【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、悪魔に囁かれる

「全レース勝負服化に対して、私は反対します。そもそも勝負服は全てオーダーメイドであり、同じ規格の量産ができない都合上、作れば作るほど値段が高くなってしまいます。それが続けば、やがて各家庭の経済力をオーバーしてしまい――」

 

「私は賛成します。勝負服を着られるG1に出られるウマ娘は、全体の1%ほどしかおらず、殆どのウマ娘が勝負服を着れずに、志半ばで夢の舞台から去らねばなりません。99%の悲しい思いをする子を、少しでも減らすべきです。自分の娘はウマ娘で――」

 

「私は勝負服化に対して反対します。そもそも勝負服とは、夏祭りに着る浴衣だったり、結婚式に着るウェディングドレスのように、ハレの日に着る、とてもとても特別な服です。確かに、レースに出ることそのものが特別…ハレではあります。しかし、G1という最上級の栄光の舞台に立った時にこそ着る意味が――」

 

「私は全レース勝負服化に賛成します。中小の勝負服仕立て屋は、好景気にも関わらず全国規模で苦境に立たされています。仕立て屋最大の顧客は中央であり、その中央は大手メーカーや名門家お抱えの仕立て屋と結託して――」

 

「自分は反対します。確かに、全レース勝負服化によって生まれる莫大な勝負服需要によって、地方の中小仕立て屋メーカーは救われるでしょう。それどころか、経済を回す事だってできるかもしれません。経済効果に対しては、認めます。ですが、オーダーメイドという特性と、中小であるという事情で生産能力は低く、恐らく納期が間に合わない事態が多発する事が予想され――」

 

『勝負服論争激化!一進一退、両者の夢と想いが激突!?』

『レジェンド理事長の奇抜すぎる提案、全国で激しい論争!!』

『「勝負服をわかってない」批判多発!流石に進歩的過ぎたか理事長!?』

『"一勝よりも一生を"スローガンが抱える愚かな理想と厳しい現実。理事長どうする!』

 

 "すべてのレースで勝負服を着れるようにしたい"と言い出した事から始まった議論は、お互いの主張がぶつかり合って、これでもかと白熱している。

 

 そして、いつの間にか世間にも全レース勝負服化改革の話が漏れてしまい、今や各マスメディアが連日こぞって取り上げるほど世論に影響を及ぼしてしまっている。

 

 この論争は"勝負服論争"と呼ばれ、炎上に近い形で社会現象になってしまった。

 

 ニュースをつければ、どこのテレビ局も街頭インタビューをして、全レース勝負服化に賛成するか、反対するかを聞く光景がよく見られるようになった。

 

 新聞では、「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」と言わんばかりに威勢の良い見出しで民衆を釣り、朝も昼も夜も、読者寄稿欄は不毛な論争を繰り広げる。

 

 スタジオでは、コメンテーターがなに食わぬ顔で自論を述べ、たまに勝負服の仕立て屋や自称専門家を招いて意見を全国に向けて発信する。

 

 今や日本は、夢か現実かで二分されてしまった。

 

 その様子を俺は、隙を見極める剣士のように鋭く、そして冷静に傍観していた。

 冷静に、そして適切な判断をしなければならないのだ。

 

 勝負服を巡って、様々な策が考案されている。

 例えば、汎用勝負服を作る事によって費用を削減したり、トレセン学園を多数抱えている特殊な事情を逆手に取り、各学園ごとに汎用制服勝負服を作る事によって費用削減の他、対抗意識や推しを作り出したりなど、会議室だけではなく、様々なところから多種多様な案が考え出されている。

 

 どれもこれも魅力的であり、メリットもあるがデメリットもある。

 すべての案に共通するものは、理想の為に理想の一部を切り捨てなければならない事だ。

 確実に、恩恵を受けられないところが出てくるのだ。

 究極の取捨選択である。

 

 とにかく、ただ反対するだけではなく、ちゃんと代案や妥協点を用意する"まともな議論"が出来ている現状が幸いだ。

 それだけ皆、勝負服に懸ける想いが本物なのである。

 

