【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、海外に行く

――キィィィン――

 

「ストックホルム・アーランダ空港に到着致しました。ベルト着用サインが消えるまで、シートベルトをお締めになったままお待ちください。物入れを開けた時に―――」

 

「………」

 

 キャビンアテンダントの説明を他所に、丸い窓の向こうに広がるスウェーデンの景色に、俺は無意識のうちに心を奪われていた。

 遂に、ヨーロッパまでやって来た――と思うと、なかなか感慨深い。

 

 些細な改革から始まり、そこから雪だるま式に大きな改革を行うようになり、いつしか国境を越えるまでに至った。

 現場の職員、役員、取引先、そして主役たるウマ娘、沢山の人々の協力と支え合いがあってこそ、今の強いホッカイドウシリーズがあるのだと、俺は想いに耽る。

 

 ありがとう、これからも皆のために頑張るぞ!と、自分を鼓舞し、遂にスウェーデンの地に足を付ける。

 

「リジチョーさん!お久しぶりですね!」

 

 ガラララとスーツケースを引っ張って空港の中を歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 声がした方を振り返ると、そこにはスウェーデンウマ娘レース協会(SRA)代表であるゴトランドさんがいた。

 

「えぇ、こちらこそ、お久しぶりです。だいたい一年半ほど前ですかね、ゴトランドさんが日本に来られたのは」

 

「もうそんなに経ったんですか。私は、あの日を昨日の事のように覚えているんですけどもね」

 

「いやぁ、歳を重ねると時が早く過ぎるように感じる……と言うか、ゴトランドさん、結構日本語がお上手になってません?」

 

 たった数年の間に、気がついたらこんなに日本語が上達していた事にびっくりする。感覚としては、数年振りに甥っ子と会って、その成長っぷりに度肝抜かれた時に近い。

 

 それはともかく、視察の時は通訳を挟まなければ会話できなかったと言うのに、今は通訳いらずで直接通じてしまうほど日本語を話せるようになったワケを聞く。

 

 返ってきた答えは、「塾に行ったりしてとにかく勉強した」とのことだ。

 まさかのフィジカル突破である。

 世界的に見て難解な言語と呼ばれる日本語をマスターした努力と執念に敬意を示しつつ、俺とゴトランドさんは軽い世間話でもして駄弁りながら、SRA本部へ向かう。

 

 

 

 そもそもなぜスウェーデンに来たのか?

 そのワケを語らなければ、話は始まらないだろう。

 

 端的に言うと、"国際的な承認と投資を呼び込む為"である。

 

 まずは国際的な承認から話していこう。

 

 我が国のレース産業は、大きく分けて二つある。

 

 それは、"地方"と"中央"である。

 

 中央は知っての通り、日本ウマ娘トレーニングセンター学園と日本ウマ娘中央レース協会ことURAが運営する一連の組織とレースの集合体を指し、それ以外は地方というのが大雑把な括りがある。

 

 では、中央と呼ばれるものだけこれほど特別視されているワケは何だろうか?

 

 ずばり、世界から中央とURAが日本の代表であると認識されているからである。

 

 東京ダービーと東京優駿(日本ダービー)、同じダービーでも、世界から認識されている方が格と正統性が高いという事実は、もはや言うまでもないだろう。

 また、中央は実質的に農林水産省改め文部科学省傘下…いわば公的機関であると言うことも、国際的承認に拍車を掛けているのである。

 

 "世界から認められた舞台"が生み出す効果は凄まじいものだ。

 必然的に強いウマ娘が集まり、それにともなって報道機関やグッズ製造業者など様々な業界が参入して、国内外問わず巨大な経済圏を構築し、関わる者に莫大な富をもたらすのである。

 

 対して地方は、そのような"みんなの憧れ"が無いため、ウマ娘も金も寄って集らず、結果としてこじんまりとした経済圏しか構築できないのだ。

 

 いわば、地方には世界から認められた舞台という"集客装置"が無いのである。

 

 形はどうであれ、海外と繋がりがあるという物は、侮れない魅力を生み出す事に繋がる筈だ。

 

 ――どう足掻いても克服できない地方の弱点――と称される国際的承認を得る為に、俺は行動を起こすのである。そのためには、不意に目の前に現れたチャンスを有効活用する他あるまい。

 

 

 

「――スウェーデンウマ娘トレーニングセンター学園及びSRAと協定を結び、お互いにトレーナーとウマ娘を留学・駐在できる環境を整える事と、国際指定招待レースを整備して、日瑞交流と両国のレース産業をさらに活性化させる事が目的です」

 

「なるほど、海を越えた協力関係という事ですか……」

 

 海外でも自由にレースに出ることができる、いわゆる国際レースは、その国が格付けパートⅠ国でなければならない。

 我が国はまだパートⅡ国であり、したがって、我が国に国際レースと本来の意味のG(グレード)競争は無い。

 ちなみに、史実で日本がパートⅠ国に昇格したのは2007年である。

 また、より強力な国際的承認を受けていないため、現段階で日本国内で開催されるグレード競争と言うものは、すべて自称という扱いである。

 パートⅠ昇格に伴って、国際レースはGの頭を付けたグレード競争へ、それ以外は日本国内の限定を示すJpnが頭に付くことになる。

 

 じゃあ、ジャパンカップってなんなの?海外のウマ娘出てるじゃん!と、内心思う事だろう。

 

 実は、ジャパンカップは国際"招待"レースというカラクリがある。

 

