【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、言ったもん勝ちの環境を作る

――ニューヨーク

 そこは、アメリカンドリームの中心地。

 イタリアからアイルランド、そしてアフリカからユダヤに至るまで、たくさんの人らが一攫千金を夢見て辿り着いた自由と希望の地である。

 

 ウォール街の煌びやかな資本主義の牙城を水面に映すハドソン川の畔のベンチにて、俺はとあるカタログを手に持ち、眉間にシワを寄せるほど隅々まで読み込んでいた。

 

「う~ん……さすがにGoogleはまだ早いか……」

 

 と、俺は呟く。

 そう、俺が読んでいるカタログとはすなわち、"株取引"に関するものである。

 

 一体なぜ、証券のカタログなんてものを読んでいるのか?

 そのワケは、後に起きる好景気が関係している……

 

 1990年代初頭に起きたバブル崩壊から始まった日本経済の停滞期は、失われた○○年と呼ばれるぐらいなので、その間にいっさい好景気が起きていないと勘違いされがちだが、実際の所はそうでもない。

 

 例えば、90年代後半から2000年にかけて発生した"ITバブル"が代表的な例だろう。

 

 そもそもITバブルとは何か?

 ざっくり表すと、「なんかITとやらがすごいらしいぞ!!」と騒ぎ立てられて発生した好景気である。

 

 とりあえず"インターネット"や"IT"など、それっぽいワードを含むプロジェクトや社名にしただけで株価が爆アゲしたり、主にバブルで損した人や熱意溢れる若者らが、チャンスを掴むのは我先にとITベンチャー企業を立ち上げたり投資したりなど、まさに――乗るしかない、このビッグウェーブに――というような景気である。

 

 この時、正しく投資したり事業を拡大したりした者や企業――例えばGoogleやソフトバンクなどは、今や多大な影響力を持つ企業に成長している。

 そんな彼ら企業に反して、残りの大半――ノリで儲け話に釣られた者や、一か八かの一攫千金を夢見てよく分からないまま投資した者や企業らに待ち受けていた末路は、金だけ搾り取られるという今まで何度も見てきたパターンで終わった。人生的にもだ。

 歴史は繰り返すって、はっきりわかんだね(※チューリップバブルや南海泡沫事件など)

 

 このように、とんでもない損をした人の生々しい体験談や、その後の経済に及ぼす影響などから、イキすぎた好景気、又はバブルは恐ろしいというような偏見を持つ人が多いのではないだろうか?

 

 しかし、ちゃんと正しく扱えば、そんなに恐ろしいものではない。

 

 何度も繰り返すが、バブルが弾けて痛い目を見るのは、大抵は儲け話に群がった後発組であり、そういう者らは専門的な知識なしに投資したりするので、適切な"引き時"を知らないから大損するのである。

 

 では、バブルで儲けて勝ち逃げする者らはどうなのか?

 言わずもがな、そのバブルの分野に関する専門的な知識をもってして適切に投資と投機を判断し、利益が出たところで「さらなる利益を!」という欲望をグッと堪えて、冷静に、そして潔く手を引く判断したからこそ、巧いこと勝ち逃げすることができるのだ。

 

 このように、ちゃんと扱いこなせれば大きな利益を期待できるという訳である。

 

 かなり話が逸れてしまったが、要するに、未来知識チートを使って儲けてやるぜ!という算段だ。

 

 過去に逆行転生したら、未来知識チートをもとに未来の儲け話に有り金をブッチッパして大儲けという、某拓銀お嬢様だってやってた王道を征く手段である。

 

 できるだけ早いうちに株を購入して熟成してやろうと目論んでいたのだが、さすがに行動が早すぎた。そもそも上場していなかったのである。

 

「へいタクシー!」

 

 カタログを持って手を挙げると、黄色のタクシーが俺の真横に停車する。

 海外のタクシーのドアは手動式なので、カタログを持っていないもう片方の手で開け、座るなり自分の手で閉める。

 

「お客さん、どこまでだい?」

 

 シワの多い黒人の運転手がどこに下せばいいのか聞くなり、俺は「JFK空港」と答える。

 

 「OK」と短く運転手が返事をするなり、タクシーは出発する。

 目的を果たせなかったことに軽く悲しみを覚えつつも、流れゆくウォール街の景色に見とれる。

 これが、世界の経済を動かす中心地の街並みなのか…と感心していたのだが、その感心は渋滞に嵌まったことですぐに打ち消されてしまう。

 渋滞はニューヨークでは日常茶飯事である。

 

 晩飯何にしようかなと考えつつ外を見ていると、とある看板に目線を奪われる。

 

