘ならともかく、まさか一般通過経営者の俺にサインの需要があるなんてこれマジ?本土でも名が知られてるってなかなかだクォレハ……

 

 と言うことはともかく、ある意味北海道経営界のアイドルと化してはいるが、皆が想像するような一般的なアイドルではないので、当然、サインを書いた事なんて無い。

 

「えぇっと、本名?それとも理事長に…」

 

「どっちでもいいんだべ」

 

「あっはい、少々お待ちを…」

 

 サインをどのように書くべきか……その事でかなり悩んだ。

 もう悩むだけではどうしようもないので、ここは無難に仕上げる事にした。一発本番である。

 

 キュキュッとペン先をいつものように扱い、パチンと蓋をして、マッキーと色紙を両手に持って店主さんに返す。

 

「粗末なものですが……」

 

 特に捻る事なく、"理事長"の文字と、その横に小さく自分の名前を書いた程度の、到底ホンモノ達には敵わないクオリティのサインである。

 本当に粗末な出来なので、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「おーっ!こりゃ我が家の家宝になるんだべー!ありがとうだべ!」

 

 申し訳ねぇ、そしてありがてぇ…

 

 こんな程度のものでも、店主さんが心の底から喜んでくれているのが救いだ。

 

 

 

 

 

 さて、腹を空かして戦は出来ぬという格言があるように、空腹の状態で長時間の会議を乗り越える事は極めて困難だ。

 ちょっとした出来事があったが、一発ラーメンを決めて腹を満たした今の俺は万全の状態だ。

 

 という訳で、伸ばしに伸ばしたビッグプロジェクトの正体を明かそう。

 

 ビッグプロジェクトの正体……それは、"北日本地方レース協力体制構想"である。

 

 名前にもある通り、主にレースに関するより密接な協力体制を築こうというものである。

 具体的には、地方レース間の交流重賞や、指定招待レースを増やしたりして話題性を増やそうというもくろみである。

 

 つまり、地方同士の交流によって活性化を促そう!というものだ。

 

 内容自体はわりと単純なものであるが、いかんせん規模がデカイので、話の進み具合に時間が掛かっているのが現状だ。

 

 岩手県の盛岡や水沢のトレセン学園もそうだが、今はなき宇都宮や、地方の中で強い部類に入る大井や川崎などが予定されている。

 これらの中には、ほぼ民間経営の学園や自治体経営の学園など、様々な経営体制の学園があり、行政と民間が入り混じっている都合上、話の進歩が遅いのだ。

 

 遅い遅いとは言うものの、俺自身の積極的な地方遠征や粘り強い説得、そして積み上げてきた実績も相まってか、ここ最近は体感的に話が加速している気がする。

 

 地方の巨大な提携網はひとまず置いておいて、我らがホッカイドウシリーズはホッカイドウで、独自の改革を考えているところだ。

 

 大きなものから小さなものまで多種多様であり、箇条書きに表すとこうなる↓

・パドック解説を導入

・開催固定化

・協賛レース実施

・広告収入の拡大

・全レース勝負服化

 一つ一つを丁寧に説明していくとかなり長くなるので、できるだけ短くまとめる事にする。

 

 一つ目のパドック解説の導入は、文字通りの意味を持つ。

 今では当たり前の光景だが、実はパドック解説が導入されたのは2002年、しかも北海道が発祥であり、1990年の時点ではまだやっていない。

 

 数年前に土木のおっちゃんとレース観戦をしていた時に漏らした"改善希望"をきっかけに、「そういえばパドック解説ないな」と気付き、あれから数年経ってレースを弄れる立場に立てたことで、かねてより悲願だった改革案を実行する事が出来るようになったのである。

 

 二つ目の開催固定化は、ホッカイドウシリーズが抱える特殊な事情が原因だ。

 

 ホッカイドウシリーズは、五つの加盟校と学園に付属する五つのレース場を抱えている。

 それはつまり、開催地が五つもあることを指している。

 しかし、レースの開催地は固定されておらず、数年おきに移動するという移動開催方式を採用している。

 

 これのせいで、同じレースでも年によって開催地が違い、それによってコースの形状や距離が変わったりなど、かなりややこしいのである。

 また、これが原因で、単純な戦績の比較がしづらかったり、担当のウマ娘を適切なレースに出さなければならないトレーナーの負担に繋がったりと、単純な"ややこしさ"が足を引っ張っているのである。

 

 そこで俺は、大胆な改革を生み出す。

 それこそが、開催地固定化である。

 

 具体的に今のところ

4月~5月は函館

6月~8月は旭川

4~5月と8月~11月は札幌

岩見沢は9月

帯広は4月と10月を予定している。

 

 意外と開催枠に余裕があるので、二場同時開催の予定である。

 

 これはあくまでも現段階の協議途中の予定であり、今後変わる可能性があることを述べておく。

 

