【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、重大な決断をする

「ええかおまいら、ワイらは今から歴史に残る瞬間を見るんやで」

 

 大阪訛りの教師は、テレビのリモコンを弄りつつ、席に座って待つ生徒たちに対して意気盛んに言う。

 

 授業を放置してテレビなんか見て大丈夫なの?と、疑問に思うかもしれない。

 だが、よく考えてみてほしい。

 今はまだ1990年、教育の現場というのは、良くも悪くも教員側にとって自由な時代だったのである。

 生徒がいる教室でタバコを吸ったり、灰皿設置は日常茶飯事、自分の匙加減で私的制裁を加えたりと、今の時代を生きる学生からするとゾッとするような"自由"が、かつてあったのである。

 なお、そのような"無秩序"はホッカイドウシリーズ加盟校限定ではあるが、元旭川トレセン学園理事長の働きによって根絶されてた事によって、生徒が安心できる環境になっている事を述べておく。

 

「そういえば…先生がここを卒業する前って、確かまだリジチョーがいたんですよね?

その時のリジチョーって、どんな様子だったんですか?アタシ、貧困家庭救済でここの学校に来れたから気になります」

 

「うーんそうだねぇ……わりと、どこにでもいる普通のおじさんって感じだったね。

私が体験入学の案内の時に裏方役に徹してたりとか、先生たち以外にも私たち生徒からも意見を募ったりとか、そんな事をしてたね」

 

「へぇ~そーなんですか……」

 

 担任の教師がテレビを弄っている間、教卓から見て最後列ドア寄りの席にて、ホッカイクリオネという教育実習生と生徒が暇潰しに会話を弾ませる。

 

「――ところで、先生は全レース勝負服化についてどう考えてるんですか?」

 

「全レース勝負服化かぁ……。うーん、私は現役時代あまり勝てなかったから、"一度でもいいから勝負服を着てレースに出たい"ってずっと思ってたね。だから、賛成寄り…かな?夢があってイイしね」

 

「先生はそう思ってるんですね…」

 

 ホッカイクリオネの話を聞いていた生徒は、途端に目線をやや反らし、耳を無意識のうちに下げる。

 心情を察したホッカイクリオネは、一旦明るいトーンを止める。

 

「…うん、でも、ホントにやるとしたら絶対に厳しいだろうなって思うよ。確かに夢は叶うし、私みたいに無念の想いを抱えて引退する事は無くなるだろうね。けど…」

 

「お金が無いんですよねぇ……ホント、同情するなら金をくれってアタシは思います」

 

 ホッカイクリオネと話をする生徒は、アンニュイな雰囲気を纏わせて内に秘めていた不安を吐き出す。

 しかしながら、その表情は言葉の深刻さのわりにどこか安心していそうだった。

 

 辛い現実があるからこそ、希望や夢が輝く。そして、シンデレラストーリーが華になるのだ。

 走りの才能だけではなく、金銭や家庭環境問題によって栄光ある進路を絶たれてしまう者は、決して少なくないのである。

 

『たった今、中継が繋がったようです――』

 

「うし来た!大丈夫か、みんな見えてるか?」

 

「「見えまーす!」」

 

 最後列にいた数名が答えると、ちゃんと見える事を把握した大阪訛りの教師は、教卓の上に設置したテレビから少し離れたところからテレビを見る。

 

 そして、教室にいる全員は、ノートを手に取る理事長に視線が向けられた。

 

 この光景は、教室だけではなかった。

 

 あるところでは職員室で、あるところでは茶の間で、またあるところではビル街の巨大スクリーンで、職員が、土方が、サラリーマンが、ウマ娘が、ありとあらゆる日本人の注目が向けられていた。

 

 報じるのはテレビだけではない。

 新聞記者も会見場に居合わせて、空中でペン先をスラスラと動かして、すべての発音を書き残す覚悟で今か今かと"時"を待ちわびているしている。

 

 ラジオ局のスタジオもまた、周波数や機械に異常が無いことを再三確認して、後は無事に終わる事を祈るばかりであった。

 

 空気がピリつく中、理事長はノートをパタンと置くと、すぐにマイクに向かって喋り始めた。

 

「皆様、こんにちは」

 

 わりとノートを置いてからすぐに話を始めてしまったため、記者らの反応が遅れてしまう。

 ―あぁ、焦ってしまった―と過ちに気付いた理事長は、一度深呼吸をして、あえて間を空ける事で記者らの反応スピードが追い付くようにテンポを調整する。

 

