【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「この度はこのような事態になってしまい、大変申し訳ございません―――」
会見場を埋め尽くす報道陣を前にして、俺が深々と頭を下げるとフラッシュが一斉に焚かれた。
「―――我々の見解としては、国際交流活性化の一環でユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園と留学協定を結んで留学生を呼ぶという形であり、難民を受け入れるという訳ではないと断言します。他国のトレセン学園で結んだような協力協定をクロアチアでも結ぶというだけであり―――」
某大手新聞社からリーク記事が出されたその日のうちに、緊急記者会見を開いて、大急ぎでワケを説明する。
新聞が世に出てからというものの、世間に及ぼした動揺というものは凄まじい速度で広がっていった。
新鮮な空気でも吸って落ち着こうと外を軽く歩いていた際、二人組の主婦がリーク内容の世間話を不安げに話しているところを目撃し、俺はこれから起きるであろう最悪な事態を想像して胸が絞められるような思いでいっぱいだった。
「どうすりゃ良かったんだ……」
記者会見前、ストレスで震えが止まらない事を隠すようにトイレに籠った俺はそう呟いた。
銃剣のような痛烈な現実に、俺はただただ打ちひしがれていた。
これが一番マシな選択肢だと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれない。
いや、逆にこれが一番マシな選択肢で、他の選択だともっともっとひどい事になっていたのかも知れない。
もう少し早く公開、又はメディアに働きかけて情報統制を促すべきだったかと後悔する。
これから飛び立つぞという時に地面に叩きつけられたようなものだ。
もっと考えられることはたくさんある。
しかし、それが正しいものなのかはどうかは時の経過と共に分かることであり、今分かる事ではない。
しかしながら、今分かることが一つだけある。
それは、"後悔してももう遅い"ということだ。
なんせ、失敗を悔やんだだけでは、事態は好転しないからだ……
……事態が好転しないのなら、好転するように行動を起こす他あるまい。
このような当たり前の行動こそがこの騒動を制すのだと、俺は一度冷静になって分析する。
そうだ、そうなのだ。
何もそんなに難しい事じゃない、今までもそうやって来たじゃないか。
頑張れ俺!まだ間に合う!行け行け行けーッ!と、自分を鼓舞する。
とんでもない問題が起きても、面子を捨て、対応の迅速さや誠実さにすべての力を注いで逆に信用を獲得した例があったではないかと、前世で見たニュースの内容を思い出す。
今回の件は、ホッカイドウシリーズの信頼を揺るがす大事件だ。
しかし、このグレートゲームで勝利できれば、むしろ今まで以上の信頼を獲得することができるかも知れない。
ピンチをチャンスに変えてこそ経営者なのだと、自分に言い聞かせる。
俺の元にパンドラの箱(開封済)が強引に送られてきて、しまいにはとんでもない厄災を撒き散らした。
しかし、最後の希望だけは残されていたのだ。
『HS理事長、難民ではなく留学生と強調』
『【苦しい言い訳】難民を留学生と主張!?』
『難民ではなく留学生と訂正、HSは黒か白か!?』
翌日の朝、梅おにぎりを片手に様々なメディアの朝刊を読む。
メディアの反応は様々だ。
難民だという前提で話を進める新聞や、比較的中立寄りな意見の新聞、地元の北海道系を筆頭に擁護寄りな新聞だったりと、メディアによって幅広い反応を示している事を俺は確認する。
少なくとも、今のところは世論が固まりきっていない状態であり、これが指していることとはズバリ、短期決戦で世論をこちら側有利に傾けれれば、なんとか事態を沈静化できるかもしれないという攻略の糸口である。
とにかく、これからの会見で最も肝になるポイントは、"難民"を否定して"留学生"であると強調すること、"留学生しか受け入れない"事を強調すること、"絶対に意思を曲げない"という事である。
途中で意見を変えて保身に走ったりする中途半端な態度を取ること、それすなわち隙を見せるのと同意義であり、穴があればこじ開けるメディアの攻撃に耐えるためには、穴を開けないようにする必要がある。
要するに、最初から最後まで考えを貫いて、誠実さをアピールする必要があるということだ。
ぶっちゃけな話、この誠実さアピール作戦は大きな賭けだ。
なんせ、今まで積み上げてきた信頼とイメージ、そして民衆が抱く感情次第だからだ。
本当はもっと安定した手段を取りたいものの、そもそもこれ以外にまともな手段がなく、いわばこれしか選択肢がなくてやむを得ないという詰み状態なのである。
という訳で、たいていトイレを我慢する時ぐらいしか祈らないであろう神に奇跡を祈りつつ、事態を何とかして捌ききる確率を底上げするべく、堅実に策を講じていく。
まず、こちらから先手を打ってクロアチアから送られてきた手紙を公開する。
え?今さら公開するの?と、思うかもしれない。
しかし、意外な事に、どういうわけか手紙の件はバレていないのである。
逆に何でこれがバレてないのか分からなくて、俺はずっと頭を悩ませる。
恐らくリーク犯は、"紛争国から留学生を受け入れようとしている"という一面しか知らずにリークしたのではないか?と、俺は推測する。