 とにかく、開催地を時期によって固定できればややこしい問題を解決出来るはずだ。

 

 三つ目の協賛レースの導入は、そもそも協賛レース自体がなにかを説明する必要があるだろう。

 

 協賛レースとは、簡単に言えば"金を払えば自分でレースの名前をつけられる"レースの事だ。

 既存のレースの副題に企業や組織名をつけられる企業協賛レースと、元からある協賛レース枠に名前をつけられる個人協賛レースの二種類がある。

 

 企業向けは2~3万、個人向けは1万で販売する予定だ。

 

 四つ目の広告収入の拡大は、文字通りの意味を持つ。

 

 レース場の場合、従来よりさらに多く載せる事はもちろんのこと、ホッカイドウシリーズが所有する土地や物件にも広告を載せる事で、いわば限界まで小遣いを稼ぐのである。

 

 五つ目、最後のこれは、今回のレース大改革で最も注力している事である。

 ずばり、全レース勝負服化である。

 

 そもそも勝負服を着れるのは、G1だけという決まりがある。

 ゆえに勝負服を着れるウマ娘というのは上澄み中の上澄みであり、勝負服に埃が掛かったまま選手活動を終えてしまうウマ娘が圧倒的に多いのである。

 

 親族が勝負服発注代をカンパして、いざ勝負服と夢を鞄に入れて中央へ行っても、結局G1どころか勝つことすらできなかった……なんて事は、ごくありふれた悲劇のテンプレートである。

 

 勝負服を着てレースに出るというのは、競走ウマ娘にとっての悲願なのである。

 

 そこで俺は、"全レース勝負服化"を推進したのである。

 

 費用がデカすぎなんじゃないの?と、疑問に思うかもしれない。

 だが、むしろその"大きな出費"こそが真の目的なのである。

 

 経営や政治のニュースを見ていると、「経済を回す」というフレーズが使われている。

 そのフレーズの例として、コンビニのおにぎりで例えてみよう。

 箇条書きになるが、ざっと表すとこんな感じになる↓

・おにぎりを買う(you)

・おにぎりに金を払ったことで、店の利益に繋がる(店)

・さらなる利益拡大のため、おにぎりで儲けた利益を使ってさらにおにぎりを作る(工場)

・おにぎりを作るために、従業員に給料を払う(労働者you)

・給料でおにぎりを買う(you)

というように、おにぎりに金を使ったらそこで終了…ではなく、そのまま金というのは色々な所を経由し、巡り巡って最終的に自分の所に帰ってくるという仕組みがある。

 このように、経済というものは、循環しているのである。

 

 この循環が活発であればあるほど、()←の中に示された個人や組織が利益を得る事になり、さらなる出費を行う事ができ、そして出費先に利益をもたらし…と、回るのである。これがいわば好景気だ。

 損は誰かの得であるように、出金は誰かの入金なのだ。

 

 では、この箇条書きの中のどれかが出費を出し渋った場合、一体どうなってしまうのか?

 

 そう、流れが止まるのである。

 

 このような事態が起こると経済は不活性な状態となり、回っている分が少なくなってしまう。

 それはつまり、世間に流出している金の量が少ない事を意味するのだ。

 そして、事態がさらに続けばやがてジリ貧となり、経済がうっ血…つまり不景気になる。

 

 日本が「失われた30年」と呼ばれる原因の一つに、バブル以前にあった大衆の大胆な購買意欲が無くなり、安物を求めるデフレ思考がトラウマのように根付いてしまい、結果として好景気にあった大量消費が無くなったことで、経済の循環が悪くなったというのが、原因の一つだ。

 

 極論になるが、好景気にするためにはとにかく大量の金を躊躇なくバラ撒いて誰かの利益に繋いで波を作れば、理論上何とかなるのである。

 なお、運が悪いと空振りするし、適切なタイミングで減速しなければ崩壊する。

 

 話がずれてしまったが、この改革が無事議会を通過できれば、ウマ娘の夢を叶える事ができる上、地元の中小、そして零細の勝負服仕立て屋を莫大な特需で救う事ができ、これによってバブル崩壊を乗りきれる可能性が高まる他、話題性から利益を確保する事もできると一石二鳥どころか一石三鳥である。

 

 しかし、先ほども述べたように勝負服代はけして安い訳ではなく、各家庭の負担であり、"一勝よりも一生を"のスローガンに則って費用支援策を実行すると、なかなか金がかかってしまう。

 また、膨大な需要に地元中小メーカーは耐えうるのか等、問題は山積みであり、幾らか妥協が必要になる。

 

 と、かくして必ずしも一枚岩ではなく、問題があるものの、俺は少しでもいい未来へ舵を取るため、改革を遂行しようと引き続き努力している。




方言って難しい……

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