「今日は遥々遠方からお出でなさった人が多い事を重々存じております。

大変、お疲れ様です。

激務をこなす皆様にこれ以上大きな負担を掛けない為に、できるだけ要約して、短く終わらせます」

 

 理事長が言うように、会見場に集まった記者らの種類は多く、ある者は地元北海道から、またある者は東京から、さらには商売ライバルのURAと深い関わりがある記者など、様々な出自の者が勢揃いで、さながらメディアの大図鑑といった有り様であった。

 

 一方で、取材をする記者らは好印象を抱いた。

 なぜなら、他と比べて情のある労いの言葉をわざわざ最初に持ってきたからである。

 メディアという恨まれる立ち回りをする都合上、たとえどれ程熱意があっても冷たくあしらわれたり、形式的な言葉で済まされてしまう事が多い。

 ―噂に聞いていた理事長って、本当にこんな人物なんだ―と、記者らは心の中で確信したのである。

 

「結論から先に言いますと、"全レース勝負服化"はやむを得ず撤回することとなりました…」

 

 会場に、そして画面越しに見る民衆に「えぇ…!?」と、困惑の声が波及する。

 だが、―まぁ、そうなるだろう―と各々は納得して、困惑の声はすぐに収まる。

 誰から見ても、全レース勝負服化はあまりにも無謀な挑戦であったのである。

 

 しかしながら、観衆の反応は納得して終わりではなかった。

 その先の、代案を期待していたのだ。

 なんせ、あの理事長なら、こんなところで諦める訳がない筈だと確信していたからである。

 

 大方の予想通り、一呼吸置いてテンポを調整する理事長は、全レース勝負服化に替わって新たな案を発表する。

 

「全レース勝負服化という夢は潰えましたが、何も希望まで潰えた訳ではありません。

ハレ着を着せたい保護者のため、応援するファンのため、夢を作る仕立て屋業者のため……

そして何より、ウマ娘の為に、少しでも多くのウマ娘の希望を叶える為に、熟考の末に代わりの改革を行う事となりました」

 

 理事長も、記者も、民衆もゴクリと固唾を飲んで、決断を見守る。

 

「ずばり、"一部レースの勝負服化"であります」

 

 そう来たか!と、民衆は大いに盛り上がる。

 

「具体的には、一勝クラス以上から勝負服を着用する事とし、経済的負担を和らげる為にシリーズと学園側からレンタルできる勝負服を貸し出す決まりとなりました――」

 

 全レース勝負服化は流石に無理、ならせめて――と、デッカイ夢と厳しい現実の狭間で擦り切れんばかりに熟考した末、最終的に落ち着いた案は部分的勝負服化であった。

 

 それから理事長は、さらに具体的な内約を淡々と発表していく。

 

 まずは、汎用レンタル勝負服についてだ。

 ご存知の通り、G1で着るような勝負服は全てオーダーメイドであり、それが原因で生産能力が限られ、受注料が一般家庭からするとなかなか高い。

 また、オーダーメイドという特性上、まとめ買いによる一つ当たりのコスト低減が期待できないばかりか、かえって高くなる可能性が極めて高い。

 

 中央トレセン学園とは、言ってしまえばお嬢様学校のようなもので、親の経済力が高い生徒が多い。(メジロ家やシンボリ家などウマ娘名家の他、大物政治家や経営者の娘など、いわゆる上級国民に分類される親を持つ者が多い)

 なので、ぶっちゃけ親の財力にものを言わせてなんとかなるのである。マネーパワー恐るべし。

 

 対して、地方は一般家庭の場合が多く、中央と比べて財力がキツい。

 ましてや、ホッカイドウシリーズ加盟校は極貧家庭支援策があるため、よりいっそう勝負服というハレ着を買う余裕が無い家庭が多いのである。

 夢を見る為には、金を払わなければならないのだ。

 

 そこで、代わりにホッカイドウシリーズと学園側が格安でレンタルできる勝負服を出す事で、出費という重い足枷を外して家庭の負担を軽減しようというもくろみである。

 

 上半身、下半身、靴、装飾類の4つに分かれており、それぞれを組み合わせる事で、自分好みのデザインにできるという最低限の選択の自由が残されている。

 

 アプリモブウマ娘の勝負服のデザインはもちろんのこと、さらに発展させてアニメウマ娘のキンイロリョテイのようなデザインの勝負服や、その他全体的に凝っているアニメから汎用性が高いデザインを引用することで、色違い抜きでもかなりの種類になる(一期と二期で色違いの勝負服が出てきた事が参考)