あるいは、意図的に伏せた?という可能性もあるが、この手紙も合わせて公開した方がより打撃を与えられた筈なので、本当に知らなかった可能性が高いと俺は見ている。
どういうカラクリがあったのかは推測の域に過ぎないし、今はものすごく忙しいから今回はあまり深追いしないでおく。迷宮入りしないことを祈るばかりである。
ともかく、クロアチアから送られてきた手紙を先手を打って公開した理由としては、ここでまた隠し事をしてバレたら今度こそ信頼の回復が絶望的になるからである。
次に、会見の際はできるだけハキハキとハッキリ喋る事を、よりいっそう心がける。
そういった小さな面もまた、テレビ越しに騒動を見守る民衆のイメージに大きな影響を及ぼすのだ。
最後に、外務省のお墨付きを貰いに行く。
これは、外交のスペシャリストが「いや、彼女らは難民じゃなくて留学生やで。決まり的には問題ないやで」と発言(要約)することで、我々側擁護の世論を形成して乗り切るためである。
国家の組織からの援護ともなれば、考えが変わる民衆が少なくないだろう。
幸先がよい事に、思いの外早く道知事経由で外務省の協力を取り付ける事に成功する。
そして、次の日には外務省の記者会見で「彼女らは難民ではなく留学生」という旨の声明発表が出され、過激的な社説を出していた新聞社の勢いが揺らぐ事になる。
そうした行動や、「まぁ、あんたが言うのなら…」という論調もあってか、交渉の為にヨーロッパへ行く一週間前になる頃には、徐々に一定の理解を示すメディアや民衆の割合が増え、事態は沈静化の方向へ向かっていく。
しかし、我々にとって都合の悪いことに、事態を騒ぎ立てるメディアや民衆がいる。
徹底的に受け入れを拒否する派と、逆にこれを期に日本は移民を受け入れるべきだという急進受け入れ派や、ただただ叩きたいだけの者など、やはり一枚岩にはそう簡単にならないというのが現状だ。
ともかく、一時期はどうなるものかと不安だったものの、なんとか事態を捌ききれた現状に安堵するのであった。
・・・
1992年春の中頃、ハンガリーの首都ブダペストにあるブダペスト・キンチェムトレセン学園にて、世界から集まった記者と、うわさを聞き付けた観衆に囲まれる形で、二つの組織の者らは校舎に入っていった。
そもそもなぜ、クロアチアや日本ではなく、クロアチアの隣国であるハンガリーが舞台なのか、その訳を話す必要があるだろう。
知っての通り、クロアチアは現在進行形で戦争をしており、つまり戦時国という訳である。
どこの国もそうだが、基本的に戦争をしている国に渡航する行為は、できるだけ避けるように呼びかけられている。
理事長なら覚悟をガチ決めして、戦争中の国に入国することも厭わないが、さすがに部下を引き連れてとなると話が変わってくる。
ならば日本で、と行きたいものの、日本政府は独立したばかりのクロアチアと正式な国交を結んでいないため、日本に渡航する難易度が極めて高く、ほぼ無理だ。
さらに、予算という問題もあった。
ここで理事長の人脈が力を発揮する。
欧州遠征の一環で訪れたことのあるハンガリーのトレセン学園に場所の提供を国際電話で要請し、ハンガリー側は承諾、かのような経緯で、クロアチアでもなく日本でもない、ハンガリーで最終調整の会議が開かれることとなったのである。
「初めまして、クロアチアの皆様」
「こちらこそ初めまして、日本の皆様」
二人の代表とその部下らは、年季のある木製ロングテーブル越しに英語で軽くあいさつを交わして、最終調整に入った。
残された数百にも上るウマ娘の命が掛かった、緊迫の会議が始まった瞬間である。
たくさんの命が掛かっている会議だが、取り扱う題材の割に、意外なことにサクサクとテンポよく話の内容が進んでいく。
理事長側が何度も練習したり、あらかじめこのような協定を結ぶと打ち合わせをして、クロアチア側の意見の一致を促したというのも理由だったが、一番大きな理由は、命が掛かっているクロアチア側の"焦り"というのが大きかった。
生きるか死ぬか、はたまた戦場に行かされるか、クロアチアのウマ娘は命の瀬戸際にいる。
とにかく早く、一刻も早く協定を結んで、一人でも多く逃がしたいという至極当然な考えが、サクサク会議進行に作用していたのである。
「では、取引成立ですね。協定書にサインを…」
理事長はそう言いつつ、ダーラヘストのお守り付きの鞄から、愛用している万年筆を取り出し、協定書にサインをする。
そして、理事長から回された協定書を受け取ったクロアチアの理事長であるステパンもサインをする。
この瞬間をもって、ホッカイドウ=クロアチアトレセン学園間の友好関係が正式に始まったのである。
交渉を終えた代表団が外に出た瞬間、待ち構えていた記者らが持つカメラのフラッシュで眩い光に包まれる。
「交渉はどうなったのですか!?」
と、英語で質問する声がどこからかした。
それに対して理事長は
「成功しました!」
と、声を張って答えた。
その場にいる観衆全てが、その返事に歓喜し、はち切れんばかりの拍手をする。
栄光の瞬間だった。
このままいけば、日本とクロアチアの友好を象徴する出来事として記録されていただろう。
だが、神は気紛れだ。
ドン!
乾いた破裂音――銃声が歓声を覆い隠す。
試練の時だ。
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