【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、手紙が届く

 12月25日と聞かれれば、何を思い浮かべるだろうか?

 

 世間一般的には、"クリスマス"が思い浮かぶだろう。

 

 競馬おじさんに聞けば、"有馬記念"と答える筈だ。

 

 とある政治界隈に聞けば、"ソ連崩壊"と答えるだろう。

 

「0時40分になりました。この時間は、午前1時までニュースをお伝えします。…ソビエトの11の共和国は、ソビエト連邦に変わる緩い国家の連合体、独立国家共同体に参加することで合意し――」

 

「あー、ついにきたか……」

 

 たった今、俺は歴史的な瞬間を目撃している。

 

 そう、言わずと知れたソ連崩壊の瞬間である。

 

 無茶な軍拡や支離滅裂な計画をゴリ押して経済を開発していった結果、どんどん国が落ちぶれてしまい、自由化の波に抗えず、バラバラに分裂してソ連は消滅したのである。

 

 ――大陸の半分近くを有していた超大国の崩壊――これは間違いなく、世界史に大きな影響を与えた出来事であった。

 

 「民主主義と自由を脅かす悪の国家であるソ連の消滅は最高のクリスマスプレゼントだ!」と、今頃お互いに鎬《しのぎ》を削り合ったアメリカの国民は歓喜しているだろう。

 

 ともかく、邪悪な共産主義を掲げた総本山は消え、ソ連時代に抑圧されていたウクライナ・ベラルーシ等旧衛星国は民主化し、自由とアメリカンジャンクフードの味を堪能する――ようやく、世界に平和が訪れたかのように思えた。

 

 しかし、平和は訪れなかった。

 

 今度はソ連の失敗から学んだ中華人民共和国が、新たな冷戦相手として急速に頭角を現し始める。

 

 抜け目の無い監視社会、国際外交を生き抜く狡猾さ、安い命を売りにした海外資産誘致により、驚くべきスピードで技術と経済力を吸収し、気づいた時にはもう手遅れなほど超大国の地位を確固たるものにした。

 

 眠れる獅子を叩き起こしていた事に、世界はもう少し早く気づくべきだったのだ。

 

 さらに、テロリズムやインターネットによるサイバー戦争など、見えない敵と戦う時代になる新冷戦時代が幕を開けたのである。

 

 世界情勢異常無し、だ。

 

「シャコシャコシャコ……」

 

 鏡の前に立って、歯を磨く。

 なんてことの無い、ありふれた日常だ。

 

「ゲホッゲホッ……老けたなぁ」

 

 いや、逆に考えるんだ。ただ年相応の顔つきになっただけってね。

 よし、これでいこう。ポジティブこそ最強だって、はっきりわかんだね。

 

 ……とは言え、ここ最近のシャトル移動による疲労はなかなかのもので、こうして札幌の賃貸の自宅にいることがあまり多くなく、出張先のホテルに泊まって夜を越す事態が決して少なくない。

 

 やはり前世の感覚で行くとキツいっちゃあキツいが、ここで挫けたらホッカイドウシリーズを支える数万にも及ぶ生徒や職員、そして取引先や地元産業も躓いてしまう事になる。

 バブル崩壊を乗り越える為には皆の団結が必要であり、その団結を支える立場である俺の責任は重大である。

 止まるんじゃねぇぞ……と、自分を鼓舞し、布団に入る。

 

 皆が明るい未来を夢見て、俺は目を閉じて、深い眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 灰色の空から雪がシンシンと降りしきる。ありふれた冬の景色だった。

 男が防空壕から外へ出ると、ちょうどカラスが二羽ほど飛んでいくのが目に入った。

 

「はーっ……はーっ……ひどい有り様だ……」

 

 カラスが黒煙の中を突っ切っていくところを見たとき、思わず心の声を漏らす。

 そんな惨状が、目の前に広がっていたのだから。

 

 かつては生徒と教師の声が絶えなかった校舎は、セルビア軍の砲撃と空爆による度重なる攻撃によって、今や原型を止めつつも所々穴が開き、塗装は剥げ、煉瓦とガラスは粉々に砕け散って地面に散乱しており、まさに廃墟と言っても差し支えない有り様であった。

 

 青々とした芝が広がっていたコース練習場は、すべて耕されて畑になり、あの頃の面影はどこにもない。

 そして、畑には所々爆発によるクレーターが出来上がっていた。

 数多くあるクレーターの中には煙が上がっているものがあり、それらは今追加されたであろう事が分かる。

 また、畑の中央には、おおよそ500kgにも相当する一発の爆弾が突き刺さったまま放置されており、方向舵には雪が積もっている事から、どれ程前に投下されたかを窺わせられる。

 

 そもそもクロアチアとは何か?