 なので、組み合わせ次第では、意外と個人発注の勝負服に劣らない個性を出す事ができるのである。

 

 また、装飾の類いは話を聞いた地元企業や元在校生の寄贈などによって、数百種類にも膨れ上がった。

 

 なお、靴や装飾類など、部分的に自費で購入できるところは自分で買い足して身につける事が許されている。

 

 わざわざ"レンタル"と名が付く以上、レンタル部位は当然の如く返還義務がある。

 勝負服を着用するレースに出走する事を決めた場合、まずは出走登録と一緒にレンタル申請をし、いざ本番の開催週にレンタルした部位が配送され、それを着て本番のレースに出走する。

 そして、レースを終えた後に速攻で返却、回収をして、翌日の開催に間に合うように爆速で洗濯をする。そして、翌日の使用申請者へと回され、レースを終えたら…というループである。

 このレンタルと回転率こそが、勝負服着用範囲を一勝以上まで引き下げられた所以なのだ。

 

 しかし、"一つの服を数名で短期間でたらい回して使っている"ということになるので、使用者からすると、他人が着た服を使っている事に対して形容しがたい嫌悪感を抱く事になるだろう。

 他人の汗が染み込んだ服を躊躇せずに着ることができるか?という事である。

 

 また、数量が限られている都合上、同日にあまりにも多く使用申請者が被るとどちらかが譲らなければならないというジレンマが発生する。(なお、前述したようにサイズや色など小さな部分で様々な種類があるので、文字通りすべての部分で被る事はよっぽどな事がない限り可能性は低い)

 これに関しては早い者勝ちという事にし、あまりにも被る場合が多い場合は追加で発注して、数の力で事態を飽和する予定である。

 

 かくして、レンタル化は金銭的問題のハードルを大幅に引き下げる事になった代わりに、"着用の自由"という大きな代償を支払わなければならない事になったのだ。

 しかし、それでも希望は守られたのである。

 

 では、その恩恵を受けられるウマ娘はどれ程いるのであろうか?

 競走ウマ娘が一勝する確率はだいたい35%ほどであり、G1に出られる確率1%未満と比べると、明らかにチャンスを掴める確率が高くなっている事が一目瞭然であろう。単純計算になるが、ざっと35倍になるのである。

 

 これによって"勝負服を着れずに引退"という確率はグンと低くなり、悲しい思いをするウマ娘を従来と比べて大幅に減らせる事は勿論のこと、一時的ながらも莫大な需要によって地元はおろか、全国の中小勝負服仕立て屋を救う事ができるのである。

 

 しかし、そのような大規模な改革には多大な出費が当然の如く必要である。

 

 各家庭ではなく、実質ホッカイドウシリーズがシリーズ全体の勝負服購入を負担…いわば初期投資のため、ドクタースパートブームで得られた利益を無視できないほど持っていく。

 部位ごとにパターン化した事によって、まとめ買いによる費用削減効果を発揮することが可能になったが、それでも全体として見ると微々たるものであり、理想の為に多大な出費を強いられる結果になってしまった。

 

「――これにて会見を終わりにしようと思います。皆様、お疲れ様でした……」

 

 理事長とその横に座る役員らは立ち上がり、記者達に向かって頭を下げ、礼を言う。

 発表、質疑応答etc…一連の流れを終えた理事長の顔は、鳴り止まんばかりのフラッシュと太陽のような照明、そして緊張によって汗で一杯だった。

 

 胸ポケットから黄色いハンカチを取り出して、顔の汗を拭き取りつつ会見場を後にする。

 

「ふぅー、理事長先生……お疲れ様でした……」

 

 部下の一人が、理事長に対して労いの言葉を言う。

 その部下もまた、くたくたな顔をしていた。

 みんな疲れている。そして、頑張ったのである。こんな、到底叶えられないような理想についてきてくれた部下達に対して、理事長は頭が上がらない思いで一杯だった。

 

 外に出ると、秋の冷たい風が冷や汗で一杯の体を透き抜ける。

 寒いと思うほど、一気に涼しくなった。

 ……いや、緊張から解放されたと言った方が、近いだろうか。

 

「また一歩、前進できたんだ……」

 

 青い空を見て、理事長は言う。

 一歩、一歩づつ、少しづつ、確実に前進している事を、身に染みて実感していたのだ。

 

 希望は続く。

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