【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「―――緊急速報です。クロアチアトレセン学園との協定のため交渉へ赴いたホッカイドウシリーズ理事長が銃撃に遭いました。情報が入り次第お送りします―――」
「―――ブダペストトレセン学園での銃撃事件の詳細な情報が送られてきました。死傷者は3人。ユーゴスラビア・クロアチアトレセン学園の理事長ステパン・トルスカビッチ氏と、取材に赴いていたイギリス公共放送協会のカメラマン、レスター・ドリンカース氏の二名が死亡、SPが負傷し緊急搬送と―――」
「―――ハンガリー警察から発表がありました。銃撃犯はセルビア系ハンガリー人の郵便局員、ギムレージ・ブゴポノビッチ。凶器はトカレフT-33で―――」
「―――ハンガリー政府は警護が不十分だったと謝罪を―――」
「―――クロアチア政府はセルビアを非難―――」
「―――セルビア政府は関与を否定―――」
「―――続いてのニュースです。ブダペスト銃撃事件から二日が経った今、ホッカイドウシリーズ理事長が精神面での不調を理由に、1ヶ月休職することが正式に発表されました―――」
事件が起きてから1ヶ月、事態は目まぐるしく変化した。
まず、今まで批判的だった世論やメディアはドリルかって言いたくなるほどの手のひら返しを決め、今や"ウマ娘の為に働いた功労者"として、俺を褒め称えると共に、セルビアに対する批判を強めていった。
事件を防ぎきれなかったハンガリーは関係改善に向けて活動を始め、クロアチアはセルビアを批判。一方、セルビアは事件の関与を否定し、「ハンガリーに住むセルビアの血を引いたハンガリー人が起こした凶行」と断言して、態度を崩さない。
流れ弾に巻き込まれたイギリスを始め、欧州はセルビアに対する批判を強めると共に、"被害者"であるクロアチアを擁護し、ウマ娘を戦火から助けようとしたステパン理事長を悲劇の殉職者として祭り上げていた。
犯人は現行犯逮捕された三日後、動機を語らぬまま拘置所内で変死し、恐れていた迷宮入りを果たしてしまう。
もう無茶苦茶だった。
欧州情勢複雑怪奇ナリとは、まさにこの事なのかと俺は理解させられる。
「やることねぇな~……」
阿寒湖の畔にて、俺はそう呟く。
鞄に付けていたダーラヘストが風に揺られていた。
今、こうして休暇を謳歌している俺は、相当運が良かったのだと改めて自覚させられる。
――弾が逸れてよかった――
と、本来ならば喜んでも文句は言われないだろう。
しかし、事情が事情で、素直に喜べない。
ステパン理事長は心臓に命中し、搬送中に死亡。
身を挺して守ろうとしたSPは、使命を全うして生き延びた。
間一髪俺から逸れた弾は、そのまま流れてカメラマンの眉間に命中し、即死した。
余談だが、そのカメラマンが持っていたカメラは銃撃の瞬間を映しており、放映される映像の倫理観がゆるゆるだったこの時代ゆえかそのまま公開され、これは"暗殺の瞬間"として大きな波紋を呼んだ。
恐らく、あの映像は歴史が動いた瞬間として後世に受け継がれていくだろう。
そういう訳があって、俺は素直に喜べないでいた。
そして、まったくもってやる気がない無気力な状態になっていた。
無気力。
まさしく、今の状態を指すのなら、この言葉が最も当てはまるだろう。
無気力。
とにかくやる気が出ない。
今まで積み上げてきたものがすべて崩れて、跡形も無くなってしまったようだ。
あれほどの情熱は何処へ?
俺を突き動かしていたあの情熱は、どこへ行ってしまったんだ?
わからない。けど、言えることが少なからずある。
目の前で人が死んだあの瞬間に、俺を繋ぎ止めていた何かがプツンと切れて、紐を切った操り人形のようにうんともすんとも言わなくなってしまった。
そして、撃たれた訳では無いにも関わらず、心にポッカリと穴が空いてしまった。
自分の決断によって人が死亡した事実に、俺は未だに動揺している。
果たして、俺の判断は最善だったのか?
と、時折自問自答する。
でも、返ってくる答えは俺にとって都合の良いものばかり。
そりゃそうだよ、自分に質問してるんだからね。
Q理事長、あなたは幸福ですか?
Aはい、幸福です!
こんなQ&Aが延々と続く。幾ら時経てど進歩無しである。ディストピアかな?
……そんな事はさておき、もうそろそろで1ヶ月の期限が切れるので、職務に復帰する準備をしなければならない。
そもそも、この休職は役員によって半ば強制的に決められたもので、役員からは「延長してもいいですよ」と言われているものの、同じくキツい思いをしている部下をそっちのけで休むのはどうかと思って、期限が切れ次第そのまま復帰する予定だ。
ステパン理事長の追悼や、三冠レースのPR活動、さらには米備蓄計画の遂行など、やるべき事は沢山ある。
ここで挫けたらすべて台無しになるから、後にも先には挫ける事は許されない。
ウマ娘、職員、消費者etc…今生きているもの、これから生まれるもの、そして死にゆくもの。たくさんの人々の想いを背負って、人らの上に立つ経営者としての義務を果たさなければならないのである。
そう、俺は義務を果たさなければならないのだ。
逃れられぬ義務を果たすために、俺は重い腰を上げ、車に乗って札幌に帰るのであった。
やるべきことが、たくさん残されている。
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