【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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お ま た せ


エセ理事長、体験入学を何とかして凌ぐ

=学園の状況=1985

・シンボリルドルフの光

シンボリルドルフの活躍により、中央のトゥインクルシリーズに関心が持っていかれている

話題性が低下する

経済力が低下する

 

・傾斜経営

今のところは耐えているが、適切に策を立てなければいけない

時が来れば、末路が分かるだろう

 

・ホッカイドウシリーズの枠組み

北海道を基盤とした各地開催レースは、一定の成果を生んでいる

話題性が増加する

経済力が増加する

 

・希望の兆し

今代の理事長は、改革に意欲的なようだ

もっとも、成功するかどうかは置いておいての話だが……

話題性が少しずつ増加する

経済力が少しずつ増加する

やる気が少しずつ増加する

 

・好景気

今のところ世間は好景気なのだが、我々はその恩恵を受けているとは言いがたい

だが、その逆の場合は必ず受けるだろう

 


 

 

秋のこの頃、旭川トレセン学園は平常運転(惰行)だ。

 

拓g…植銀の看板を見る度に悶絶したり、例年と比べて大幅にボリュームアップした体験入学の準備の為に旭川市を東西南北上下に駆け巡ったり、北海道のじめじめした夏の暑さに負けかけたりと、転生してからと言うもののドタバタとした日々を送ってきた。

 

ここ最近は心無しか仕事の密度が薄くなってきて、休みに入れる時間が多くなってきた気がするものだ。ついでに、背中に貼る湿布の枚数が六枚から四枚に減った事も述べておく。

 

「ぬあぁぁぁんもぉぉぉぉん疲れたもぉぉぉぉん!!(半ギレ)」

 

逝きすぎィ!な語録とため息を肺から吐き出しながら、理事長室のソファーに腰を下ろしてうつ伏せになる。

 

今ここで部下がやって来たら、きっと地獄を見る事となるだろう。

なぜなら、加齢臭漂う汗まみれのおっさんがソファーで寝ているうえ、部屋には書類や資料のファイルのピラミッドが出来上がっていたりと、さながらカオスな状況になっているからだ。

 

この圧倒的尊厳破壊ルームと化した理事長室の散々たる様を横目でボーッと眺めつつ、体験入学で学生向けのスピーチの内容を、粘土をコネコネするが如く形をまとめていく。

 

ヒトはヒトである以上、集中力が永遠に維持される訳がない。ましてや相手は子供だ。興味の無い話など、馬の耳に念仏と同じだろう。なので、できるだけ要点を絞ることで短くしたい所だ。

 

そう言ったことを念頭に入れつつ、俺はコネコネと形をまとめていく。

 

 

・・・

 

 

白と赤の塗装のモノコックバス二両が、紅葉が舞う旭川レース場の駐車場に停車する。

そのバスには、今から旭川トレセン学園に体験入学する小学生が乗っていた。

その数、100人以上。現代からしたらなかなかお目にかからない人数である。

 

「運転手さんにちゃーんと感謝するんだぞ」

 

最前列に座る白澤という名の30代前半男性担任教師が、バスが止まるなり賑やかな後ろを振り向いて言った。

「はーい!」と無垢で元気な声が返ってきた事を確認するなり、微笑ましいなと頭の隅で思いながら、運転手に「ありがとうございます」と一声かけて降車する。

 

それに続くように、小学生は一人一人運転手に感謝のことばを述べて降車する。

 

「じゃあね!」

「ありがと!」

「アザっす!」

 

言葉遣いは決して上品なものとは言えなかったが、それでも運転手は笑顔で会釈をして見送った。

 

「ここに出席番号順に!二列で並んでくださいねー!」

 

白澤が握り拳の右手を天仰ぐように上げて場所を示すと、バスから降りた後やや散り気味だった小学生達はゾロゾロと並び始める。

 

ある程度形になったと判断した白澤は、とある行動の為にその場で待機していたトレセン学園の職員と生徒に準備が整った旨を伝える。

 

賽は投げられた。

 

「皆さん、こんにちわ~!!」

 

「「「こんにちわー!!」」」

 

案内役を勤める高等部生徒の可愛らしい声を皮切りに、大いなる改革の第一段が幕を開ける。

 

100人もの小学生を前に立つウマ娘の名は、ホッカイクリオネ。

彼女は生徒会の役員で、役割分担会議の際に自ら案内役を買って出る程、今回の体験入学に対して意欲的な生徒であった。

 

一体何故それほど意欲的だったのか?