 クロアチアは、旧ユーゴスラビアを構成していた国のうち一つで、単刀直入に言うと、クロアチアとセルビアはものすごく仲が悪かった。

 

 チトーによる神がかりな統治により、両国は渋々ながらも協調路線を歩んでいた。

 しかし、チトーの死と後継者の失策が、両国の憎悪感情に火を付けた。

 

 そして、チトーによって抑えられていたお互いの民族的憎悪が爆発し、旧ユーゴスラビア地域は地獄すら生ぬるい戦火に巻き込まれる事となる。

 

 これがいわゆる、"ユーゴスラビア内戦"である。

 

「ストーブはあといくら持つかだろうか……」

 

「三日、あと三日が精一杯でしょうね。瓦礫の中から燃えるものを探せば、もう少し延びるでしょうけども……」

 

 ストーブ……職員らはそう言うが、実態はそのような"高級品"ではなかった。

 それは、くり貫いたドラム缶に、薪やら木材やらなんやらを入れて燃やしている程度のものであり、到底ストーブと呼べる代物ではものではない。

 しかし侮るなかれ、暖を焚いて寒さを凌ぐという面であれば、インフラを破壊された地域にとっては十分な設備(?)である。

 

「毛布も足りません。このままだと、凍傷になる者も出てくるかと…」

 

 大人である職員、そして学園の理事長である男自身も毛布を残された生徒に回して、なんとかして冬を乗り越えさせようと奮闘している。

 しかし、それでもなお一人一枚とはならず、二人で共用することで物資の不足を乗りきっている有り様であった。

 

 足りないと言えば、食糧も足りない。

 今や食堂は完全に破壊され、畑と配給、そして世界から送られてきたわずかな支援物資を糧に、極限まで動かないことでカロリーを抑えて飢えを耐えていた。

 

 走る事が大好きなウマ娘は走る事ができず、大食いであるウマ娘は僅かな食糧で今日を食い繋いでいる。

 

 地獄だった。

 

 だが、地獄の中に居てなお、希望があるということを男は知っていた。

 

「あともう少しだ……あともう少しで、完成するッ……!」

 

 男は手紙を書いていた。

 写真を撮って話を聞いて帰るだけでまったく役に立たなかったジャーナリストが唯一役に立った事、それすなわち"日本にいるとある経営者なら、もしかしたら助けてくれるかも"という情報だ。

 

 もしかしたら断られるかもしれないし、ジャーナリストの話は嘘かもしれない。

 しかしながら、少しでも現状を改善できる希望があるのなら、全力を尽くした方が良いと男は判断したのである。

 

 祈るような気持ちで、男は辞書を片手に手紙を書き殴るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「――保存する場所の温度も大事ですが、これ以外にも、実は唐辛子がけっこう効きます。たくさんの唐辛子を入れた網袋を米袋の上に置き――」

 

 ふむふむ、なるほどなるほどと俺は相づちを打ちつつ、その道を極めしプロの話を聞く。

 まさか唐辛子が効くとは思わず、その意外性に驚くと共に、他の業界の詳しい話を知るのは、冒険心的なワクワクがあって楽しいなと思う今日この頃、将来起きる冷害や災害に備えて、玄米やその他避難食の確保に奔走している。

 

 米騒動までには間に合わないものの、後に起こる阪神淡路大震災や東日本大震災など、大災害に備えるために食糧備蓄量を増やすべく、各学園の敷地に倉庫を建築、又は増築することが決まった。

 

 また、そうした災害が起きた際にどのような行動を取るべきかを正しく理解するため、専門家に話を聞き、専門家監修の元、地震、津波、土砂崩れ、竜巻等多岐にわたる"災害対策授業"を行う事になった。

 

 かくして、将来起こる厄災に対して様々な策を講じている最中、身に覚えの無いところから手紙がホッカイドウシリーズ本部宛に届いた。

 

 差出人に身に覚えの無いと言うだけでも驚きものだが、さらに驚いたことに、なんと差し出し場所が"クロアチア"になっていたのである。

 

「えぇ、クロアチア?」

 

 と、俺は思わず声を上げる。

 

 国内外のニュースでたまーに名前が出るあの国から送られてくるのだから、これは絶対ただごとじゃないという事態は確定である。

 

 紛争地帯から送られて来たものの、こうして俺の手元に来ているのなら税関を通ってるという訳であり、税関が通したのであれば大丈夫だろうと腹を括り、緊急役員会議の場で封筒を開け、手紙の内容を確認する。

 

 クロアチア発だからクロアチア語かと思ったが、意外な事に英語で書かれていた。

 俺は海外視察の過程で英語を鍛えに鍛えまくったので、英語ならギリ行けなくもない。

 なので、翻訳しつつ手紙の内容を読み上げた。

 

 内容をざっくり表すとすれば、"みんな飢えて凍えて死にそうです。だから生徒だけでも助けてください"という内容であった。

 翻訳したらヤバい内容だったり、あと単純にかなり長文だったから、こんなにもざっくりとした表し方をしたんだすまない。

 

 それはともかく、俺らは頭を抱えて大いに悩む。

 

 助けるにしても、どうやって助ける?分からない。誰も明確な解決手段を持っていないのだ。

 

 ただ、現段階で分かることが一つだけある。

 それは、この手紙は後に、世論を混沌とさせるだろうという最悪な未来だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

当時戦火に見舞われていたユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園(後にクロアチア・独立記念トレセン学園へ改名)は、とある人物に助けを求めた。

 

その相手は、ホッカイドウシリーズ運営代表である理事長であった。

 

述べ16枚にも及ぶ、配慮して英語に翻訳された手紙は後に、"命の手紙"と呼ばれる事となった。

 

助けを求めた手紙は、それまで対岸の火事だった難民受け入れ問題に火を付け、世論を分断させる事となり、日本政府も動かざるを得ない状況になるのでした……

 

―2022年放送、【停滞と混沌の90年代】ユーゴスラビアより愛を込めて、命の手紙論争編―

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