 少なくとも今言える事は、全レース勝負服化は無謀な試みだった…と言うことだろう。

 全レースを勝負服化しようものなら、あまりにも金がかかってしまう。

 なので、どうしても費用対効果に気を配らなければならず、皆を納得させるためには妥協し、コスパが良い策を重視しなければならなくなった。

 これにより、全レース勝負服化がもたらす莫大な需要によって地元の中小勝負服仕立て屋を救うという理想は、放棄せざるを得なくなってしまった。

 

 転生して以来、最も大きな挫折である。

 

 しかし、挫折して終わりではない。前へ歩むのだ。

 

 確かに、俺の改革は頓挫してしまった。

 だが、風穴を開ける事は出来たのである。

 

 その風穴には、光が差し込んでいる。

 光の名は、希望である。

 

 希望は残されている。

 

 希望はある――たったそれだけの事が、俺の心を繋ぎ止めていたのだ。

 

「ヴッ"、ゲホッゲホッ……ぬぁぁぁんもぉぉぉん疲れたもぉぉぉん……」

 

 深夜の自宅にて、新聞片手にソファーにもたれかかる。

 こんなときにこそ、人を駄目にするクッションがあればいいのになと切に思う。今は1990年なので例のアレはまだ無い。

 

 目を閉じて、深呼吸をする。

 最近は声を出しっぱなしなので、肺がヒリヒリする。

 

 このままずっと目を閉じていたら、夢の世界へ連れていかれそうだ。そのぐらい、俺はぐったりとしていた。

 しかし、この後着替えだったり、風呂に入ったり洗濯物を畳んだりと、やらねばならない事はたくさんある。だから、目を開けなければならない。

 

 ふとスーツを嗅ぐと、外食で食べたハンバーグの肉汁な香りがほんのり臭ってきた。

 食欲を誘う心地よい匂いの筈なのに、全くもってその気になれず、むしろ「クリーニングに出さなきゃ」という心配事が頭の中を一杯にする。

 

「はは、疲れてんな俺」

 

 わかっちゃうんだよなぁ、これだけは。

 

 希望だなんてポエム臭い言葉で今まで自分を誤魔化してきたけど、もうそろそろきついかもしれない。

 

 ふとした瞬間、悪魔が俺に囁く。奴等は弱味に付け込んで、甘い言葉で誘惑してくる。

 

――もうやめちゃいなよ――

 

 そんな言葉が、頭の中に響く。

 衰弱している俺の意志を、手玉に取ろうとしているのである。

 

 ドクンドクンという心臓の鼓動が、扇風機の風切り音を上回る。それ以外、何も聞こえない。

 

 

 

 

 

「……やめてたまるかっつーの」

 

 頭の中にいる悪魔に、俺は反抗の意志を見せる。

 今まで崖っぷちを渡ってきたが故に染み付いてしまったのか、俺はこういう危機に瀕すると、むしろ逆境に生を求めてアクセル全開で突っ込んでしまうようになっていた。なんせ、そうやって数々の改革を推し進めてきたのだから。

 

 ふとした瞬間、心が熱く燃え上がる。

 

 やってやるんだ、絶対に成功させて、皆を幸せに…ハッピーエンドを目指すんだ!と、心の中で叫び、誓う。

 

 そうだ、この闘志だ。この野心なのだ。

 この原動力がなければ、俺はたくさんの改革をなし得なかったに違いない。

 

「うしっ、頑張るぞ!」

 

 と、自分自身を鼓舞する。

 

 自分が思い描いた通りにはならなかったが、何も夢は潰えた訳ではない。良い形にするという希望が残されているのだから、まだまだやれる事はたくさんある筈だと痛感する。

 俺には、幾万と存在する選択肢の中から、ハッピーエンドにするために必要な最良のものを選択し、決定する義務と責任があるのである。




感想欄のように、この世界線でも勝負服改革に対して様々な議論がなされています
皆違って皆良い…されど選択は一つのみ
そのためには、たくさんの妥協をする必要がありますし、その分期待を裏切らざるを得ません
1億民が見守る決断とはいかに?!という事で次回に持ち越されます

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