【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件   作:ホッケ貝

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エセ理事長、心を癒す

『――建設の社員である○○さんの自殺が、今日〇〇地裁にて労災認定されました。会社はこの判決を不服として……』

 

「やっぱり、昔から変わってないな……」

 

 "労災"。それは、勤務中に何らかの不手際が原因で心身に傷を負うこと。

 

 日々労働に勤しむ社会人なら100%知っているはずだろうし、まだ社会というものを経験したことがない学生でも、テキトーにニュースを見ていたらなんとなく理解するだろう。

 

 それはさておき、労災という言葉を耳にして、足場を踏み外して転落死した同僚や、上から落ちてきた鉄板が直撃して重傷を負った先輩といった、前世の土木現場勤め時代のヤバい記憶を思い出す。

 

 工事現場での労災は悪い意味で多種多様だ。

 機械に巻き込まれて重大な傷を負ったりする身体的な傷はもちろん、苛烈な労働環境に心を潰される――いわば精神的な傷を負うこともある。

 

 今考えると、いつ死んでもおかしくないデンジャラスな現場に勤めていたな…と今の生活に安堵する反面、今も昔も大して変わっていないという事に対して怒りに近いやるせなさをヒシヒシと感じる。

 

 どんなに綺麗な模様の皿でも、割れたら二度と元の模様を再現できないように、体の傷が癒えても心の傷はそう簡単には癒えないという事を、俺は十分承知している。

 なんせ、現場勤め時代にそういう人をたくさん見てきたからだ。

 

 そういう経験があるからこそ、そのような辛い思いをする人をできるだけ少なくするため、改革を今までたくさんしてきた。

 

 世間からは「先進的」や「働き天国」と高く称されるホッカイドウシリーズの労働環境では、世間一般における労災とされる事案はほぼ根絶されつつある。

 

 人によっては「もう十分取り組んでいる」と言うかもしれないが、それでも、労災を"完全に"防ぐ為に、二重、三重、四重と安全策を張り巡らしておくに越した事は無いはずだ。

 

 いわば、"安全"を徹底的に推すのである。

 

 多少現金のコストが掛かるというデメリットがあるものの、"一勝よりも一生を"というスローガンに代表される福祉的施策を売りにしているホッカイドウシリーズなら、そのようなデメリットを差し引いても多大なメリットがあると、俺は確信している。

 

 と、ここまで長々と述べてきたが、ぶっちゃけ言うと、――これまでも、これからも、安全と安心と信頼のホッカイドウシリーズ――の企業理念を守る、ただそれだけの行為である。

 

 

・・・

 

 

 てなわけで、早速行動する。

 

 ホッカイドウシリーズの場合、パワハラやモラハラといった諸々のハラスメントは、改革によって根絶傾向にある。

 となれば、次の段階に進む必要があるのだ。

 

 今だからこそ、改めて社内を注意深く観察するとともに、他社の課題と問題解決に向けた取り組みを参考にしつつ、役員らと共に今のホッカイドウに必要な改革を導き出す。

 

 その結果、やるべきことは"メンタルヘルスケアを推進する"ことと、"マニュアルの見直し"の二つに定まった。

 

 まず、一つ目の改革から解説していこう。

 

 そもそも、メンタルヘルスケアとは何か?

 直訳すると、心の健康(メンタルヘルス)を癒す(ケア)となる。

 まぁ要するに、会社が責任もって従業員の心を癒しましょうね、という訳である。

 

 もう既に相談しやすい環境を整えてはいるものの、ここでさらに急進的な改革を実行することとなる。

 

 それはずばり、"プロと業務提携"をするというものである。

 

 具体的には、メンタルヘルスケアの専門家が集うメンタルヘルスケア相談所と業務提供することで、オフィスビルから職員室、レース場職員から生徒にいたるまで、幅広く相談の手を差し伸べるのである。

 

 もともと、こういうメンタルヘルスケアは、一勝よりも一生改革の一環で競争生活に身を投じる生徒向けにしており、実はすでにノウハウを十分に蓄積している。

 

 今回の改革は、今まで培ったノウハウをベースに、ホッカイドウシリーズの従業員全て向けに規模を拡大させる形になっているのである。

 

 ただ、ノウハウがあるとはいえ、急激な規模の拡大に人員の増強が追い付かないという古典的な問題が発生してしまった。

 

 急激な規模拡大はよくある栄枯盛衰倒産企業パターンにありがちな事案なので、俺ら上層部はなんとかして問題を解決しようと模索する。

 

 その結果が、外部との協力なのである。いわば、急ごしらえという訳だ。

 幸いにも、主にスポーツ医学推進のときに培った医療やスポーツ系の大学のコネを元に協力者を発見して、どうにかして提供まで漕ぎ着けたので、その場しのぎは何とかなった。

 

 次に、二つ目の"マニュアルの見直し"を説明しよう。

 

 これはずばり、マニュアルをわかりやすくして、勘違いや思い込みによるミスを極限まで減らそうという訳である。

 

 具体的には、図やイラストを多用し、視覚的効果を巧みに利用して理解しやすくするのである。

 現代と違って、教科書も説明書も文字びっしりだったこの時代において、これはまあまあ先進的な取り組みである。未来知識万歳!

 

 最後に、少し話が逸れるが、この改革の参考となった企業がある。

 実は、この案の元ネタ(?)は、カ〇ジに出てくるグループ企業のモデルでもあり、ダンサーを起用した特徴的なCMで有名なとある超ブラック銀行なのだ。ブラック企業の取り組みがホワイト化の取り組みの参考になるという、とんだ皮肉である。

 

 

 

 

 

「あー、ここですここ。懐かしいですねぇ…」

 

ルドルフ氏は、我々スタッフをこころ相談室なる部屋に案内する。

 

中で勤務していたヘルスケア士に軽く会釈しつつ、ルドルフ氏は丸椅子に座る。

 

「私が勤め始めてまだ半年ほどのとき、その当時はいろいろと悩み事を抱えていました。今考えると、他人に頼ることをせずに自分で背負いすぎたんです。それが重しになって、やる気がどんどんなくなっていて……」

 

ルドルフ氏は不意に目線を下に落とす。そしてすぐに視線を元に戻した。決意を決めたのだろう。

 

「そんなときに、ここができたんです。周りからの勧めがあって、思い切ってここにきて相談したら、なんというか…解放されましたね(笑)」

 

ルドルフ氏は笑みを浮かべる。

社会という大海原に放り出された当時の氏にとって、きっと、新たな学びを得ると共に心の支えとなったのだろう。

 

―2022年、理事長亡き後に放映されたドキュメンタリー番組のフレーズより引用―

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