 

それは、思い出にあった。

 

これから始まる体験入学で一体どのような体験をするのかだとか、注意事項をジェスチャーも交えて流暢に話す最中、ホッカイクリオネは温かく懐かしい気持ちに浸っていた。

 

あの日の思い出は、5~6年も前の事であろうか。

当時は将来に対して漠然とした考えを持っており、のらりくらりとした日々を送っていた。

中央入りしてダービーを獲る!と、たいそうな夢を誇らしげに語る同級生がいることにはいたが、そう言った周りの競争意識に良くも悪くも感化される事がなく、とりあえず今を生きれてればいいと言った具合に牧歌的だった。

 

ただ、小学校卒業間際となるとそうとも言えなくなってきた。

このままでは不味いのでは?何か熱中できる物がないと困るのでは?行動を起こさなければいけないのでは?と薄々気付き、将来に対して不安を抱く。

 

曇り空の心に、持ち前の元気と希望を押し潰され掛けていたある日、ここ旭川トレセン学園の体験入学に行く事となったのである。

 

それが人生の転換点であった。

 

レース場の設備の裏や校舎内を見学している内に、漠然と「面白そうだな」という感情が浮かび上がってきた。

レースに憧れてだとか、学園生活に憧れてだとか、そういう具体的なものではなく、"考えるな、感じろ…!"的な感じに、ただ直感的に導きだされただけなのである。

それから少しして、その面白そうという感情がなぜ浮かび上がってきたのかを理解した。

 

自分の中で初めて、熱中できる物ができたからというものだ。

 

 

 

 

 

今にも有り余る元気が溢れそうな小学生達を見て、ホッカイクリオネはあの日の光景を思い出す。

 

そして、あの日の自分をこの小学生達に照らし合わせる。

 

この学園に来る者の理由は様々だ。

中央の滑り止めや、実家から近かったからだとか、はたまた姉がここに通っていたからだとか、様々な理由がある。

 

そんな"理由"に、自分がなれればいいなと、儚い希望を抱いていた。

そして何より、自分に"理由"と"思い出"という金に変えられない貴重な動機を与えてくれた学園と先輩に対する恩返しの為、大きく成長した彼女は新しいステージへと登壇するのである。

 

「……それでは、いきましょう!!」

 

「「はーい!」」

 

ホッカイクリオネと数名の生徒の先導で、小学生達は学園の中へ入っていく。

その背中を追う白澤は、どこか満足げな表情を浮かべていた。

 

そんな事はさておき、学園生に率いられる小学生達は、まず始めにレース場の門に案内される。

 

「ここは見ての通り、旭川レース場の出入口です。レースを見る際は、必ずここを通ってくださいね。ちなみに、入場料は100円です」

 

一度立ち止まって後ろから付いてくる小学生達に体を向け、両手を横に広げて門の説明をする。

小学生達は、こくこくと頭を縦に振って頷いて返事をした。

 

「ここはパドック。出走する前の選手がここで自分をアピールする所だよ。トモの張りや様子を鑑みて、どの娘が一着になるか考えたりするんだよ!」

 

「あれはスタンド。グッズや指定席券が売ってたりする所だよ。あと、私達から見て建物の裏側には大きな観覧席があるよ!」

 

「これが券売所。ここで出走するウマ娘に投票するんだよ。一番人気とか二番人気とかは、ここで投票された票数に応じて決まるんだよ!」

 

ホッカイクリオネと彼女に率いられる小学生達は、門、パドック、スタンド内と概ね例年通りに施設の内部を巡っていく。

 

小学生達にとって、あまり来たことのない旭川レース場の散策というのは意外と好奇心を擽るもののようで、概ねイイ感じに事が進んでいった。

 

その事をホッカイクリオネに学園と小学校の教員双方が安心しつつ、さらに事を順調に進めるべく行動を続ける。

 

「ここがさっき言ってた観覧席です。ちなみに、旭川レース場は最大収容人数一万五千人を想定しているので、こんなにも広くて眺めがいいんですよ!」

 

「「スゴーイ!!」」

 

観覧席の一番上でそう高らかに宣言するホッカイクリオネ。

なお、最大収容人数に達する又はそれに近づくといった事は一度もなく。

彼女の元気な声は閑古鳥の鳴き声と共に、全くもって人がいないレース場内に響き渡るのであった。

 

最近様子がおかしい理事長に、ブラックジョーク染みた現実が心に刺さるのだが、そんな事お構い無しに体験入学は続く。

 