「YAMATO…ヤマト…銀行?」

 

 パッと見、英語で書いてあるはずなのに日本語で読めることに違和感を覚えたのだが、どうやらその勘は正解だったようだ。

 ヤマト銀行ニューヨーク支店と、看板に書かれていたのである。

 

――ヤマト銀行

 

 その名を思い出した時、ハッと我に返る。

 

 ヤマト銀行ニューヨーク支店――それは、たった一人の男の偽造により、10億ドル、日本円にして1000億円という巨額の損失を出した大事件の舞台となる店なのだ。

 日米間の国際問題に発展し、その銀行はアメリカ出禁というとんでもないパワーワードの処分を下されるなど、各方面に悪い意味で多大な影響を及ぼした事件である。

 

 この事件、色々な要素が複合的に絡まって起きてしまったものであるが、ざっくり表すとすれば、"報連相"ができていなかったという、事件の規模の割に初歩的なことが原因である。

 

 基本中の基本だからと侮るなかれ。

 報告・連絡・相談ができなかった"だけ"で、とんでもない事態に発展した事件は決して少なくない。

 

 基本中の基本であり、最も守らなければならない報連相が、いったいなぜ、守られなかった事例が出てくるのか?

 

 ずばり、"感情"である。

 

 人間は感情という要素が現れるなり、途端に合理的な判断がしづらくなる。

 例えば、ヤマト銀行の件は、「損失がバレたら解雇されるかも」という強迫観念によって、損失を取り戻そうとトレードをしてかえって損失を広げて…という無限ループに陥った結果、最初は5万ドルだった損がとんでもないことになったのである。

 

 そう、このように報連相を守らなかった理由の一つには、"処罰を恐れた"というものがあるのだ。

 

 もちろん、これだけではない。

 

 自分のミスじゃないのに報告したらなぜか自分の責任にされて怒られる、というような"言ったもん負け"な社風だったり、単純に上司の圧がヤバくて言いずらいという環境もある。

 

 とにかく、もはや語るまでもないだろうが、燃え広がる前に火元の段階から消火しちゃった方が早いし対処が楽だよね、という訳である。

 

 実際、問題を先送りにしてたらとんでもないことになっちゃったという経験を持つ人は、決して少なくないだろう。

 

 という訳で、日本に帰るなりさっそく俺は行動する。

 

 すでに諸々の改革により、時代の割にホワイトな企業体制は出来上がっているものの、より社員にとって働きやすい環境を作るための努力を惜しむことはない。改革はいつまでも続くのだ。

 

 そして、重鎮との会議でひねり出された「こうするべき」という改善の軸が、ざっくりまとめると以下三つになる。

・おひたしを推して言いやすい環境を作る

・責任の追及よりも問題解決を優先させる

・言ったもん負けにさせない

 

 まず、ここで出てきた"おひたし"とはなにか?

 これもまた、報連相と同じく頭文字をつなぎ合わせたものであり、怒らない・否定しない・助ける・指示するの四つの事から構成されている用語だ。

 

 これら四つの要素はどれも重要なことだが、特に重視したいのは怒らないと否定しないの二つである。

 

「こういう問題が発生しました」

「はぁ!ふざけんな!ガミガミガミガミetc…お前が何とかしろ!」

「ひぇ、すみません(やっぱ言わなきゃよかったかも)」

 

 というように、怒鳴りつけたり責任を押し付けたり否定したりすると恐縮してトラウマになってしまい、以後は上司の顔色を窺って都合のいい情報だけを持ち込んだり、都合の悪いことは握りつぶして自分だけでなんとかしようとしてしまうのである。

 

 この悪循環と恐怖による支配を根絶すれば、より強固な報連相が成り立つと俺は確信している。

 

 上司側の改革もそうだが、同時に部下側の改革も進める。

 

 ずばり、言ったもん勝ちの社風を作り上げることである。

 

 そのために、"報連相のすゝめ"なるポスターを仕事場に張ることにした。

 これには、大雑把に言うと「報連相をしよう!」だとか「責任の在処よりまず問題の解決を!」や、さらには「言ったもん勝ち」的なことが書いてあり、シンプルでわかりやすい形で明記することで社内を啓発しようという試みである。

 

 さらに、俺ら重鎮が正式に言ったもん勝ちを推進する声明を出すことで、本気で変わろうとしていることをアピールして、改善を求める者を後押ししつつ、改善を拒む者を追い詰める。

 

 また、とどめのダメ押しといわんばかりに、言ったもん勝ちの環境が及ぼすメリットをこれでもかと説得する。

 

 かくして、よりいっそう社員にとって働きやすい環境を作る努力を続けるのであった。

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