【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
――旭川って今はどうなってんだろ。
ふとした瞬間、そのような疑問…というよりかは心配と不安に近い言葉が脳裏に浮かび上がる。
その言葉が浮かんでからというもの、ほとんど考える間も無く衝動的に車を出し、旭川へ加速する。
高速道路…ではなく、国道12号線など一般道を使い、北海道特有の長すぎる移動距離を根性でもってして二時間近くかけて走破し、懐かしきあのレース場の駐車場に駐車する。
ちなみに、国道12号線には日本で一番長い直線がある(細かすぎて使わない豆知識)
「ふう…ついた……」
ドアを閉めた後、凝りに凝った体を解すために背伸びをする。
移動距離――というと、本州の人にとっては2時間近く車で移動することは"長距離移動"に含まれるらしいが、道民曰く"まだまだ行ける"範囲とのこと。道民の忍耐力恐るべしだ。
「はえーすっごい(小並感)」と他人事のように言う俺だが、転生してから時間が経っているが故に、俺はすっかり北海道の基準に染まりきっており、最初は苦痛だったクソナガ移動はいまやノープロブレムだ。慣れって怖いね。
それはともかく、わりとふんわりとした理由で流されるように旭川へ来てしまった。
札幌から旭川への移動時間である二時間は、だいたい一本の映画を見れる時間だ。
せっかくの貴重な休日を、神のお告げ的な衝動的な行動で無駄にしない為に有効に楽しんでやろうと考えつつ、慣れ親しんだ入り口を潜る。
おぉ、なんかいつもより人が多いな。
門を潜ったその瞬間、このような感想がポンッと出る。
パッと見、ここにいた頃と比べて、心なしか人が多い気がするのだ。
それも、観客の大半がおじさんだった転生初期に比べて、今目の前で行き交う人々は、学生や子連れの夫婦、数は少ないが老人だったりと、客層の幅が広がっている事が見て分かる。
そして何より、人々の表情は明るく、活気に溢れているのである。
「ママぁ、チョコバナナ買ってよぉ!」
「おぉ婆さんや、ケツとタッパはまだかのう…」
「こらっ爺さん!なんて覚え方してるのっ!」
「あ!よっちゃんじゃーん!久しぶりっ!」
耳を澄ませば、そんな和気あいあいな会話が聞こえてくる。
寂しかった以前と違い、今は和やかな雰囲気が流れており、自然と微笑ましい気持ちと顔つきになる。
――改革の効果が実り始めた
今まで積み上げてきた努力が徐々に報われてきている事実に気づくなり、成功して良かったという安堵と同時に、たいへん嬉しい気持ちになる。
そうだ。そうなのだ。
この衝動的行動にはちゃんと理由が存在するんだ。
きっと、導かれてここに来たんだ――と、俺は解釈する。
欠けていたものが満たされたような気分だった。
「あ!リジチョーっ!!」
懐かしい声が聞こえてくる。
声がした方を振り返ると、小走りで一直線に向かってくるあの土木のおっちゃんが視界に入る。
「おっちゃん!?」
驚きと嬉しさが絶妙に混じったイントネーションで、思わず俺は声を上げる。
「……久し振りですね、理事長。また会えて嬉しいです」
相変わらずの笑顔を浮かべながら、おっちゃんは再会の言葉を口にする。
「えぇ!ええ!こちらこそ!本当に久しぶりですね!自分が居ない間、元気にしてましたか?」
俺もまた、嬉しさでにやけつつ、再会の言葉を口にする。
「もちろんです!現場の三階から落ちて捻挫しましたが……まぁ、なんとかなりましたね」
「三階から?!捻挫!?」
おっちゃんは笑い話のように話すが、唐突にクソデカカロリーな話をぶちかまされて、俺は軽く言語的胃もたれを起こしてしまう。
とりあえず、おっちゃんがなまらタフという事だけはよくわかった(小並感)
そんなこんなで、おっちゃんと俺はお互いに再会を喜びつつ、あの頃のようにテキトーに駄弁りながらパドックに向かう。
「――四番ドミニオンサガ。前回は最後の直線で力尽きた反省を踏まえたのでしょうか、主に太ももとふくらはぎを中心に筋肉が増えたように見えます――」
「いやぁ、まさかパドックに解説が付くとは……」
「ふふふ、パドックに解説が付いたのはあなたのお陰ですよ」
実は、パドック解説は史実だともう少し後から始まるものだ。
数年前、おっちゃんと駄弁っていた時にまだやっていない事に偶然気付き、これを今やれば話題性が上がるだろうと考えて実行したという経緯がある。
だから、この世界におけるパドック解説の起源は、土木のおっちゃんの存在がデカかったりする。
そんなこんなで、いよいよ出走の時がくる。
幾ら時が経てども、出走前はワクワクとソワソワ感が絶妙なバランスで情緒を揺さぶる。
そんな懐かしい感覚を実感しつつ、俺らはスタートの時を今か今かと待っていた。
そして、ガシャンと音を立ててゲートが開かれる。
ついにレースの時が来たのだ。
「「頑張れぇぇっ!!」」
ウマ娘の雄叫びを掻き消すように、観客は応援する声を上げる。
キタ!キタ!キタ!と、俺はあの感覚を思い出す。
そうだ、このレースの感覚。
本気を出して前へ進むウマ娘、熱狂する観客、そして盛り上がる舞台……これぞまさしくレースなのだ。
「行けーっ!!」
レースを見るという喜びの感情に駆られた俺もまた、共に声を上げる。
しかしながら、楽しい事ほど時間が早く過ぎてしまうというのが世の常…、あっという間にレースが終わってしまう。