 国際招待レースとは、主催側が「レースに出ませんか」と招待するという、文字通りの意味のレースなのだ。

 招待という都合上、出走側から申し込む事はできない。

 つまり、主催側の一方通行という訳だ。

 

 ともかく、招待レースというカラクリを使うことで、疑似的に国際レースの創設と国際的承認を得ようという算段である。

 今回の相手はパートⅡ国で、お世辞にもそれほど栄えているというわけではないが、それでも海外のトレセン学園と協力することになったという話題性と魅力は、決して侮れない効果があるはずであり、これは双方に利益をもたらすことになるだろう。

 

「いいですね、私は賛成します」

 

「えっ、ほんとですか?」

 

 二人だけの会談が始まって僅か数分で、協定は結ばれてしまう。

 あまりのスピーディーさに、俺は良い意味で拍子抜けをくらう。

 

 念のため述べておくが、今回の会談はあくまでも個人的なものという扱いである。

 そのため、正式に協定を決定するためには、双方共に会議なりなんなりの調整をしなければならないので、少し時間がかかる。

 

 そうした流れは"慎重"と書けば聞こえはいいものの、実際のところは"優柔不断"…つまり動きが鈍いという訳だ。

 

 日本企業は慎重で丁寧という利点がある反面、肝心な時にあーだこーだで意見がぶつかるため、決断が遅いという悪い点がある。

 こうした「ギャンブルよりも堅実を!」という慎重さからくる決断の遅さは、スピードと派手さ(超意訳)が求められる海外のビッグプロジェクトにめっぽう弱く、当たるか外れるかは置いておいて、思い切った判断を即決できる韓国や中国といった海外企業に横取りされてしまうという事が、決して少なくないのである。

 

 そうした事態を避けるため、前もって面会して、ある程度お互いに話を進めて時間的ロスを減らすという根回しが、今回の海外遠征の真の目的なのだ。

 

 という事はつまり、真の目的はすでに果たしてしまったという訳だ。

 それも、かなり簡単にだ。

 

「本当にいいんですか?」

 

 俺は思わず素に帰って、二度も聞き直してしまう。

 それほど衝撃的だったのだ。

 

「ええ、もちろんですとも。あとは私が頑張って議会を通過させますから、リジチョーさんはリジチョーさんで頑張ってくださいね」

 

 返事はOK(おっけ)、俺は呆気……というラップジョークは置いておいて、ガチのマジで決定したので、これでお話は終わりという訳である。

 

「はは、なんというか、こんなにも早く話が進むとは……」

 

「…私はレースでみんなを盛り上げたいんです、それはリジチョーさんも同じでしょう?お互いの信念が一致しているからこそ、こんなにも早く進んだという訳です」

 

「なるほど、いいことを言いますね……」

 

 レースでみんなを盛り上げたい――ウマ娘らしい信念に、俺は感服する。

 信念を忘れず本気で活動する様は、思わず「頑張って!」と応援したくなるものである。

 

 ゴトランドさんはかなりガッツがあるウマ娘だなと、俺は感じた。

 信念のために、本来予定になかった旭川トレセン学園視察を国王に直談判して捻じ込んだり、難解な日本語を短期間でいっちょ前に習得するしで、ものすごく精力的なウマ娘なのだと、俺は再度理解させられる。

 

 一瞬、ちゃんと議会を通過させられるか不安が頭の隅を過ったが、ゴトランドさんなら大丈夫だろうと俺は安堵する。

 

「では……これでおしまいですかね。お忙しい中お時間を作っていただき、ありがとうございました」

 

「こちらこそ、お時間いただきましてありがとうございました。……あ、ちょっと待ってください」

 

「どうしましたか…?」

 

 文字通り待ったを掛けると、何かを思い出したゴトランドさんは、おもむろに別の部屋に行ってしまう。

 それから数分経つと、ゴトランドさんは赤い小さなウマ娘の人形らしき物を持って、部屋に入ってくる。

 

「ゴトランドさん、それは?」

 

 ゴトランドさんが持つ物を指さして、俺は思わずそれが何なのか問う。

 

「これは、我が国の伝統工芸品の"ダーラヘスト”という物なんですよ」

 

「ダーラ…ヘスト…?」

 

 頭に疑問符を浮かべつつも、手渡されたそれを受け取る。

 ストラップが付いているそれは親指ほどの大きさで、ばんえいしたりするバ具を彷彿とさせる模様が、白や緑、黄色や青色などで彩色されており、明るい赤色が下地なのも相まって、一目見たときに「かわいいな」と思わせる品であった。

 

「ダーラヘストは、簡単に言うとスウェーデンの宝物です。これを鞄にでも付けて、肌身離さず持っていれば、きっと悪いことから守ってくれるでしょう。それに、幸福をもたらすかもしれません」

 

「お守りってわけですか、なるほど…ありがとうございます」

 

 回してみたり、上から見てみたり、逆さにしたりしていろんな方向から見惚れた後、いつも肌身離さず持ち歩いている鞄にカチャンと装着する。

 

 

 

 

 その後、北海道と本土、そして海外へ何度も往復するという、道民でもキツい地獄の無限長距離移動編が始まることとなる。

 さすがに体の損耗が激しいことになるが、そんなものは信念とダーラヘストとバブル崩壊のトリオがいるから気にならない。

 スウェーデンのほかに、チェコや南米など、主にパートⅡ国とパートⅢ国を対象に、海外の協力網を広げつつ、その傍らに、バブル崩壊を乗り切るため、海外資本による投資を呼び込んだりするのであった。

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