「これから皆さんには、ばんえいレースを体験してもらいます!ほら、あそこにばんえいウマ娘がいるでしょ?あそこまで移動するので、私にちゃんとついてきてください!」

 

ばんえいコースの横でそりと共に待機するばんえいウマ娘に向けて、ホッカイクリオネは指を指して次の体験の内容を軽く説明するなり、ホッカイクリオネと小学生達はダートコースを横切ってばんえいコース横に集まる。

 

「どうも、皆さんこんにちは!ばんえいレース専属トレーナーの木村直木です。この度は体験入学に来ていただきありがとうございます!本日は――……」

 

いよいよメインイベントが始まる。

体験入学の大目玉、"ばんえいレースを体験してみよう!"である。

 

「それでは、選ばれた方は指定されたソリに行ってください」

 

直木という若いばんえいトレーナーが注意事項諸々を説明し終えると、事前にじゃんけんで選出された小学生がそれぞれのソリの元に行く。

 

「私の名前はソールズベリー。よろしくね!」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

ばんえいウマ娘を前にして、とある草食系男子小学生は狼狽えた様子でなよなよしく返事をする。

それもそのはずだろう。背も、筋肉も、ケツも、タッパも、何もかも自分より何倍も大きいウマ娘を前にして、平常心を保てる訳がない。

 

その事を予め想定して、体験入学を考案した生徒会と教員陣は前もって対策を打っていた。

 

策はずばり、優しくすることであった。

 

全身筋肉の彼女らばんえいウマ娘は、準備をしつつ気さくに話かけて、恐怖心を打ち砕こうとする。

 

そのうち、最初は恐ろしい巨人に見えていた小学生達は、だんだんとユーモア溢れる気さくな筋肉お姉さんであると認識が変化し始める。

 

「うん、準備は整ったかな……」

 

直木トレーナーは小さく呟く。

6人のばんえいウマ娘と、1トン近くにも及ぶソリ。そして、手綱を握る小学生と横からサポートする学園職員……準備は万全だった。

 

「いちについて、よーい……ドン!!」

 

直木トレーナーによるゴーサインが出された瞬間、ドスンと地を踏み鳴らす第一歩と共に、小さなばんえいレースはスタートする。

 

「ああ!追い越されちゃう……!ソールズベリーさんもうちょっと早く行ける?!」

 

「ちょっとキツイかもッ……!!」

 

「こういう時はあえて脚を溜めて最後の平地で抜け出せるようにするんだよ!」

 

鞍上小学生、走者ばんえいウマ娘、付き添いばんえいトレーナーの三者による二人三脚ならぬ三人四脚という協力体制で、ばんえいレースはゆっくりとした展開で進む。

 

「よっちゃん行け~!負けたら鼻からスパゲッティ食わすぞ~!」

 

「ソールズベリーさん頑張って~!」

 

ばんえいレースは、人が歩く速度とほぼ同じぐらいの速度で進む。

なので、やろうと思えば並走して観戦することだってできるのだ。(距離は考慮しない物とする)

横で並走するように観戦する小学生達や、さらには職員達も、彼ら彼女らを応援する。

 

第一、第二の坂を乗り越え、いよいよ最後の直線……というか平地に入る。

ここまで来ると、もはや速さというよりも持久力がモノを言う世界に突入する。

 

そして、そんな我慢比べの土俵で最後まで立っていたのは、よっちゃんと呼ばれる小学生とソールズベリーのコンビであった。

 

「ソールズベリー1着!1着!!」

 

「おめでとう!」

 

パチパチパチパチパチパチ

 

ゴールが確定するなり、体格差の激しいこの二人組は周りから拍手喝采を浴びる事となった。

 

しかし、当のよっちゃんは、勝利に酔いしれてなかった。

いや、むしろ勝利に酔いしれていた方がよかったかもしれない。

 

よっちゃんは、ソールズベリーの肉体美……というか筋肉美に魅了されていた。

常識や人格は、小学生の時に培われると言われている。このような"英才教育"は、少々早すぎたのかもしれない。

 

 

――ケツとタッパがデカいウマ娘は好きかい?

by 名無しのばんえいトレーナー研修生

 

 

彼の性癖は、若くしてねじ曲がってしまうのだが、それに気づくのはもう少し後の事であった。

 

 

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 

 

その後、レース場の設備やトレセン学園の内部探索など、様々な体験を通して、性癖の変化という事を除いて体験入学は順調に進み、無事に終わりを迎えた。

 

最後に、理事長のスピーチの引用を紹介して終ろう。

 

「一勝よりも一生を!」

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