「あー、終わったのか……」
と、俺はどこか寂しげな声が漏れる。
だがしかし、"熱"は冷めていない気がするのである。
その熱ってのがどういうものかは言語化し難いものの、少なくとも、"やる気"に近いだろう。
「理事長さん。これが、理事長さんが今まで積み上げてきたものですよ」
「積み上げてきた……もの?」
やや黄昏気味な俺に、おっちゃんが話しかける。
その言葉にハッと我に返ると共に、朧気な熱の正体がなんなのかをようやく理解した。
"情熱"である。
「そうですよ。学校に通うウマ娘や、レースを見に来る観客。たくさんの人々が、ホッカイドウのお陰で幸せになっています。そして、恐らく理事長さんが思っている以上にたくさんの人が、理事長さんに感謝しているはずです。……理事長さんが頑張って積み上げてきたものは、綺麗に、そして立派に花を咲かせているのです」
「…………」
色々な感情がドッと押し寄せてきて、言葉が詰まる。
「ニュース、聞きましたよ。かなり大変な思いをされている事を、私は知っています。理事長さんが今、辛い思いをしている事も知っています。ですから、これ以上頑張れとは言いません。……応援してます」
おっちゃんは優しく微笑む。
「ありがとうございますっ」
俺は俯きながら、感謝の言葉を口にする。
目頭が熱い。
この涙の意味は、きっと、今までの苦労が報われた嬉しさによるものと、おっちゃんのささやかな優しさによるなのだろうと、俺は悟った。
そして、激励の言葉を貰った俺は、心の中で決意を固める。
俺はまだ諦めない!そして蘇る!みんなの為に、遺された想いの為に、そして俺自身の為に、俺は諦めない!!と……
キィィィィィン………
千歳空港にて、クロアチアからの留学生を乗せたDC-10が着陸した時、「時が来た、気を引き締めよ」と自身を鼓舞する。
少し話は逸れるが、どうやらクロアチア側は協定が正式に決まる前から留学生の選定をある程度決めていたらしい。
だから、俺の復帰後すぐ…つまり1ヶ月ちょっとという異例の早さで、留学生を出すことができたのである。
半年近く掛かるかもと個人的に思っていたので、あまりのスピードに度肝を抜かれた事は、心の中だけの秘密だ。
そんなことはともかく、いよいよ今回の主役がターミナルビルに現れる。
それも7人。
彼女らは安いキャリーバッグに加えて数個の鞄を持っており、クロアチアトレセン学園の制服が荷物に覆われて全貌がよく分からないという状態で、一目見て「一つでも多く持ってあげなきゃ」という感想を抱かせる程の有り様であった。
黒鹿毛で比較的長身なウマ娘を先頭に、親子アヒルのように列を成してターミナルビルに入ったその瞬間、待ち構えていたマスメディアからものすごい量のフラッシュを焚かれまくる。
カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ
政治家の定例記者会見かって言いたくなるほどのフラッシュに全くもって動じない(!)彼女らに対して、記者らは日本語で彼女らに質問を投げ掛ける。
「クロアチアトレセン学園の様子はどうでしたかー!?」
「日本に来た意気込みは!?不安はありませんか!?」
「何か一言を!!」
日本語で話し掛けられても分からんだろうと思っていると、たいへん驚いたことに、先頭の黒鹿毛ウマ娘が流暢な日本語で記者の問に答える。
「そういうのは記者会見で!」
と…
「え゜?」
なんか変な声が漏れる。え、まじ?日本語いけるの?
資料が乏しいクロアチアでどうやって日本語を習得したんだと呆気に取られていると、ほとんどの質問を受け流していた彼女は、記者のある質問にだけ、明確に答えた。
「あなたの名前は!?」
「スパシテルです!」
と言うと、彼女はニカッと笑って軽く敬礼をする。
彼女の目は、星空のようにキラキラしていた。
その後、クロアチア発留学生第一段である7人と共に軽く記者会見をした後、彼女らはまとめて札幌トレセン学園へ送られた。
各地に分散させるべきかと議論されたが、人員や彼女らの心理状態を考慮した結果、数人以上をまとめて一ヶ所にした方が良いという結論に達したからである。
それはともかく、彼女らは戦火のない北海道の地で、第二のトレセン生活を送ることになる。
言語や習慣、思想や宗教など、何もかもが全く持って違う新しい生活に戸惑うだろう。
だがしかし、彼女らなら、もしかするとそこまで心配する必要は無いかもしれない。
スパシテルという活発なウマ娘が、他の仲間らに対して日本語や日本の習慣を教えたりと、文化交流に熱心に取り組んでいるとのことだ。
だから、彼女らが日本の生活に馴染むのは、そう遠い未来ではないだろう。
希望はまだある。情熱もある。世の中捨てたもんじゃないな。と、俺は実感するのであった。
"ステパン理事長暗殺事件"
それは、ハンガリー史上最悪の未解決事件である。
この事件はあまりにも不可解な点が多く、様々な陰謀が囁かれている。
ともかく、それらすべてに共通することは、"証拠が不十分"であるということだ。
一体誰が、なぜ、彼らに銃弾を放ったのか。
果たして、真相を知るものは"今生きている"のだろうか?
――2022年、イギリス公共放送協会から放送されたドキュメンタリーより――
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